和光人インタビュー vol.37

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高橋さん

牧野芳雄先生(以下、聞き手): こんばんは。お久しぶりです。

高橋佑太さん (以下、高橋): 先生、お久しぶりです。お会いするのは確か教育実習の時以来ですね。僕の代のこと、覚えてます?

色々な人の名前も出ながら、こんな軽いトーンで夕食のお弁当を食べながら始まった今回のインタビューでしたが、途中、ひょっこりと教育実習の時に担当教員だった体育の細井先生や、中学時代に担任をされた北出先生が顔を出してくださいました。

現在の仕事、SUPER GT参戦のレクサス チームSARDとは?

聞き手:昔はテニスをがんばっていた…という印象が強くあるけれど、今は実際どんな仕事をしていますか?

高橋: 簡単に言うと、現在はトヨタレーシングチームのマネージメントをしています。スポンサー様(以下、スポンサー)の対応ですね。レースでお金をいただいて、企業の宣伝広告やプロモーションをおこなっています。メディアにも出ますし、雑誌などの媒体にも掲載されます。いわば協賛ですね。
弊社はレース活動がメインですが、アフター(チューニング)パーツの開発・製造・販売も手掛けておりまして、ル・マン24時間耐久レースに日本初で挑戦したのもうちの会社です。最近では軽飛行機も作ったりしています。
1番力を入れているのは、SUPER GTという国内でも人気のカテゴリーへの参戦です。トヨタでは6チームあって、その中の1チームとしてLEXUS TEAM SARDがあります。

聞き手: 僕も昔はTEAM SARD SUPRAなんかは聞いたことがあるね。いったい年間何戦くらいレースがあるのかな? 場所は毎回違うの?

高橋:年間8戦ですね。場所は、モーターランドsugo・ツインリンクもてぎ・富士スピードウェイで2回、鈴鹿サーキット・岡山国際サーキット・オートポリス・(タイの国際サーキットの)ブリナムユナイテッド・サーキットですね。

聞き手: 相当、お金もかかるんだろうね~。

高橋: 車体だけでも数億円とかの世界なので、スポンサーの協力で成り立ってるんです。国内の自動車メーカーはトヨタ、日産、ホンダの3メーカーですが、トヨタのことでいうと、現在の豊田章男社長がモータースポーツにも力を入れていこうという意気込みが現れていると思います。

華やかなレースの裏で…。

聞き手:一見、華やかな世界だけれど、苦労してることってどんなこと?!

SUPER GT
SUPER GT

高橋: レースって、とってもストイックな世界なんですよ。皆が万全な良いコンディションで臨まなければ良い結果は得られないので、ドライバー・チーム・監督・車の調子・天候の具合などといった感じで、まさに心・技・体にプラスして運も大切な世界なんですね。
例えば、コンマ1秒縮めるのに凌ぎを削っているわけですから、チーム作業ではタイヤ交換のために毎日筋トレは欠かさないし、ビデオで撮影して無駄な動きはないか、またタイミングが合っているかどうかストップウォッチ片手に計測したりするわけなんですよ。
車検時に登録したタイヤが2種類だとしたら、その選択した2種類のみと決められているので、車検を受けた際の登録時のタイヤセットで戦わなくてはなりません。レースの会場やシーズン、その日の天気にも大きく左右されるので、監督やエンジニアの判断に全てが掛かって来ますね。燃料や油脂系などのピット作業は勿論ですが、雲がどんな動きをしているか、自然相手にも常に気を配ってセッティングしてますね。 たまにガス欠を起こしている車なんかも見かけることがあると思いますが、ガソリンを(入れれば入れるほど車体が重たくなるので)出来るだけ余らないようにキチンと計算して入れますが、その計算を微妙に狂ったりするとガス欠を起こす車もあるんです。

聞き手: SUPER GTって、どんなレース形態なんですか?

高橋:主に2つのカテゴリーがあります。500クラスと300クラスの2つに分かれていますね。うちが出ているのがワークスチームの500クラス。つまり500馬力のクラスで、直線なら300kmくらい出ますね。そこに国内メーカー3社(トヨタ、日産、ホンダ)がひしめき合っているんです。
300クラスになると、これは300馬力のクラスで、プライベーターで走らせているチームがほとんどです。その分、車両の指定などもないので外車も入って来ます。300クラスでは車両が自由だからランボルギーニやフェラーリとハイブリッド車のプリウスなんかがバトルするなんてこともあって観てて面白いですね。でもどの車も4~5000万円なんてザラですよ。

聞き手:まさかピット作業まではしないんでしょ?

高橋: 私はスポンサー対応などのマネージメントをしながら、契約もいただくという感じですね。今年のチームグッズのデザインは私がしました。キャップとかTシャツ、マフラータオルなどレースでは必需品の商品です。ファンの方はドライバーからサインを貰ったりしますから必ず白いスペースを用意したり、商品のデザインを統一したり、様々な工夫をしてグッズはつくっております。

聞き手:車体名がDENSO KOBERCO SARD RCFってなっているけれど?

高橋:メインのスポンサー様はチーム名に社名を入れられたり、車体に企業カラーを入れることができるんです。 DENSO様は各種自動車の電気パーツのメーカーで企業カラーが赤色なので赤を基調にしていて、KOBELCO様は(神戸製鋼所のこと)重機とかショベルカーの会社で青色を基調としています。SARDの車体カラーが白なので、白を基調とした車体にDENSO様の赤、KOBELCO様の青を入れたデザインにしているわけです。RCFっていうのがLEXUSの車種名ですね。

聞き手:あぁ、それで車体は白いボディーに赤と青のラインなんだ。スポンサーは何社くらい?

高橋: 現在は50社~60社くらいですね。

聞き手: SARDに勤めたきっかけは?

高橋:実は大学卒業後に健康に関わりたいなと思って、一時 健康機器メーカーに勤めたんですが、その会社にスーパーバイザーとして来てた方との縁です。その方が前職を退職されたんですが、辞める前にも、辞めた後も「仕事を一緒にやらないか?」とお誘いを頂き、そのご縁もあって転職しました。その方から学びたいと思ってましたし。まぁその方は、今のSARDの社長なんですが笑。

和光で培われた『豊かな心』

聞き手:話は戻るけれど、和光ではどうだったのだろう? 確か、小学校から和光?

高橋:兄と姉が公立に通っていたので、ちょっと年齢が離れていたこともあって、親が自由な環境で学ばせたいと考えて、調べてきて選んだのが和光小学校だったらしいです。

聞き手:自由な環境というのは、どうだったのでしょう? 和光生は根拠のない自信を持っているなどと、よく言われますが…。

高橋: 小学校の沖縄学習旅行、中学校の秋田学習旅行。どちらも学習旅行という形態で、僕は公立のように京都や奈良の観光には行ってないけれど、普通ではない特別な体験だったからこそ今も心の中に残っています。
和光中では、全く知らない、今まで会ったこともない農家でお世話になって、農作業して交流出来たことは他では出来ない貴重な体験だったと思います。とても楽しかったのを覚えています。

聞き手:それで、テニスを始めたきっかけは?

高橋佑太さん
高橋佑太さん

高橋:小学校高学年でクラブ活動をやるっていうんで、僕は釣りクラブに入ってたんですけれど、クラブの合宿で熱海に行った時に釣りの合間にテニスをやったのがきっかけですね。中学ではお遊び程度でしたが、高校から真剣にやるようになりました。大学もテニスをやりたい!強くなりたい!という想いとスポーツについて勉強したいという想いが強かったので、そうゆう大学を選びました。倍率も高くて現役では受からなかったので、一浪しましたが今ではこれまでにないくらい勉強や試験科目の専門実技を頑張ったなと思います(もちろんそのおかげで受かりましたが笑)。テニスを通して様々な人と出会い、様々なことを学ばせてもらいました。大学3、4年では杉山愛さんと愛さんのお母さんとの出会いもあり、テニスも劇的に自信がつき、大学の全国大会にも出場することができました。テニスは自分の人生の軸の一つになっています。

聞き手:和光学園を卒業して、改めて考えたことってありますか?

高橋:僕は、不合理な規則や学則などに縛られなかったことで心を自由に、豊かに育むことができたと思っています。他校ではかなりの縛りがありますよね?それって、思春期の学生にとっては不満になったり、我慢していた気持ちがどこかで爆発したりするんじゃないですかね?
思春期で個人を大切にする時期にいろんなことが自由に出来なかったりするとやっぱり変にもなりますよ。 伸び伸び出来た和光人と他校の子では大きな開きがあると聞きます。
自由があるからこそ、和光では羽ばたく人が多いのではないか?!と思います。 絶対和光が良いって人いますよね。どこに魅力があるかは、僕ははっきりと言葉化することはできないですが、和光で良かった!とお世辞でなくて思うんです。それに僕が体育の教育実習で和光高校にお世話になった時なんて「あぁ、家にいると早く学校に行きたい」とか「和光が大好きだ」って言っている生徒がいてびっくりしました。ある程度の規則とかはもちろん必要だと思いますが、それよりも生徒の個人を大切にし、多方面に才能や性格の枝を伸ばしていくことを和光はできているんだと思います。

和光高校の体育祭!!

牧野先生
牧野先生

聞き手:自分が担任したあの3年6組に話を戻すと、一年を通してドラマの多いクラスでしたが…、4月に始業式があり、特別時間割のなかでのLHRがあり、3年6組の教室に入った瞬間、「何だ、これは!?」という驚きから担任の仕事が始まったのを思い出します。1つの教室の中に2つのクラスがあるんです。あのお化粧のきつい…。一言で言えば、「ギャル軍団」ということになるけれど、それと「おっとり系」と言うのか・・・、2つのグループに分かれていて…。体育祭に向けた話し合いを、教室の前と後に分かれてするんですよね。あの時のような驚きを「唖然!」と言うのだと思うのですが…。正直なところ、不安になりました。というより、戦慄を覚えたと言うべきか。1年間、このクラスの担任が勤まるのかどうか?
ところがですよね。「最後の体育祭」ということで、ぼくもかなりクラスに意識させたんですが、応援するんですよね。「あのギャル軍団」がみんなをリードして。黄色いメガホンを持って、黄色い声を出して。自分たちは、バスケットチームだったけど、試合が重ならなければクラスのすべての試合を応援する。決勝まで進んだ高橋くんたちのバレーボールの時も。感動しました。2つあったクラスが1つになりましたから。結果は、僅差で総合優勝を獲得することもできました。

高橋: 2年時代は下から2番目でしたから、あの時は燃えましたね(笑)でも、変なギャルはいなかったですよね。ギャルやギャル男達もただ見た目が派手なだけで根は素直で良い子達でした。姿は派手だけれど、ちゃんとクラスのことやみんなのことを想っていたりするんですよね。

高橋佑太さん
高橋佑太さん

聞き手:あんな長い体育祭を続けているのはうち(和光高校)くらいだと思いますが、体育祭が終わって、ようやく担任をやれるかなって、思えてきたというのか…。あの「ギャル軍団」だけでなく、他にもいろんな生徒がいる、本当に楽しいクラスでした。(笑)

高橋: あぁいう体育祭があるからこそですよね。お互いを知るには良いきっかけになったんだと思いますね。和光って、僕は他校よりグレてる子も少ないと思ってます。他者理解が進んでるっていうのかな、お互いを認め合って生活していたと思うんですよね。それは生徒と生徒だけではなくて、教師と生徒という視点からもそう思います。教師だって他の学校とは違うと思いますもん。(笑)

読んでいる人にメッセージ

聞き手: 後輩へのメッセージや読んでる人に伝えたいことがあれば…。

高橋:和光だからこそ、和光でしか育たないものがあると思います。自由があるからこそ、自分で選んで決めていかなければいけない。自由があるからこそ、やりたいことも出来ると思うんです。それに、もしやりたいことがなかったとしても和光にいることによって育つ個性がある。それは必ず今後の人生の中で役に立ったり、大人になって開花することだと思います。和光にいながら才能を開花させた子もいれば、卒業してから開花させた子も何人も見てきました。例えるならば、和光はすごく栄養のつまった畑って感じですかね。植物もそれぞれ大きさや実る実、花が異なるように人もそれぞれ個性が違いますから、開花する時期も様々なんです。

将来のこと。

聞き手: 将来、どうしていきたいか、っていうのはありますか?

牧野先生と高橋佑太さん
牧野先生と高橋佑太さん

高橋: 漠然とはしていますが、どんな時でも人には囲まれて仕事していたいと思います。人は誰だって何かの 使命や意味を持って生まれてきます。僕は人の役に立てるようになりたいし、これからの日本のために、次世代のために人に何かを伝え、残していきたい。今の世の中、変な事件や不祥事といったことが多い。「人の心」をもっともっと良い方向へ向けることができれば争いも少なくなると思うんです。それは僕にとっての使命だとも思っています。

聞き手:明日は出張という忙しいところ、今日はありがとうございました。

(了)

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プロフィール

高橋佑太 レーシングチームマネジャー

小学校・中学校・高等学校を和光学園で過ごす。その後、東海大学体育学部競技スポーツ学科を卒業。 転職を経て、TEAM SARDに入って今年で4年目になる。現在29歳。

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