卒業生インタビューvol.29

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チャラン・ポ・ランタン

今回は鶴小・中・高と和光学園で学ばれ、小学校時代に始めたアコーディオンで作詞作曲をされて、チャラン・ポ・ランタンとして活躍中の松永小春さんとボーカルのももさん姉妹にインタビューしました。現在、ラジオで冠番組を持ったり、CD&DVDなども出されてたり、テレビでも時々耳にしたりとブレイク間近な感じですが、どんな感じの子ども時代だったのでしょうか?  また、今回は母校の鶴小でのインタビューでしたので、このインタビュー後に子どもたちの前での演奏をお願いして、快く引き受けてくださいました。

園田校長(以後、聞き手と表記): 先日(11/9)の和光学園創立80周年では、卒業生の出し物として出ていただいて大いに盛り上がりましたね。私もすごく楽しませてもらいました。本当にありがとうございました。

そもそもチャラン・ポ・ランタンってネーミングはどこから来て、いつからの活動なのですか。

松永小春さん(以後、小春と表記): チャラン・ポ・ランタンのネーミングですか? 早速、鋭いところつきますね(笑)これって、ホントに響きから付けたんですよ。シャランとかって音を使いたかったので、ホントにその場のノリで決めました。
チャラン・ポ・ランタンとしての活動は2009年からですよ。

聞き手: 鶴小の創立20周年にも来てもらいましたが、またまたチャラン・ポ・ランタンとして進化している感じですよね。その変貌ぶりには目を見張るものがあります。 あれからどんな変化があったのでしょうか。

小春: 私たちらしく伸び伸びやろう!っていうのと、マネージメント事務所の移籍なんかも関係ありますかね。

聞き手: 今の事務所はどこなんですか? またそれはどうして?

松永ももさん(以後、ももと表記): いまは、ソニー・ミュージック・アーティスツ所属です。去年の9月からですね。

聞き手: 大手の事務所なんですね。事務所によってやりにくさとか違いってあるんですか?

小春: 他に声をかけてもらってた事務所の方など、チャランポに近づいてくる大人たちからは、ももの持っているブタさんのぬいぐるみは持たない方が良いのではとかスーツのほうが良いのでは?とか色々言われました。最近では、自分達にしかないものは、そのままで良いんだ!!って吹っ切れましたね。和光で自然と教わってたものかも知れないけれど…。

和光学園との出会い

聞き手: 小春には学校案内にもメッセージを寄せてもらったりしてますが、最初から鶴小ではなかったよね? 途中編入だった記憶があるけれど。

小春: 鶴小は4年の3学期から入りました。それまでの公立では、別に悪いことしてたわけではないのだけれど、先生とか周りにあまり認められなかったことが多かったんです。先生との言葉のキャッチボールやコミュニケーションもしなくなってしまったので、母がここではやっていけなさそうと思ったのでしょう。

聞き手: それじゃあ、どうやってお母さんは鶴小を知ったんでしょう? どんなきっかけだったのかな。

小春: 前の学校がどうも合ってないってことであちこち探してたらしいんですが、母の弟の子どもが先に鶴小に入っていたので、鶴小だったら良いんじゃないって言われて、秋まつりを観に来たら、たまたま1人枠だけ空きがあったらしくて、受けてみようってことになったんです。

もも: 筆記試験の時に小春はあと20分あったのに、教室の外にあった水槽を見てて、先生から「お魚好きなの?」って聞かれて、「うん…」だけ言ったらしいよ。 で、「この試験絶対ダメだ…」って言ってたっていうのを聞いた(笑)

聞き手: それから鶴小に入ったわけですが、小春が入った時、個性の強い子が入って来た~というより、ごく普通の感じだったけどね。私が担当した理科の授業のまとめノートを書いたときに抜群にイラストとかうまくって、あのお母さんがあってのこの子かな~って思ったよ。子どもはみんな個性的だからね。鶴小の思い出って、どんなことがある?

小春: 本来あるべき教室のドアがなかったり、6年生が1年生を迎えるみたいな和光では当たり前のこと、新しいことがあり過ぎて濃かったなぁって感じかな。2年とちょっとの思い出なのに(笑)

聞き手: もものほうはどうかな?

もも: 小春が6年の時、ももが1年生で、私は当時は何も考えてなかったと思う。 お母さんのほうは、すっかりももを鶴小に入れる気だったから、保護者の面接で、ももを和光に入れたい理由を聞かれると思って鶴小の良いところをいっぱい言うつもりだったらしいけれど、「小春を入れた事を抜きになぜ入れたいんですか?」と鋭い質問が飛んできて、(頭の中が)真っ白になったらしいよ(笑)

聞き手:そのときの面接官は私でした(笑)

小春: ももは周りに馴染もうとするタイプだから、「この学校楽しい?!」って言われるとどこでも「うん」っていうタイプだったよね。

もも: 「宝物ありますか?」って聞かれて、「初めて行って海で拾った貝殻です」って理想の子を演じててお母さんが焦りまくってたらしい…。海なんて行ったことなかったから(笑)

小春: 元気よく手を挙げるんだけど、嘘ばっかり言うみたいな(笑)

聞き手: ももの鶴小の6年間を振り返ってみてどうですか?

もも: 学校が楽しすぎて、あっという間の6年間だった。他の学校とか知らないからかも知れないけれど、近所の友達の学校のイベントに行ってつまらなかった思い出があるなぁ。 大きくなって、他の人と話をすると、つくづく楽しい学校だったんだって実感しますね。

アコーディオンとの出会い・そして…

b小春のアコーディオンとの出会いはどんなだったのかな? また、どんな感じで才能を伸ばしたの?

小春: アコーディオンとの出会いは、家族でサーカスを観に行ったとき、白塗りのアコーディオン弾きが近づいてきて、「怖い」と感じたと同時に「アレ欲しい」って思って、7才の時に「アコーディオンが欲しい」ってサンタさんにお願いしたんです。
鶴小に入ってからは同じクラスには丸茂睦(現在、プロアコーディオン奏者)がいて、アコーディオンを習っているらしいと知って、習うことにしたんだよね。

聞き手: ある時、秋まつりのバンブーダンスの音楽を小春がしてくれていて、(アコーディオンをやっているって)初めて私も知った次第なのだけれど、ボタン式のアコーディオンを使っているよね? 難しくないの?

小春:ボタン式に変えたのはボタンの間隔が狭くて女の子の手でも弾きやすかったためです。これによって演奏の幅も拡がりました。

聞き手: 習いに行ってアコーディオンは上達したの? 賞を獲ったとか聞いたことがあるけれど。

小春: 中学まで習いに行って、アコーディオンのコンクールというのはあまりメジャーではないから、いつも1位か2位は、睦か小春のどちらかって感じでした(笑)

聞き手: それからアコーディオンはどういう風に進んでいったの?

小春: 高校ではブラスバンド部に入ったんですよ。鍵盤をやっている子が多かったので、ピアノとかキーボードは選ばずにテナーサックスをやってました。テナーサックスにした決め手は、先輩があんまり上手くなかったので、これならソロパートもらえるかな(笑)って。

聞き手: この間(創立80周年祝賀会の時に)ドラムをやっていた子(渡部史、現在プロドラマー)も和光だったよね。

小春: ふーちんは公立の小学校だったのだけれど、マーチングバンドをやっていて、その流れかな。高校のブラバンでは、学年ごとのバンドで発表する風潮があったので、上級生への競争意識でどんどん上手くなっていったんですよ。ジャズとかスカとかやってました。 それで、テナーサックスをやったことないのに、学年のリーダーをやったので、みんなから下手くそって言われないような演奏をしようと思ったんです。初めのうちは楽譜選びに慎重だったのだけれど、そのうち楽譜がないものは自分で書いたりしながら、上手くなっていきました。フルスコアも書けるようになったりして、音楽をやる達成感も覚えて、これは仕事になるなって思いました。 日頃はサーカス音楽や民族音楽なんかを普通に聴いてました。

思春期、真っ只中

聞き手: 波乱の中高時代があったらしいね。私は聞いたことないのだけれど、そんなことがあったの?

小春: 鶴小を卒業後、中学になると人が増えてきて、おしゃべりな割に説明下手っていうのが一気に露呈したんですよ。

まぁね、小学校時代は6年間同じクラスで2クラスっていうのはあるだろうけれど、中学生の女の子特有の一緒にトイレ行こう…とか、周りの人達との微妙な距離の取り方がとっても面倒に感じた時期だったんだ。3ヵ月くらい黙ってた時期もあったかな。 とにかく説明下手で他人と付き合うのが面倒臭かったし、何を言っても言い訳にしか聞こえない気がして…。

聞き手: そんな時はどうしたの?

小春: 1人の時間が増えるとアコーディオンが上達したりして(笑) 。
その間に弾けるようになった曲もあるけれど、自慢のような気がして、周りにはアコーディオンの事は話さなかったな。 仲間からはずされてるって感じたりしたけれど、これで学校休んだら負けだなって思っているうちに、また普通の状態に戻ってた(笑)。 館山でのイベントは好きな水泳ができたり、好きだったんだけど。

聞き手: 高校ではどうだったの? マイノリティ・オーケストラがチャラン・ポ・ランタンの前身だって聞いたことあるけれど。

小春: さっきも言ったけれど、高校でもまた新たに人が変わって、初めて部活に入ったっていうのが大きな進歩だった。 ブラバンは3年生まで続けたけれど、ビッグバンドとは違ったものをやろうと思って、その曲が好きではなくても、皆にやってみようよ!って呼びかけて、路上でもやるようになったんだよね。投げ銭とか貰えるようになると嬉しくてね。 それがマイノリティ・オーケストラ。当時は歌ではなく、インストだったのだけれど。 ヴィジュアル面で統一感ないねってことで、その頃から、うちのお母さんが衣装を作ってくれるようになった。

聞き手: 創立80周年のパーティーでは、ももちゃん、えらく大和先生とか両角先生に絡んでいたけれど、中高時代のももはどんな感じだったの?

もも: 私はずっと学校楽しい~って過ごしていて、元気な女の子グループに入ってました。悩んだ時期もありました。5人くらいだと3人と2人とかって分かれたりするんですよね。 私も中1くらいまではアコーディオンをしていました。その頃には5歳年上の小春はもうアコーディオンで仕事してましたね。

小春:もものほうは、基本的に愛想を振りまいてるヤツで、嫌だ~って意思表示のない人間だったよね(笑)。

もも: その後、小春にはアコーディオンがあるけれど自分には何もない~って、反抗期が訪れるわけです。小春との違いに気づいて中2でアコーディオンをやめて、悪ぶりたかった…っていうのはありました。 担任は中1で鈴木先生、中2・中3で大和先生でしたが、とりわけ大和先生には迷惑かけたなぁ。

小春: ももって、当時は一生楽して暮らしたいみたいなのがあったよね(笑)。

もも: 高校にあがる時に将来の夢の話になって、仲良くしてた友達には○○になりたいって夢があったのを知って、一緒にいたのにそんなの知らないよ?!って、自分のやりたいものも見つからないし、自信も何もないし…みたいな感じでした。 高校ではよくカラオケに行ってたけれど、歌が上手だね~って言われて満足してたところはあります。

聞き手: それでボーカルに抜擢されたみたいな感じ?

チャラン・ポ・ランタンになるまで

小春: いやいや、それはまだまだ先ですよ(笑)。それまでマイノリティ・オーケストラはインストものだったのですが、たまたま私が親知らずを抜いた時に、腫れて施術が長引いたんです。あんまり長いものだから、これを元に曲を書いてやろうみたいな。そこで初めて歌詞を書いた。「親知らずのタンゴ」って歌(笑)。 歌を歌えるヒマそうな奴って探していたら、母が「もも、歌好きみたいよ~」って(笑)。 ももって、歌うたうの?! それだったら、歌って欲しい歌があるんだけれど~って。それがきっかけです(笑)。

聞き手: 家では小春とももは、あまり接点がなかったの? 小春が外回りが多かったからかな?!

小春: 海外や地方で仕事していたんで、家に帰っても会話無し。

もも: 小春は昼頃起きて夜仕事するって生活で、私のほうはテニス部だったから朝早かったんです(笑)学校では慣れてきたら、ショートコントみたいなことをやってたし、表現するのは好きだったみたいな感じですね。

小春: ステージに立ち始めた頃は照れ屋だったからハートのサングラス掛けて空から飛んできたももちゃん~みたいなキャラクターでした(笑)

もも: 毎日楽に生きてきて自分の夢が分からなくなってたところに、小春に必要とされてるのかも…って思ったら、居場所と言ったら大袈裟かもしれないけれど、生きてる実感がしました。

聞き手: それからチャラン・ポ・ランタンが本格始動みたいな感じかな。

小春: 今年で4年目になりました。

聞き手: 我々おじさん世代には絶大に支持されちゃうみたいな、小春とももだから無条件に応援しちゃう感じもあるけどね。 じゃあ、今後チャラン・ポ・ランタンはどうしていきたいみたいなことはあるの?

小春: サーカスみたいに世界中を回っていきたい。色々なところで演奏したいというのはあります。 和光で学んだもの

聞き手: このインタヴューの後は子ども達の前でも歌ってもらうので、楽しみにしています。それでは読んでいる方にメッセージをください。

もも: 私はずっと和光だったので、感想文を書いたり、和光ならではの独特な行事を仲間と共に過ごしたりする中で、その時々に応じた対応力みたいなものが自然と備わった感じがします。私が言ったところで…って感じもするんですけれど、20年しか生きていないけれど、今の自分は和光があったからこそだと思います。ぜひ、自分の好きなことを探してほしいです。

小春: 和光というのは、私にとって自分の核が出来あがったところ。自分の持っているものを大切にして、自分らしさを存分に発揮できたところでもあります。皆さんにも自分を信じて生きて行って欲しいと思います。

聞き手:チャラン・ポ・ランタンを見ていると、時代や流行に流されずに、自分たちのやりたい音楽を、まっすぐに追求しているように思います。それは小春やももの生き方の投影のようです。和光が育んだのか、それともそういう二人だから和光になじんだのか。ともかく今二人は私たちの希望です。これからも大いに応援したいと思います。今日はありがとうございました。

この和光人インタビュー後、オープンスペースにて子ども達にミニライブを披露していただきました。子ども達は集中し、大興奮!! もみくちゃにされる大人気ぶりでした。 終わってからは「また呼んで」「今度いつ来るの?」という声があちらこちらからあがっていました。

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プロフィール

チャラン・ポ・ランタン アーティスト

和光鶴川小学校から和光学園で学ぶ。 ヴォーカルのもも(1993年4月9日-)とアコーディオンの小春(1988年11月21日-)からなる日本の姉妹音楽ユニット。2009年7月から活動を開始。

チャラン・ポ・ランタンHP

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