校園長ブログ

「他者との出会いを通じて自分自身を見つめる」 ~和光中学校副校長 高橋智佳子先生が語る和光中学校の学び~

和光小学校 校園長ブログ

2学期最初の授業公開の後、教育講座を開催しました。今年4月から和光中学校の副校長になられた高橋智佳子先生をお招きして、「新学習指導要領と和光の教育」というテーマでの北山との対談形式で、和光中学校の教育について語って頂きました。

長年国語の教師として教壇に立ってこられた智佳子先生(和光には高橋先生が何人かいらっしゃるので、このように呼ばせて頂いています)からは、授業の中で子どもたちが文学作品とどう向き合ったかということも具体的にお話し頂くことが出来ました。 (さらに…)

「和光で育てたい子どもたち」 ~2018年度 和光小学校・和光幼稚園休日参観 シンポジウム~

和光小学校 校園長ブログ

1学期も終わりに近づいてきました。7月10日から3年生が秩父へ、4年生は奥多摩へ、そして11日から低学年が中伊豆へ林間合宿に出かけ、クラス、学年の仲間との濃密な時間を過ごしてきました。先週は高学年の子どもたちが全テント生活の瑞籬キャンプを体験しました。私は幼稚園の星組の子どもたちといっしょに、丹沢の麓、中川温泉での合宿に参加しました。

今年は梅雨明けが早かったこともあり、どの合宿も概ねお天気に恵まれ、予定していた活動をほぼ行うことができました。合宿を終えた子どもたちは、少し逞しくなり、仲間との絆が深くなって1学期を終えようとしています。

 

6月に行われた休日保育授業公開の後のシンポジウム、ご報告が遅くなりました。今年は日々、子どもたちとともに保育や授業をつくっている幼稚園、小学校、それぞれの教務主任でもある帯刀先生、増田先生から、和光で大切にしている教育のこと、こんな子どもに育てたいという願いなど、日々の保育、授業を通して実感していることとともに語ってもらうことにしました。

また、ご自分のお子さんを幼稚園、小学校に通わせてみての親の目線で、さらに和光中高出身の増田先生には幼小中高を貫く“和光スピリット”についても、参加者の皆さんにお伝えできれば、と思いました。

1時間半という限られた時間の中ではありましたが、4つの柱に添ってお二人に実践を語っていただきました。

 

1.はじめに ~日本の教育の現状と和光の教育~ <北山から>

2020年度から完全実施される次期学習指導要領では、教科としての「道徳」が位置付き、すでに小学校では今年度から実施されています。また、5,6年生に教科としての「外国語・英語」が、3,4年生には新たに「外国語活動」が導入されることになっています。学び方として、アクティブラーニングと呼んでいたものが“主体的・対話的で深い学び”として示されていますが、学校現場ではこれまでと違った授業形態が求められています。

また、今年度から実施されている幼稚園教育要領には、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」として10項目が掲げられ、何ができるようになるか、という視点からの目標が示され、小学校生活に向けての準備の側面が色濃く表れています。そこでは一人ひとりの幼児の育ちが成果によって測られることになり、「評価」が位置づけられます。「十の姿」として示されている内容を見ると、かなり厳しい自己抑制を求めていることが感じられますし、一人でできることが強調されているというのも特徴です。

和光小学校、和光幼稚園は、子どもの発達にとって何が大切であるかを考えた教育課程を自主編成しており、実際の子どもたちの姿と学びの内容を常に検証しながら作り替えてきています。そういう意味でも、小学校学習指導要領、幼稚園教育要領との関係で、私たちが大切にしていきたいことを教育実践の中に活かしていくことが求められています。

 

2.仲間同士が受け止めあい、認め合う関係作り

帯刀先生は昨年3歳児を担任しました。入園したての3歳児、初めの頃は先生しか見えず、先生といっしょに遊ぶ、先生に聞いてもらうことしかしなかった子どもたちが、少しずつ友だちの存在に気づき初め、友だちとやってみることが始まります。もちろん、友だちに目を向けるような教師からの働きかけがあるのですが、子どもたちにはだんだん友だちといっしょがうれしい、楽しいという気持ちが芽生えてきます。と共に、理解できない友だちの存在にも気づき始めます。たとえば、片付けもしないで自分の思いのままに動く人、そういう人にびっくりして注意する人、逆に注意されることにびっくりする人、などなど。その積み重ねの中で、理解できない友だちと関わることが楽しくなり、受け止めていく様子が見られます。まさに異文化コミュニケーションだと帯刀先生は言います。

自分とは違う友だちを知り、いっしょに遊ぶ楽しさを知り、つながっていくこと、それを保護者のみなさんと共有することも大切にしています。

友だちとのぶつかり合いへの関わり方も成長の大事な機会であり、自分の思いを口に出し相手に伝える、相手の気持ちを知る、そういう積み重ねの中で1人1人違うことのおもしろさに気づいていくのです。これは小学校でも同じです。

和光幼稚園は、「食」の取り組みも大切にしていますが、友だちといっしょに食べる楽しさに加えて、食べるか食べないかを自分で決めていいという安心感も大事にしています。

この“自己決定”ということは、他の場面でも大切にしていることで、時にはすべて子どもに託す、という場面もあります。自分で考え、その思いや気持ちを表す、伝えることは主体的な生活を送ることにつながります。

5歳児になると友達を多面的に見ることができるようになり友だち同士の響き合い、クラスとしてのブームも生まれてくるのです。

小学校では「教室はまちがうところだ」という蒔田晋治さんの詩を読むことがあります。まちがってもいいよ、と教室が子どもが安心して過ごせる場所であるというメッセージとともに、自分とは違う考え方と出会うことで学びが深まるということ、それがやってみたい、知りたいという意欲につながるのだということも子どもたちには伝えたいことです。一人ひとり違うこと、違うからおもしろい、と思えることから出発する学習や生活、仲間と一緒に学ぶ、生活することに安心できる教室作りをどの教員も心がけています。

増田先生は教師になって1年目、子どもたちが落ち着かない状況であることに悩み、でもそれは子どものせいだと思っていた、と言います。

2年生を担任していたある時、ケンタくんが書いてきた詩を教室で紹介すると、子どもたちはとても真剣に聞きました。決して積極的ではなかったというケンタくんですが、発表を受け止めてもらうと、次々と詩が生まれ、増田先生はそれを1冊の本にまとめました。他の子どもたちからも詩が届き始め、クラスには詩を作るブームが生まれます。そんな中、タイジくんが作った「ごめんなさい」という詩は、友だちとの関係の中でつい手が出てしまった自分、でもどうしていいかわからず困っている自分が素直に表現され、クラスの子どもたちはタイジくんの想いをそこで初めて知るのです。

つい手が出てしまう、というタイジくんの姿がそんなにすぐに変わるものではないのですが、自分の気持ちを表現することができ、それを仲間に受け止めてもらうことができたという体験は、その後のクラスの子どもたちとの関係に変化をもたらし、何よりもタイジくん自身がクラスの仲間を信頼することができるようになっていきました。

増田先生は、文字を覚えても文字を使って書いてみよう、という気持ちにならなければ「書く」ことにはならない、と言います。

高学年を担任したときも、子どもたちの関係作りにどうしたらいいだろうと悩み、詩を書くことに取り組みました。すぐに全員が書き始めることにはならなかったのですが、少しずつ詩が届き始め、紹介することでまた届き、いつしか詩で教室の子どもたちがつながり始めました。ある子どもが「うれしかったこと」と、自分の詩を友だちに紹介できたことを書くと、クラスの仲間の詩を読み合うことがうれしいということを「みんなの詩」に表現します。さらに「詩と五七五」という詩も生まれ、まさに“ことばの力”を子どもたち自身が実感し、そのことを表現できるようになっていくのです。

もちろん高学年特有の葛藤もあり、きれいごとだけではすまない日々がありますが、子どもたちは自分を表現する場があること、受け止めてくれる仲間がいることを実感していきます。

 

3.子どもから出発する授業、保育

和光幼稚園はよく遠足に出かけます。いつも出かけるフィールドは小田急線鶴川駅からバスで10分ほどのところにある野津田公園、もう少し先の小野路、小野路谷戸などです。遊具などはなく、自然の野原や丘、池などが広がり、ちょっとした山道を歩いたり崖のぼりなども体験できます。3歳児、4歳児はバスを使うので年間7回ほどですが、5歳児は小田急線に乗り、鶴川駅からは鶴小のスクールバスに乗るので年間10回ほど、多いときにはそれ以上の時もあります。

しばしば出かけるところなので、子どもたちも今度はこんなことをして遊ぼう、と期待を持って出かけます。

5歳児と小野路へ遠足に行ったとき、子どもたちはカエルを捕まえ持ち帰りました。バッタやカマキリ、カエルなど子どもたちはよく捕まえてきて教室で飼いますが、この時もクラスのみんなで飼うことにしました。子どもの手のひらに乗るぐらいのカエルもいれば、両手で抱えきれないほどのウシガエルも何匹かいます。カエルをさわれない子どももいれば、さわることが楽しくて仕方がない子どももいて、子どもたちだけでせっせとエサをあげて育てていました。エサといってもカエルは生き餌しか食べませんので、園舎脇の“子どもの森”へ行ってはバッタや虫を捕まえてきて食べさせていました。ふだんは話し合いの時あまり発言せず聞いていてじっくり考えるタイプの子どもが、毎日のように家から虫を捕まえて持ってきていたそうです。そのうちに、ヒキガエルも仲間入りしました。

そんなある日、カエルが死んでしまいます。みんなで、どうして死んでしまったんだろう、と話し合うと、「最近あんまりエサをあげなかったからかな・・・」と考え込む子どもたち。が、話し合いの中で、3日前に石けんでカエルのからだを洗ってあげた、という話が出てきました。

さっそく、以前もお世話になったことのある多摩動物公園の高家先生に連絡をして聞いてみることにしました。すると、「カエルのからだを洗うのは絶対ダメ。目に見えないけれど、カエルのからだは膜に覆われていて守られているので、洗ってしまうと膜が取れてしまい、ばい菌が入って死んでしまうんだよ」と教えてくれたそうです。

謎が解けた子どもたち、再び遠足でカエルを捕ってきて今度は飼い続けます。すると、カエルのことでどんどん疑問がわいてきます。このカエルはトウキョウダルマガエル?トノサマガエル?アズマヒキガエル?ニホンヒキガエル?何をどのくらい食べるの?なんで手を使わないの?・・・・・  図書室にある図鑑を開いてみたり、誰か知っていそうな大人に聞いてみたりして謎を解き明かそうとします。飼っていると発見することもあります。オオカマキリを食べるらしい、あげてみたら手を使った!・・・ 冬眠をどうするか、はクラスで話し合い、ほとんどの人が発言したのだそうです。カエルたちは大きな水槽の中に土を入れてもらい、その中で無事に冬眠を終えました。

同じクラスの子どもたち、9月に“子どもの森”でたまごの殻を発見しました。ゴジラのたまご?!カナヘビのたまご?!、と騒いでいるうちに、ある木の下にたまごの破片らしきもの、羽などを発見。子どもたちは大騒ぎです。翌日から図鑑や双眼鏡などが持ち込まれ、何のたまごか手がかりがないか、探し始めます。たまごの図鑑を見ると、キジバトの可能性が高そうだ、ということがわかりました。帯刀先生が脚立に乗って覗いてみると、確かにキジバトの巣に似ています。子どもたちはグランドでキジバトを発見すると、あのたまごのお母さんだと思っているのか大興奮です。親子らしい2羽はお母さんと無事に孵ったヒナ?と推測します。そのキジバトを追っていくといちょうの木に入っていく姿をたびたび目撃。ある日いちょうの木の下に大量の羽が落ちていました。もう一度キジバトを呼ぶためにいちょうの木から採取した巣を置いて実験しました。

帯刀先生はこの時も以前お世話になったことがある山科鳥類研究所の方に尋ねました。すると手紙が届き、子どもたちが推測したことが当たっていたことがわかり、子どもたちには大きな自信になりました。

それにしてもキジバトはどうなったのでしょう?カラスに襲われた?ツミに襲われた?落ちてネコに食べられた?・・・などと意見が出ます。死んだと思いたくなかった子どもが、その話し合いの中で「死んだんだと思う・・・」と受け止めたそうです。子どもたちは、キジバトを襲ったかもしれない鷹の仲間であるツミに夢中になり、目撃情報や鳥の巣などが持ち込まれました。

帯刀先生は、「とにかくおもしろい。ドキドキの連続です。図鑑など持ち込んだり専門家に聞いて調べるおもしろさを子どもたちも実感します」と語ります。子どもたちはいっぱい、いろいろと考えます。子どもたちの発想の豊かさは大人の考えを超えていきます。「カラスがキジバトを追いかけて、だんだん具合が悪くなって、そこをツミに襲われた」「大勢の鳥で食べたんじゃない?」「カラスに突かれてびっくりして落ちたんだよ」などなど。

みんなで話し合い、想像が広がり興味が広がっていく様子が目に見えるようでした。

増田先生は国語の授業の一場面を紹介してくれました。4年生は新美南吉作『ごんぎつね』を読みます。読み物教材の授業展開はさまざまに研究されてきていますが、その教材で読み取りたい内容にどのような方法で迫っていくかは、教材研究の醍醐味でもあります。いずれにしても子どもたちがそのお話の世界に入り、夢中で読み解いていくことができるような展開を考えることが教師には求められています。そのためには教師の発問に子どもたちをどう近づけていくか、教師の読みに近づけるにはどうするかという発想での授業を乗り越えていく必要があります。教師の側が準備した問いに子どもたちが答えるという方法だけではなく、子どもたち自らが問いを持ち解き明かしていくという授業展開を大切にしています。

この時も増田先生は子どもたちに疑問に思ったところを出し合ってもらい、そこから授業を作っていました。『ごんぎつね』2章では、兵十の家の前を通りかかったごんが、大勢の人が集まっていることに気が付きます。“よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。「ああ、そう式だ。」と、ごんは思いました。”この場面で、子どもたちから「鍋の中では何が煮えているんだろう」という疑問が出されました。

最近の葬儀は斎場で行うことが多いので、昔とはだいぶ様変わりしましたが、私が子どもの頃、葬儀は自宅で行われ近所の人たちが煮炊きをするという習慣が、日本の多くの地域で残っていたのではないでしょうか。ですから、子どもが出したこの疑問には少しびっくりしましたが、もっと驚いたのはその鍋の中で煮えているものを予想した子どもたちのことばです。この先に、“亡くなったのは兵十のおっかあだ”というごんのセリフがあり、兵十の母親の葬式であることがわかりますが、鍋の中で煮えているのは「お母さんの骨だ」と子どもたちは予想するのです。増田先生はこの授業をふりかえり、子どもはどこに引っかかるのかわからない、ということをつくづく感じたと語りました。

もう一つ、これも4年生の読み物教材に河内初枝作『月からのプレゼント』があります。母親を病気で亡くしたばかりの4年生のけんが、妹のあいを保育園に迎えに行く場面、子どもたちはランドセルを置いてから迎えに行ったのか、学校から直接迎えに行ったのか、ということに引っかかり、議論になったそうです。お話の展開からすると、まず教師は発問しない内容です。でも4年生の子どもが妹を保育園に迎えに行くということを想像すると、学校から一度うちに帰ってから行ったのか、それとも直接保育園へ行ったのか、気になったのでしょう。意見は分かれましたが、子どもたちは自分の論の根拠になる表現を探そうと、本文を改めて読み返します。そして根拠になる文章と共に自分の体験も併せて伝え、表現の中に時間を表す文章を見つけ、一度うちに帰ってから迎えに行ったと考える方がいいということに気が付いたと言います。

“問い”は宝物だという増田先生。子どもたちが発する問いからは確かな読みが導かれ、そこからさらなる問いが生まれ、子どもたちは問いを解き明かすことに夢中になっていきます。またそこには仲間と一緒に学んでいるという安心感も生まれてきます。

帯刀先生の実践、増田先生の実践、ともに、知れば知るほど新たな問いが生まれる、これが知的好奇心を育むことにつながるのだということを感じます。そして子どもたちとともに先生たちもまた夢中になっていくことが、さらに子どもたちを刺激していくのでしょう。

 

4.実感を持った学び、生活

幼稚園も小学校も、本物に出会う、触れるということを大切にしています。見る、聞く、触る、味わう、嗅ぐ・・・五感を使った学びこそが“実感”を伴った学びとなります。たとえば入門期の算数では「3」を実感するために、物とことばと数字を結びつける活動を組み、国語ではことばを意識した文字学習を大切にしているのはそのためです。

また、幼稚園の木工作、調理活動で使う道具、小学校の技術工作で使う道具は、“本物”です。そこにはもの作りに真剣に向き合う子どもたちの姿があります。

そして、学んだことが自分たちの生活と結びついていることを実感できる題材を選びたいと思っています。

帯刀先生は「食」体験として、遠足で見つけた野いちご、桑の実を味わうことや、イナゴを捕ってきて食べる体験も紹介してくれました。屋上の畑で育てたカブを絵で描いた後、煮物にして味わってみる、「ぼくのミックスジュース」といううたを歌った後はミキサーでミックスジュースを作って飲んでみることなどもありました。

遠足での崖のぼり、5歳児の合宿での川遊びなどは自然の中での体験として子どもたちの感覚の中に刻まれていきます。

幼児期は生活そのものが学びの対象となります。着替え、ボタンかけ、洋服を裏返しにするなど、自分で出来るようになることがうれしいこととして実感します。

日々の生活、遊びの中で様々な感情に出会っていくこと、さらに自分の想いを伝えることばを獲得していく過程もまた幼児期には大切なことです。自分が感じたことをことばにすることができるかどうかは、自分の気持ちを自分で意識していくことができるかどうかにもつながります。それがまた人と人との関係を作っていくベースになるのだと思います。そういう意味でも幼児期、学童期に母語をきちんと獲得することの意味は大きいと感じています。

増田先生は6年生の算数の実践を紹介してくれました。和光小学校の算数は、量を実感できる学びを大切にしています。6年生の「単位あたり量」は2つの量から生まれる量です。まさに自分たちの身のまわりにある量でもあり、生活の中で実感できることを数字に置き換え、“単位あたり量のメガネ”で世の中を見ると、今まで何となく感じていたことが、はっきりと数値化できることになります。

最初に行うのは「こみぐあい」。クラスの子どもたち全員が、学校の中のいくつかの部屋に入ってみます。最初は手仕事の部屋。ゆったりとした感じです。次に入った研究資料室はだいぶ狭い上に荷物もあってちょっと窮屈。「狭い」という人と「そんなに狭くないよ」という人もいます。最後に、今日は特別、ということで男性教職員の更衣室に入りました。ロッカーが並んでいて、クラスの子どもたちが全員入るともうぎゅうぎゅう詰めです。“すいている”“混んでいる”ということを実感した上で、マットの上に乗るゲームをし、混み具合を数値化することにしました。マット1枚当たり何人乗っているか、で混み具合が数値化できます。部屋の混み具合も、狭いと感じる人も、感じない人もいるのですが、数値化すると1㎡あたり何人か、ということで表すことができる、つまり感覚を数字に置き換えることができる、ということです。先ほどの男性更衣室は、1㎡あたり8.9人だったそうです。1m四方の場所に、約9人、ということを想像すると、相当混んでいることがわかります。混み具合、人口密度の後は、速度、濃度、単価、収穫量、物質密度、流量など、実験もしながら学習します。

増田先生は、自分たちがつかみ取ったものとしての学習が、“はがれ落ちない学力”となって子どもたちの中に残っていくはずだと言います。学んだことを子ども自身のことばで表現していくことも大切なことで、私たちが何かにつけて「ふりかえり」としての文章を求めるのはそのためでもあります。増田先生は、『算数日記』というまとめかたを要求することが多いのですが、自分の学びの軌跡を丹念に記録していくことは、思考を深めると同時に広げていくことになるのだろうと、何人かの『算数日記』を見て感じています。

 

5.学び続ける教員集団

昔から「研究なくして和光なし」と言われてきました。私たちは校内での日常的な研究活動を大切にし、授業研究、保育研究で教材、授業作り、保育作りを学び合います。時には厳しい批判も受けながら、よりよい保育、授業をつくりたいと思っています。

また、年に一度の公開研究会で全国の先生たちに自分たちの教育実践を見てもらい、叱咤激励していただいています。

そして、多くの教員が民間教育研究団体に所属し、中にはその中枢を担っている人もいます。夏休みには各地で行われる「夏の研究集会」に参加し、全国の教師、教育関係者たちと結びつき、学習、研究を深めています。

幼稚園では日常の保育の記録を取る、ということを大切にしています。帯刀先生は、記録を読み直して振り返ることで、自分の癖がわかり、自分の保育と向き合うことができると言います。さらにその記録を基にその時の教師の心の声も書き込んでの“エピソード研究”も、内部研究として時々行っています。

幼稚園も小学校も、子どもだけではなく教師たちも本物を追求することに力を惜しみません。小学校では全学年で取り組んでいる民舞、現地の保存会の方との交流や現地での講習会、お祭りにも出かけていきます。文化そのものを吸収することも大切にしたいという想いもあり、1年生の担任はアイヌ文化を学ぶために、北海道の二風谷(にぶだに)や白老に出かけていきます。

増田先生は2年生を担任したとき、読み物教材であるモンゴル民話『スーホの白い馬』を読むに先立ち、夏休みの大半をモンゴルで過ごしました。民族衣装、本物の馬頭琴も手に入れ、何と馬頭琴の演奏までできるようになります。“本物”にこだわり追求していく姿勢は、和光中高の在学時代に培われたのだとか。実は、『スーホの白い馬』が生まれたのは、現在の中国東北部にある内モンゴル自治区なのですが、それも現地に行ってわかったのだそうです。

 

6.教育とは何か 教師の仕事とは何か

幼稚園の帯刀先生、小学校の増田先生の教育実践を聞き、改めて教育とは何か、教師の仕事とは何かということを考えさせられました。

今、「大学版学習指導要領」により、教職課程認定に多くの大学が揺れています。未来の教員たちを養成する大学の教職課程ですが、今回改訂された教職課程コアカリキュラムは、異様な様相をもっていると言われています。

本来、「コアカリキュラムを参考に、各大学が自主編成する」となっていたはずですが、2015年に「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について―学び合い、高め会う教員育成コミュニティの構築に向けて」という中教審答申が出され、教職課程コアカリキュラムの在り方に関する検討会が翌年設置されました。そこには「学習指導要領の理解」という文言が何度も登場し、「学生が習得すべき知識・技能を明確化し、『何を教えるか』よりも『何ができるようになるか』に重点をおくべき」ということが強調されています。つまり、資質能力向上に教師は縛られていき、資質能力一覧表に示された項目を充たす「すぐれた教師像」の枠組みに自らの感情や行動を閉じ込めていくのではないかという懸念があります。これで「高度な専門家としての教師」が担保されるのでしょうか。

学習指導要領で打ち出されている「主体的・対話的で深い学び」は「何ができるようになるか」という資質能力論に結局は従属させられ、単なる授業方法に矮小化されているのが現状です。

ほんとうの意味で、「主体的で対話的な深い学び」を実現していくためには、学びの主体は子どもである、ということを明確にする必要があります。「わかる」とは、現象や事実を言語化し、概念としてつかむことであり、なぜ?と考えることは、事実をきちんと見ることから出発することから生まれます。事実をありのままに見つめ、問題や課題を「自分の問題として認識」できることと同時に、「疑問を持てること」であり「自分の意見や立場が持てる」ことです。そこにこそ、人間の主体性、自発性、やる気が生まれてくるのではないでしょうか。

また、共に生き、学ぶ仲間がいてこその学びです。わかるということは仲間でわかると言われるように、集団的な思考をぶつけることであるということを再確認したいと思います。

和光幼稚園が大切にしてきた“対話”、和光小学校が大切にしている“学び合い”は、みんなで考える、わからない、を大事にするということであり、その中にこそ子どもたちの学習、生活への大きな意欲が含まれているのだと思います。

 

暑い暑い毎日が続いています。夏休み、子どもたちにはぜひ、元気に過ごしてほしいと、今年ほど願う年はありません。

 

リーダーがリーダーとして育つとき ~2018年度 和光小学校運動会への取り組みの中で~

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今年も運動会が近づいてきました。和光小学校の行事の中でも、運動会は子どもたちにとって特別な意味を持っている行事だと、担任をしてきた時から感じています。

 

和光小学校の運動会は、4つの目標を持って取り組んでいます。

①競技することの楽しさを味わい、運動する力をのばす。

②チームやクラスで作戦を立て、協力して競技に取り組み、学級や縦割り集団の結びつきを深める。

③子ども、教師、親、みんなが協力し合って充実した運動会を作り、和光小学校としての団結を作る。

④日常の学習、生活、遊びも大事にしながら、運動会に取り組む。

 

個人種目としての徒競走もありますが、それ以外 (さらに…)

ようこそ、和光小学校へ!〜2018年度 和光小学校入学式 迎えることば〜

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和光小学校に入学してきた1年生のみなさん、入学おめでとうございます!

ずいぶん長くお待たせしました。

和光小学校は、日本で一番遅い入学式です。どうしてこんなにお待たせするのかというと、それは学校中で1年生のみなさんをお迎えする準備をするからです。

1年生のみなさんの前には、2年生から6年生まで、和光小学校のお兄さん、お姉さん達が座っています。これから和光小学校の仲間になる1年生のみなさんのこと、準備をしながら楽しみに待っていましたよ。 (さらに…)

和光小学校を巣立っていくみなさんへ ~2017年度 和光小学校卒業式 式辞~

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今年も和光小学校、和光幼稚園の卒業生を見送って10日が経ちました。

毎年「卒業証書」を手渡しながら、在学、在園中のさまざまな姿が思い出され、胸がいっぱいになります。

卒業生に送ったことばです。

 

 

卒業生のみなさん、いよいよ卒業の日を迎えました。和光小学校での日々、今みなさんの (さらに…)

生き残った人も72年間ふるさとに戻れていない ~今年の沖縄学習旅行で学び、感じたこと~

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2学期も残すところあと数日となってしまいました。

1年生は生活べんきょうで「がっこうではたらくひと」で、先生たちや事務室で働く人たちを見つけて、何をしているところかのインタビューをし、自分の周りの小さな社会を感じ取りました。

12月最初の金曜日は2年生げきの会が行われ、『ばんねずみのヤカちゃん』(1組)『女王さまと九人のきょうだい』(2組)、ともにクラスの子どもたちみんなで生き生きとしたげきを見せてくれました。

3年生は東京韓国学校、4年生は横濱山手中華学校をそれぞれ訪問、交流し、異文化(多文化)国際理解としての総合学習「韓国」「中国」への取り組みを進めています。4年生は総合学習「多摩川」を伝える会を控え、その準備にも向かいました。(3年生がインフルエンザによる学級閉鎖のため、「伝える会」は3学期に延期となりました。)

5年生は総合学習「食」のまとめの時期に入り、値段の違うせんべいを食べ比べ、成分表示と値段の関係など、食品問題に目が向き始めました。鶴川駅近く、岡上の田んぼで育てた稲の稲刈り、脱穀、もみすりも終わり、今年も保護者の皆さんのご協力を得て「収穫祭」を行うことができました。

11月18日の公開研究会は「算数」に焦点を当てた研究会となり、どの教員も1時間の授業作りに教員チームでの検討を重ね、子どもたちの学びに向かう姿とともに充実した研究会となりました。

 

6年生の総合学習「沖縄」の取り組みは31年目となり、沖縄学習旅行も31回目を迎えました。学習旅行からもどって1ヶ月あまり、子どもたちはこれまでに学んだことを含め、沖縄で見たこと、聞いたこと、感じたことを自分のことばでまとめ、伝えるという課題に向かっています。1組、2組ともに、保護者の方への「沖縄を伝える会」を行い、3学期には5年生に「伝える会」を行います。

学習旅行から1ヶ月あまりが経ちますが、今年、図らずも4泊5日になった学習旅行の特徴をお伝えしたいと思います。

 

学習旅行1週間前、大型台風21号が通り過ぎたので、今年の沖縄学習旅行は穏やかな天候の中で実施できるだろうと思っていました。

ところが、出発4日前に発生した台風22号が出発日の28日に沖縄に近づき沖縄便が欠航になる可能性が出てきました。急遽、旅行社と相談し、出発を1日早めることにしました。と言っても、航空機の空席、那覇での宿泊など、プロの技で前日の夕方、ギリギリのところで手配していただくことができたのです。

急な変更にもかかわらず、27日の朝は全員揃って沖縄に向かうことができました。この日はバスがないので、雨風が出てくる中、ゆいレール(モノレール)で首里城へ。数年前まで和光小も学習旅行のコースになっていましたが、コースの変更で割愛していたところです。首里城は琉球王朝時代の王府でした。沖縄戦では、この首里城の下に司令部壕が作られ、それ故に、沖縄に上陸してきた米軍の標的となりました。首里城は破壊し尽くされ、沖縄学習旅行が始まった30年前は「守礼の門」しか残っていませんでした。1992年に復元されていますが、沖縄学習旅行で訪れるのは司令部壕跡でした。

6年生が到着すると、ちょうど沖縄学習旅行最終日の和光鶴川小学校の6年生が司令部壕跡で学習しているところでした。両小学校がこのような形で沖縄学習旅行中に出会うことはないのですが、今回、1日早く到着したことで思いがけず鶴小の6年生の姿を目にすることになりました。

風雨がだんだん強くなってくる中、再びゆいレールで「沖縄県立博物館」へ。沖縄の文化、歴史、風俗などが一目でわかる博物館は、これまで学んできた「沖縄」を確認する意味でも是非訪れたいところですが、ここも学習旅行中の日程の中で省略されてきた場所でした。今回、“0日目”ができたため、ゆいレールに乗り、首里城、県立博物館を訪れることができました。

翌日、本来は学習旅行1日目となり、那覇空港から沖縄戦当時の激戦地であった嘉数高台、新基地建設で揺れ動く辺野古を訪れるはずでしたが、航空機はもとより、すべての公共交通機関は運休、高速道路を初めとした幹線道路も通行禁止とあっては、チャーターしていた観光バスはホテルまでの送迎のみの運行となりました。

その状況を予想していた学年主任の増田先生は、嘉数高台でお話をして頂くことになっていた琉球大学の北上田源先生に、前日から連絡を取り、ホテルに来て話をして頂くことをお願いしていました。いつもは空港からのバスの中で、沖縄の米軍基地の話などしてくれる琉球大学の学生さんたちも、北上田先生と一緒にホテルまで来て下さいました。公共交通機関が止まっている台風まっただ中を、北上田先生と6人もの学生さんたちが来て下さったことは、沖縄での学びをできる限り充実したものにしたい、という私たちの願いに応えて下さった結果であり、ほんとうにありがたいことでした。

時間はたっぷりあるこの機会に、と、北上田先生は「沖縄戦を追体験してみよう」と、ワークショップ形式での授業を組んで下さいました。

あの激しい沖縄戦で壊滅的な被害を受けた地域も多かったのですが、その中で、戦前から戦後にかけて住民がどのような運命をたどったか、丹念に調査し詳しい資料が残っている地域があります。沖縄本島の西海岸、那覇からも近い浦添市小湾(こわん)地区です。ここには戦前90戸519名の住民が暮らしていました。1980年代後半、この地域の戦前の集落を再現するプロジェクトができ、地図やジオラマとして、一戸一戸の家をそこにあった植物までも細かく再現し、どんな人が住んでいたのかもわかるようになりました。その資料を基に、家族ごとの詳しいプロフィール(名前、年齢、いつどこへ移動したか、どこで亡くなったかなど)が書かれたカードが、子どもたちのグループに配られました。子どもたちのグループは「家族」となり、カードの裏に書かれた地図と、戦前住んでいた家の形、間取り図、部屋の作りにより、1人1人が「その人」になりました。

「家族」ができたところで、北上田先生から「戦前のある日曜日の朝です。それぞれの家族は何をしていただろう」と声がかかります。6年生の子どもたちはすっかりその気になり、自分の役割を演じます。サトウキビ畑に仕事に行く男性、朝ごはんの支度をする女学生とおばあ、赤ちゃんは小学生の兄に子守りをしてもらっています。ここでNHKスペシャル「戦争の記憶」を観ました。宮城千代さんが戦前を思い出して話をしています。

1940年に沖縄に神社が建てられ、44年8月には日本軍が進駐し、陣地を構築し始めます。多くの兵隊たちが沖縄に来るので、その食糧を確保するため戦闘員とならない子どもや年寄りは本土へ疎開するという計画が立てられたのもこのころでした。疎開船「対馬丸」が米軍の魚雷によって沈没し、子どもたちを含む1400名を超える犠牲が出たのは44年8月末です。戦争のための「人」が必要となり、小湾の人たちも移動を始めます。

ここで沖縄戦のときの行動別に、A~Gのグループに分かれ、時間が進むごとに動いていきます。家族のプロフィールにはその記号も書かれています。

まずAグループ。戦争が始まるもっと前に海外へ移民した人たちです。小湾からは中国やフィリピンなどへ移民する人が多かったそうです。今回は3人です。

1931年からいわゆる「15年戦争」が始まりますが、軍人として海外へ行った人たちがBグループ。中国、フィリピン、台湾、ボルネオ、ニューギニアなど、アジア・オセアニア各地へと向かいました。4人いました。

1944年から九州への疎開が始まります。多くの子どもたちが宮崎や熊本へと疎開しました。Cグループ、11人です。

ここでまたNHKの映像を観ました。子どもやお年寄りが本土へ疎開した後、残った人たちは軍に協力しなければならなかったのです。当時18歳で「防衛隊」になったという方は、「何でも国のため。国のためなら死んでもいいという気持ちだった」と語ります。日本軍は、沖縄決戦のために、17歳から45歳の沖縄の人たちを「防衛隊」として軍に協力させました。沖縄全土で約2万人いた、と言われています。アメリカ軍が撮影した「防衛隊」と見られる写真には、13歳や65歳の男性も写っていましたから、“根こそぎ動員”と言われるように動ける者はだれでも戦闘に参加させたのでしょう。こうして軍に協力した人たちはDグループ、12人です。

さらに沖縄の北部、ヤンバルに疎開した人たちは、小湾地区で130人ほどいたと言います。老人や乳幼児と母親たちで、ヤンバルには日本兵もたくさんいました。Eグループ11人です。

そして、1945年4月、いよいよ米軍が迫ってきたときに小湾に残留していたのはからだの弱いお年寄り達で、残るしかなかったのでした。Fグループです。南部に避難していったのはGグループ。

NHKスペシャル「戦争の記憶」では、4月28日、米軍歩兵部隊が小湾へ迫ってきたときのことを、宮城千代さんが語っています。「戦争は見たことがない。弾(たま)だけしかみたことがない。」と。

AグループからGグループまで、それぞれ生き残った人たちの証言集が手渡され、子どもたちは自分の立場の人の証言を読みました。「自分」が死んでしまったのか、生き残ったのか、捕虜になったのか、戦死したのだとしたらその時期はいつなのか、その記録も確認しました。

戦争が終わり、生き残った人たちは戻ります。と言っても、米軍により収容所へ入れられるのです。

南部へ避難したGグループの35人のうち、生き残ったのはわずか2人でした。家族全員が戻った家はほぼありません。一家全滅の家もたくさんありました。

小湾の人々の戦後が、今の小湾の写真と共に映像に映し出されます。収容所は沖縄の各地に作られましたが、小湾の人たちは北部の収容所へ入れられた人たちが多く、小湾地区はキャンプキンザーとなり、基地のゲートに阻まれて今でも戻ることができません。生き残った人たちも、72年間ふるさとに戻ることができないでいるのです。

キャンプキンザーにしろ普天間基地にしろ、沖縄戦の最中、住民から土地を奪って作った基地です。沖縄の米軍基地は、もともとそこに住んでいる人がいたところに作られた、ということ、「基地があることでお金を儲けている」ということを、もし小湾の人たちだったらどう思うだろう、と北上田先生は子どもたちに問いかけました。

当時、実際に暮らしていた人になり“ロールプレイ”をすることで、家族と離ればなれになること、大切な家族を亡くしてしまうことを肌身で感じることができたのではないかと思います。移民した人たちはほぼ命を落とすことがなかったこと、ヤンバルへ疎開した人よりも南部へ避難した人たちの方がたくさん亡くなっていること、なども時系列で動くうちに、はっきりとわかってきました。

終わった後、子どもたちからは、「家族全員が生き残ってよかった」「家族全員が亡くなって悲しかった」「宮崎へ疎開したけど帰ることができてよかった。疎開先でシラミをからかわれていやだった」「ごはんを取られて飢え死にしたなんて」と、まさにそこに生きた人としての感想が出ました。「人の生活史が削られてしまう。平等じゃないと思った」という意見は、“いのち”の重みを実感したからこそなのでしょう。

学習旅行2日目(今年は3日目)、南部戦跡を追体験した後、沖縄戦で犠牲になった人たちの名前が刻まれている平和の礎 では、「浦添市小湾」と表示されたところへ駆け寄り、「自分」の名前を見つけ、このワークショップの時のことを思い出している子どもたちもいました。

 

台風の影響で座間味島に渡ることができず、座間味で待っていて下さる平田ご夫妻から沖縄戦当時の証言を聞かせて頂くことができなかったのは残念でしたが、大浦湾に面したカヌチャベイのビーチで海遊びをし、グラスボートで辺野古の海の埋め立て工事が進む現場を目の当たりにしました。

お母さんが座間味で「集団自決」を目撃した宮城晴美さん、沖縄戦当時10歳で家族とともに南部を逃げまどい、10人の家族の中で1人だけ生き残ったとう玉木利枝子さんには、ホテルに来て頂いてお話を伺いました。南部戦跡での追体験には、元白梅学徒隊だった中山きくさんも白梅の塔の前で子どもたちに語りかけて下さいました。

いずれも戦争を体験した方たちからのメッセージを、子どもたちはしっかりと受け止め、こころに刻んだことでしょう。お礼に踊るエイサー、歌う「命どぅ宝」からも、そのことは伝わってきました。

3日目(今年は4日目)の夜は学級集会で学んだことを交流し、テーマを決めて話し合います。ここで語られる子どもたちのことばは、“ほんもの”に触れることで感じ取ることができたこと、仲間と一緒に体験したからこそ語り合うことができる内容でした。

またの機会に、子どもたちの沖縄での学びをお伝えしたいと思います。

 

「悲しいことから救ってくれるのは、人だよ」 ~温かい人と人の触れ合いを描き出した朝ドラ「ひよっこ」~

和光小学校 校園長ブログ

先月、NHKの連続テレビ小説(最近は朝ドラで通ってますね)「ひよっこ」が終わりました。脚本を書かれた岡田惠和さん、音楽担当の宮川彬良さんは、ともに和光の卒業生です。

岡田さん脚本の朝ドラは、2001年の「ちゅらさん」、2011年の「おひさま」に続き、三作目となります。NHK朝ドラでは初めて沖縄を舞台とした「ちゅらさん」では、底抜けに明るい沖縄の人たち、ヒロインが東京で暮らす一風館の人情味溢れる人たちが新鮮でした。 (さらに…)

抽象度が高いほど豊かな具体的な学びが大切 ~算数・数学で育てたい力~

和光小学校 校園長ブログ

*今年の研究課題

和光小学校、和光鶴川小学校は10年に一度の教育課程改訂を行っています。昨年2016年度、改訂された新教育課程をスタートさせました。

その第1の柱は、<引き続き「教科教育」「教科外教育」その基底となる「総合学習」の三領域で教育課程を編成し「学ぶ喜び」にあふれた授業づくり、教育づくりを進めます。>となっています。

和光小学校では、新教育課程一年目に続き今年も「教科教育」、その中でも「算数」を研究課題として取り組み、教材論の議論を改めて進めています。1時間の授業をどう作っていくか、低中高の各ブロックで教材研究を行い、授業研究を進めてきました。

11月18日(土)に開催する「第4回和光幼稚園・和光小学校合同公開研究会」では長年公立小学校で教鞭を執ってこられた市川良先生、大東文化大学の渡辺恵津子先生、元和光中学校教諭の榛葉文恵先生を共同研究者にお招きして、「算数」に焦点を当てた研究会を持つことにしています。

共同研究者の先生方には、条件が許す限り日常の研究会にも参加して頂き、私たちの授業作りの力量を高めていくお手伝いをお願いしています。9月中旬に行った3年生「わり算」の研究授業には、渡辺恵津子先生に参加して頂きました。

四則計算の最後に出会うわり算は、全体の量をいれものに配っていくと、1つのいれものにどれだけ入るか(1あたり量)を求める「等分除」を最初に学びます。21個のアメを6人に同じように分けると1人あたりいくつもらえるか、という問題がそうです。具体物であるアメも示しながら、半具体物としてタイルを使って実際に配り、1人に3個ずつもらえることがわかりました。

この日の授業は、わり算にはもう一つの意味である「包含除」があること、「等分除」と「包含除」のちがいがわかる、ということがねらいでした。「等分除」の問題を解いた後、23個のアメを1人あたり4個ずつ配ると何人まで分けられるでしょう。という問題を考えました。子どもたちには一人一人が手元でタイルを配ることができるようにタイルとアメをもらうお皿が配られ、それぞれ配ってみました。

渡辺先生からは、ねらいをどこにおくのか、子どもたちに何を発見させるのか、ということ、授業書で示されている数字とはちがう数で問題を設定していたがそれでよかったかどうか、「包含除」は5時間で扱うがその中には子どもたちが“問題作り”をする時間を取るといい、というような助言をいただきました。

和光の両小学校では、算数のカリキュラム作りの中で教材をどのように配置し、それぞれの単元をどのように授業作りをしていくか、民間教育研究団体での研究会などでも学びながら30年以上前から「授業書」を作り、改訂を重ねています。「授業書」は子どもたちに手渡しますが、授業でそのまま使う場合もあれば、それぞれの教師が「授業書」を元にプリントを作って授業を進める場合もあります。

算数の教科目標は「現実世界と算数を切り結んで考え、解き明かしていける力をつける」としています。子どもたちが“解き明かしたくなる”場面とは何か、を教師は常に考えながら授業の準備をするので、その学年、そのクラスの状況に応じたプリントを作り、教材、教具を準備することが、大切になってきます。しかし、「授業書」の中で扱う数字には、その演算の意味を子どもたちが理解し次のステップに進むために、これ、と設定してきた理由があることも、今回のわり算の授業研究の中で納得できました。

 

*榛葉文恵先生の教育講座

「算数(数学)っておもしろいんだね!~算数・数学で育てたい力~」

和光小学校では保護者の皆さんに教育内容、授業についてより深く理解して頂くために、年に数回教育講座を行っています。

9月の授業公開の後の教育講座は、今年度公開研究会の共同研究者のお一人である榛葉先生にお願いしました。

榛葉先生には、2014年度の公開研究会でも共同研究者をお願いし、その時、教員向けの講座も行って頂き、私たちが算数教育の目標としてきた“現実世界と算数を切り結”ぶとは何か、と正面から問題提起されたことを印象深く思い出します。

今回は和光小学校、和光幼稚園の保護者の皆さんに、和光小学校の算数の考え方、そこでの学びが中学、高校の数学にどのようにつながっていくのかを、和光中学校で40年間数学を教えてこられた榛葉先生に語って頂きたい、と思いました。

榛葉先生は和光学園と校風が近い明星学園のご出身です。和光中学を退職されてからは大学でも数学科教育法を教えていらっしゃいます。また、民間教育研究団体の一つ「数学教育協議会(数教協)」にも50年以上係わってこられました。数学研究の中で、折り紙を使った算数、数学の面白さ、有効性から「折り紙数学・折り紙算数」の研究会も立ち上げられ、活動を続けていらっしゃいます。

教育講座では、算数・数学とはどのような特徴を持った学問か、といきなり本質的なところから話し始められました。

算数・数学は、自然科学の中でもより抽象的な学問です。“抽象”に対するものは“具体”であるということを確かめた上で、数学者・遠山啓(とおやまひらく)氏の「山は高ければ高いほど、その土台となる裾野は広く豊かである。」ということばを紹介して下さいました。つまり、抽象度が高い学問ほど、“具体”をたくさん学ぶ必要がある、ということです。和光小学校の算数教育の目標「現実世界と算数を切り結んで考え、解き明かしていける力をつける」というのは、まさに現実世界を読み取ることで抽象的な算数・数学の世界に結びついていくということです。 数の背景には「量」があり、量の背景には「実在」、つまり具体物があります。この、“具体”と“抽象”を行き来できる力こそ、数学的認識に結びつくものです。その力をどのようにしてつけるのか。キーワードは「同じ」と「ちがう」。“共通”を探すと抽象度が上がっていく、ということを、チューリップ→花→植物→生物→物質→宇宙・・・ と参加されたみなさんといっしょに考えながら確かめていきました。

1つの柿の中にどのような量があるか・・・重さ、長さ、体積などなどいろいろな属性があることに気づきます。客観的に比較可能な性質としての属性を取り出すことが“抽象”に近づいていくことです。

また1枚の折り紙を使って「裏が見えないような折り方をして面積を半分にする」ことに参加されたみなさんといっしょに挑戦しました。頭を柔らかくして考えていくといくつかの方法を思いつきますが、こうして図形の世界に入っていくのは、とても楽しい時間でした。

和光中学の1年生で、エッシャーのペガサスから連続する図形を子どもたちが考えて作品に仕上げていく実践、デカルト座標を使って基本のスヌーピーの絵をさまざまに変化させ、そこに子どもたちが物語を作り出していく実践、など、どれも数学の世界でたっぷり楽しんでいる子どもたちの姿が目に浮かぶようでした。(エッシャーの連続図形の作品の中に、和光中学在学当時、榛葉先生に数学を習ったという和光小学校のM 先生のものがあり、会場のみなさんで盛り上がりました。)

榛葉先生の軽快でわかりやすいお話に、すっかり算数・数学の魅力に虜となり、私もこのような授業を受けてきたら、もう少し数学の楽しさを味わうことができただろうに、と残念な思いもしました。

そういえば、「和光生は数学が好きな生徒が多いよね」と、和光高校の先生から聞いたことがありました。私の三番目の子どもも小中高と進むうちに、数学のおもしろさにとりつかれ、今は某女子校で数学の教員をしています。

どんなに遠回りをしても本質を学ぶことのおもしろさを体験すると、迷ったときはそこに戻ることができ、次のステップに進むことができます。学ぶことが楽しいと思う、もっと知りたい、解き明かしてみたい、と思うことができれば、子どもたちは自分から学びに向かっていきます。

和光で大切にしていることを、再確認することができる、そんな教育講座でした。

 

3年生「わり算」の学習

和光小学校の算数は、数字の計算ができればいい、とは考えていません。「量」を実感し、その数字が何を意味しているか、を1年生の時から大切にしています。 2年生で学習する「かけ算」は、1あたりの量がわかれば、それがいくつ分あるかで全体の量がわかるという「かけ算」の意味を、具体物をたくさん使いながら実感していきます。「1箱に6個入っているアメが3箱あると、アメは全部でいくつでしょう」という問題は、6個/箱×3箱(6こパーはこかける3はこ)の式で表します。具体物と数字をつなぐものとして、半具体物であるタイルを使い、「量」を実感しやすくします。

3年生で学習する「わり算」は、全体の量÷いくつ分で1あたり量を求める計算、として出会います。「アメが全部で13個あります。4人に同じように分けると1人あたり何個もらえるでしょう。」という問題は、13個÷4人=3個/人あまり1個 となります。このわり算を、平等に等しく分けるという意味の「等分除」と言います。

“わり算は1あたり量を求める計算”ということをじゅうぶん学習した後、もうひとつのわり算、「包含除」を学習しました。「アメが全部で13個あります。1人あたり4個ずつ配ると、何人に配ることができるでしょう。」という問題。これまでわり算は全体の量÷いくつ分だと思っていた子どもたちは、式を立てるところで混乱します。そこで登場するのが“タイル算”。実際にタイルを配って答えを出すところから、もう1歩数字の世界に近づきます。「等分除」では、入れ物(いくつ分)を書いて、その中にタイルを1個ずつ配っていきます。1つの入れ物に入っているタイルの数が答えとなります。でも、この問題では入れ物の数、つまりいくつ分がわからないので、1つの入れ物にタイルを4個ずつ配りながら、1つずつ入れ物をふやしていくことになります。タイルを配り終わったところで入れ物がいくつあるか、が答えです。

数字だけでは13÷4という計算ですが、1あたり量を求める問題といくつ分を求める問題では、その意味は全く違ってきます。

3年生は「包含除」の学習をした後、この2つのわり算に名前を付けました。

「等分除」には、<1あたりタイプ>(1あたり量を求めているから)、<ふつうのわり算>(これまでやってきたから)、<あんしんタイプ>(みんながもらえて安心だから)という考えが出て、どれにするかみんなで考えました。その結果、<あんしんタイプ>に。

「包含除」には、<いくつ分タイプ>(いくつ分を求めているから)、<新わり算>(新しいわり算だから)、<スーパーわり算>、<ドキドキタイプ>(もらえるかどうかわからないから、配るまでわからない、ドキドキ!!)。こちらは、<ドキドキタイプ>となりました。

どういう計算なのか、自分たちが一番イメージしやすいことばで表すことは、計算のタイプを分類し、印象づけるために有効だと考えています。子どもたちは、2つのわり算に名前をつけることで、わり算には1あたり量を求めるわり算といくつ分を求めるわり算があることを理解することに結びついたことでしょう。

 

6年生「単位あたり量」の学習

私たちは、算数の有効性を発見し、算数と現実世界を結ぶことを大切にしています。そのために、低学年では1つ、2つと数えられる量、分離量の世界を学びます。整数の加減から十進構造の理解に結びつけます。中学年では、乗除法を学び、小数の学習で十進構造の理解を深めます。さらに長さ、重さ、面積といった連続量の世界に入っていきます。そして高学年で分数と出会います。“はんぱ”で“はんぱ”を測りとることから生まれた分数は、これまで学んできた数の世界とはまったく別の世界になります。さらに「単位当たり量」として学習するこみぐあい、単価、濃度、速度といった2つの量の関係を表す内包量の世界に入っていくのです。

6年生の2学期、いよいよ「単位あたり量」の学習が始まりました。こみぐあいの学習では、「混んでいるのはどんな時?」という先生からの問いかけに、「朝の電車」「休日の遊園地」など、生活体験の中からいろいろなの声が上がりました。その後、校内の3カ所の部屋に入り、そこが混んでいるかどうか、どのように感じたのか、交流しました。やはり感じ方は分かれました。同じ部屋に入っていても、混んでいると感じる人もいればそうでもないと感じる人もいる、人の感じ方はそれぞれなのだ、とうことを確かめることがねらいでした。

次の時間、体育館でマットゲームをしました。2枚から4枚のマットで作った「島」を準備し、まずは「一番混んでいる島に乗った人が勝ち!」と先生が声を掛けます。30秒後、クラスのほとんどの人が1つの島に乗りました。次は「一番すいている島に乗った人が勝ち!」としました。子どもたちは周りを見ながらギリギリまで様子をうかがい、30秒後、4つの島に分かれました。「どこがすいていると思う?」と声を掛けると、ここでも意見が分かれました。では、どうやって「一番すいている島」を決めればいいか、その時の様子を撮影した映像を教室で再現し、それを見ながらプリントの「島」に1人を1枚のドットシールで表して貼っていきます。

2枚の「島」3枚の「島」4枚の「島」2枚の「島」にそれぞれ乗っていた人の数をドットシールで貼ると、同じ枚数の「島」どうしでは、人数が多い方が混んでいることがわかります。でも枚数が違い、人の数も違うとどのようにして比べればいいでしょう。子どもたちはあれこれ意見を出し合いながら、1枚あたりに何人乗っているかを計算すれば、どの島が一番混んでいるかがわかる、ということに気づきました。

こみぐあいでは、3つの公園の面積と遊んでいる子どもの数で混み具合を比べるという問題に取り組みます。500㎡に40人、300㎡に30人を比べるとき、子どもたちはまず500㎡÷40人、300㎡÷30人で答えを出そうとします。出てきた答えの数字が大きい方が混んでいる、としてしまうのですが、この計算で出てくるのは㎡/人、つまり「1人あたり何㎡」か、ということです。これは1人の人のまわりにある空間の広さとなりますので、大きい数の方が「すいている」ことになるのです。

式を立て、その式の意味をみんなで考えあっていくうちに、そのことに気がついていきます。ここでも、低学年の時から式につけている“数の名前”が大切になってきます。

人口密度を学ぶと、地図帳の資料として載っている都道府県の人口密度、各国の人口密度からその地域がどのような場所であるか、考えを巡らすことができます。このように「単位あたり量のメガネ」で世の中のことを見てみよう、と呼びかけました。

ダーツゲームで“命中率”を競いました。5つの班が、それぞれ形も大きさも違う的に向かってダーツを投げます。1人10回ずつ、班で50回のうち何本的に当たったかを出してみると、1番数が多かったのは3班。「29本当たった3班が一番上手だったということだね」、と先生がまとめようとしたところで、「的の大きさが違う!」と声が上がります。的を同じにしてもう一度やり直す、という意見も出たそうですが、「この結果から考えられない?」という先生の投げかけにさまざまな意見が出て、1c㎡あたりの本数で比べることに行き着きました。本数÷c㎡で計算すると、144c㎡に21本刺さった5班の勝ち、となりました。条件をそろえる= 1c㎡あたりで考えることの大切さと便利さに子どもたちは気づいた、と言います。Hくんの“ふりかえり”には、「算数はつかえる」と書いたそうです。

単価の学習では、スーパーのチラシで、サケの切り身やブドウ、牛肉など、どちらのスーパーの方が安いかを比べます。主要都市の住宅地の平均価格(1㎡あたり何万円)、各国の米、麦などの小売価格(1㎏あたり何円)、先進国と発展途上国の1人あたりGNP、1人1日あたりのカロリー摂取量、1人あたりの乗用車の普及率・・・・などなど、さまざまな資料も「単位あたり量のメガネ」をかけて見ると、社会の構図を読み解いていくことができます。

「算数はつかえる!」という感覚を持つことは、この単元の大きなねらいであり、まさに学ぶことが生きる力になる、ということを子どもたちが実感する瞬間なのです。

「へいわって、あさまでぐっすりねむれること」~絵本作家・浜田桂子さん講演会に参加して~

ブログ担当 校園長ブログ

「美術教育を進める会」の全国集会が和光小学校を会場に開催されました。

大会3日目には、絵本作家、浜田桂子さんの記念講演があり、和光小学校の教職員、保護者の方々をご招待頂きました。

 

浜田桂子さんの作品は、赤ちゃんの誕生を楽しみに待つ家族の姿を描いた『あやちゃんのうまれたひ』を印象深く覚えています。2年生の「たんじょう」の学習のとき子どもたちに読み聞かせることにしていたのですが、 (さらに…)

自分のからだも、友だちのからだも 大切にできる子どもたちに ~幼児期に育みたい“からだ観”~

和光小学校 校園長ブログ

幼稚園の年長の子どもたちに、今年も「からだのはなし」をしました。

和光幼稚園の年長の子どもたちは、7月に二泊三日の合宿に出かけます。

合宿ではお風呂、着替えなど自分や友だちの「からだ」を意識する場面があります。水泳で水着に着替える時もそうですが、友だちと自分のからだ、女の子と男の子のからだに、子どもたちは気がついていきます。 (さらに…)

和光小学校の資料一式を無料送付いたします。

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