卒業生インタビューvol.30

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渡辺さん

今回は幼小中高と和光学園で学び、葛藤の中から自ら俳優への道を歩み出した渡辺裕太さんに学生当時のこと、今現在のこと、そして今後の展望についてお話を伺いました。 とかく2世タレントということに注視されがちですが、ご自身はそのことについてどう考えているのでしょうか。

細井啓太先生(以後、聞き手と表記): 久しぶりだね。一昨年、和光大学ポプリホール鶴川での劇団マチダックスの第2回公演を観に行って以来だから、2年ぶりかな。
まぁ、ゆっくり語れるのは久しぶりだから楽しみだよ。

『渡辺裕太』でネット検索すると、『アイドリング』とか『遠藤舞』とか『佐渡』とか色々出てくるけど、実際のところどうなの?。

渡辺裕太(以後、渡辺と表記): なかなか鋭いですね(笑)

『アイドリング』というのは、僕は元アイドリングの遠藤舞さんの大ファンなので、出てくるんじゃないですかね。

『佐渡』というのは、フジテレビの『テレビシャカイ実験あすなろラボ』の中の企画で、限界集落と言われる過疎化などで人口の50%以上が65歳以上の高齢者という田舎に移住して、半年の間に若者を11人呼べるか?っていう実験だったんですよ。

聞き手: あぁ、それね。最終回の夕方の特番を観たよ。慣れないことも多かったようだけれど、実際のところどうだったの?

渡辺: 色々な人にお世話になって、お陰さまで良い経験になりました。
結局は番組をきっかけに7人の方が来てくれて、もう少しで達成という感じだったのだけれど、番組の趣旨以上のものを得た気がします。
家とは関係なく、人と触れ合うことを仕事としたい…って再認識した瞬間でした。
お陰さまで、それから仕事が続いてきているって感じで(笑)

聞き手: え~と、高校時代って、そんな感じだったっけ?!

渡辺: 中学まではどちらかと言えば内弁慶で、僕の場合は高校くらいから少しずつヤンチャするようになったかな?(笑)

聞き手: そうそう、春休みの教室掃除を手伝ってくれてくれたお礼に焼き肉に連れて行ったり、友達のうちに泊まるのに俺に電話してきたりしたよな。「先生も来ない?!」って。そんなこと言うのって後にも先にも裕太くらいだよ(笑)
あと、いまだに思い出すのが、放課後の教室で遊んでいた裕太たちが机とかを整頓せずに帰ってしまったこと。夜、全員の家に電話して「明日の朝早く教室に来て掃除すること」と伝えて、「ちゃんと来るかな…」と心配していたら、翌朝8時過ぎにはすべて終了してたね。「あぁ、ちゃんと来てやるんだ…」と変に感心してしまったよ。

渡辺裕太、和光学園と出会う

聞き手:ところで和光学園を知ったきっかけは何だったの?

渡辺: 太田裕美さんから「良いわよ」って母が薦められたようです。今度はうちから他の方にも薦めているようですよ。

聞き手: 裕太自身は和光をどう思ってるの?

渡辺: 僕は、他の学校の給食や制服を知らないので一概には比べられないですね。
和光って、芸術家も凄く多いですね。学校の雰囲気が自由ってことは、発想も柔軟なのかなって、思ってますけれど。

今思えば、稲刈り・米作り。山登りや水泳、体育祭や和光祭などなど。体験を重視して興味のあることを存分に伸ばして貰える環境だったかなと思います。それゆえに、自分に自信が持てるようになるのではないでしょうか。

僕の今やっている仕事も、幼・小・中・高の時にやっていたことと繋がることが多々あるんですよ。それぞれ個人の奥底に持ったモノを和光でぶれずにやって欲しいですね。

ムクムクと自分が出て来た迷いの高校時代

聞き手: 高校時代で影響を受けた授業に演劇があるって、読んだことがあるのだけれど、実際のところはどうなのかな?

渡辺: そうですね。高2の演劇で『ドラマ』という題材でやった時に、もしかしたら、これって僕の今後に生きて来るのかな?!ってふと思いましたね。

聞き手: それはどんな感じの授業だったの?

渡辺: 即興演劇をその時間中に完成させて、チームごとに1つの発表会をするって授業でした。難しかったけれど、やり甲斐のある授業でしたよ。

聞き手: クラブ活動はどうだった? 確かフットサルサークルもやっていたよね??

渡辺:中学1年は卓球。2・3年が野球。高校1・2年がテニス。3年でフットサルサークルだったのですが、ほとんど高校のクラブは帰宅部で遊びまわりましたね。

聞き手: 高校時代で印象に残っていることを挙げるとすれば、どんなことがある?

渡辺: 和光祭では、『ゴキャーン』っていうゴキブリの疑似体験をするアトラクションだったのですが、ちょっと暗闇に隠れたりするのが楽しかったりして(笑)
そうそう、パネル紹介の司会に抜擢されて、上がりまくってドン滑り。周りはドン引きでした。『魚釣り』ってネタだったのですが、人生初の落ち込みでしたよ。明石とともに食堂で反省会…。もう立ち上がれないか?ってくらいの落ち込みでした。

聞き手: そうだった、そうだった。そんな体験をしつつ、演劇の世界に飛び込んだのではないのかな。

渡辺: 僕にあるのは演劇か大学か…。でも、演劇は身近なだけで、まだ僕の中に自信としてはなかったんです。それで、取りあえず可能性がなくならないように大学に入りつつ、大学2年の時から明治座のアカデミーっていう養成所で学びました。
そこの仲間と立ち上げたのが『劇団マチダックス』だったんです。
人と人とのつながりが今の自分を作っていると思うんです。

劇団マチダックスは自分自身にとって立ち返る場所。

聞き手: なぜ町田だったの? 他の地域でも良かったのでは?

渡辺: 今、マネージメントもしてくれていて、劇団の仲間である鷲頭さんが町田推しっていうのもあったし、僕が町田に馴染みがあった…っていうのもあります。
地域密着型の劇団を作りたかったので、町田っていう地を選びました。
お陰で町田市の地域情報番組のケーブルテレビの仕事もいただきましたね。
劇団は、これからも続けたい活動です。

今は、テレビのレポーターだとか、バラエティ番組とか呼んでいただいていますが、そこから家に帰るような、僕自身にとって劇団マチダックスはホームなんです。

聞き手: それで今がある!ということだね。とかく2世タレントって見られがちだけれど、自身ではそれについてどう思っているの?

渡辺: 親は今の僕からするとデカイ存在だし、身近すぎるところがありますね。正直、『2世』って言われるのは、超イヤです。常に2世の鎧を着けて闘いたくはありませんね。 でも、あるとき弟に言われました。「嫌だ、嫌だ…って言っても生まれ持ったことは事実なんだから、それを使うのも有りなんじゃないの??」ってね。 だから、ここぞ!って時は、2世の剣を使うかもしれません…。(笑)

先日、初めて父親に稽古を見て貰い、役者としてのアドバイスを貰ったんです。 とても勉強になったし、繊細な感性を持っているんだなってことが分かりました。

渡辺裕太、自身の夢を語る

聞き手: 今後のご自身の夢を語ってください。

渡辺: 今の僕の夢は3つあります。
1つめは、新国立劇場の中ホールに立つこと。大ホールはオペラ向きなので…。
2つめは、赤坂ACTシアターに出たい。
3つめは、朝ドラに出演したいですね。だいぶ、柄本兄弟に遅れを取ってしまったので、是非呼んでほしいです。

聞き手: 最後にこれを読んでくださる和光生とこれから和光を受けようかなって考えている方にひとことお願いします。

渡辺: 和光学園はやりたい事を存分にやらせてくれる環境です。迷いもあるでしょうけれど、僕のように卒業してから迷いを束ねられることもあります。
後悔しないくらい、光ったモノを手に入れてください。
僕自身の反省から、英語と漢字はより一層頑張ってください。

聞き手:今日は忙しいところ、わざわざありがとう。また、公演も観に行くよ。

〈インタビューを終えて〉
今回久しぶりに和光高校に来校した渡辺君は、周囲の方々に感謝の気持ちを持って、謙虚な姿勢を崩さない好青年へと成長していました。久々に会う先生たちから異口同音に「テレビ観てるよ!」と激励され、笑顔で話をしている様子は高校時代の渡辺君そのものでした。また、「テレビを観て(渡辺君を)知っている」という警備員さんのところに、乗りかけていた車を降りて挨拶に行き、お礼を述べている渡辺君の姿には敬服の念すら抱きました。これからも、みんなから愛される渡辺君であってほしいと思います。 忙しい中、わざわざ時間をさいてインタビューを受けてくださりありがとうございました。

(了)

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プロフィール

渡辺裕太(わたなべ ゆうた) タレント

和光幼稚園・小学校・中学校・高等学校卒業。大学時代に明治座アカデミーの12期生を終了。 町田市を中心として活動している「劇団マチダックス」の主宰。 プロフットサルチーム・ペスカドーラ町田PRアンバサダー 日本テレビお天気コーナーの人気キャラクター「そらジロー」のたいそうDVDにて たいそうのお兄さんとしても活動中。 テレビ: 日本テレビ「世界一受けたい授業」、「幸せ!ボンビーガール」 レギュラー: テレビ:日本テレビ 「news every」 2014年度 リポーター      J:COM 「じもっティ!セレクト」 ラジオ:「劇団マチダックスの1,2,3,4!」     ( エフエムさがみ83.9MHz 毎週木曜日夜9時)

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