和光人インタビューvol.13

サイト管理者 卒業生インタビュー
vol13

今回の卒業生インタビューは、現在、大相撲で力士の髷を結う職人である床山としてご活躍されている、小池恭平さんをご紹介いたします。小池さんは、現在、床泉(とこいずみ)という床山名で東関部屋に所属されています。一般の人にはなかなか知ることのできない、相撲界の様子もお話ししてくださいました。

昔からとりまとめのような仕事を、役員などをよくやってきました。要っていることも、やっていることは、今もあまり変わっていないと思います。

聞き手:和光は、小学校時代だけですね。ずいぶん時間はたっているとは思いますが、ご自分では、どんな小学生だったと記憶していらっしゃいますか?そう言えば、小学生の頃から、知事になりたいとか、政治家になりたいと言っていましたよね?

床泉:バッチこそちがいますが(相撲協会バッチも議員バッチも)、似たようなものです。今思えば、あまり変わってないというか、成長していないんじゃないかな。昔からとりまとめのような仕事、なんかの役員をよくやってきましたが、言っていることや、やっていることは、今もあまりかわっていないと思います。いわゆる議員ではないけれど、選挙の応援にだれだれ(力士)をつれてきてほしいと頼まれればそういう手配もするし、(相撲の)ツアーをどこそこの業者におろそうとか、そういったいわば口利き、とりしきり、総括のようなことをやっています。そういう意味では、(政治家とは)バッチは、違いますが、バッチの商売をしているといってもいいかもしれません。

相撲協会は、文部科学省の所轄団体になっています。どこそこの中学校によばれると防犯のために面会者カードをつけてくださいと言われたりしますが、私は、逆に文部科学省の所轄団体だから、別にとがめられることはないと、胸をはって言っています。個人も言動もあまり変わっていないと言えば変わっていません。

聞き手:小学校時代の思い出はありますか?

床泉:沖縄に行ったのは思い出ですね。相撲協会の巡業で、宜野湾のコンベンションセンターで、宜野湾場所というのを3日間やりました。昔のことは、相撲の人間には明かさなかったけれど、懐かしかったですね。

聞き手:小学校時代は,学級委員だとか、班長とかいろいろやりましたよね。

床泉:はい、そういうことの延長で今でも力士会の旅行に帯同したり、だれかれが引退相撲をやると言えば、その段取りをして仕切ったりしています。この業界では、行司さんは、土俵の上の行司だけでなく、冠婚葬祭があったら、そういう時のいろいろな書き物をしたり、相撲の番付表なんかも書いたりしています。それだけではなく、いろいろなことを仕切るのも行司さんがやります。僕もそういう中に入って営業・販売促進を専門にやります。僕のこの業界の中での専門は、どちらかというと販売促進が専門ですね。切符の采配をしたりとか…。営業畑といえば営業畑ですね。行司は行司、床山は床山としての仕事はもちろんあります。しかし、モチベーションとして僕は広く営業をやっていると言っていいかもしれません。何十万、何百万の単位で切符をあずかり、それを、これまでに培ったつながりで、どんどん割り当てをして、さばいていきます。本当は余りつきあいたくないけれど、義理で床泉に言われたらしかたがない、といったつながりも含めて、もちつもたれつの関係で、押し強くやっています。

聞き手:一番はじめにこの世界に入ったきっかけは、どんなことですか?

床泉:僕は、この相撲社会、この協会に入りたかったんです。別に頭をやるとか、そういうことに興味はなかったんですが、相撲協会に入って、相撲でめしを食ってみようかと思った。学校の先生になろうかな、と思ったこともありますが。

聞き手:でも、一般には相撲の社会にはなかなか入れないですよね。

床泉:一般に公募しているわけではないです。とにかく相撲だけが好きでした。野球もサッカーも興味がなくて、相撲だけが好きでした。小学生のころから、テレビで相撲は見ていたし,中学生になって、国技館に通いました。そこで、高砂部屋の髪結いをやられていた方で、すでに定年になった方に出会い、その方に高砂部屋を紹介してもらいました。高砂部屋には床山の方が3人いて、定員いっぱいで採用がないからと、分家の東関親方の部屋に行きました。その定年になった床山の方は、東関親方(高見山)の髪結いをやっていたので、その方の口利きで東関親方に頼んでもらいました。高校生になって、定員が空くのを待っていました。だから、学校にも行ったり行かなかったでした。部屋に通いながらいつかは採用が出るからと、協会に出入りして、待っていました。そして、高校1年の9月場所の理事会で正式に採用が決まって、平成9年11月1日付け(11月場所)で採用になりました。

聞き手:今の仕事について、考えてらっしゃることは?

床泉:途中やめたいと思ったこともありましたし、学校にもどろうかと思ったこともありましたが、徐々にそういう思いからも開放されて、なんとか残るようになりました。

つらいこともあり、意地悪をされるようなこともありましたが、なんとか辛抱して、がんばりました。つらいことに合うと、かえって反骨精神というか、なにくそという思いがわいたり、その人より自分は長くいるんだと思って、辛抱さえすれば、やがては、自分も上にあがれるという思いでやってきました。今はなんでも逃げるような風潮があるけれど、どこの世界にも合う人、合わない人はいるし、自分より先輩の人はいつかは自分より先にやめていくんだからと、じっと我慢してやることが必要で、割り切ってつきあっていくことで、なにも逃げなくてもいいんじゃないかと思うこともあります。ちょっと嫌なことがあると、すぐに逃げたり、やめたりする人は多いですし、逆にあたればいいといったことを言う人もいますが、僕は、じっと辛抱して、いやな上司でもやがては先に定年になるんだと思ってつきあっていけばいいと考えています。相撲の世界は、年功序列で、僕はこのシステムが気にいっています。

力士の世界も同じことがいえます。相撲部屋に子どもを預けにくる親の中には、家で大きな身体をもてあまして、ゲームをやってごろごろしているよりは、相撲部屋でそうじでも皿洗いでもなんでもやらせてもらった方がいいなどと考えてくる親もいて、それは違うでしょって、相撲協会は福祉施設ではない。やはり、相撲を志してつらいことにも辛抱して強くなりたいという気持ちを持った子でないとつとまらないと思います。

聞き手:1日の仕事の流れを教えてください。

床泉:相撲の稽古は朝7時からです。だから、僕は、今、東関部屋と高砂部屋の2つの部屋をもっています。9時から11時前くらいまで高砂部屋をやります。横綱(朝青龍関)の頭をやることもあります。それから、うちの別の部屋で11時から1時くらいまで、頭をやったら、床山としての仕事はそこまで。うちの部屋では、関取も入れてちょんまげのついている力士が16人、高砂部屋は20人いてその3分の1くらいをやる。1日23~24人くらいやっています。高砂部屋には、床山さんがあと二人いますが、もう資格者の先輩なので僕も何割かをやっています。だから、今は、床山としての仕事は、目いっぱい、空き時間なくしています。

聞き手:お相撲さんの髪結いの技術はそんなにすぐにできるものではないですよね。

床泉:普通の、ただのちょんまげは、入ったらすぐに実践でやって覚えざるをえません。大銀杏(おおいちょう)になると何年もかかります。僕が入った当時は部屋に現役で横綱曙関がいて、一門の中で床山の数が少なくて、すぐ現役で本隊でまわらなければいけなかった。僕は1年半ですぐに巡業に出ました。はじめに水戸泉関をやりました。大銀杏ができないと地方巡業にまわるメンバーに入れないので、そのときは、特訓じゃないけど、高砂部屋に練習しにいったりしました。10代の頃から練習しにいきました。今の高見盛関なんかは、僕がはじめからやりました。そういう意味では、環境にめぐまれたというか、まわりに関取が多くいたので、巡業にも早くついて行けたし、いろんなことを早くから覚えることができました。そういうところから、ある意味協会での顔にもなりました。

聞き手:床山としての仕事が終わった後は、どんなことをされているんですか?

床泉:相撲協会やサービス会社に行ったり、あるいは、昔で言えば、番頭みたいなことをやっています。夕方以降は、このお店(相撲茶屋『振分』)に顔を出したりしています。高砂部屋に最初に行った時に振分親方に声をかけてもらって以来、ずっと走り回ってエネルギッシュにいろいろやる、そういうスタンスで広く仕事をやっています。そういう仕事が好きですね。

聞き手:お母さんは、お元気ですか?

床泉:はい。まあ、母親は大学まで出したかったという思いはあったでしょうが、大学出ても仕事していない人も結構多いとか、同じ年齢の人と比べても結構いい方だということを見て、納得はしていると思います。今も、仕事は楽しいですが、早く年をとって格をあげたいという思いもありますね。

聞き手:床山さんという仕事をされている方は、相撲協会には何人くらいいるんですか?

床泉:行司、呼び出し、床山、それぞれ各50人くらいづついます。それらには、全部序列があります。ぼくはまだ若いですから、僕の下に後輩は12人いるだけです。65歳までの中での分布だから、まだまだ上はたくさんいます。50人いてもいろいろな人がいて、僕のように、広く営業的なことまでやっている人間もいれば、職人気質で、頭に集中している方もいます。格付けは、見習い、5等から1等、特等まであって、僕は現在4等で、次に3等にあがりますが、力士でいうと、幕下くらい。20年たつと、2等になって協会資格者となります。30年で1等です。特等になると、三役待遇になります。行司、呼び出し、床山の中でも、行司は関取と同格の扱いになります。そういう意味では、行司さんは各上になります。格付けと、どの力士の頭をやるかは関係ありません。それは、所属した部屋に横綱がいればその頭をやりますし、床山の格づけとは関係ありません。そういう意味では、ぼくの入った環境はよかったし、まわりからもうらやましがられました。

私は、このようなことをライフワークと位置付けて何でも行います。大相撲に関すること何でも、ご連絡ください。提携できることがあるかもしれません。ご連絡をお待ちしています。
床泉 連絡先:090-2628-1868 (※連絡先等は、ご本人の希望により掲載しております)

聞き手:ありがとうございました。なかなか外からは見えない、相撲の世界の一片を見せていただいたように思います。とても勉強になりました。お体に気をつけて、がんばってください。今後のご活躍を祈念いたします。

(了)

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プロフィール

床泉(本名 小池恭平) 床山

昭和56.8.7.生まれ   昭和63.4.和光小 入学 平成6.3. 和光小 卒業   平成6.4.明治学院中 入学 平成9.3 卒業    平成9.4.明治学院東村山高校 入学 在学中の平成9.11 に財団法人 日本相撲協会 採用 現在 東関部屋に所属

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