卒業生インタビューvol.33

学園広報担当 卒業生インタビュー
佐々島さん

今回は幼・小・中・高と和光学園で学ばれ、現在、劇団民藝の演出部にてお仕事をされている佐々島 侑(ささじま あり)さんにお話をうかがいました。数日後には劇団の公演活動で2ヵ月間東京を離れるため、スケジュールの合間を縫ってインタビューがおこなわれました。

昔は幼稚園の先生の側を片時も離れられなかったそうですが、和光学園に入ってどんな変化があったのでしょうか。また、子どもの頃は大工さんになりたかったという佐々島さん。ご自身の今までを振り返りながら一言ひとこと紡ぎ出してくださいました。

今回のインタビュアーには、高校で選択授業の工芸の講師をしていらした竹田淑子先生にお願いしました。工芸という選択科目がある学校も珍しいようですが、物づくりという視点からどんなお話しが聞けるでしょうか? その辺にもどうぞご注目ください。

佐々島侑(以下、佐々島と記載): 竹田先生、こんにちは。しばらくぶりですね。昨年、竹上妙と先生の工房にお邪魔して以来かもしれませんね。その後、お変わりはありませんか?

竹田淑子先生(以下、聞き手): 侑ちゃんには高校の選択の授業でしか関わっていませんが、その後も何度かお会いしていますから、今日は私の知らない侑ちゃんのことを色々教えてくださいね。

和光学園との出会い・自我のめざめ

聞き手:私の娘も幼稚園から和光学園だったのだけれど、当時はまだ鶴小がなくて、和光小学校に通っていたのですよ。侑ちゃんの幼稚園時代からの話しを聞かせてください。

佐々島:私は幼稚園から和光に入ったのですが、親曰く、小さい時から手先が器用でものを作るのが好きだったのと、知り合いが和光幼稚園のことを教えてくれたのだそうです。

他も見に行ったけど、私が嫌と言うし…。ここしかない!と思って入った和光幼稚園でも、私は大の泣き虫で、担任の天野先生の側を片時も離れなかったと聞いています。なかなか友だちの中に溶け込めなかったから、先生に引っ付いていたんだと思います。どこどこの…と言われるグループには入っていなかったようです。

聞き手:そうよね。私の娘も鶴幼ではなかなか馴染めなくて、担任の日高先生に相談したこともあったわ。「大丈夫になるよ!」って、見守ってくださっていて、「やるべき時、言うべき時にはちゃんという子だから大丈夫だよ」って聞いた時はちょっと安心もしたわね。

佐々島: 当時は、前の学年が作った(人も乗れる)電車を作り直して家にしたりもしていました。私の学年でも電車を作ったのですが、切符の自動販売機や、切符を売る人、切符を切る人などさまざまな人がいて、年少さんを乗せてあげたりしたのを今も覚えています。当時から、上、下の学年との交流も多く、この後の和光の行事では縦の関係が深かったです。
私は家に帰ってからも、自動販売機を作ったり、電車ごっこ遊びをしてましたね(笑)  幼稚園でのこぎりの扱いに慣れてくると、一人ひとりがふねを作りましたけれど、みんな自分だけのふねを作るのにもう真剣そのものでした。
外で遊んでいる時は、かためんとう*を使って、ドロ団子を丁寧にていねいに磨いていくとツルツルになるので、それにはここの土がよいよ!っていう情報も友達から聞いたり研究したり…。そんなことから自然と友だちとの繋がりもできていったように思います。
色のついたセロハンなんてもらうと、もう興味津々で、サランラップの芯につけたり、色々なものを見てはまた自分の世界を広げていったように思います。小さな木の箱を作ったのも幼稚園の頃でした。

*かためんとうとは…和光幼稚園&鶴幼の砂場で使われているプリンのカップのような容器のもののこと。

聞き手: ところで侑ちゃんのお父さんはどんなお仕事をされているの?

佐々島:建築家というか設計士ですね。その影響なのかどうかは分かりませんが、私の場合は人形遊びよりもその人形の家のほうが気になってしまって、例えば、リカちゃん人形が住むのには、こんな家でこんな家具の配置で…って考えちゃうんです(笑)

聞き手:小学校ではどんな子どもだったの?

佐々島:なんだか作ったものばっかりが思い出に残ってるんですが、小学校では宮津先生の授業で釘を溶かしてナイフを作って、鉛筆を削ったりしましたね。当時は、シャープペンは何年生からって決まっていたような気もします。

聞き手:そうよね。私もあの薄~い字が嫌いでね。その点、当時の和光の子どもって、1年生から鉛筆はナイフを使って削るものだったわよね。

佐々島: 糸ノコを引いて、パズルを作ったのもよく憶えています。木を使って椅子を作ったのもこの頃です。とにかく、何でも作ることが大好きで、実は私、大工さんになりたかったんです。
放課後になると、工作担当の宮津先生のまわりに作ることが好きな子達が自然と集まって、色々教わっていたのですが、私もなんとなくその場にいて作っているような子でしたね。

中学校…。思春期まっただ中!

聞き手: 後に劇団にお勤めになるのは中学校の演劇祭の影響が大きいのかな?

佐々島: 私の中学時代は特に演劇に興味があったわけではなく、しいて言えば秋田でのわらび座のお芝居を観たことが、そういう世界があるということを知るきっかけにはなったかな。クラス外の友だちとワイワイつるんでいたイメージがあります。 演劇祭もありましたし3年生では照明をやりました。
勉強はとにかく呑み込みも悪いものですから、社会科の担当で当時主事でもいらした田中先生に授業のあと、よく質問しに行っていましたね。でも、今にして思うと、単に○か×かでは答えられないような勉強が役に立っているのかもしれません…。一つのことをとことん調べる習慣もここで身についたようで。
今の仕事でも、素材や時代背景を調べて、この年代だったらこんなものは使っていないハズとか、インターネットでは調べようもないようなことを調べに、時には国会図書館まで行ったりもします。

進路を少しずつ考え始めた高校時代。和光高校の被服&工芸*とは

聞き手: 高校時代はどうだったの?

佐々島: 高校は私にとって本当に楽しかったですね。今までのクラス単位がバラバラになるというイメージで、朝の会も2校時目頃にあったりとか、体育祭のTシャツコンテストやらエンターなどや、文化祭(和光祭)では教室の外の装飾に凝ってみたり、教室を使ったアトラクションでジェットコースターをやったり…。本番に向けて、グッとひとつにまとまるって感じがとても好きでした。
その他では、生徒会執行委員も経験しましたし、3年生では体育祭実行委員長をしました(笑)。生徒会顧問の先生には、「体育祭実行委員長なんて、ホントにやるの?」って聞かれたけれど、ちょうどクラス数が増えた年だったので、対戦を組むのに半日増やす要求をしたり、期間中に雨が降ってどうするか?ってところが悩みどころでしたが楽しかった思い出です。
当時は、私も少林寺拳法部だったのですが、在学中に初段まで取りました。当時の少林寺拳法部員は、交通費を浮かせるのと、身体を鍛える…という目的のためにチャリ通でしたね(笑)
高校生になって、館山にも高校生コーチとして行きましたし、もう日焼けして毎日何をしてるの?ってくらい充実していましたよ。

聞き手: 高校の被服という授業は、実に大らかで被服の先生が自由に作らせてくれていたように思うわ。補習の時間も含めて、自分のやりたいことをやれる・作りたいものを作れるように指導してもらえるって本当に良いことよね(笑)。

佐々島:そうそう、テーマがまたザックリしていて、テーマ『カバン』とかね(笑) 私は自分の古くなったリュックをばらして、型紙を取って、今でもまだ持っていますよ。

聞き手:まったく何も作ったことのない男の子がジーンズとか決めちゃって、これポケットどうするの?っていう子でも、最後には何とかなっちゃうんだから、ホントに不思議よね(笑)中には、卒業式に自分で作った服を着て出る生徒もいるからステキです。

佐々島: 今日、持って来たのですが、先生に3学期の特別講座の時にお世話になったバッグです。

*和光高校の工芸という授業では、材木を切って1人1つずつ織機を作り、糸を紡いで染め、縦糸や横糸の関係を学びながら、糸を織り込んで作品を作っていくというもの。

聞き手: そうだったわね。あの時は特別授業だったから、持ち手を付けるまでの時間はなくて、卒業式の時に付け方を書いた紙と持ち手を渡したんだったわね。

佐々島: そうでしたそうでした。今でも私の大切な宝物の1つです。昔の夢は大工さんでしたが、なかなか女性の大工さんっていないじゃないですか。だんだんとそういうことに気付き始めていたんですよね。インテリアコーディネーターっていうのも頭を過ぎったりして…。
でも、私にとって大切な瞬間はモノを作っている時だってことに気付いて、大学は、文化女子大学の造形学部に進学を決めたんです。
最初は、この人は何をしたいんだろう…って目で見られましたが、私の卒業制作は、染色と織物のどっちにも傾注した作品を作り上げました。参考作品になるようなものにまでなったんです。

モノづくりとは…。幸せな瞬間。

聞き手:その後、劇団民藝とはどう繋がっていくの?

佐々島: 偶然、知人が劇団民藝の元女優さんだったんです。それで話を聞いてみて、取りあえず観てみようと思ったのがきっかけでした。 紹介してもらった民藝の役者さんが立ち上げていた芝居の手伝いを大学在学中にして、芝居を専門に勉強したわけではないのですが、私の中でやってみたい…という気持ちがムクッと頭をもたげたのです。  そこで、大学在学中に受験したのが劇団民藝の演出部です。演出部というと、照明・音響・大道具・小道具、昔は作家さんもいました。こんなに多種多様な形態の中だったら、私の大好きなモノづくりが生かされるかなぁ…と。  木下順二さんの『沖縄』という舞台が初仕事でした。沖縄というのは、小学校の時に語り部の方からお話しを伺っているので、自然と涙が溢れました。ここに入って良かったと思ったのはそういうところからですね。

聞き手:私たちの仕事はモノを生み出す仕事。モノを大事にしていくことかなって思います。 現代人はお金を出せばすぐにモノが手に入る時代なのかもしれないけれど、手を動かさなくなったら人間は退化してしまう。 先日5/1朝日新聞のコラム折々のことばの中で、かつて西武百貨店のコピーに使われていた糸井重里さんの『ほしいものが、ほしいわ。』という言葉について書かれていたけれど、価値は自分自身で決めれば良いと思うのよね。満ち足りてしまうと創作意欲が湧かなくなってしまうのかも。

佐々島: 私もこの間、フッと籠を手作りしたくなって、(秋田の)田沢湖まで行って来たんですが、とても貴重な経験でしたし、良い気分転換にもなりました。この籠の素材を採るために職人さんは6月に木の皮を採りに行って…など事前準備もされているわけです。そんな籠編みを職人の方に教わりながら、実際に一から編み上げたのですが、この籠ももう私の中では一生モノかもしれません。もし、壊れたとしても直して使いたいと思います。
私にとって、何かを没頭して作っている瞬間は、とても貴重な時間だしこれからも作り続けたい。私の作りたいモノを納得の行く形で作り上げていきたいですね。これは仕事にもつながっていくし。
今後もこれをやってみようということは、まだ決めてないけど常に探し続けていきたいと思うしやってみたい気持ちでいっぱいです。色々なことにチャレンジしたいと思います。 自分のことは、自分が、そして自分で決めることだと思います。

聞き手:ちょうど今の侑ちゃんは、私が織物を始めた歳ね(笑)もう始めて45年になるわ。色々やってみて分かることってあるんじゃない?

佐々島: そうなんですか。劇団でも、例えば干し餅1つ取ってみても重かったら吊せないですし、どうしたらそれが長持ちするのか、それが本物に近く見えるのか…で悩みますね。とにかく丈夫なものでないと旅公演の間じゅう保たないので、苦労しますね。

小道具を探すのには大きくわけて、『借りる。作る。買う。』という感じで。小道具を台本から抜き出して集めます。立ち稽古に入る前に仮道具を用意して、だんだんと芝居にあったものに変えていきます。  演出家から要望が出たり、役者さんが使いやすいものに変えたり、芝居の都合で変えたり、衣裳プランナーから色形の要望が出たり、装置プランナーから家具の要望が出たり、ちょっとした仕掛けが必要になったりもします。

借りてこれるもの、買えるものはまだ良いのですが、大抵手を加えたり直したりしないといけないことが数多くあります。
例えば、この前はアイルランドの話でビール瓶が20本以上必要で、日本のものは小道具屋に割とあるのですが、その時代のビールを調べて使えそうなビールをみんなで飲み干し(笑)  ラベルを調べて作って、貼って。ダンスがあったり戦闘シーンがあったりしたので、割れる可能性もあるので全ての瓶を透明のテープで補強したり。

中に入れる飲み物を作るのも私の仕事なので、毎日ビール工場みたいに作ったり。  また、作るものも沢山あって、でもそこはどうしてもこだわっちゃったりするので、家に帰っても夜中まで作業したりもします。
その時代にあったもの、雰囲気が出るもの、こだわると永遠に仕事は続くのです。 また、その時代に合ったモノを探してきても、演技の関係でどうしても軽く作らなければならなかったり、靴の色を黒から茶色に…とか色々ありますね。 最近、自分の靴の修理くらいなら、自分でやりますよ(笑)そういうのがね、また楽しいんです(笑)

読んでいる方へ贈る言葉

聞き手:これを読んでいる人に何かメッセージを…って言われているんだけれど(笑)

佐々島: 和光学園という学校は、人と違ったことでも、自分を隠したり曲げたりせずにこの場所に居て良いんだっていう居心地の良さがある学校だと思います。

時に、何でもしてよい…と勘違いする子も出てきますが、法律にのっとっている以外のルールは、自分たちが主体的になって決めていけるのです。この学校に入って、勉強ではくくれない大事なことがたくさん学べたと思います。大学に入って、初めて外の世界に出た時、私自身が尊重されてきたことに気づきました。この環境の中で潰されずに来たことに気づいて、最近では先輩・後輩の隔たりなく飲む機会が多くなりました(笑) 夢がある人もない人も、和光の学生ならば、色々と乗り越えてきた行事やでき事があるから、もっと自分に自信をもって大丈夫!! 今までの楽しいこと知っているよ。たくさん見て来たよ!って自信を持っていってください。 私の場合は、それを実感できる瞬間が実に多かったと感じています。

聞き手: 今日は長い時間、ありがとうございました。また、ぜひお会いしましょうね。

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プロフィール

佐々島 侑(ささじま あり) 劇団職員

幼稚園から高校までを和光学園で過ごす。文化女子大学 造形学部生活造形学科 工芸コース染織専攻卒業。在学中、劇団民藝の演出部に入団。今年で10年目になる。

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