校園長ブログ

「みんなで顔を合わせて笑いあえる一年に、 そんなあたたかいクラスになったらいいな」 ~学級通信に込めた想い その2~

和光小学校 校園長ブログ
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入学式から一週間、先週1年生はお昼までで下校でしたが、それでも慣れない場所、初めて出会う人たちとの毎日は思った以上に疲れたことでしょう。
6年生は毎朝1年生の教室で「おはよう」と出迎えてくれます。金曜日は、3年生が手作りの割り箸でっぽうをプレゼントして、体育館でペアで遊びました。
来週は、2年生が作ったテープごまで一緒に遊び、4年生からは手編みのあやとり紐をもらって、いっしょにあやとりをし、5年生に読み聞かせをしてもらう、と上級生との交流が予定されています。

今回は3,4年生の学級通信のタイトルに込めた想いを紹介します。

3年1組「ケ・セラ・セラ」「なんとかなる」という意味です。<楽しい時もあれば「どうしよう・・・・」となやんだりするときもある。そんなときに「ケセラセラだよ」「だいじょうぶ、自分たちならなんとかなるよ!!」と安心した想いを自然と持てるクラスになったらいいな>というのがクラス替えをしたばかりの子どもたちへのメッセージです。いっしょにがんばることが<“自分たちの自信”に自然となっていくような、そんな暖かい、安心できるクラス>に。

3年2組「ワライアイ」担任お気に入りの、DISH//の「僕らが強く。」という曲から。昨年、長い休校が明け、子どもたちと顔を合わせた時、一緒に過ごせる時間の尊さを感じました。<家で楽しくても学校でみんなで学んだり遊んだりする楽しさには勝てない!!それはサビの“笑ってたいんじゃなくてね、笑い合ってたいのだ”というところとピッタリ同じ。今年もみんなで顔を合わせて笑い合える一年に、そんなあたたかいクラスになったらいいな>という願いを込めて。

4年1組「あそび+べんきょうむし」持ち上がりのクラスです。昨年のタイトルは「あそびむし」でした。4年生に進級し、<どの教科でも新しいことをたくさんべんきょうするよ。今までよりも「なるほど~」とかんじることがふえてくるよ。にが手なこともべんきょうしてできるようにしていこうね。総合学習「多摩川」でしぜんとたっぷり関わる学年。たよられることが増えてくる。>と、「+べんきょうむし」に想いを込めました。

4年2組「言の葉なべだより」<「言の葉」とは「こころのことば」です。いにしえの人々は、様々な感情や心模様を「言の葉」に乗せて、やまとうたを読んできました。学級通信は目的ではなく、日々の真のこころによる教育の延長線のうえにあるように思います。>というのがタイトルに込めた想いです。<氏名には「命の使い方」への願いが信じて託されているといつも心から想います。>と、初めて出会う子どもたちの一人一人の名前から感じたことを紹介しています。

「楽しいことも悲しいことも、 いっしょにたくさん話して、考えて、笑って・・・」 ~学級通信に込めた想い その1~

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2021年度が始まりました。1年前、子どもたちの声が消えたキャンパスで迎えた新年度のことを思い返すと、ひとつ学年が上がってうきうきした足取りで始業式に集まる子どもたちの姿に、今年こそ思う存分楽しい学校生活、園生活を送ることができるように、できるかぎりのことをしたいと決意を新たにしました。

12日には入園、入学式を行いました。幼稚園は昨年度、図らずも“ゆるやかな”スタートを切ることで安定した幼稚園生活に入った子どもたちが多かったという振り返りのもと、今年も一週間は各グループを2つに分け、前半、後半での少人数保育を行います。さらに最初の2日間は親子で過ごし、少しずつ新しい場所、新しく出会う人たちに慣れていくことができるのでは、と考えています。

小学校1年生は、6年生が朝から教室に来てくれて朝の支度のお手伝いをしたり、いっしょに遊んでくれたりしています。そしてさっそく学校探検。何もかもが初めてという学校生活に、少しずつ慣れていくことでしょう。

和光幼稚園も和光小学校も担任は学級通信を発行します。学級通信は園、学校と家庭をつなぎ、家庭と家庭をつなぎ、子どもと子どもをつなぎ合わせます。学習、生活の様子、時には子どもたち同士のトラブルも担任の視線でお伝えし、保護者のみなさまとは学級親和会で改めて子どもたちの関係を考えあうきっかけになっていきます。

そのような学級通信、タイトルにも担任の想い、願いがこもっています。新年度の初めに、各クラスのタイトル、そこに込められた想いをご紹介します。

今回は小学校の低学年です。

11組「ポッケ」1年生はアイヌの文化を学びます。「ポッケ」とは、アイヌ語で「あたたかい」という意味だそうです。1号には<個性豊かな36人をあたたかく包み込むようなクラスにしていきたいと思っています。>と、タイトルに込めた想いが書かれています。学級開きでは、アイヌ文様を版画にした担任手作りのしおりをプレゼント。<きょうぷれぜんとしたしおりには、いやなことをふきとばすおまじないがかかってるよ!>

12組「いたやはりアイヌのことばです。<アイヌの人たちのことばで「はなす」という意味です。みんなのお話をたくさん聞かせてください。そして、話すだけでなく、友だちのお話も聴きあいましょう。たくさん聞いて、たくさん話す、みんなとたくさん話せる1年になりますように、と願いを込めました。>とタイトルに込めた想いを綴り、学級開きでは担任の自己紹介、アイヌのウポポ(唄)を一つ教えてもらいました。

21組「あしたも!」担任が替わり、どんな先生かな~と思っている子どもたちに、学級開きでは“先生に質問”コーナーがありました。「好きな色は?」「好きなスポーツは?」などなど知りたいことが次々と。タイトルに込めた想いは、<先生はみんなとたのしいこともかなしいことも、いっしょにたくさんはなして、かんがえて、わらって・・・あしたもやりたい、あしたも学校にいきたい!!あしたもともだちとあそびたい!!とおもえるまい日にしたくてきめました。>

22組「手と手と手と」1年生からの持ち上がりです。<通信のタイトルは先生が好きな歌です。>と6番まで紹介。<グー あきらめない、だんけつ、チョキ さいごはえがおで「やったー」パー はい!ちょっとまった。いいことばかりじゃないぞ! 苦しい時はみんなグーでがんばってほしいけど、最後はピースになるのはうれしいけど、それでもちょっとまって「私はつらいの」って話せて聴ける関係を目指したいです。>担任の歌を口ずさみながら聞いていました。

第88回入学式 式辞

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1年生のみなさん、入学おめでとうございます! 早く小学校が始まらないかなぁ、と首を長くして待っていてくれたことと思います。お待たせしました。 今年は4月にこうして1年生のみなさんをお迎えすることができること、ほんとうに嬉しく思っています。

1年生のみなさんの入学を、学校中の人たちが楽しみに待っていました。いつもはこの会場に、2年生から6年生までのお姉さん、お兄さんたちが参加するのですが、今年もまだコロナが心配なので、和光小学校の子どもたちを代表して、一番年上の6年生が参加しています。6年生の人たちは玄関で待っていてくれて教室でいっしょに遊んでくれたと思います。ペアのお姉さん、お兄さんと仲良くなりましたか? ここまで手をつないで入ってきた6年生は、これからも一緒に遊んだり、学校のことを教えてくれたり、みなさんのことを見守ってくれることでしょう。 教室の壁にステキな絵があったでしょう。それも6年生の人たちが作ってくれました。今日みんなに配るお手紙の準備や靴箱の掃除まで、6年生の人たちがしてくれましたよ。今日は参加していませんが、5年生はこの会場の準備をしてくれました。そして2年生、3年生、4年生はみんなにプレゼントを準備してくれています。楽しみにしていて下さいね。学校中の人たちが、今日のこの日を迎えるために、みなさんのことを思いながら心を込めて入学式を準備しました。

これからみなさんは和光小学校の1年生です。小学校に入るとたくさんのことを学びます。“学ぶ”ということは、知らなかったことがわかるようになる、ということです。できなかったことができるようになる、ということです。だから、ワクワクする、とても楽しいことです。これは、6年生のFさんが、1年生が終わるときに北山先生にきれいなリボンをかけて届けてくれたものです。「たのしいわこう小学校をありがとう!」とひらがなと漢字で書いて、真ん中にはグランドに立っているいちょうの木があります。実は、これは何を使って書いたかと言うと、これ(割り箸)です。この割り箸をナイフで削って割りばしペンを作り、オレンジのインクをつけて書いてくれました。私はこれをもらってとっても嬉しかったので、ずっと壁に貼って眺めています。何がうれしかったかというと、自分で削った割りばしペンで文字や絵を書いたこと、そして「楽しい和光小学校」と書いてくれたことです。和光小学校の1年生はナイフを使います。最初は柔らかい割り箸を削ってペンを作り、その次には鉛筆もナイフで削ります。最後には細長い木を削ってお箸も作ります。鉛筆やお箸だけではなく、柿の皮をむいて干し柿も作るのですよ。こうやって道具を使えるようになると自分が思ったものを作ることができるようになり、作ったものを使うと楽しいことが増えていきます。Fさんはそんなことを思いながら書いてくれたのかなぁ、と思いました。

和光小学校は、なんでかなぁ、不思議だなぁ、と思うことを仲間といっしょに調べたり、考えたり、試してみたりすることがいっぱいあります。そしてたくさんの発見があります。一人だとよくわからないことも、クラスの仲間、先生と一緒に考えるとわかってくることもありますよ。

さあ、今日からみんなは和光小学校の1年生です。

“なぜかな?”“ふしぎだな”と思う気持ちを大切に、なかまといっしょにたくさん学び、たくさん遊んで、こころもからだも賢くなっていって下さい。

新入生の保護者のみなさま、 本日はお子さんのご入学、ほんとうにおめでとうございます。 大切なお子様の教育を、和光小学校に託して下さったこと、たいへんうれしく思っています。まだまだ感染状況は予断を許さない状況ではありますが、昨年1年間の試行錯誤を経て、感染対策を万全にしてできる限りの教育活動を行うことができるよう、力を尽くしていきたいと思います。

和光学園は保護者のみなさまと学校とが子どもをまん中にして教育作りをしていく「三位一体」の学校です。保護者のみなさまには本日より親和会の一員として、 子どもたちをともに見守り、支えていただきますよう、お願いいたします。そして、お子さんといっしょに和光小学校の教育を存分に体験して下さい。 これからの6年間、どうぞよろしくお願いいたします。

2021年4月12日 和光小学校 校長 北山ひと美

和光小学校卒業式 式辞

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今年は春の訪れが早く、みなさんの卒業を祝福するように、子どもの森の桜が満開になりました。先週、桜の木の下で1年生や幼稚園の子どもたちと遊ぶ6年生の姿を目にし、1年前のことを思い出していました。

昨年の今頃、最後の2週間は学校に来ることができずに5年生を終え、和光小学校の最終学年は臨時休校の中でスタートしました。教科の学習、総合学習、6年生になったらこれをやるんだと思い描いていたものができないまま自宅で過ごす日々、みなさんやおうちの人たちの心の内はいかばかりだっただろうと思います。特に、1年生の時から毎年優勝目指して取り組んできた運動会、6年生の姿にあこがれ、いよいよその6年生になったという緊張感を持っていたことでしょう。6月に学校が再開しても通常の授業、活動ができるのはいつになるんだろう、2学期に運動会はできるのだろうか、沖縄学習旅行にはいけるのだろうか・・・・等々、みなさんやおうちの方たちが抱いた不安は、私たちも同じでした。コロナウイルスへの感染対策をしながらできる限りいつもの学校生活を送ることができるようにしたい、と考え、私たちも手探りで進んできた1年でした。それでも夏の林間合宿を行うことはできず、みなさんにとっては最後の瑞籬キャンプに行くことができませんでした。“できなかったこと”を嘆いても前には進めない、と3月になってテント張り実習、キャンプでの調理実習、騎馬戦を伝える会を行い、これまで和光小学校で取り組んできたものを次の学年の人たちにつなげることを、6年生のみなさん自身が意識していたことを、とても心強く感じています。

長い休校とその後の感染対策をしながらの学校生活、その中で「学校って何だろう」ということを多くの人が考えたことと思います。6年生のみなさんは教室で率直に話し合いました。休校期間にはネットを介した学習にも取り組み、オンライン朝の会も行いましたが、「なぜかやる気にならなかった」というNくん、Sくんの、動画を見てやる学習は「なぜか学校でやっている勉強より楽しくないというのか、おもしろくないというのか、何かが抜けている気がして変な感じでした。やっぱり学校でみんなとやった方が意見も言い合えるし一緒に考えられるので、学校で学ぶ大切さを身にしみて感じました。」ということばに、学校で学ぶことの意味が示されています。インターネットを開けば知りたいことをすぐに調べられる時代になり、パソコンの画面を通じて「授業」を受けることも可能になってきています。が、和光小学校で過ごしてきたみなさんは、一人で画面に向かっているだけでは得られないもの、学校に集って仲間と共に考えるからこそ得られるものがあることをよくわかっています。6年生の学びの中で仲間と共に実感を持って学ぶことを最も大切にしているのが総合学習「沖縄」です。みなさんの沖縄学習旅行は、10月末に実施できましたが、やはり例年どおりにはいかないこともありました。それでも、沖縄戦を体験した玉木利枝子さん、中山キクさん、島袋淑子さん、平田文夫さん、文子さんから直接話を聴くことができ、南部戦跡を回り、座間味の海にも入りました。コロナ禍で多くの学校が修学旅行を取りやめたり旅行先を変更したりしている中、沖縄に行き証言者の方たちにお会いすることができたのは、34年にわたる和光小学校の総合学習「沖縄」の積み重ねがあったからだと思っています。なぜ沖縄を学ぶのか、沖縄の学びがこれからの生き方にどうつながっていくのか、もう答えを見つけた人もいるでしょうし、この先何年か後に見つける人もいるでしょう。それがわかったとき、沖縄で和光小学校の6年生が来るのを待っていてくださる方たち、コロナ禍であってもなんとしてもこの学習旅行は成功させたいと願う多くの人たちの想いを受け止めることができるのだと思います。

和光小学校は“ことば”を大切にしています。ことばで伝える、ことばを受け止める・・・1年生の時からたくさん「はっぴょう」し、友だちの「はっぴょう」を聞き、「あのねのーと」「生活ノート」を書き、授業や活動のたびに「ふりかえり」を書いてきました。いや、みなさんからすれば“書かされた”という感覚かもしれません。子どもだけではなくおうちの人にも行事や親和会の感想を届けてくださいと声をかけ、とうとう今年は「おうちの人の卒業文集」までできあがりました。こうやって自分が感じたこと、考えたことを“ことば”にすることは、実は自分の頭の中を整理し、新たな疑問を導き出すことになり、次の学びにつながっていきます。そうして重ねてきた学びは、みなさんの中に「想像力」を育んできました。ケンカをした後の相手の気持ち、物語を読んでそこに描かれている世界、風景、76年前、沖縄の戦場で起こった出来事、今、辺野古の海に基地を造ることに反対している人たちの願い、3・11の津波で大切な人を亡くした人の胸の内、「花ばぁば」の授業で日本軍慰安婦にされた方たちの想い・・・・ これまで学んできたこと、その時に感じたことを思い出してください。想像することでさまざまな感情が揺さぶられ、相手の痛みがわかるようになります。「沖縄を伝える会」でみなさんの“ことば”が伝わるのは、沖縄で見たこと、聞いたこと、感じたことが実感を伴って語られるからです。それはみなさんが沖縄の過去、現在に想像力を働かせたからに他なりません。当時のこと、現地の方の想いに想像力を働かせ紡ぎ出された“ことば”は、相手の心に染み渡っていきます。

いよいよ中学生になります。これからも自分の目で確かめ、直接体験し、自分の頭で考えることを大切にして下さい。そして今まで以上に想像力を働かせてください。学習も生活も、これまでよりぐんと広がり、深まっていきますが、和光小学校で培った力を信じ、新しい世界に羽ばたいていって下さい。

卒業、おめでとうございます!

 

2021年3月22日

和光小学校 校長 北山ひと美

「決断一つで守れるいのちがたくさんある」 ~3・11の日に学ぶ、考える~

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例年なら卒業式を行う頃ですが、今年の卒業式は322日、3学期終業式は24日としました。3月になって、夏に行うことができなかったキャンプに向けての取り組み(テント貼り実習、屋外での調理活動)を、56年生縦割りで行い、小学校での最後の日々をできるだけ充実した毎日になるよう、日々学習、活動を進めている6年生です。

卒業式で「みなさんが和光小学校に入学したのは東日本大震災直後、原発事故による放射能汚染の不安を抱えながらスタートした小学校生活でした。」と話したのは、もう4年前になります。今年の6年生は当時2歳。東京でも地震による被害と何よりも東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染が広がる中での不安な日々を実感している人は少ないでしょう。3年生以下の人たちにとっては生まれる前の出来事となっています。

和光小学校の総合学習には、「トピック学習」として位置づけているものがあります。「3・11を学ぶ」もその一つ。毎年学年ごとに学習を組んでいますが、3・11から10年となる今年も、多くの学年が311日に授業を行いました。

1年生は、生まれる前のことですが、おうちの人に聴いたりして知っている人もいました。<地震の後の津波のことや火災が起こったこと、原発事故のことなど、それぞれがポツポツとつぶやく断片的な情報からも、なんだかすごく大変なことが起こったのだということがわかったことと思います。>と授業の様子が学級通信に紹介されています。二冊の絵本を読みました。『つなみ てんでんこ はしれ、上へ!』<子ども向けに書かれた絵本ですが、絵に迫力があるし「ちょっと怖いな・・・」という印象を持った人もいました。どうやっていのちを守ったかが伝わってきます。>(学級通信より)『きぼうのかんづめ』<石巻の缶詰工場と経堂がつながっている・・・地震、そして津波のあとサバ缶をめぐって起きたことが1年生の目を通して描かれています。「いい話だった~」と言っていました。>(学級通信より) ともに1年生にわかりやすい絵本でした。

2年生は担任が前任の学校での写真を見せて話をしました。訓練ではない本当の「避難」をしたのは初めてだったという山下先生、<テレビから流れてくる映像が、Mちゃんのママが言ってるように、映画みたいで、現実のものとは思えませんでした。映画みたいに「うそ」ならいいのに・・・。今も津波の映像を見ると心がザワザワします。>(学級通信より) 2年生は、「きいてみよう、3・11おうちの人はなにをしていた?」という聞き取りの取り組みをしました。10年前のあの日、<パパとママはひっこしのまっさいちゅう・・・><ちばけんにいてお兄ちゃんをだっこしておかいものにいくところだった。・・・スーパーの中にはいったらものがぐちゃぐちゃだった。・・・><ママはしごとででかけていて、でんしゃの中でじしんにあった。そのあと2じかんあるいてかいしゃへかえった。・・・> <ママは六本木のびょういんでおしごと中。かさいほうちきがなって、かいだんをおりてひなんした。いえまで5じかんかかった。>などなど、おうちの人から聞き取ったことを書いて交流しました。

3年生は先週時間が取れず、これから行う予定です。

4年生の学級通信には特別授業「3・11を考える 3・11から考える」の授業プリントが紹介されています。<死者15900人、行方不明者2525人、震災関連死3775人、避難生活41000人>の表には、<人数の多さで見てはいけないね。一人ひとりに命があり、家族があり、生活がありました。>(学級通信より)と書かれています。3年生の時はねこ踊りのお祭りに参加した人たちは、津波による大きな被害を受けた宮城県石巻市の大川小学校を訪問し、「伝承の会」の方からお話を聞いています。その時聞いたことを思い出し、当時の被害の大きさに想いを馳せました。授業では4年生の子どもたちと同じ年齢(当時)の子どもたちが震災直後に書いた作文を読みあいました。<その日のリアルな状況が伝わってきます。とても真剣に聞いてくれ、考えてくれました。大切なのは、他人ごとでなく、過去のことでなく、現在起きている自分ごととしてとらえることだと思っています。>(学級通信より) 10歳で被災し、お母さんがまだ見つからないと作文に書いた千代さん、5年後に千代さんが書いた作文も読みました。<「半年後にお母さんが見つかった」の意味がよくわからない感じの子どもたちでした。そしてさらに「うれしかったのですが・・・」ということばに、とても複雑な気持ちにさせられ、考えました。やはり、被災者にとっては、過去のことではないのです。>(学級通信より)

5年生は当時0歳~1歳、<みんなには記憶はないかもしれないけれど、その日から10年。それまでの生活といろんなことが変わった10年でした。>(学級通信より) 担任が体験した当時のこと、新聞記事を紹介しながら特別授業を行いました。この日、Yくんは生活ノートに向かいました。「今日は3・11でした。ぼくのおばあちゃんは福島に住んでいて3・11があってから家がなくなって神奈川県に住んでいます。3・11の日に1回ぼくのおじいちゃんが行方不明になりました。だけど、おじいちゃんは会社の近くの避難所にいたそうです。ぼくは3.11の時、おかあさんがベビーカーをおして友だちの家へ行きました。今日NHKスペシャルを見て、津波の被害がすごかった。治まってから被害の後があるところにNHKが定点カメラをおいて復興の様子を撮っていたそうです。復興はすごかったけど、原発10キロ圏内はずっと変わってなかったです。」 Sくんは「今日は3・11東日本大震災の日。・・・ぼくが生後1歳のニ日前、津波もとてもひどかったらしいけど、原子力発電所の爆発が一番ヤバかった。放射線はコワい。とってもコワい。・・・自然って大きな力だな~って当たり前のこと、改めて思う。」と書いていました。

6年生は語り部バスを取り上げたNHKの「クローズアップ現代+」を観て考えました。バスで現地を案内しながら「語り部」として震災、津波のことを語り続けている取り組みを紹介した番組でした

「避難しようと決めていたところが、実際には危険だったからもっと高いところに逃げようとしたのはすごいと思う。それで本当に人の命を助けられたのは、その判断が合っていたということだと思う。だから、その時のとっさの判断が最終的に大切だし、必要だと思った。」(Kさん) 「“想定外”とは本当にコワいなと思った。戦争でも地震でも伝えていくのは大事だと思った。結局はその時の判断が大事なんだなとわかった。核(原発)は恐ろしいと思った。」(Mさん) 「津波が海ではなく山から来ることがあるなんて思わなかった。高台に逃げてもそこにも津波が来るかもしれないから安心せずにさらに高いところに逃げようと思った。」(Fくん) 「決断一つで守れる命がたくさんある。自分が当時いた場所は東京だったから津波を体験していないけど、今回映像を観てとても怖かった。観ただけでも恐ろしいから、実際にその場にいた人、体験した人たちはもっと怖かったと思う。自然災害だから誰にも想定できない。だからこそ避難訓練が大切なんだと思った。」(Yさん)

子どもたちが書いた感想をNHKに送ったら、担当の報道局報道番組センター社会番組部チーフ・プロデューサーの赤上(あかがみ)さんから6年生の子どもたちに向けてお手紙をいただきました。赤上さんは、昨年、4年生のお嬢さんを連れて語り部バスに乗ったけれど、大人はここで何が起きたのか想像はできても子どもにはほとんど想像すらできない様子であったことから、ここであったことをしっかりと知ってもらえる番組を作りたい、と思ったのだそうです。「ですので、私が本当に届けたいと思っていた、震災を知らない、あるいは覚えていない子どもたちに観てもらえ、そして当時のことを知ってもらえたのは、本当にうれしいです。」と書いていらっしゃいます。2013年から仙台局に赴任された赤上さんは、多くの方を取材し報道を続けました。「大切な人を亡くした悲しい気持ち。毎日、当たり前にいるはずだった人が、突然いなくなることの割り切れない気持ち。中には、いまだに見つかっていない方もいます。同じ経験は繰り返してほしくない。その気持ちを被災したみんなが持っていること、ぜひお伝えさせてください。そしてそのためにも、まずは皆さんが過去の災害を知り、そこからしっかりと命を守る。大切な人の命を守るために、まずは自分の命を守る。このことを、これから心の片隅に入れておいていただけたらと思います。自分にとっての大事な人の顔を、思い浮かべてみてください。」 赤上さんからのメッセージです。

私は当時和光鶴川小学校の6年生を担任していました。あの日は午前中、12年生と6年生が遊ぶ会、午後は3年生以上が体育館に集まって「6年生を送る会」を行っていました。3年生、4年生からのクイズなどの出し物が終わり、5年生による寸劇を準備している時でした。大きな揺れがしばらく続き、立っていられなくなりました。6年生は山台を組んだひな壇に乗っていましたが、そのひな壇は体育館のほぼ中央に設置されており、私のクラスには車いすに乗った子どもがいたため、車いすが落ちないように必死で押さえていました。しばらくして一旦揺れが治まったところでカメラマンの方に手伝っていただいて車いすをおろしました。グランドに避難していると、余震によって屋上のプールから何度も水が降ってきました。各家庭からのお迎えを待ち、停電の中、日が暮れると体育館の中でキャンプ用の発電機で電灯をともし、生協に勤めていらっしゃった保護者から差し入れていただいた食料品を、キャンプ用具で調理して食べました。11時近くになってもお迎えに来ることができないご家庭が20家庭ぐらいはあったでしょうか。和光小学校はインフルエンザによる学校閉鎖中で、鶴川方面に住んでいる何人かの教員たちが車に乗り合わせて様子を見に来てくれました。深夜12時を過ぎてようやく電気が復旧し、会議室で泊まることになった数名の子どもと何人かの教員が朝まで学校で過ごしました。

和光小学校へ異動してからも、毎年「6年生を送る会」を迎えるとあの日のことを思い出さずにはいられません。

昨年は急な臨時休校で、「送る会」はできませんでしたが、今年は本日、グランドに全校の子どもたちが集って行いました。6年生は、例年のように入学式で手をつないで入場してきた1年生といっしょに壇上に登ってあいさつします。その後、3年生以上が体育館に移動して「思い出のスライド」を観ました。1年生の頃から今までの一人ひとりの姿をこころに刻んで。いつもは子どもたちがつくるアーチをくぐりますが、今年は目の前を通り過ぎる6年生を拍手で送ります。

今年度はコロナ禍という“災害”に見舞われた1年でした。その中でまっすぐに前を向いて進んでいく子どもたちの姿は、春の日差しの中で輝いていました。

今年も「ほんもの」を追求した「食」の学習 その2 ~試作を重ね“ほんものの団子”をとことん追求して~

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52組のテーマは「団子」に決まり、さっそくだんご情報が届き始めました。担任から渡された「だんご情報シート」には、“みつけた・わかった情報・写真・ラベル・チラシ・絵・地図など”と書かれていて、「だんご粉」で作ってみたWくんは、作ったときの様子とともに「だんご粉」の袋を貼り付けています。学級通信には<この「袋」の中にいろんな情報がつまってるぞ。>との呼びかけ。だんごの由来を調べた、いろいろなだんごの種類を調べたなどの他に、食べ比べをしたという情報、お母さんが、かつてみたらし団子の食べ歩きをしていたという情報まで集まりました。<Sさん、Oくんからは食べ比べ情報。これは重要。どこでどんなだんごを売っているか?場所、値段、味。材料は何か?(食べ歩きをしたという)Fさんのお母さんのNo.1だんごはどこか聞いてみたいねぇ。>(学級通信No.38)その後も次々と情報が届き、Oくんがお店でもらってきた冊子に載っていた「団子はなぜ“だんご”というのか」という情報と併せて、担任からは『人と土地と歴史をたずねる和菓子』(中島久枝著 柴田ブックス)から「団子歴史ばなし」を紹介しています。 (さらに…)

今年も「ほんもの」を追求した「食」の学習 その1 ~理想の駄菓子づくりをめざして~

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新しい年が明け、ずいぶん経ってしまいましたが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

824日から始まり1225日に終業式を迎えた2学期、和光小学校の二大行事である運動会、いちょうまつりに取り組み、どの学年もコロナ禍の中でできる限りの学習を進めることができました。

競技の変更、省略はあったもののたてわりで優勝を争った運動会ではいつものように「熱い」戦いを見せてくれました。

観に来ていただくご家族の人数を制限させていただいたいちょうまつりですが、高く澄み渡った青空の元、黄色く燃えるいちょうとともに舞い踊った子どもたちの姿が目に焼き付いて離れません。

そのいちょうの木は、年が明け、すっかり葉を落として北風を受けてすっくと立っています。

1学期の終わりにこのブログで紹介した5年生の総合学習「食」は、調理活動をどのようにしていくかという大きな課題に直面しました。例年ならクラスのテーマが決まったらさっそく自分たちで調べて作ることから学習をスタートさせますが、1学期はそれがかなわず、2学期になり感染対策を万全にすることで調理活動にも取り組むことにしました。

すでに夏休みにはそれぞれの子どもたちが調べたり作ったりを行い、夏休み発表会で交流し、そこからの発展も毎年見られることです。

1組のテーマは「だがし」。Iくんの夏休み発表で、わたあめ機を作ったけれど失敗したというのを聞いて、K君が家で作ってみました。缶コーヒーの缶、ミルクフォーマーなどを使って作ってみたら成功したそうです。友だちからの刺激も受けながら、9月初めには第1回だがしづくりを行いました。 (さらに…)

こんな時だからこそ、人とのつながりを感じることができる日々を

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今日が3学期の始業日です。全校で集う始業式は行えませんので、放送を使っての会となりました。北山校長先生のことばを紹介します。

 

和光小学校のみなさん、新年あけましておめでとうございます。

1月8日に始まるはずの3学期が、4日遅れの今日、12日がスタートとなりました。新型コロナウイルスの感染が大きく広がり、東京とその近くの地域に「緊急事態宣言」が出されました。「緊急事態宣言」は、去年の4月、学校が休校中にも一度出されましたが、今回は学校を休校にすることはしなくてもよさそうです。でも、新型コロナウイルス感染は去年の春よりずっと深刻な状況になっています。感染する人がとても多くなってしまい、病院などに入院することができない人たちがどんどん増えているということです。病院などで働いていらっしゃる医療関係者の方々はものすごく頑張ってくれていますが、それ以上に具合が悪くなる人が増えると追いつかなくなってしまいます。だから何とかして感染する人の数を減らさなければなりません。「緊急事態宣言」というのは、感染する人を減らすためにいろいろとがまんしなければいけないことがありますよ、ということです。

和光小学校は、多くの人が電車やバスで通っています。電車やバスもマスクを着けておしゃべりをせず、空気を入れ替えていれば大丈夫だということがわかってきましたが、それでも多くの人といっしょになることで心配もあります。もともと8日の始業式の日は全校で集まることはしないことにしていたこともあり、「緊急事態宣言」が出た直後にみなさんが満員電車に乗って学校に来ることが心配だという気持ちもあって、この日はお休みとし、「緊急事態宣言」が出ている中での学校生活をどのように送るかをみなさんにきちんとお知らせして3学期をスタートさせたいと思いました。

おうちの方には週末にお知らせしていますが、いくつかのことで2学期までの生活とは変わるところがあります。まず、朝の会が9時半から始まります。少しでも満員電車に乗らなくてもいいようにしたいということで始まりの時間を45分間遅くしました。6月の時のように自転車で来ること、自家用車でおうちの人に送ってもらうこともできるようにします。朝の始まりが遅くなるため、朝の会、帰りの会がそれぞれ5分ずつ短くなり、しばらくはロング昼休みもなしにします。中休みをなくすことも考えましたが、少し短くなっても、みんなの休み時間を保障したいと先生たちは考えました。

新型コロナウイルスの感染は、食べたり飲んだりするところでうつりやすい、ということがわかってきました。私たちはいつもマスクを着けてウイルスがうつらないように気をつけていますが、食べたり飲んだりする時にはマスクを外すからです。ですから、当分の間、調理活動などをすることができません。このことでみなさんに特にお願いしたいのは、お弁当の時のことです。向かい合わせにならない、おしゃべりをしないことにしていますが、これからはもっともっと気をつけて、お弁当の間はまったくおしゃべりしないことを守ってほしいと思います。

これまでもみなさんにはガマンしてもらうことがたくさんあったのに、まだまだガマンしてもらわなければならないこと、私もつらい気持ちでいっぱいです。

お弁当の時間は、みんなでワイワイおしゃべりしながら食事をする楽しい時間であるはずなのに、ウイルスの感染は、私たちの生活から楽しいことをどんどん奪っていきます。少しでも早くこのような時期が終わればいい、と願うばかりです。

ガマンする、ということでは、6月に学校が始まったときからみなさんにはできるだけマスクを着けてもらっています。マスクを着けると顔の半分以上が隠れてしまうので、相手の人の顔がよくわからなくなりますね。前から知っている人だと思い出すことができますが、初めて会う人では本当はどんな顔をしているのかな、と思いながら話をすることになります。そしてもっと困るのは、相手の人が笑っているのか、怒っているのか、などの気持ちがよくわからないことです。私たちは誰かと話をするとき、相手の顔を見て、どのように思っているかを受け止めながら話します。その顔が半分隠れてしまうと相手の気持ちがわかりにくくなります。それでもいつもいっしょに過ごしている友だちとは、目の動き、声、しぐさなどからなんとなく気持ちがわかって通じ合えるのはすごいことだなぁと思います。

こんなにガマンすることが多い学校生活ですが、前のように休校にすることなく、みんなが集まって授業を受けたり、休み時間を過ごしたりすることができることはなんとありがたいことでしょう。

6年生が休校期間中に書いた作文集を読みました。特にテーマが決められていたわけではなかったので、一人一人が書きたいことを書いていて、とても興味深く読ませてもらいました。その中からE.N.くんの作文を紹介します。

「場所がちがうだけで・・・」   E.N.

新型コロナウイルスの影響で学校が休校になり、勉強を家でやることになって僕は困っている。理由は家で勉強をやるとなぜかやる気が出なくて勉強がはかどらないからだ。場所がいつもとちがうだけでこんなに変わるとは自分でもおどろいた。みんなはどのように勉強をすすめているのだろうか。そしてみんなは勉強がはかどっているのだろうか・・・・

こんな感じでやる気が出ないから、僕は時間割を決めて勉強をすることにした。その結果、最初の方はかなりはかどった。しかし、だんだんペースは落ちていった。だが時間割がないときよりははかどっていた。僕はだんだんと落ちていくペースに困っていた。

その時パッとひらめいた。うちにそんなハイテクな物はないけど、VRゴーグルをつけて学校にいるみたいにしてクラスの人もそこにいるみたいにすれば、やる気が出るのではないか。一度でいいから試してみたいものだ。

他にも、T.S.くんは「早く学校に行きいつものように授業ができるようになるのが待ち遠しい。こうしている今も一日一日時間が減ってきているから早く学校に行く日が来てほしい。そしてまたじしゅくにならないでほしい。・・・・でももうすぐ学校に行けると考えると毎日が楽しい。」と書いています。U.S.くんは、動画を見てやる学習に対して「なぜか学校でやっている勉強より楽しくないというのか、おもしろくないというのか、何かが抜けている気がして変な感じでした。やっぱり学校でみんなとやった方が意見も言い合えるし一緒に考えられるので、学校で学ぶ大切さを身にしみて実感しました。」と書いていました。

長い休校期間中には先生たちが作った動画をおうちで見て学習することに取り組んでもらいましたが、学校での学習とは何か違った感じがしたのではないでしょうか。オンライン朝の集いで久しぶりに友だちと出会うことができてうれしかったと思いますが、でもやっぱり“おもしろくないというか、何かが抜けている気がして変な感じ”というのは、多くの人が感じたことではないかと思います。それは先生たちも同じでした。

2学期の終わり、どの学年もみなさんの振り返りが学級通信で紹介されていました。運動会のこと、いちょうまつりのこと、総合学習のこと、算数、国語などの授業のことなどが生き生きと書かれていて、友だちといっしょに過ごした姿が目に浮かぶようでした。

これからの3学期、こんな時だからこそクラスの仲間といっしょに笑ったり泣いたりしながら学校での日々を過ごしてほしいと思います。そしてマスク越しではありますが、つながり合っていることを感じることができるような、たくさんの学びを重ねていってください。  (校長 北山 ひと美)

「平和」とは、どんな人でも自分の意見を言えて、他の人との意見を合わせて物事を考えられること ~今年の沖縄学習旅行で学び、考えたこと~

和光小学校 校園長ブログ
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あらゆることが例年通りに行うことができないまま、6月の学校再開から半年が過ぎようとしています。感染防止は当然のことながら、通常の学校生活を送ることができず戸惑っている子どもたちの気持ちを最優先に考えながら、少しずつ教育活動、学校生活を進めてきました。

できないことは諦めるしかないこともありましたが、6年生の沖縄学習旅行はなんとしても実現させたいと願い、もし予定通りの日程で行うことができなかった場合の延期日程も設定し、ぎりぎりまで実施判断を延ばしました。

いつもより短い夏休みが明けてスタートした2学期、決して楽観することはできませんが、感染防止対策の方法も以前よりは鮮明になってきたこともあり、10月初め、決行を決めました。例年の1ヶ月遅れで沖縄に下見に行き、沖縄県庁観光課、一般財団法人沖縄観光コンベンションビューローに、学校で作成したガイドラインを携えてご挨拶に行くと、是非来てほしい、と、沖縄のみなさんが和光小学校の6年生を待っていてくださる気持ちがひしひしと伝わってきました。ほんとうにありがたいことでした。6年生本人はもとより、家族の方たちの健康観察も続けながら、出発当日を迎えました。

4日間お天気にも恵まれ、今年も現地沖縄の方々の様々なお力添えのおかげで、充実した学習旅行を行うことができました。

沖縄戦を体験された証言者のみなさまは年々ご高齢になっていかれますが、あの悲惨な体験を伝えたい、と子どもたちの前に凜として立ってくださる姿、そのことばの一つ一つに込めた想い、願いを、子どもたちは全身で受け止めていました。

3日目の夜は学級集会を行います。

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沖縄到着後に感じた空気の違い、北上田源先生、山内栄先生による嘉数高台での沖縄戦の話、辺野古の海に埋め立てられている新基地建設の様子、そして10歳で沖縄戦を体験した玉木利枝子さんの話、クラスごとの白梅学徒隊、ひめゆり学徒隊の戦跡の追体験、中山キクさん、島袋淑子さんの話、「韓国の塔」「平和の礎」で聞いた川満彰先生の話、真っ青な海と空に抱かれた摩文仁での平和集会、夜の伊藤幸太さんの八重山民謡、園田青年会のエイサー、座間味で聞いた宮城晴美先生の集団死の話、平田ご夫妻の戦争体験、そして海遊び・・・・

3日間のことを思い浮かべ、心に残ったことを一人一人が語るところから集会は始まります。

私は前半は1組、後半は2組の学級集会に参加しました。

1組は、これまでに沖縄に抱いていたイメージと実際に見たものと違っていたところは、ということを語るところから始まりました。

「おいしい食、きれいな海、というイメージだったが戦争があったんだ、ということがわかった」

「テレビでは食などが紹介されているけれど、町のど真ん中に基地があった」

「きれいな海、観光スポットがあるところだと思っていたが、実際に体験者の方が泣きながら話している姿を見て、すっごい苦しかったんだろうと思った」

「全体に明るいイメージだったが、戦争の後がくっきりと残っているところが悲しくなった」

「もとは戦場だったなんて信じられなかった」

「観光が有名で景色がきれいなところだと思っていたが当時のことを知って今までと違うイメージになった」

「ほんとうにここで戦争があったのか、と思っていたけれど証言者の話を聞いて実感できた」

「基地が、人が住んでいるそばにあることがわかった」

2組は心に残ったことを一人一人が語った後、自分ならどう考えるか、を話し合っていました。

「沖縄は捨て石にされた。選挙権を持ったとき、一人一人が意思を持ってきちんと一票を入れていくことが大切だと思う。」

「玉木さんが10歳の時に即死したいと思っていたと泣きそうな顔で話しているのを聞いて、教育が大切だと思った。教育によって反対できるようになるし、教育を変えることで政府を変えることができるのだと思った。」

10歳の子どもが即死したいと思うのは怖い。小さい時から教育されているとそう思うのだろうか。そのような教育がないようにしたい。」

どのようなことを話し合いたいか、という担任の投げかけに、これからどんな平和を作っていきたいか、を話し合うことにしました。「平和って何だろう、どういう状態が平和と言うのか、それぞれに思っている平和は違うのでそこから話し合っていこう」と担任から。

Ka「基地は戦争がなければ必要がない。基地がないのが平和だと思う。戦争のつらさを伝えていけば。世界に」

Ht「平和は人々が争わないで全世界の人が平等に扱われるようなことだと思う。今は平等もできていない。だから全世界が平和だとはいえない」

Tk「一人一人が安心して生きていける世界だと思う」

Nk「自分が思うことをしっかり言うことができて、その小さな意見にも反応してくれる、その世界が平和だと思う」

Fg「誰かの平和のために誰かが苦しむのは違うと思う」

Ki「戦争は国同士が戦う。国の中で宗教の対立とかで対立して内戦とかが起こる。日本の憲法だといろんな考え方、宗教の自由が保障されている。いろんな国で日本の憲法のようになればいいと思う」

Tk「戦争はもともと小さいことから起こる。小さいことから和解できると戦争はなくなると思う」

St「日本とかでは選挙の投票をしない人がいる。投票して意見を言うことが尊重されないと平和にならないと思う」

Sy「(日本は)争い、ということでは平和。自由ということでは平和ではない。言論の自由を強めた方がいいと思う」

Ka「自分がいやなことがあってそれを押し通そうとする大人がいる。教育が大事だと思った」

Y「昔あった戦争のことを隠そうとしないで次の代の子どもたちにも伝えていくことが大事」

Nk「自分の意見だけ押し通そうとするのではなく意見を聞き合うことが大切」

Tf「基地はなくていいと思う。基地は戦争のためにある。お互いに軍隊、自衛隊などをなくす。」

Ak「国もいっしょに国民と考えることが大切だと思う」

St「今の政府は戦争などの歴史をなかったことにしている。私学にあまり援助しない。戦争の歴史がみんな忘れられたら戦争に向かっていくことになる。戦争では大切な命がなくなっていく」

Ay「政府が国民の意見を受け入れて考えてほしい。国民の意見が示される選挙で変わってほしい」

Yk「戦争は軍だけでやってほしい。国民を“赤紙”で強制的に兵隊にするのはやめてほしい」

FgTfに反論。軍があるから暮らしていける人もいる。一概になくして、とは言えないのでは」

Nk「国民主権、基本的人権の尊重、表現の自由がきっちり守られないと平和になならないと思う」

Tf「軍があることでレイプされることがある。軍がいることによりお金持ちになるはずだった人が巻き込まれて亡くなる。軍があり基地があるからレイプがある。外交を通して解決する必要がある」

Ka「基地があるから暮らしている人もいるが、それがないと何もできないのか?平等ではないと思う」

Fg「誰かの平和のために誰かが苦しむのが今の状況だと思う」

Ht「沖縄県の投票では70%が基地に反対だが、残りは賛成している。100%でないと全員の意見とはいえないのでは」

Sy「戦争のことで隠していることもある。学校で取り入れて子どもたちに教育してほしい」

Yk「軍を消すことはすぐにはできないと思う」

担任からHtの意見を採り上げて「多数決はみんなが決めたことにしているが、少数意見はどうするか、ということ。君たちはこれから何ができるだろう?」と再び問題提起がされました。

Ka「戦争とか軍をなくすことを次の世代に伝えていく」

Tk「平和とは何かをみんなに考えてもらえる世の中になれば」

再び担任から「具体的にどうやって平和にするの?」と投げかけられます。

St「多数決だけではない。反対の意見も取り上げ、少しずつ見つけていく。他の方法もあるかもしれない」

Tf「前半で意見を交わしているとき、教育が元になる、というのがあった。その教育が世界で差が出ている。金持ちの国では軍隊があり、ひどい国では子どもを兵士にする国もある。それをなくすためには軍、基地をなくすこと」

Sy「今は日本政府が進めることは国民の意見を取り入れていないのでは。少しずつ国民の意見を混ぜ合わせて物事を進めていくといいと思う」

Ki「教育に差がある。戦争があり教育を受けていない国もある。先進国から先に伝えていくこと、戦争についての教育をすることが大切。そういうところから平和を作っていくのだと思う」

Ka「今の日本の首相は自民党の中で決められている。別の考えを持った人がリーダーになれば。国のリーダーがどういう考えなのだろうか。戦争のことを他の人に言っていくこと、行動に移さないと意味がない、行動に移すことが大切」

担任から最後のテーマが出されました。「Syが言った“賛成、反対を少しずつでいいからすりあわせていく”ということは大切。今は平和ですか?」

Tf「今は世界の中では平和ではない。米国が各国に基地を作りいつでも戦争ができるようにしている。みんなが戦争をなくそうということ、米軍基地の削減が必要。いつでも戦争ができるようにする、ということをやめて、平和を取り戻すことが大切」

Ka「今は平和ではない。75年前の玉木さんのように家族の断末魔を聞いている人が世界にはいる。言論の自由がないこともある」

Sy「平和ではない。基地があると言うことは戦争に備えているから。いつでも戦争ができる状態。基地があって犯罪がある。基地をなくせば戦争が起こる確率が下がる」

Nk「意見が言えるのはまだ平和だ。それが聞いてもらえないのは平和ではない」

Tk「自分から見た平和と他の人が来た平和は違うからどちらでもない。沖縄では基地のことで困っている人もいる。どちらの意見もあると思う」

Hy「平和じゃないと思う。戦争があるし、地球温暖化も進んでいる」

Ay「基地がなかったら中国とかが沖縄に攻めてくる。基地がある意味を自覚してほしいと思った」

St「軍があるから平和という意見、軍があるから平和じゃないという意見もある。どちらでもない」

Ki「ほとんどの日本人は戦争と平和が対義語だと考えている人が多い、と山内先生から聞いた。戦争がないから平和と思っている人がいる。でも基地があるから平和ではない」

「戦争がないから平和、と単純にはいかない。今はどうなのかが大切。“軍がないと攻めてくる”という報道についても考えたい」と担任から。

Ka「今の首相はペコペコしてるだけ。島袋さんが、勇気を持って発言できる人がリーダーになってほしい、と言っていた」

Tf「今の内閣に問題がある。学術会議メンバーの一部を任命しなかった。その問題を指摘する議員はいずれリーダーになってほしい。日本は明治維新のようなことをまた繰り返すのでは」

最後に担任から、時代によって平和のイメージが変わってくる、という話をしました。和光小学校が長年大切に歌いつないできた「ひとつぶの種」を引用し、みんなはこの大地に蒔かれたひとつぶの種であり、やがて大きく育ち、今度は種を蒔く若者に育ってほしい、この学習はここがスタートだ、と締めくくりました。

いつもこの3日目の学級集会では、沖縄を学び、沖縄で学んできたこと、子どもたちがからだ中で受け止めたことをことばにし、伝え合い、これからの生き方を考え合っていきます。国会で取り上げられている学術会議メンバーの任命問題も影響し、自分たちの意見は聞き届けられるのだろうか、言論の自由はほんとうに保障されているのだろうか、ということも話題になりました。子どもたちは日々報道されていること、身の回りで起こっていることに敏感であり、だからこそ私たちは子どもたちとともに政治、社会を語り合っていかなければならないのだと思います。

子どもたちは6年後には主権者として選挙権を持つことになります。市民としてどのように生きていくか、今の日本、世界をどのように見つめていくか、事実を知り、現実を見つめ、真実を追究できる人に育っていくことを、教育は目指さなければなりません。そのためには私たち自身がそのように生きているのかを問われているのだと思います。

沖縄を、沖縄で学ぶ6年生の姿から、私自身の背筋が伸びる思いがしています。

(表題はこの学級集会後に一人一人が「私の平和宣言」としてまとめた文章のなかから引用しました)

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オンライン少人数学級推進署名へのご協力を

サイト管理者 校園長ブログ

和光学園親和会員の皆さまへ

~少人数学級推進オンライン署名ご協力のお願い~

和光学園校長会

和光鶴川幼稚園・和光鶴川小学校 校園長 加川 博道
和光幼稚園・和光小学校 校園長 北山ひと美
和光中学校・和光高等学校 校 長 橋本 暁

 

2学期が始まってしばらく経ち、各校・各園とも学び舎に子どもたちの元気な声が響いております。

さて、現在インターネット上で、少人数学級の実現を求める署名が行われています。少人数学級の実現は、私たち和光学園としても長い間その実現を願ってきたものでした。本署名の呼びかけ人には、昨年の和光デーで講演頂いた本田由紀先生、和光大学の山本由美先生、本学園の教育研究会でお世話になった佐藤学先生などが名を連ねています。また、全国知事会会長・全国市長会会長なども少人数学級の実施を求めています。文部科学大臣も「来年度から小中学校に、おいて少人数学級を段階的に導入することを検討していること」を明らかにした、との報道があります。この流れを加速し、確実にするという点で、私たちとしてもオンライン署名に協力していきたい、と考えます。親和会員のみなさまもぜひご賛同いただき署名に協力して頂ければ幸いです。

本学園では、長い期間にわたり、私学助成の拡充を中心として、ゆきとどいた教育を求める署名に取り組んできました。こちらの署名は、国会・都議会に直接提出しますが、議会で審議が行われる請願として取り組まれてきました。署名を集める過程で、対話があり人々に直接訴えることができ、また、提出の過程で議員の方々と話をしたりすることにより、流れをつくっていこうというものでした。こちらの署名運動も動きがスタートしています。こちらの署名への取り組みも併せてお願いいたします。

和光小学校の資料一式を無料送付いたします。

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