卒業生インタビューvol.9

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秋山圭一さんは和光高校、和光大学を卒業後ずっと「カメラのきむら」に勤務され、現在は取締役をつとめていらっしゃいます。現在のお仕事のこと、写真のこと、和光生へのメッセージなど、熱く語っていただきました。今回のインタビュアーは大学の写真学科に学んでいる和光高校卒業生の村上悠太です。

(聞き手:村上悠太)

和光っていうのは、ひとつの学校の考え方、流れっていうのかな、そういうのがこういう社会的なものに関心が割と高い学校だった

聞き手:今、秋山さんは、「カメラのきむら」の取締役ということですが、お仕事の内容を簡単に教えていただけますか。

秋山:うちの会社は、関東一都六県をメインに写真と映像の専門店としてチェーン展開しています。全部で84店舗あります。特に主力は郊外、いわゆるロードサイドタイプ、駐車場をつけた面積が60~100坪くらいのお店が主力。で、もう一つがショッピングセンターに入っているタイプ。例えばイトーヨーカドーなどの中に入っているお店だね。そういう二つの形態のお店を展開してきて、一部は中古のカメラを扱うお店もある。

商圏っていう意味でいうと、だいたい5万人から10万人くらいの「お客様のいるところに出て行く、住まいのところに出て行く」。だから、どちらかというと下駄履きでお店に来てくださいって感じ(笑)。そういうスタイルで店舗展開しています。だからそうだな、それぞれの地域に密着した、地域の生活に密着したスタイルで店舗展開をしているっていうのが一つの大きな特徴だね。

聞き手:秋山さん自身のお仕事というのはどのようなものなのでしょうか?

秋山:いわゆる会社の経営計画、経営プランの全体の作成とコントロールをしていく感じかな。会社の予算、3年先くらいまでの利益の計画、それとその利益を生むためにどんな風な行動を起こしたらいいかという、具体的にはどんな商品を扱ったらいいかとか、どんな販売戦略を立てるかを考える。それとどういうお店作りをするか、どういう出店をしていくか。

会社っていうのは、普通いくつもの部署に分かれていて、例えば商品のことなら商品部っていう部署がある。お金のことなら経理部、お店のことは営業部…といった具合にね。普通はお店の中にこのような機能が入っているんだけど、うちみたいなチェーンストアーっていうのはね、お店は「お客様に専念しましょう」という風に販売と商品管理に専念して余計なことはしなくていい、それは本部がやりましょう、という形になっている。それでそれぞれ各部署が立てた計画通りに物事が進んでいるかディスカッションして、「ちょっと計画がずれてきたね」というふうになったらどうやってリカバリーするかを考えたりしている、こんな感じだね。

聞き手:チェーン店の根源でお仕事されているわけですね。今のようなお仕事をされているということは、秋山さん自身相当写真がお好きなんですよね?高校時代は写真部だったそうで、実は僕の大先輩であったりもするんですよ。

秋山:そうなんだってね(笑)。僕が写真の仕事の世界に入ったのは非常に安易な理由でね。僕は旅がものすごく好きでね、高校のときに全都道府県大体周ったと思うよ。あっ沖縄は行ってないかもしれないけど。それから大学を卒業して就職ってなったときに、会社なんてものは入ってしまえば何とでもなるだろ、と考えていて、単純に旅が好きだったから旅行会社を受けたんだ。でも当時旅行会社もなかなか厳しくてね、だめだったんだよ。僕は大学五年行ってたし。

でも、たまたま写真もやってたから、「カメラのきむら」を受けたんだよ。僕がはじめてのカメラを買ったのが「カメラのきむら」でね。そんな不思議な縁もあったりするんだよ。ちょうど大学を卒業する頃に二ヶ月シンガポールからアジアへずっと旅をする計画を立ててさ、それに一刻も早く行きたくてさ(笑)、もうとりあえず就職なんていいやとすら考えてたくらい。でもそしたら「カメラのきむら」の内定が来て「あっもうこれでいいや」と決めちゃった(笑)。ホント、会社なんて一生懸命やればどこでもいっしょだ、と考えてたからさ。だから今考えると真剣に考えて入ったわけじゃないんだよ。

聞き手:そうですね(笑)。でも運命かもしれないですよ。 じゃ、当時撮影されていた内容も、旅の写真が多かったんですか?

秋山:そうだね、もちろんそれだけじゃなくて僕らが若いころは学生運動がものすごく盛んな時期でね、社会情勢が今とはまったく違っていた。そしてかつ、和光っていうのはひとつの学校の考え方、流れっていうのかな、そういうのがこういう社会的なものに関心が割と高い学校だったし、僕自身和光に入ってこのような分野に深く関心を持ったんだ。だから社会的な動きを撮影したりすることも多かったよ。

聞き手:すごい、報道写真家みたいですね。当時の写真部はどんな雰囲気でした?

秋山:僕が写真部に入った頃っていうのは、すごい封建的でね、上下関係がかなり厳しかったんだ。大学にいるOBが月に何回かダァーって部活にやってきて指導するって感じだった。まさにOB様々みたいな感じだったよ。で、その頃の俺って非常に生意気盛りでさ、もう嫌でいやでしょうがなかったんだ。それで写真部を一年くらいでやめちゃったんだよ(笑)

それで写真同好会っていうのを有志を集めて新しく作っちゃった。一年半くらい活動してね、学校のちょっとしたスペースを借りて作品を発表してたよ、写真部に対抗する感じでね。そして最後の三年の文化祭では個展をやらせてもらってね。さっきもいったけど僕は、社会的なものに非常に関心があったから、広島の8月6日のこととか、あとは炭鉱だね。炭鉱の周りの人たちの生活をテーマに追っていたよ。そういうことの合間にアルバイトをして旅に出る、僕自身の部活動はそんな感じだね。

聞き手:すごい行動力ですよね、体制が気に食わないからもうひとつ同じような団体を作ってしまうなんて。

秋山:でも卒業する前にはちょっと写真部に戻ったんだよ。いつまでも大人気ないなと思ってね。一回同好会を解散してね。みんなで写真部に行こうっていったんだよ。

聞き手:秋山さんの時代は写真部黄金期とお聞きしていました。今の写真部とはまったく違いますね(笑)。ここ数年少し元気がなかったんですが、去年写真の全国大会である「写真甲子園」という大会に僕らが関東代表として出て以来、活気を取り戻し今年も二年連続で後輩たちが関東代表に選ばれました。後輩たちの努力と熱意で少しずつですが、また元気になってきているんです。

秋山:写真甲子園はすごいよね、さっき覗きにいったとき部内がすごく明るくて和気あいあいとした雰囲気がとても伝わってきたよ。僕らの時代はモノクロ(黒白写真)しかなかったんだけど、今もモノクロは撮ったりしてるの?

聞き手:いますよ、大好きな子もいます。学生の写真はまだまだ黒白写真が主力です。

秋山:やっぱりそうなんだ。僕らの頃はね、よく一から薬品を調合したりもしていたんだよ。この薬品を増やせば黒がきれいに出るとかいろいろ試していたよ。よくやったよ(笑)現像時間や液の温度を変えていろいろなデータを取ってね、まだ実家に帰ればそのときのノートがあると思うよ。

学生時代、自分が撮った写真を通して自分の思いだとかそういうものを伝えたい、そんな気持ちの方が大きかったのかもしれない、今考えると

聞き手:学生時代にそこまで写真をやりこんでいたということは、当然プロの写真家になりたいとお考えになったこともありますよね?

秋山:うーん、確かに一時はね。でも何だったんだろうね、趣味と仕事は違うと思ったのかな…自分の写真が冷静に考えるとプロっていう世界につながらないと思ったんだよ。自分のことって自分が一番よくわかるからね。自分の好きな写真だけを好きなだけ撮っていて、じゃそれがビジネスになりますか、というとそれは違う。食うためにはどうしても広告写真だとかスタジオ写真とかコマーシャルの分野をやる必要がある。しかも僕が撮りたかった写真っていうのは、ある意味一番ビジネスになりづらい写真だったんじゃないかな。そんなことより自分が撮った写真を通して自分の思いだとかそういうものを伝えたい、そんな気持ちの方が大きかったのかもしれない、今考えるとね。

当時「日本リアリズム写真集団」っていう団体の撮る写真が好きだった。土門拳とかも大好きでね、和光大の卒論のタイトルは「日本におけるリアリズム写真活動について」だった。丸木先生の授業で環境問題のことをやってね、水俣病なんかは僕らのもっと前なんだけど、70年代、日本もものすごく急激に成長していく中でいろんなひずみが社会の中で起きてきた。で、その後遺症が出てくるという時代背景だった。そういう社会問題にとにかく関心が強かったから、選択授業も社会問題を取り上げる授業ばかりをとっていたよ。

聞き手:では、やはり報道写真家などに憧れました?

秋山:うん憧れていたよ。どっちかというと報道とかそういう分野の写真家に憧れてた。社会を撮ってアピールするっていうことにね。

聞き手:一之瀬泰造さんとか?

秋山:沢村恭一とかね、やっぱ憧れだよね(笑)。カッコよかったもんね。人を撮るって難しいじゃない。風景なんかはじっとしてて動かないけど、人はそうはいかないもんな。でも難しい中にいい表情が撮れたりするとうれしいよね。新宿なんかも浮浪者だらけでよく撮っていた。それでよく怒られて追いかけられたこともあったよ。あれは本当に怖かったー(笑)。あとは都電の生活なんかもよく撮った。僕らが学生の頃はまだたくさん走っていたからね。

聞き手:大学も和光だったそうですが、大学生活のほうはいかがでした?

秋山:僕はね、大学はほとんど行かなかったんだよ。ほとんど勉強しなかった。バイトと旅の繰り返しだったよ。(笑)

聞き手:じゃほとんどの思い出は高校生活の方が大きいんですね。

秋山:以前、和光高校でパネルディスカッションをやらせてもらったときに喋ったんだけど、文化祭で写真同好会で写真展をやろうって話が出たんだ。そのとき予算会議で勝ち取った予算で写真を貼るためのベニヤ、つまりボードを買ったんだよ。これって展示する上でかなり重要なものなんだよね。でそれを体育館の裏の倉庫においておいたんだ。ところが僕がそのとき行われていた大学祭に行ったらさ「写真同好会」って書いてあるベニヤ板が使われてたんだよ。大学のサッカー部の学生が俺らの倉庫に入ってきて勝手に持って行ったんだ。その頃僕は生意気だったから熱くなって抗議に行ったんだ。サッカー部相手に一人でね。「誰ですか、うちのボード勝手に持って行ったのは」って言ったらさ、「んだこの野郎!」とか完全に喧嘩口調なんだよ。どこのどいつだって言われたから「高校の写真同好会の秋山です」って名乗ったんだ。そしたら学校の帰り待ち伏せされてさ。怖くてね。そのときに高校の鈴木先生に相談してね、そしたら俺が行ってやるって言ってくれてね、いっしょに抗議しにいってくれたんだ。すごい頼もしかったな。そのとき和光の先生って頼もしいなって心から思ったんだ。

写真として記憶を記念として保存するーそれをつなぐのが「カメラ」という道具

聞き手:そんな熱いエピソードもあったんですか(笑)。では、もう一度お仕事の方にお話を戻したいと思います。今は大学や雑誌でも大いにデジタルカメラが取り上げられてることから「アナログ(フィルムカメラ)からデジタルへの過渡期であるといえると思うのですが、それに関して秋山さんはどのようなことをお考えですか?

秋山:機材の時代の流れからいくともう完全にデジタルだよね。でも、これはあくまでも機材の問題であって、本当は一枚の写真なんだよね、大切なのは。それを作る手段としてカメラがありますよっていうことであって、たまたまカメラっていう「機械」っていう部分が変わっただけなんだと思う。これから写真をやろうっていうお客さんっていうのは、フィルムカメラのことだってそこまで詳しくは知らないんだ。そこに新しくデジタルが入ってきたわけなんだけど、そうなるともっとわからないことだらけ、何をどうやって聞いていいかもわからない。だから聞いてくることは「このデジカメは何万画素?」という質問なんだけど、お客さんにとってデジタルって値段と画素数なんだよね。必ずしも画素数で画質が決まるわけじゃないってことをお客さんは知らないから。でも本当に初心者のお客さんが知りたがっているのは、「デジタルってどうやって使うの?」っていうことなんだよ。たとえばメディア(注:撮った写真を記録するメモリーカードのこと)ってどんなのを選べばいいのとか、どれくらい撮れるのとか、どうやって見るのとか、そういうことが知りたいんだ。でもそれさえ聞くキッカケがないんだよね。

お客さんが何のためにその商品を買うのかを汲むころが重要なのは銀塩もデジタルも不変だと思うよ。やっぱりお客さんっていうのはいかに簡単にうまくきれいに写真を撮るかっていうのを重視するのね。結婚して子どもが生まれたら我が家のかわいい子どもの成長をかけがえのない一枚に記録する、そう、記録と記憶と記念だよね。記録はあらゆるものの記録だよね、記憶は頭の中に覚えておきたいっていう感情、それで写真として記念として保存しておく。それをつなぐのが「カメラ」っていう道具だからね。

僕は写真って「LIFE」、生活そのものだと思っている。だから僕らの仕事って「カメラ」を売ることじゃない。かけがえのないお客様の記念やかけがえのない一瞬、その「LIFE」にいかにお手伝いできるか、貢献できるかっていうのが僕たちのビジネス。だからデータでもフィルムでも関係ない。でもデジタルになればもっと楽しみが増えると思うんだ、そうするとお客様はもっと楽しんでもらえるチャンスがある。それに対して僕らがもっと役立てるチャンスがあるんだ、デジタルっていうのは。

うちらのビジネスからいうのなら、アナログの方が儲かったんだよ。必ず現像、プリントしてくれるからね。でもデジカメでは必ずしもその流れにはならなくなったわけだよね。メールで転送したり、パソコンの中で楽しむ人もいっぱいいるわけだよね。いろいろな新しい楽しみ方が出てきた。だから、ここは商売の課題として残る部分だけどね。でも、アナログにはないたくさんのビジネスの窓口があるのも確かだよ。

いい瞬間というのは人の心を動かすんだよ。写真は映像と違ってその瞬間を切り取るじゃない、だからこそ人の心を強く動かすんだと思うんだ。
ただ、これは僕個人の考えだけど、紙、これってすごく重要だと思うんだよね。困ったときの神…もとい、紙頼みっていうのかな。だってパソコンにいくら写真のデータを残してあったとしても、もしかしてなんらかの原因でデータが飛んでしまうかもしれないじゃん。かけがえのない一瞬が消えてしまうかもしれないんだ。だから、やっぱり写真を紙に残すって大切なことだと思うんだよ。僕らはこれからもこの「写真を紙に残す」っていう文化は育てていかなきゃならないと思ってるんだ。何度も言うけど、最終的には一枚の紙に焼いた写真で感動や衝撃を伝えたい、残しておきたいんだよね。その写真を見た瞬間を残しておきたいんだよ。やっぱいいじゃない、あとで写真を見たときのあの感動ってさ。いい瞬間というのは人の心を動かすんだよ。写真は映像と違ってその瞬間を切り取るじゃない、だからこそ人の心を強く動かすんだと思うんだ。

聞き手:僕も本当にそう思っています。新しいデジタルという技術が運んできてくれた新しい表現方法は、今までで出来なかったことを出来るようにしてくれる、新しい「フィルム」だと思っています。でもアナログだろうがデジタルだろうが、根底にあるものは決して変わらないものだと僕も信じています。そしてなにより、実際にプロとしてビジネスとして写真に関わってくるとデジタルをどんどん受け入れていかないと時代遅れになってしまうような気がします。

秋山:そうなんだよ。写真を仕事とする実務者は、本当に今悠長なことは言ってられない。それに「取り組んでいく」っていうことが一番重要でしょ。前向きに。年配の人がデジタルを批判するのは、難しそうだなと思ってしまうからなんだ。だけど、逆にとればここに新たな市場があると僕は思っているんだけどね。あとは2007年問題といわれる、いわゆる団塊の世代が一斉にリタイアする年があるんだけど、今まで仕事人間だった人が次にやることっていったら趣味だよね。趣味で絵をやりたがる人もいるんだけど、絵って難しいじゃん。それに比べてカメラって絵を作るのはすごく簡単だよね。で、そこに新しいデジカメっていうものがある。すると、写真始めて見ようかなと思う人と、デジタルを勉強してみようかなっていう二つのタイプの人が出てくる。だから、その二つをとりこんでみたら面白いと思うんだよね。デジタルが難しいっていうお客さんが多いなら、僕らがほんの少しだけわかりやすいようにレールを敷いてあげればいいんだ。そうすればまたものすごく写真の文化って広がっていくんじゃないかな?そういうところにやっぱ貢献していきたい。お客さんと一緒に楽しんでいきたい。

僕は夢っていうのは思いが強ければ絶対実現できるものだと思っている

聞き手:常に今そして先を踏まえて写真界を捉えていらっしゃるということが非常に強く伝わってきます。それでは最後に今の和光生たちに向けてなにかメッセージをお願いします。

秋山:やっぱり和光って自由ななんでもできるチャンスにあふれた学校だと思うのね。先生方も、子ども・学生たちを見守っていこうっていうスタンスをもっている。ちょっと変わった学校だよね。だから反対に社会に出ると、やっぱりちょっと「甘いな」っていうデメリットな部分がある。でもこんなに自由というチャンスがあるわけだから、いろいろな世界に飛び込んでほしい。いろんな組織や活動に飛び込んでいってほしいな。だから写真甲子園みたいな活動に取り組むとかってすごいいいことだと思うんだよね。そういうふうにあらゆることに挑戦するっていうことはすごい重要だと思うね。

目標や目的をしっかりと持った子っていうのはすごく伸びていくと思う。
あと和光の学生は、目的と目標をしっかり持ってほしい。○○歳までになにかになるだ、夢をかなえるんだとしっかりと目標を決めてほしいね。そうでないと和光っていうのは逆に流されやすいからさ。でも、目標や目的をしっかりと持った子っていうのはすごく伸びていくと思う。いつまでにどうなるんだっていう自分の中のビジョンをきちんとそれぞれが持って学校生活を送ってほしい。これは社会に出ても本当に同じことだから。人間って目標を達成したときってすごく達成感を感じるでしょ。で、達成感を感じるとすごく自分に力がつくんだよね。これってすごく重要なんだ。目的と目標、そして期限をしっかりと持って学生生活を送ってほしいね。

僕は夢っていうのは思いが強ければ絶対実現できるものだと思っている。よく社内で「『もう人間』と『まだ人間』」という話をするんだけど、なにかピンチが来たときにすぐに「もうだめだ、もう無理だ」と言う人と「まだいける」と言える人とではやっぱり結果が違うよね。その時に思いをどれだけ強く思っているかが重要なんだと思うんだ。だからそういうもの若いときから持っていてほしい。和光っていうのはそういうものを持てるチャンスがいっぱいある学校だからさ。「個」を伸ばしていこうっていう主義だから、和光は。

今の世の中は何でも全体の総論であるとか、そういうもので物事を判断するよね。お店やってると「大半のお客さんはこうだ」とか「平均でこうだ」とかっていう意見を聞くけど全部違う。お客さん一人ひとり、すなわち「個」が重要なんだよ。こういう時代だからこそ、総論がどうだじゃなくて、「個」がどうなのかしっかり見つめる必要があるよね。和光はこの部分を育ててくれる学校だから。一人ひとりの個性、才能を育ててくれる学校、そしてそれを自分自身で伸ばすチャンスがある学校だと思うよ。だからこそ、さっきも言ったけど、目標と目的を持って、そして少しだけそれに対して厳しく向き合って頑張ってほしいな。

聞き手:お忙しい中本当にありがとうございました。

(2005年10月掲載)

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プロフィール

秋山 圭一(あきやま けいいち) 「カメラのきむら」取締役

1976年和光高校卒業 。 1981年和光大学経済学部経済学科卒業。 同年「カメラのきむら」入社。 現在、取締役に就任し活躍中 。

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