沖縄学習旅行<2日目>
2日目の午前中はでいごコース、ひめゆりコース、白梅コースの3グループに分かれてのコース別学習です。それぞれの学徒隊のたどった戦跡をめぐり、その現場で証言者の方々のお話を聞きます。各コースには平和ガイドのみなさんが同行してくださいます
。
今日一日お世話になる平和ガイドの皆さん紹介の様子。
<でいごコース>
ナゲーラ壕、識名壕、こんぱくの塔、米須、でいごの塔をまわります。元でいご隊の稲福マサさんが証言をしてくださいます。
<ひめゆりコース>
ひめゆりコースは、南風原陸軍病院20号壕、第一外科壕をまわります。第一外科壕で、元ひめゆり学徒隊の島袋淑子さん証言を聞きました。
<白梅コース>
白梅コースは、ヌヌマチガマ、八重瀬岳、白梅の塔をまわります。ヌヌマチガマで、元白梅隊の崎山麗子さんの証言を聞きました。
<ひめゆりコースの一日>
バスの中では、平和ガイドの横田先生と北上田先生がかわるがわるお話をしてくださいました。
「みんな鉄の暴風雨っていう言葉知ってる?」
「知ってる、授業で聞いたよ」
「でも本当にどんなものだったかはわからないよね?」
「いま僕が手に持っているものは、爆弾の破片です。上から爆弾がおちてくるだけじゃなくて、前からも後ろからも横からもいろんなところからこういう爆弾の破片がとんでくるのが、鉄の暴風雨なんだよ。」
と、爆弾の破片の実物をもとに話してくれました。実際に目にしてみると、こんなものが飛んできたらひとたまりもないなと、鉄の暴風雨の恐ろしさを実感することができました。


南風原の陸軍病院跡を訪れ、当時ひめゆりの学徒たちが命がけで飯あげをした道を通って、20号壕へと向かいます。
「結構急な坂道だね」「戦争中は爆弾が飛び交っていたんだよね」と、学習した当時の様子と照らし合わせながら歩く子どもたちでした。

第一外科壕の入り口で、元ひめゆり学徒隊の島袋淑子さんのお話を聞きました。壕の中の様子や学徒の仕事の話、目の前で友人が亡くなっていったときの話、1時間にわたって話してくださいました。
教室で聞いたり読んだりする証言とは違い、学習旅行では目の前でご本人から話を聞くことができます。「ここで友人が亡くなったのです」と、実際の場所で話を聞くことができます。その現場で聞く生の島袋さんの言葉の重みと、迫力、鬼気迫る表情に、子どもたちは聞き入っていました。
話を聞き終えた後、「感想はありますか」という先生の言葉に、思わず言葉を失う子どもたちでしたが、そんな中で出た子どもの言葉は「辛い話を、僕たちに話してくれてよかったです。次の世代に伝えたいと思います」というものでした。これだけの思いのこもった話を聞いたあとで、感想ではなく話してくれたことに対するお礼と、決意が真っ先に出てくるということに、子どもたちの沖縄学習旅行に対する強い思いを感じました。「ありがとう」と涙を流す島袋さんの顔が忘れられません。
集会では、お礼の言葉とエイサーと命どぅ宝を歌いました。


今回はひめゆりコースしか紹介することができませんが、残りの2つのコースでも子どもたちは同じように実際の場所で目で見て、耳で聞いて学んできました。
午後は、ひめゆり資料館を見学しました。資料館には、沖縄戦でなくなった学徒隊の方々の写真が展示してあります。「名前が出た方々を資料館で探してみてくださいね」と喜久子さんに言われていた子どもたちは、話に出てきたたくさんの友人の顔を、資料館でさがしていました。
平和の礎では、全員そろって平和集会を行いました。


平和宣言を全員で読みます。

命どぅ宝を歌う子どもたち。
エイサーを踊る子どもたち。
夕食のあとは、沖縄の文化に触れる沖縄文化ナイトです。
和光小学校卒業生の伊藤幸太さんの三線とお話を聞きました。

園田青年会との交流会もありました。
自分たちの踊りを見てもらい、アドバイスももらいました。
最後は、園田青年会の皆さんと一緒にエイサーを踊りました。