卒業生インタビューvol.8

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切通理作さんは、和光高校、和光大学の卒業生。『怪獣使いと少年』(宝島社)、『宮崎駿の<世界>』(筑摩書房)をはじめ、若者文化や映画を中心とした批評 家・文筆者として、沢山のご著書をお持ちですし、今は高校、大学で非常勤講師もして居られます。今回は卒業生として、また教師として、和光についていろ いろと体験談やご意見を伺いたいと思います。

(聞き手:和光大学 表現学部 教授 小関和弘)

クリエイティブな世界では和光の評判はおおむね高い。群れないけれど、力は発揮する卒業生がいたるところにいる

聞き手:今のお仕事について、まず少し聞かせてください。

切通:単行本をこの夏に仕上げなければ、といった感じです。学校がない時期はそれだけに集中したいのですが、レギュラーはともかく雑誌の仕事をつい請けてしまいます。取材の仕事などは最近物故される人も多いので、会える時にと思うと後回しにも出来ません。単行本の内容は、いまここで言ってしまって、もし出せないと恥ずかしいので、出てのお楽しみということで。和光の四年生でこの夏、卒論を書く学生とは「一緒にがんばろう」と言っています(笑)

聞き手:アニメや映画に強いだけじゃなく、社会批評的な発言もなさって居られますが、そうした広い関心はどうやって培っているんですか?

切通:作家の橋本治さんは現実がこれだけ厳しい時代、映画の娯楽には社会との接点など要らないと語っていますが、そう考えると、僕が社会との接点でものを語ってしまうのは己の未熟さでしょう。でも「過度期の言葉」として僕の文章も必要な人がいるかもしれないと言い聞かせています。

聞き手:そうした関心の広さや好奇心の強さは、小さい頃からなんでしょうね。

切通:映画でも漫画でもやくざや不良同士の抗争を描いたものやスポーツものには(一部の例外を除き)ほとんど関心が向きません。「勝手にやってください」と思ってしまいます。ファンタジイでも最初から全部別世界というものには入っていきにくい。どうしても社会との接点や、見たり読んだりしている自分の現実感を揺るがせたり亀裂を走らせるものに興味が向きます。きっと僕自身が「いつか退屈な日々が変わって欲しい」と思っているような怠け者だったからだと思います。

聞き手:高校生時代や大学時代、切通さん御自身、どんな学生だったか、その辺をちょっと詳しく聞かせていただけませんか。

切通:退屈な日々の中で「何か大きいことが起こらないかなあ」と思っていたのでしょう。でも今からすれば、その「退屈」を懐かしく思います。

聞き手:学生時代、(幻の)同人誌「猫の結核」っていうのを出してましたよね?「ウルトラマン」の脚本家のひとり、市川森一さんに会いに行っちゃったり…。

切通:批評中心の同人誌でした。ただの文集では読み物として面白くないと思って特集やインタビュー、対談を入れたり。ある意味、今の原点となっています。創作同人誌を出しても知り合い以外はなかなか読んでもらえない時代でした。市川森一さんは子ども番組から大河ドラマまで、僕の世代が大人になるのと並行して活動場所を広げてきた作家さんで、誰でも知ってるドラマをたくさん手がけていました。何かの物事や作品をめぐっての話題の方がヘタなオリジナル創作より共通の関心を持ってもらえると思って出した雑誌です。僕はその姿勢のままプロになったようなものですが、実は創作の方が「当たると大きい」ということがわかっていまはちょっと後悔しています。

聞き手:学内広報紙(?)「ブンブン通信」なんていう壁新聞を出したりして、行動派っていう感じがありましたけど。

切通:当時和光では部活として作っていた学生新聞がちょうど休刊していて、そういうものをもっと軽くゲリラ的にできないかと思い、ちょっとした学内の面白いネタなどが集まったらすぐに作って、印刷などもいちいちしていると面倒くさいし時間がかかるので、数部だけコピーして学内に壁新聞的に貼りました。インターネットなどもない時代だったのに反響がすぐ伝わってきて面白かったですね。でも「ブンブン通信」を僕がやってたことは秘密なんですが(笑)。小関ゼミにいた仲のいい友達と持ち回りでやっていたのですけど、その子の方がレイアウトのセンスもあるし面白いので途中からは彼のメディアのようになりました。僕がやると、最初は軽いノリでもどうも途中から真面目になってしまうようです。ふざけきれないのが己の未熟さです。

聞き手:和光に学んだことが今のお仕事につながっているという点がありましたら、お願いします。

切通:当時、各大学の郊外化もごく初期の段階だったので、どうしても和光の場合、僻地にあるという思いは拭えず、何をやっても学内だけで完結してしまう感じがあって、雑誌作りもそうでしたが外との接点を作ろうとしました。ところが社会に出て他大学の卒業生に接すると、学閥とは言わないまでも学生の時の人間関係の延長で生きている人が意外にいる。逆に和光に居たことが「自分で行動して、世界を広げる」ことにつながったのではないかと、今では思います。しかもそれでいながら、クリエイティブな世界では和光の評判はおおむね高い。群れないけれど、力は発揮する卒業生がいたるところにいるというのは嬉しいですね。

聞き手:ところで、和光高校ではどんな授業をご担当なさっているのですか? 大学では?

切通:高校では「メディアと文章表現」という授業ですが、国語教育としての作文は他の時間でやっているので、僕はメディアに載るキャッチーな文章や「面白い」とはなにかということを色んなコラムニストの文章を使って考えています。大学では「メディアと若者文化」という授業ですが、6年目の今年は、いま現在の時代だけではなく、学生が生まれた80年代とそれ以前の時代の違い、そしていまに至るまでの経緯を写真集や批評、マンガなど色んな材料を使って検証しています。

聞き手:現在の生徒や学生たちを見て、昔の自分たちと比べたりなんかしますか? 生徒や学生たちについて、どんな感想をお持ちでしょう。

切通:学力低下が叫ばれていますが、僕自身内部進学ですし、他人のことは言えません(笑)。ただインターネットの普及で、基礎的な事実調べに役立てるのはいいんですが、ある作家のプロフィールについて、たとえば「個性的な作風で論議を巻き起こした」なんていう箇所までそのままコピペしてレジュメを作ってくる学生がいます。これは他の大学で持っている授業の学生も同じ傾向があるので和光だけのことではないと思います。インターネットに頼らず、まず自分で作品世界の感想を持ってみて、それをたとえば作者のインタビューやコメントなどと照らし合わせてみればいいと思います。そうすると自分の思い込みとのズレがわかる。それが体験となるのだと思います。

聞き手:最後に、現在の和光に対してひと言おねがいします。

切通:自由にやらせてもらっているのですが、やっぱり講師料の問題ですね。僕はいまのところ子どもも居らず、若人との接点が仕事の滋養になると判断していますが、純粋に労働として考えるとオトナの社会人を呼ぶ金額ではないと思います。これは和光だけの事ではなくて、いま講師をしているある大学では僕に声がかかるまでにも何人かの人から断られたと言うので、どんな人が断わったのか内緒で聞いてみたら、いつも新聞に出てくるような名前ばかり。ここら辺の問題は、和光から率先して改革していったらいいんじゃないでしょうか。高い必要はないんです。ある程度人並みの条件を出す方が、人材を手放さずにすむのではないかと思います。高校では資料費、期末手当が出て健康診断が受けられるなど、ある程度の配慮が見られますが、その点大学の方が遅れていますね。

聞き手:どうもありがとうございました。

(2005年7月掲載)

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プロフィール

切通 理作(きりどおし りさく) 評論家

1964年東京生れ。和光大学人文学部文学科卒業。同研究生の後、編集者を経て文筆活動に。『宮崎駿の<世界>』(ちくま新書)で第24回サントリー学芸賞受賞。最新刊『ポップカルチャー 若者の世紀』(廣済堂出版)。著書は『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』(宝島社、現宝島社文庫)『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社)『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)『特撮黙示録1995-2001』(太田出版)。共 著は『間違いだらけの<いじめ>論議』『音楽誌が書かないJポップ批評』(宝島社) 『オウム真理教の深層』(青土社)『神戸事件でわかったニッポン』(双葉社)『連合赤軍〈狼〉たちの時代』(毎日新聞社)他多数。

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