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「ことばを育てる」その2 ~2022年度和光学園報特別号 座談会より~

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この秋発行の和光学園報特別号では、「ことばを育てる」と題して4月から理事長に就任された小森陽一先生と和光鶴川小学校の橋本先生、和光高校の畠中先生の座談会を企画しました。

7月末に行った座談会は、鶴小と高校の授業にとどまらない“ことば”と向き合う実践、さらには小学校の美術教育や幼稚園のげき作りにも拡がり、あっという間に2時間あまりの時間が過ぎていきました。

学園報は紙幅の関係で前半、それも大きく割愛した内容しか掲載することができませんでしたので、このブログで紹介させて頂きます。

 

今回は、和光高校国語科の畠中先生による、2020年度の実践です。

 

 

 

【和光学園報 座談会 ことばを育てる】  2022年7月26日

◎出席者:小森陽一理事長・ 畠中由美子先生(高校)・橋本紗弥先生(鶴小)

◎司会者:北山ひと美(和光小幼校園長)

 

 

休校中に書いた日記を読みあう

司会(北山)それでは、ぐっと年齢が上がりますが、畠中先生の高校の実践をお願いします。

 

畠中先生)はい。同じ1年生でも高校1年生のコロナ休校期間の課題のお話をしたいと思います。色々な授業や経験を経て、高校1年生に入ってきますが、それまでにくぐってきた国語の経験が本当に様々です。

和光で育ち、「お互いのことばを大事にしながら、育てていくのが国語だよ」っていうような授業の経験を積んできている子もいれば、高校は6割、和光ではないところから進学してきますので、例えば、漢字がとにかくひたすら苦手で、「自分は漢字が出来ないから国語が出来ないんだ」というように思っている人や、「いつも正解ってされてるものに納得がいかなくて国語が嫌いだ」って思っている人などいろいろな人が入ってきます。

私は、1年生には教室の中で、お互いのことばに耳を澄まし、それに応答していくという集団に育ってほしいし、それが高校の授業だということを分かってほしいと思っているので、何で授業を開くかは、緊張して、結構考えて毎年変えているところです。

2年前は、その大事な時期が休校期間で、課題を郵送するというようなことになりました。そうであっても、世の中では、授業の遅れや学習の遅れを起こさないようにというようなことを結構煽るような感じもありました。

同じ学年を持つ先生や国語科5人の教員で考え、休校で会えないからと言って、ドリルみたいなことを送るのは、和光の国語科としては、ちょっと違ってしまうメッセージになる、いつ休校が明けるか分からないけれど、そこで出会うときに、記号で選ぶとか、漢字で〇×つけられるのが国語だよね、とは受け取ってほしくないなぁ、顔を見て過ごすことができないけれども、そういう中でどういう課題を出すのがいいかなと考えました。

教科書の中から自分が感じたことばを拾ってきて、それにコメントを付けてもらう、あるいは、毎日家にいる生活の中で、メディアにはすごく刺激的なコロナのニュースが日々流れていて、どんなことを思っているかということを書き綴るとしました。

<日本が真珠湾攻撃をした日に、太宰治が『十二月八日』という小説を書いたり、坂口安吾が『真珠』を書いたりしましたが、あなたたちもそういう歴史的瞬間にいるんですよ>というようなことを謳って、日記を書いてもらおうということに。ただ、どんな人たちがどんな生活を送っているかということはわからないので、そんなにハードルを高くせず書いてもらうとしました。

やっと6月に休校期間が明けたとき、ノートに綴ってもらったものを見ました。2ヶ月で4つ課題を出したうちの、日記はその1つでした。その課題のどれを使って授業開きをしていこうか考えたとき、自分の生活やニュースをどういう風に感じたかや、日常の公園で見た子どもの姿だったり、あるいは自分の家族の心配だったり、日記が思いの外すごく濃かったのです。

これは私が読んで終わるっていうのはとても勿体無いし、また学校がいつ閉じてしまうかわからない、でも、せっかく学校が開いたんだから、対面で出来ることって言ったら、やっぱり高校生に話してもらいたいし、この日記もお互いに読み合ってもらいたいと思いました。

ただ、普段だったら、「読み合うことを前提に書いてくださいね」と趣旨は説明して入るのですが、休校期間中の課題で、<一義的には自分のために、二義的には担当者が読みますよ>という条件で出したものだったので、日記を他人に読まれていいかどうかというところは、ちょっと緊張しました。それぞれのクラスの生徒に、「あなたたちの休校期間中の生活が見えるようなことだけれども、お互いが、同じ時代で同じ事柄を経験している中で、出してることばを読み合ってお互いに知り合ってほしいし、同じ事柄についても、考えていることは違うので、読みあいたい」と伝え、この日記を印刷して、皆で読み合っていいかどうかを聞きました。そうしたら、意外とすんなり「いいですよ」ってうなずいてくれました。

お互いのことを知りたい気持ちもあったと思うんですよね。自分のを読まれたいということよりも、お互いに読み合いたいということもあったのかなと思います。普段私も、授業の中で、書くものを打ち直して出すときと、直筆を出すときがあるのですが、日記は、この字で、この書き方で、絵なんかを入れてくれる人もいて、これは私も直筆で早く読みたいと思っていたし、クラスの人にも、これはもう、生原稿で印刷して読んでもらいたいと思ったので、そのままコピーして配っていきました。

1回の授業で、B4のプリントで裏表2枚分ぐらいです。人によっては、4月に書いた日記を、6月の自分が語るまで、そのときと違っていることもあるでしょうし、自分が振り返って4月の生活を語るっていうようなところもある。その日記を使って、休校期間中の自分について話してくださいというような進め方をして、お話をしてもらいました。

とにかく喋ってもらうことがテーマだったので、どんどんどんどん横の人に、それについて感想とか、自分はその生活どうだったか。例えば、「休校期間中に、お昼ご飯をおじいちゃんの家に作りに行ってました」と話してくれる人がいたときに、その感想を聞いたりして。「自分はいつもお母さんに作ってもらってて、そんな中で料理するなんて発想は無かったからすごいなぁ」とか、そんな感想を、次々話してもらいました。

お互いに、思いの外、一人が語ったことに対して、返ってくる言葉が柔らかくて。「感心したなぁ」とか、あるいは、休校開けでまだ知り合って間もないところなので、そんなに質問をバシバシしていくっていうことではなく、例えば、「ご兄弟とはお昼一緒に食べなかったの?」というような質問を私が投げかけたりしましたが、みんなすごく集中してお互い聞いてくれる感じがありました。

日記の中で語られていることを、お互いに意見を交わすとしたら、どんなことが論点になるかなと考え、例えば、生の言葉で、「『有名でお洒落なパンケーキ屋さんがオープンしたので、それを食べに行きました』みたいなのをインスタに上げてる人がいて、この時期にそんなパンケーキ食べに行くなんて頭がおかしいと思った」と書いている人がいたのを、多分見方が分かれるだろうなと思い、それについてどう思うかを、クラスの人に聞きました。

そうすると、「インスタにそういうのを上げて、確かに、こんなに皆が『自粛しなきゃいけないよ』とか『医療がひっ迫』とか言ってるのに、そんなことで自分の楽しみのために並んでる人は許せないと思いました」という人もいれば、「他人がそういうのを上げていて、そういうふうに思うんだ~。全然気にしてなかった」というような人もいたり、「自分はあんまり思わないけど、自分がインスタに上げるときは、『遊んでる』って思われないように、自分は上げる立場で気を付けてます」とか言ったり。でも、ある人は、「パン屋さんが潰れちゃったら嫌だって思って、買い支える」みたいなことで、「自分の楽しみのためにとかじゃないけど、皆が行かなくなっちゃったらお店が潰れちゃうから、そんなふうにして買ってるパン屋さんがある」っていう意見があり、「そんな視点もあるのか」という気づきもありました。

「立場が変わるとモノの見方が変わったりする。同じ社会にいても、あるね」と。子どもが、公園でマスクして遊んでたりするのも、「『親、側にいるのに何してるの?』って本当正直イライラする」っていう人もいれば、「あんな小さい子どもがマスクしなきゃいけないなんて可哀想、心配」って思う人もいて。それは素直な、今だから言える感情というか、どういう人に見られるかじゃなく、素直な感情でそういうやり取りがありました。

日記の中では、ナーバスな言葉になり、「自分が感染させてしまうかもしれない」というリスクのところを語るとき、「『自分はいつでも殺人鬼になりかねない』っていうふうに思った」ということを鋭く書いてきます。その後の授業で結構内省的だとわかってくるのですが、そういうのはわかる人と、この時点では「殺人鬼?」っていう、高校生でもよく分からない人がいたりします。でも、まだ関係性も無いので、そういうところは深掘りするのはやめようと思い、紹介して終わって、そこはお話をするという俎上には載せないでというように扱い方を考えながらやりました。

6クラスそれぞれで話題になることはだいぶ違いましたが、一生懸命やってくれました。

 

司会(北山)読むのは、ハーフクラスの全体、20人の前で読んで、聞いてた人たちが色々感想を言い合うということですか?

 

畠中先生)はい。そういうことです。

 

小森理事長)本人が読むの?

 

畠中先生)はい。文字は皆の手元にあるので、これを使って自分の生活を語るということで、日記をそのまま読んだ人もいれば、自分の生活を語ってくれた人もいました。

 

司会(北山)休校期間中に日記を書き、明けたところで皆に聞いてもらう。先ほど畠中先生がおっしゃっていたように、高校生で初めて会う人たちで、しかも自分の生活を書いたものを、読み合うことを前提ではなく書いたものを「いいよ」って言ったのは、私もちょっとびっくりしました。「えっ?そうだとしたら初めに言っといてよ」っていうのはあったと思いますが、「いいよ」っていうことは、どのクラスでもそうだったんですか?

 

畠中先生)そうですね。もう少し何か聞いてくる子とか、よくあるのは「名前伏せられませんか?」とかあるんじゃないかしらと思ったんですが、でも名前を伏せてはこれは意味が無いので、もし「伏せてください」っていう人がいたら、それは除こうと思っていたのですがそれも無かったんですね。

 

司会(北山)じゃあ、もうほぼ皆、自分の日記を紹介していくということが、休校が明けたところで行われたということなんですね。

 

畠中先生)はい。

 

橋本先生)高校1年生がコロナの中で悶々とする生活が続き、ある意味、出会ってないけど共通の体験をしていて、しかも、一つの行動やニュースでも、何が正解か不正解かもわからないような日々だったと思うから、だからこそ、共感的に「わかるなぁ、その思い」っていう人もいれば、「違う見方もあるんだな」みたいな発見もあって、感想も言いやすかったり、自分の思いが書きやすいっていうのもあったのかなと思いました。だからこそ、初めて会う人だけど、何か意見をして、別にそれが喧嘩になるとかじゃなく、語り合いやすかったのかなって思いました。

 

畠中先生)あるクラスでは「お父さんが家事するようになって良かったです」という話をすると、「本当?」とか(笑)「そうだね、そうだね」とか言い、そういう生活がすごく出てきました。でも、そういう生活実感みたいなことって大事にしていきたいところです。

 

小森理事長)コロナ渦で共通の体験をし、しかも、始まって以来出会えてないわけだから、自ら直筆で書いた手書きの日記が、思いを綴った文章が、そのままコピーされてね、クラスで共有されるっていう、まずそういうことを国語の授業として目論んだっていうことが決定的に重要ですよね。

こういうとき、人間ってものすごく訳の分からない不安な状況に落とされてるわけだから、それは、日常的な人間関係の中で言葉を交わしたりするだけでは認識できないので、そこを日記にそれぞれが綴り、今日体験したことを言語化しなきゃいけない。多分それは、今までの小中学校の夏休みの絵日記とかそういうことではない。すごくざわざわする、何がどうなるか分からない状況の中で、しかも今までの日常が、それこそお父さんが料理を作ったりとかも、日常が崩れて「えーっ?」というようなことになったり。そういう驚きを、課題を与えたことによって生徒たちが綴って、この瞬間に、そういう意味では国語のこの課題に救われたと思うんですよ。つまり『自己対象化』。言語化することによって、「あぁー、どうしよう」みたいな、下手すればパニックになるところを、「親父、料理作ってんじゃん」みたいな(笑)、引いた位置による精神的な安定みたいなね。高校生たちの日記の文章、いやなかなか皆面白いですよね。目の付け所というか、「高校生の日常生活、そこ注目するか?」みたいな。でもそれは、文字通りコロナ禍で非日常になっちゃったからね、日常が。だから、当たり前だと思ってた日常が非日常化したところで、「ことばにしてみて」っていう課題が出ただけに、ちゃんと自分が持ってることばで、コロナ禍の異常事態に向かい合うことが出来た」という実感が共有されてたんじゃないかと。それで、「読んでもいいよ」っていうことに。普通イヤですよね。とりわけ、高校ぐらいは「ちょっと先生、秘密に出したんだよ」って言いたくなるところ。でも、「皆どうだったのかな?」。それもやっぱり自分が対象化される実践だったから、「これは共有してもいいのかも」って。

体験をことばで表現するっていうことを教えるのが国語科の一つの役割なんだけど、そのことが持つこの非常事態の中における、ある種の個別の一人ひとりの生徒たちの魂の救いにもなるし、クラスで共有することによって、バラバラだった今まで会ってなかったクラスの社会的な集団性みたいなものも、相互のことばによって形成することにもなった。そのことでお互いに分かり合えてるわけですよね。「この子、こうなんだ」、「そこ、そう言うんだ」みたいな。だから、実際の日記表現をバラしちゃったっていうあたりが、中学校までは無かった、和光高校に入学したから有り得た人と人との知り合い方。それは、国語の授業としてはとっても重要な実践だったんじゃないかなって、今の話聞いてて思いました。先生としても楽しかったでしょ?それ。

 

畠中先生)楽しかったです。

 

一同)(笑)

 

小森理事長)羨ましいな~。その場にいたかったな~(笑)

 

畠中先生)なので、読んでて「これ私一人じゃ勿体無い、これは皆で読みたい」と思いました。

 

「自己対象化」するということ

司会(北山)小森先生、橋本先生のときも畠中先生のときも『自己対象化』という言葉を使っていらっしゃいますが、『ことばを育てる』というときの、自己を対象化するということの意味、どの年齢においてもそれがとても大事なんだろうと思うんですけど、もう少し説明をしていただけるでしょうか。(笑)

 

小森理事長)それは、いきなり哲学の分野に踏み込むことになってしまうわけですが(笑)、要するに、人間の意識って、自分の体が置かれてる状況の中で、一つ一つやっていかなきゃいけないわけですよね。そのときには、例えば今、北山先生からこの問いを受けて、「そんなこと言われたって困るじゃないかよ。そんなの考えてないし。口走っちゃっただけだよ。何でそういう難しいこと聞くんだよ」

 

一同)(笑)

 

小森理事長)とかって思ってる私は『即時』なんですよ。それが、今そう聞かれて追い詰められちゃって、「えぇ?そこでそれを聞くか?!」みたいなね。だけど、今日企画された対談の中でこういう話が出て、「じゃあここで今私が何を話すことが求められているのだろうか?この座談会では」という風に、イラっと来た気持ちを、

 

一同)(笑)

 

小森理事長)落ちつけて(笑)、ここで「小森陽一、そういう役割をちゃんと果たさなきゃいけないんだぞ」っていうところに立てるかどうかが『対峙』なんですよ。人間は基本的に即時的に生きてるわけですね。自分中心に。だから一人であれば「早くビール飲みたい」「家帰ってビール飲もう」というふうになるでしょ?だけど、とりあえずここで、残りの55分間、どういう役割を果たさなきゃいけないか、社会的にと言うと大袈裟だけど(笑)、「今この4人で座談会をしてる中で自分に求められていることは何だろう?そして、先ほどの『即時』と『対峙』という哲学的なことを言ってしまったことに対する、今の北山先生の突っ込みはどういう意図があるのだろう?」、

 

一同)(笑)

 

小森理事長)その他を並べて考えてみて、「じゃあ、お前何言う?」っていう風に考えていくのが『対峙』なんですよ。

 

司会(北山)なるほど。すごくよくわかりました。

 

橋本先生)(笑)

 

畠中先生)それで言うと、この日記を読んでコメントしてくれる人たちのことばは、その1.5ぐらいだったのかなって、今聞いて思いましたね。

 

小森理事長)そうそうそう。明らかに、日記をつけた瞬間に、その子自身、対峙化してるわけでしょ?だけど、それを読まれることで2段階目の対峙化が起きてる。そして、友人たちの感想が出てくることで、一気に4段階5段階の対峙化が出来て、つまり「自分って何?」っていうのがクラスの中で見事に分かり合える関係として社会化されたわけですよ。それはね、きっと「このクラスに来て良かったな」って思えるわけでしょ?そうすると、自分が所属してる社会集団の中で「自分の役割はこうだ」と。これはまさに、『即時』から『対峙』への、つまり人間の社会化のプロセスですよね。それが、この日記を読み合うことの中で、様々な形で、恐らく生徒たちの間で行われていったんだろうと思うのです。

「日記を読み合う授業を受けて、思い出してどうだった?」っていうのを、夏休み明けに聞いてみるのも面白いかも。更に対峙化が進んでいく気がする。そこは、国語っていう授業のすごく大事なところです。

 

畠中先生)いつも1学期にスピーチを3分でやってもらうんですけど、この年は6月からだったんで、10月にやりました。生徒はけっこうハードルが下がったというか、これで読み合ったり知り合ったり見合っていたので。例えばこの日記を読み合ったときに、「スケボーを毎日すごく楽しんでました」と、一応皆自宅待機中なので、「学校に苦情来ないですか?」とか(笑)、そんな質問もあったり、「そういうの得意なんですか?」とか、初めて会った人もいる中で、全然表情を動かさずに、「本当にそんな呑気な生活で羨ましいと思いました。うちは母と妹がいて、すごい緊張感で、自分が遊ぶなんて考えもしませんでした」というのもありました。コメントの中ではすごく異色だったんですが、きっと多分、そこに彼女の生活があったんだろうなっていうのは皆察しました。だからスケートボードを毎日やってたっていう子も、「ちょっとそういうのも考えないと、同じ高校生なのに、そんなに緊張して生活してる人もいて偉いですね。自分はちょっと呑気に過ごしちゃいました」とか返してたんですが、秋になって、別の子がスピーチをしてたときの感想に、(感想もお互い印刷して配り、読まれることを分かっていて)実はその顔色一つ変えずにいた子が、「自分の家は親に障害があってすごく大変だったので」と書きました。お話しした子も、「家族が聴覚障害で、音楽をやることについてなかなか理解してもらうのに時間がかかって」というのを感想に書いていたりします。そのときに繋がって、この段階ではもちろん語れなかったけれど、秋ぐらいになったら少し開いて、「話しても良いかな」と変化したんだなぁということがありましたね。

 

小森理事長)今の話は本当は知られたくないマイナスの家族の在り方でしょう?でも、そういうやり取りをきっかけに、クラスの中で共有するものとして言語化できたってことは、そのやり取りの中ですごい信頼関係が作られたが故の言語化ですよね。それで、恐らく、そう書いた子たちは、書くことによって救われてると思うのですよ。自分の中で抱え込んできてしまったことを、このクラスのみんなには言っていいんだなっていうね。クラスの中の、お互いにことばを交わしていく信頼関係が作り出された実践になったということなんですよね。それはすごく大きいことだと思う。

 

畠中先生)聞き手がすごいなと思いました。この日記を「いいよ」って言ってくれて、書いたものも魅力的だし、もちろん発表も話も面白いんだけど、聞いてもらい、コメントを最初にもらってドキドキして、感想を言ってもらったけど、どんなのが出てくるかなって、生徒のことを私も知らないでやっているので。でも、共通体験があるからなのか、即時の反応で「すごいなぁ」っていう感想と、その人と会えなかった生活に思いを馳せるっていうことが行き交う感想だったので、「あ、やって良かったな」と思いました。聞き手がすごかったですね。

 

小森先生)さっきの北山先生の質問、つまり即時と対峙っていう、自己の在り方に対する意識の違いなのですが、その二項対立の中に、ちゃんと即時から離れて対峙になれたときに、他者の思いとか、つまり自分じゃない他者の在りようが理解できたり、共感できたり、想像力を伸ばしたりすることができるわけですよね。

この三角関係が作られるかどうかっていうのが、社会的な生き物としての、人間の大事な生命線。そこをことばが担っているわけで、そこを教育するのが国語の授業なんですが、すごいじゃないですか。

 

司会(北山)すごいですね。

 

小森理事長)だってクラスが成長するんだもん。今の話聞くと。で、皆がそれを認め合ってる。

 

司会(北山)「ことばがそういう役割を担っている」という小森先生のことばが、私は今すごくストンと落ちました。自分でも、国語の授業やこのような発表などをやり、お互い響き合って面白いなっていうところはありましたが、そういう形で、きちんと自分自身でまとめたことがなかったので、恥ずかしながら。そういうことですね。なるほど。

 

小森理事長)だから、作文を書くプロセスの中で、自分をどう表現するのかで即時から対峙へ行って、それを読んでもらった周りの友達の感想を聞くことによって、更に人からどう見られるのかという、即時から出発した対峙じゃなく、他者から出発した対峙になり、それは自分を見直すことになる。それが、ことばを操る生き物としての、社会的な人間としての在り方なんですが、それが、実に見事に時間的な経緯を含めて、授業の中で実現してるなと私は思ったわけです。

 

司会(北山)今のおことばで、全てよく分かりました。お二人の実践の価値が、「あ、そこなんだな」と。小学校1年生の子どもたち自身が、作って聞いてもらうのも嬉しいし、次は友達のを「何て言うのかな?」と思って聞こうとしてるというのも楽しい。そういう子どもたちを見ている先生が、すごくわくわくしながら、その子どもたちを見つめているというのも素晴らしいことだと思います。それは、高校生でも同じですよね。思春期の時期に、自分のことを、と思うけれど、やってみたら聞いてもらいたいし、聞きたいし、それに対して何か言いたい、というのがあり、先生は、内輪だけじゃもったいないからと皆にも開いてもらっています。国語の授業として、『ことばを育てる』ことって、こういう意味があるんだというのを本当に勉強させてもらいました。

 

畠中先生)ニュースなど外から来ることば、晒されていることばが強いですよね。高校生は絶えずインスタやネットニュースを見ていたり、自分の体をくぐってないことばにいっぱい晒されています。

 

小森理事長)ああ、そうか。高校生はSNSの世界ですね。

 

畠中先生)そうですね。それが、学校に来て友達と話して、「それはちょっと違うなぁ」とか、「あの子はあんなふうに言ってたけど、ちょっとあれは無いよね」とか言われると、「あ、無いのか」となる。家族の会話はずいぶん日記の中から見えてきて、家族とそれをどのように話すかということも、それはそれで大事な時間なんだと思います。でもやっぱり晒されているものが強くて、一旦それを言ってみたけど、他の人から言われて、「やっぱりそんな在り方っておかしいのかな?」、「そんなふうに思わなくてもいいのかな?」と緩めてもらえる。日常的にもですが、コロナ禍では特に晒されていることばがきつい、厳しい、辛いなと思います。

でも、(小学校)1年生だってそうですよね。紋切り型のことばや決まったフレーズなどいっぱい世の中に溢れていて、それを操作して形にする、それらしく見せるということから入ると、字を美しく書くとかというようなこととかあると思います。「茶匠になりたい!」みたいな(笑)

 

一同)(笑)

 

司会(北山)ですよね。「『車掌さん』と言い間違ったかな?』って思ったら。

 

橋本先生)私も、「千利休」って言われて(笑)

 

畠中先生)そう。「えぇ~?!」って。

 

橋本先生)そういう意味では、国語だから、お話をみんなで読むのも、そのお話の世界をもちろん楽しんだり、普段読まないような本に出会ったりというところにも意味があると思いますが、話を柱にしながら、どうそれを読んだかというやり取りの中にこそ、意味があるんだろうなっていうのを、皆さんの話を聞きながら、改めて思いました。読みがお互いのやり取りの中で広がっていくのも大事にしたいし、でもやり取りする中で、発言した人のその子らしさの、「あの子ってそういうふうに読むんだ」とか。知識がどうとかじゃなく、その人の想いが見えるところを楽しめるような授業を、そこに「面白い」っていうのを感じられる授業を作りたいなぁということを聞いていて思いました。

 

<つづく>

 

 

 

 

「ことばを育てる」その1 ~2022年度和光学園報特別号 座談会より~

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まだまだコロナの影響を受けることもありますが、行事を含めた学校生活はほぼ戻りつつあります。親和会(PTA)活動も通常通り行われ、何よりも子どもたちの活気にあふれた姿に力づけられる日々です。

2学期も下旬になりました。小学校のいちょうまつり、幼稚園の運動会は秋晴れの中滞りなく実施でき、6年生の沖縄学習旅行は今年も充実したものとなりました。

8回目となる和光小学校・和光幼稚園合同公開研究会は、先週末3年ぶりに対面で行い、授業研究、保育研究も行うことができました。ご参加頂いたみなさまに心から感謝申し上げます。

この秋発行の和光学園報特別号では、「ことばを育てる」と題して4月から理事長に就任された小森陽一先生と和光鶴川小学校の橋本先生、和光高校の畠中先生の座談会を企画しました。

7月末に行った座談会は、鶴小と高校の授業にとどまらない“ことば”と向き合う実践、さらには小学校の美術教育や幼稚園のげき作りにも拡がり、あっという間に2時間あまりの時間が過ぎていきました。

学園報は紙幅の関係で前半、それも大きく割愛した内容しか掲載することができませんでしたので、このブログで紹介させて頂きます。

 

【和光学園報 座談会 ことばを育てる】  2022726

出席者:小森陽一理事長・ 畠中由美子先生(高校)・橋本紗弥先生(鶴小)

司会者:北山ひと美(和光小幼校園長)

司会(北山)小森先生が理事長として来ていただきましたので、私は是非小森先生からたくさんのことを学びたいと思っており、「ことばを育てる」という座談会が実現することを楽しみにしていました。

今日は、和光鶴川小学校の橋本紗弥先生が、小学校の子どもたちの国語の授業を中心にした実践、和光高校の畠中由美子先生には、コロナによる休校中のことを課題にした日記の交流を通した実践を報告していただきたいと思っています。まず橋本先生お願いします。

心が動いたことを詩に綴り、読みあう

橋本先生)和光鶴川小学校の橋本です。今回は、以前1年生を持ったときの詩の実践の話をさせていただきます。

私自身、音のリズム、短いことばの中に情景や作った方の思いがぎゅっと込められている詩がすごく好きでした。一つの詩が読み手によって受け取り方が全然違うところが面白いのですが、何よりも子どもが書く詩がとても好きです。大人には到底ひらめかないなということばの選択や、目の付け所があるところが昔から好きでした。1年生を担任したとき、今回も詩の実践をやりたいと思い取り組みました。

鶴小の国語のカリキュラムには、どの学年にも4月に詩が入っています。これまではその後も年間を通してじっくり取り組むということはなかったのですが、今回、「1年生でも詩を作ることができないかな?」と考えて挑戦してみました。

1年生って1学期にたっぷり時間をかけてひらがなを学び、その中で、ことばあそびや詩もいくつか扱います。声に出して楽しめる詩や、文字の学習にもつなげてまどみちおさんの『あいうえお』の詩を読んだりします。

くどうなおこさんの『うたにあわせてあいうえお』というのを読み、詩を作ることに挑戦しました。「あかるい あさひだ あいうえお」「いいこと いろいろ あいうえお」と、法則性のある詩なので、まねっこ詩で作りやすいかなと思い、最初はその詩を取り上げて、いくつかやり取りをしながら作ってみました。

すると1年生なんだけど、すごく面白くって、「えがおで えをかく あいうえお」とか、「うんちだ うきうき あいうえお」とか、「おかしだ おかしだ あいうえお」とか、短いのですが「この詩、この子作りそうだなぁ」というような個性が表れていました。交流すると、すごく子どもたちが盛り上がっていたのが印象的で。

しばらく休み時間とかも、おにごっこすると「はっしー はしるよ はひふへほ」とかって、子どもが作って遊んでいたりしました。その時「1年生でも、これだけお互いの作ったものを楽しめるんだ」っていうことを感じ、2学期にも、引き続きやってみようかなって考えました。

2学期には重点的に作るっていうことに挑戦をしました。日記やあのねのーとにも取り組んでいますが、1年生はまだ書く力が充分あるわけではありません。でも短くても、その瞬間の心の動きが中心になって作られる詩っていうのは、よりその子らしさが表れ、そこからお互いを知り合う柱になるかなと思います。

どの子にもハードルが低くて、取り組みやすくなるかなという思いもあり、同じ小学1年生が作った詩をいくつか紹介をしたり、他にも、詩人の方の詩を紹介したりしました。

初めは<えん・けら・ぷん・えい・あら・しゅん>っていうのを黒板に書いて、「これは心の動きを表したものなんだけど、何だと思う?」って言ったら、「えんっていうのはえんえんって泣いてるってことだ!」とか、「けらっていうのはけらけら笑ってるってことだ!」っていうのが、子どもたちから出されました。「そういう、心が動いた瞬間をことばにしたのが詩なんだよ」っていうことを最初に伝えて、「じゃあ、今日は最近心が動いたことを詩にしてみよう」と提案しました。

自分としては2つ心掛けたことがあります。詩を作った後に、「もっとこうしたら良いんじゃない?」って正直思うこともありますが、そこは言わない、手直しをその場ではしないということ。もう一つはその詩を出してきたときに、その詩を私自身が一番面白がろうっていうことを心掛けました。中にはまだ書けない子もいるので、やり取りをして話したことばを、私が文字にするということもありましたが、全員が詩を作ることができました。

その詩もすごく面白くって、KAくんは、『ちゃしょう(茶匠)』という題名で、「ぼく ちゃしょうになりたい だって せんのりきゅう(千利休)って ちゃしょうでしょう?」っていう詩を書いていて、「あっそんなふうに思ってたんだ!」と私も新しい発見でした。MIちゃんは、『せかいって なんだろう?』 という詩で、「ちきゅうって なぜまるいの? さんかくでも いいじゃん」と2行の詩なのですが、その子の中にある「不思議だなぁ」っていう思いが表れています。

学級通信でも紹介して、みんなで読み合いました。まだ、リズムとか連などを意識して書くのは難しいので、詩っぽく見えるような形に私が打ち直して、学級通信に載せてみんなで読み合うと、子どもたちもすごくゲラゲラ笑ったり、「あぁー」ってなったりで盛り上がりました。

ちょっと間隔を空けて、読み終わった後にもう1回書いたりすることを続けてやったら、だんだんスムーズに思い付いたり、書けるようになった子が増えてきたかなと思います。中には、「何書いていいんだろう?」って悩む子もいますが、悩んでいる子には、「じゃあその悩んでるのも心の動きだから、詩にしてみたら?」と言ったら、その子は『わたしって すらんぷ』っていう詩を作りました。「もうもう なんで でも もしかして すらんぷ」っていう詩を作り、クラスの子から「詩ってそれでもいいんだ!」と声が上がりました。だから、「こういうのも詩になるんだなぁ」っていうのが、だんだん子どもたちの中にできていったのだと思います。

作ることもそうですが、子どもたちは読み合うことを一番楽しみにしていて、通信に載せると反応し合って、またそれがあのねノートで届いてというのが、少しずつ循環していくような形になっていきました。KOちゃんが、雨の日、友達の傘に入れてもらって嬉しかったという『やさしいきもち』という詩を届けてくれたら、その次の日に、MAくんも、友達にしてもらって嬉しかったっていうようなことが詩で続いていったり、反応し合って「自分も書いてみようかな」というふうになっていったのかなと思います。

AKちゃんは、詩を書くことを通してセンスが開花したなぁって私は思っています。そんなに前に出てきたり、毎回手を挙げて発言したりするという子ではなかったのですが、詩が本当にユニークというか、毎回お父さんがオチに使われるような。『おちゃわん』っていう詩で、「ぱぱは たまーに わたしの おちゃわんを わる」とか(笑)、『おにの つのは なんこある』っていうので、「わたしは にほんで ままは さんぼんで ぱぱは いっぽんだ」っていう、最後にお父さんが笑いに使われるようなところとかがすごく面白かったり、うんちの観察をしたことの詩を届けてくれたりしました。親和会でも「AKちゃんの詩のファンなんです」っていう親たちがいるぐらいです。お母さんの「AK自身も、あのねノートや日記では書けないことでも、なんか詩だと書けたりするようです」というのを聞いて、AKちゃんにとっては「これだったら、自分の思いや考えを自信を持って出せるなぁ」という一つになっていたんだったら嬉しいなと思いました。

詩って、その人の興味関心や感情、生活が見えるところが面白いなって思うので、だからこそ、詩を読み合う子どもたちがすごく生き生きとしているのだと感じます。友達のことを知りたいという気持ちの表れだったり、正解不正解じゃないからこそ面白がることができたり、書けたりすることにつながっているのかなと思っています。国語の読み物教材でのやり取りや作文など、どれもお互いの考えを知るとか、その人らしさがそこで知ることができるということを大事にしています。

司会(北山)ありがとうございます。もっとたくさんドラマがあるのでしょうね。今の橋本先生の実践を聞かせてもらっていかがでしょうか?

畠中先生)読み合うことを楽しみにして、『やさしいきもち』 という詩で、「自分も、その気持ちを日常の中から拾ってきたいな」という気持ちになるような目線をもらっていく感じは、本当に小学校1年生らしい感じがあって良いなと思います。

私の息子が公立の小学校に通っていた時、朝スピーチの時間に誰かが「朝来る途中で、公園でカラスが死んでいた」っていうような話をし、次の子どももその話に刺激を受けたのか生き物が死んだ話をしたのですが、質問が3人と決まっていてそこで切れてしまい、キャッチボールされずに終わってしまいました。「あ、いいなぁ」って響き、次に違う形で自分で返していくというやり取りを育むのはどうしたら出来るのかなと思いました。

橋本先生)読み合うときのお互いの反応を、多分書いた子は楽しみにしていて、「あぁー」とか、「えぇー!」とか(笑)そんなにうまくことばになるわけではないのですが、そういう反応一つが、書いた子にとっては「受け止めてもらえた」という気持ちになり、「次を書きたいな」「自分も書いてみようか」というような安心感に繋がるんだろうなと思います。

小森理事長)小学校で「詩を書きましょう」って言って、みんな書いてこられるの?一応詩人の詩は紹介したということですが、先生の方から「詩とはこういうものだ」という話は特にしてないのですか?

橋本先生)そうですね。ことばあそびや、情景が見えるなど、バラエティーに富んだ詩は出来るだけ紹介して、その幅が広がればいいなぁとは思うのですが、「詩っていうのはこういうものです」とか、「こういうふうに書きます」っていうのはしていないですね。

小森理事長)そういうのはやらないで、1年生の子どもたちに「詩を書いてみよう」って言って、何でこういうのが出てくるんですか?

橋本先生)多分、1年生だからっていうのは結構大きいなと思っていて。

小森理事長)だって、そういう意味では、詩っていう概念も無いわけでしょ?だから、大人の書いたいくつかの詩を見せられ読まされて、「こんなもんなんだな」と。そのとき、子どもたちは先生が言ってる『詩』っていうのは、何だって受け止めてる感触だったんですか?そこが知りたいなぁ。だって、言ってしまえば、小学校1年生は、『詩』って言われてもわけ分かんないでしょ?詩という概念は無いわけじゃない。でも、いくつか見せられて、ああいう言葉が出てくるまでの、彼ら彼女らのプロセスが知りたい(笑)

橋本先生)そうですね。正直、私も「詩ってじゃあ何?」って聞かれると、答えられないなと思うんですよね。

小森理事長)答えられないよね。うんうん。だから、だいたい辞書で『詩』って引くと、ふざけんじゃねぇよみたいな説明が載ってるじゃないですか(笑)「短くて」、「韻律があって」、とかね。そういうすごい形式的なことしか説明してないんだけど、だけど、出てきている言葉は、詩ですよね。紹介してくださったのは。それが、どうやって子どもたちの中でスパークしてるんだろうか?

橋本先生)そうですね。今回は、詩って別に心の動きだけを書くものでもないと思うんですよ。ことばあそびとかもあるし。授業の中ではそういうことばあそびなども扱うけれど、書くときには、今回は最初は心の動きを短い言葉で。「何がありました。今日こういうことをしました」って辿るよりは、そのときの心が動いた瞬間を、短い言葉で書けばいいんだよっていう話を1年生のにやったんですね。

小森理事長)あ、そうなの。「心の動き」っておっしゃったんだ。

橋本先生)はい。心が動いたときのこと。それが、えんえんって泣いたときなのか、えいってやってみたこととか、けらけら笑ったっていう、そういう「心が動いたときのことを、短い言葉で言いたいことを書いてみるんだよ」っていうふうにやったから、詩が何かっていう概念は無いかもしれないけれど、「心が動いたこと短く書けば詩ができるんだ」っていうのが、最初で。

小森理事長)それすごい言語教育だよね。本質だもんね。つまり、自分の中で、あのとき「うわっ」と動いた。心が。小学校1年生にとって、それは対象化されてないんだけれども、「それは何だったのか」っていうことを思い起こして、これは第1段階。「そのときの自分は何だったのか」って。ここで、絶対子どもたちはあんまり日常的にはやらない、『自己対象化』っていうことをやってみて、その上で、「あのときの私って僕って、これ!」みたいな言葉を探し出してきて、書きつけたっていうことですよね。そのプロセスを考えると、「それは詩だよ!」って言えますね。うん。あぁ、なんかすごく分かりました。その導入が、ああいう素晴らしいことばを生み出させたんだなっていうのがね、今よく分かりました。なるほどね。

畠中先生)心が動いたっていう、そのことばそのものは、もうちょっと大きい年齢になると分かるんですけれども、「心が動いた?何?」って、多分1年生ぐらいだと、「心?」って思うんだけども、そこに、この<えん・けら・ぷん・えい・あら・しゅん>っていう分かりやすいことばがありますよね。これが1年生にはすごく分かりやすい示し方だったんだと思いましたね。

小森理事長)で、それが分かった瞬間に、言いたくなる気持ちが出てくるわけですね。

畠中先生)あ、そうですね!そこですね。

小森理事長)「分かった!」感が、表現を促す。それの連続が起きていくっていうかね。だから友達の表現聞いても、「あ、これなんだ!」っていうのがわかると、自分もことばを出したくなる。だから、詩は必ずしも個別的・個人的表現ではなく、まさにことばのやり取りの中で、どんどん詩的環境が生み出されていくっていうか、詩的能力が作りだされていくっていうかね。そういう実践ですよね。みんなが、友達の表現を聞きながら、「これが詩なんだ!」、「これで良いんだ!」とその授業全体で「詩ってこうなんだ」ということを理解しているという現場になってますね。

畠中先生)だから、形の正しさみたいなことを追って行かないで、何行で書く人も色々。言いたいことも、用いる言葉も違う。表現したい言葉で。

小森理事長)そうそう。そうなの。形に行かないで、みんな自分に行ってるでしょ。自分に行きながら、「前聞いた友達のよりも、何かもうひとこと言ってみたい」みたいな。だから、受けを狙うっていうことも大事だよね。つまり、友達に通じる、自分の気持ちをちゃんと伝える、的確な言葉を生み出したいっていう、それはまさに詩的表現の真髄と言えば真髄だよね。そういう現場だったりするのかなって思いましたね。

橋本先生)そうですね。多分、一人で詩を書いていては広がらないものが、読み合うだけで、次に書く表現、向かう気持ちがまったく変わっていったりする。

小森理事長)そうそうそう。私たちの、文学的な学問としての詩の表現というのはさ、ずーっと一人で深く考えて、その深い考えの底から浮かんできたことば。でも。実はそうじゃなくて、自分の中でぐちゃぐちゃしてたり、わだかまってたり、「これ大事だ」と思っていることを、言葉にしたいって思っている。活字の詩の表現だと受けるまで時間が掛かるんだけど、教室はその場で朗読の現場にもなるから、まさにその詩のことばが、活き活きと共有される。そこが、国語の教室の、詩の学習の大事なところだということも、今日の話聞いてわかりました。

表現したことばが活字媒体になって共有されるという体験

畠中先生)詩の発表って、どんな形でされたんですか?

橋本先生)出したその日には打って、子どもが読みやすいような形にして、次の時間か、学級通信でも紹介をします。でも1年生なので、まだちょっと自分の書いたものを読み切れないので、私が読んで紹介します。

小森理事長)先生が読んだの?

橋本先生)そうですね。

小森理事長)それも大事だね。その話無かったんだけど、つまり、子どもたちが習ったばかりの文字で書いて、それを集めて、先生がちゃんと打ち直して、みんなが共有できる活字媒体にして、なおかつ先生が音読した。だから、子どもたちは、自分が表現した言葉に3段階の工程を経て、自分の心の中の言葉が活字媒体に載るっていう、詩人の体験をしたんだね!あぁ~、そこも大事だね。ぐちゃぐちゃの字でそのまま読むんじゃないっていう。詩はそうだもんね。人に読んでもらうために。子どもたちの頭の中で浮かんだ言葉がちゃんと詩になって、教室でもう一度生まれ変わったんだ。あぁ~、それも大事だね。

畠中先生)すごく素敵なものになりますよね。自分の手を離れて。みんなに届いたときに。

小森理事長)自分の言葉なんだけど、別物に。つまり、その瞬間、芸術作品になっているっていう。

橋本先生)「作れた!」みたいな感覚を、やっぱり最初は得て欲しかったんで。

小森理事長)そのプロセス大事ですね。

畠中先生)額に入れてもらったみたいな感じがしますね。

一同)(笑)

小森理事長)うんうんうん。なるほど。それ、聞けて良かった。

司会(北山)橋本先生が心掛けてた2つっていうのも、すごく大事だなと思ったんですね。「もっとこうしたら?」とかって、つい大人は「ここ、こうだったら良いのにな」って思うけれども、絶対言わない。で、何が出てきても面白がるっていうので、みんなに入っていくような詩となったんですね。

橋本先生)そうですね。まずはみんなに「詩を書けた」とか、「良いのが出来た」とかっていう感覚を得て欲しかったので。

小森理事長)そうか。そうだね。自分が習ったばかりの字で書いた拙いものが、先生に提出して、これ学校で大事ですよね。課題を提出する。そうすると、先生が活字に打ち直してくれる。。それで先生が読んでくれて、「俺って、あたしって、こんなこと書いたんだ」という、自分のぐちゃぐちゃの文字の表現が、まさに芸術作品になって本人たちに戻ってきた。それはまさに詩の授業をやったということになるね。自分の発した言葉が詩になって届いて、もう一回皆に届け直された。それは詩の授業だわ。

橋本先生)中高学年ぐらいになると、もしかしたら、自分で行とかを意識しながら書いて、その人の字も字で、力強い字だったり優しい感じの字だったりとか味があるから、そこも表現の一つだと思うんですけど、1年生なので、まずは、作ったものが「こういう詩がちゃんと出来た!」というような思いも大事かなっていうので、今回は打ち直して出しました。

小森理事長)でも、あえて、人間の成長段階の問題で言うと、そのクラスの、習ったばっかりの文字で詩を書いて先生に提出した生徒たちは、初めて、おそらく、自分の発したことばが打ち直されて文字になって、先生の声で読まれることによって、自己対象化できたってことでしょう?「僕ってこういうこと言う人なんだ」とか、「私ってこう言ったんだ」。それはすごい成長ですよね。つまり、即時から対峙への詩の媒介っていう、哲学的にあえて言うと。それが、教室で皆で共有されて。それが「楽しいんだ」、「素敵なことなんだ」って、皆で共有できたっていう授業ですよね。

畠中先生)小学校1年生と言えども、入ってきて、文字が読める書けるも差があったりとか、「自分がどう思われるんだろう」とかね、1年生なりのプライドもありますよね。

小森理事長)そうだよね。緊張しまくってるわけですから。だけどそれが、そのプロセスを経て、一人前になれた感、達成感も共有できてる。

橋本先生)「皆が面白がってくれた」みたいな思いもすごく大事かなと。

                                                             <つづく>

「“てぃんがーら”は天の川」 「“てぃーだかんかん”は太陽さんさん」 ~学級通信に込めた想い その3~

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連休明け、小学校は一気に運動会モードでのスタートです。9日は両クラスとも1年生から6年生までが顔を合わせるチーム集会が行われ、6年生のチームリーダー、5,6年生のサブチームリーダーが集会を運営します。限られた時間で行われる集会を有効に進めるため、リーダー学年の6年生は低学年を迎えに行きました。6年生の担任から「わからないことは何でも教えてくれるので6年生を頼りにしてください」とのことば通り、チームリーダーたちが相談しながら20分の集会を進める頼もしい姿を見せてくれました。

そして5年生は会場係、用具係、得点係をクラスで受け持ちます。会場係となった2組は、当日まで毎朝8時からグランドの整備とライン引き。練習を滞りなく進めるための仕事も、高学年になると担当します。

運動会の取り組みが始まると、時には練習の振り返りや作戦を載せることもある学級通信は、相手チームの教員に配られないこともあります。学校中が「1組」と「2組」に分かれる3週間、今年は学校説明会でも子どもたちの姿を見ていただくことにしています。

4年生から6年生の学級通信のタイトルを紹介します。


41組「あの青い空のように」
みなさんご存知の歌のタイトル。通信第1号に「趣味はギターを弾いて昔の歌を歌うこと」と自己紹介した担任からは始業式の学級びらきでこの歌を弾き語りしました。4年生は総合学習「多摩川」に取り組みます。何度も通うことになる多摩川に行く日が晴れますように!との願いを込めて。

42組「アツクアレ!」
担任おすすめの曲「OH!」(SHISHAMO)より。歌詞の中の「ダサくて何が悪い」に、<全力で頑張った時、もし失敗してもこう思えると楽だな~><ダサくなりたくないと思って色々なことにチャレンジできないのはもったいない!4年生の学習はあつくなればなるほどおもしろいです。>というメッセージを込めて。

51組「バス停」
高学年の学習は「かくされたナゾ」をみんなで解き明かしていくこと、からだもこころも大きくなる時期に<バスは早すぎず遅すぎず、ちゃんと進む。車窓も楽しい。バス停でのびり待つのもいいもの。時間通り来ないこともあるけど、いつかは来る>とタイトルに込めました。

52組「味わう」
「食」に取り組む5年生。<食べることってゆっくりもできるし速くもできる。1人でもできるしみんなでもできる。><においをかいだり舌触りや食感も確かめながらゆっくり味わってみよう。1人で食べたときには気づかなかったこともみんなとじっくりと味わうと見えてくる>そんな1年にしたいとの願いを込めて。

61組「てぃんがーら」
春休みに下見に行った沖縄の話を交えながら学級びらきが始まります。ウチナーグチで「天の川」という意味のタイトル。<天の川は一つひとつの星の集まり。一つひとつの星が輝きながらも、集まることで輝きが増す。>そんな希望を込めて。<勉強も行事も、この6-1のみんながあってこそ広がり深まります。一人ひとりが力を発揮して、それをお互いに受け入れて認め合っていくことで、自分もクラスも高まっていくのだと思います。>最高学年へのメッセージです。

62組「てぃーだかんかん」
「てぃーだ」はウチナーグチで「太陽」、タイトルは「太陽さんさん」です。<今年1年、太陽のように明るく輝いているみんなの姿を楽しみにしています。そして、キャンプや行事が全て晴れますように!>と、タイトルに込めました。そして、<和光小最後の一年間をつくっていくのは、あなたたち一人ひとりの力です。とっても楽しく充実した一年にするのか、そこそこ楽しく過ごすのか、つまらなくするのかは、自分次第です。>“日本一忙しい6年生”へのエールです。

「アイヌのことばで“大きくなる”」 「どんなことも“みんなでいっしょに”」 ~学級通信に込めた想い その2~

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5月が近づいてきました。幼稚園では先週の「新しい子どもを迎える会」に続き、今日は「子どもの日集会」。昨日星組(5歳児)が遠足で掘ってきたタケノコで、先生たちがたけのこご飯を炊き、春を味わいました。

小学校は1か月後に迫った運動会に向け、高学年ではチームリーダーたちが選ばれ、先生たちは道具の点検など準備を進めています。

学級通信も各クラス二桁目に入ろうとしています。

今回は、1年生から3年生までのタイトルを紹介します。


11組「ルㇷ゜ネ」

ルㇷ゜ネとは、アイヌ語で「大きい、大きくなる、成長する」という意味だそうです。<かわいい音のひびきに一目ぼれでした>と担任から。教室には『11ぴきのねこ』が壁一面に描かれています。入学式を前に6年生が作ってくれたものです。担任が準備したネコのぬいぐるみを抱いて休み時間を過ごす子どもの姿も。

12組「みんなでいっしょに」

アーノルド・ローベル作『ふたりはいっしょ』から発想して「みんなでいっしょに」にしました。<どんなこともいっしょにやっていきたいと、想いを込めました。>という担任の願いを受け、時にはケンカもするけれど大の仲良しのガマくんとカエルくんを6年生が教室に表現しました。

21組「ミルミール」

2年生は生活べんきょうで「世界の〇〇」に取り組みます。ミルミールはウクライナ語で“世界に平和を”という意味です。<世界に目を向けていろいろな発見をしてほしいです。そして早く世界に平和がおとずれますように。>という担任からのメッセージがこもっています。

22組「うたえばんばん」

担任そっくりの人形「こまさしくん」を操りながら「うたえばんばん」をうたって学級開きを行いました。<はやくバンバン歌える世の中になることを願って!>と担任から。1年生の冬、麦をまいた時に描いた絵カードが教室に飾られ、生活べんきょう「麦からパンへ」に期待をつなげます。

31組「カラフル!」

クラス替えをした3年生は、教室が中高学年棟の3階になり、社会科、理科、工作技術科が始まり、気持ちも新たに4月を迎えています。そんな子どもたちに<いろいろな子どもたちがいて、その子の持ち味を発揮し、受け止め、理解しあえたらいいなという想いを込めて>と担任からのメッセージです。

32組「フラワー」

1号で工藤直子さんの詩「はなひらく」をプレゼントした担任からは、<子どもたち一人一人に、それぞれの色の花を咲かせてほしいということ、それぞれ違う仲間の色も大切にしてほしいという願いを込めました。>1年生へのプレゼントのわりばしでっぽうを、新しいクラスメイトと飛ばして楽しんでいました。

「みんなにとって居心地のいい環境を いっしょにつくっていきたい」 ~学級通信に込めた想い その1~

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入園式、入学式から10日経ち、新入園の子どもたちのお弁当も始まりました。1年生はえんぴつを持ってプリントに向かうのがうれしそうです。

今年も、幼稚園、小学校ともに各クラスの学級通信のタイトルを紹介します。

今回は幼稚園です。

それぞれの担任が通信第1号に名前の由来を載せます。今年はほぼ編集なしでそのままご紹介します。名前の由来の紹介文の長さに関わらず、この1年の子どもたちとの日々への期待と願いはたっぷりと通信の中に込められています。


・にじグループ「ひゅっげ」

通信名は『ひゅっげ』(Hygge)にしました。デンマーク語で「居心地のいい空間」や「楽しい時間」と言う意味があります。「人と人とのふれあいから生じる温かく居心地の良い雰囲気」と書いているものもありました。世界的なブームもあって、耳にしたことがある方もいるかと思います。日本語だと「ほっこり」や「まったり」という表現の方が感覚的にしっくりくるかもしれません。にじグループの子どもたちと、そしてお家の方と一緒に過ごす時間を楽しみたい、みんなにとって居心地の良い環境を一緒につくっていきたいという願いを込めて決めました。親和会や通信を通して、みんなで子どもたちの成長を見守り、楽しんで見ていけたらいいなと思っています。合言葉は『ひゅっげする!』です!!

・かぜグループ「マカニ」

「マカニmakani」は、ハワイの言葉で、「風」という意味です。ハワイ語には、「雨」や「風」を表す言葉が、わかっているだけで300400あるとか・・・。「風」を表す言葉だけで2000以上!!という説もあるそうです。「風」といってもいろんな風がある。自然と共に生きている島・・・ハワイならでは・・・ですね。学級通信「マカニmakani」には、私の目線で見た、感じた・・・かぜグループの子どもたちの日々の様子、お母さんやお父さんから寄せられたメールを紹介したり、私の思いを書いたり・・・大人同士の交流の場としても大事にしていきます。幼稚園という小さな社会の中で、子どもたちは人との関わりを、いろんな「マカニmakani 風」を感じていくことでしょう。花の香りが漂う風、柔らかい風、突風、雨まじりの風、さわやかな風、冷たい風、やさしく背中を押す風・・・。風を浴びて、風を感じて、自分らしく幸せに生きる子ども時代を過ごしてほしい・・・そんな願いを込めました。そして、私たち大人も、いろんな「マカニmakani 風」をおもしろがって、過ごしていきましょう!!      さぁ、はじまり、はじまり~♪

・そらグループ「こもれび」

木漏れ日を見ると、肩に入っていた力がすっと抜けて、ふうーっと深呼吸したくなりますよね。この春、保育室の準備をしている時、花組のテラスにいると、暖かな日差し、そこから見える森の緑がなんて気持ちよい場所なんだろう、、、。同じ幼稚園にいても、クラスによって見える景色が違う!!!!これから幼稚園に入ってくる子どもたちと毎日、この景色を見ながら過ごすのだなー、早く子どもたちに会いたいー!と思いながら準備をしました。“マスクもしなきゃだめ““行きたいところに自由にでかけられない”なんとも息苦しい生活が続いていますが、幼稚園生活での、我が子の変化や、友達との関係が広がっていく姿を喜びあったり、同じクラスの大人同士の交流を通して、ふっと力が抜けるような時間を一緒にすごせたら良いですね。日差しガンガンだと暑すぎてぐったりしちゃいますよね。木々の合間から優しく照らす木漏れ日のように、子どもたちがはじめての幼稚園で、少しずつ楽しいことを見つけて、少しずつ友達と過ごすことを心地よく感じて欲しい。そんな願いも込めて。

・月1組「やれやれ」

花組の時の学級通信では、いろいろある子どもたちの全てを「わっはっは」と笑って見守りたいと願い「わっはっは」と名付けていました。今年も、わっはっはと笑いながら!でも、時には「やれやれ」って感じなんだろうな。でも、やれやれって思うと気持ちは楽になりますよね。子どもたちの日常を気楽に楽しく見守りたい、そんな願いと・・・もうひとつは、子どもたちよ!今のうちにどんどんやれやれー!!という願いを込めて・・・月1組の通信は「やれやれ」にします。お家の方からのメールもたくさんまっています。楽しい一年にしましょう!!! 楽しくなる気しかしない 

・月2組「いいからいいから」

学級通信は 「いいから いいから」です。絵本の「いいから いいから」が大好きで今年は絵本の名前からつけました。絵本のおじいちゃんの「いいから いいから」となんでも言ってドシーンと構えている感じがおもしろいです。読む機会があったら読んでみてくださいね。子どもたちもこれからたくさんいろいろなことをやっていくと思います。が、その都度、「いいから いいから」と慌てず構えて関わっていけたらいいなと思います。

・星1組「きょうがきた」

月組の 3 学期に子どもたちと歌った「きょうがきた」という歌。(谷川俊太郎作詞・林光作曲)子どもたちの歌声がとっても素敵だったのですが、歌詞もいいのです。これから始まる星 1 組の子どもたち、そして星組の生活を思った時に「あ!通信のタイトルにしたいな」と思いました。今日という日を、そして明日を楽しみに過ごす毎日でありたいです!

・星2組「ほしくさ」

花が咲いている様子が星に見えるからこの名前にしました。(学級通信ではきれいな写真付きです)

「和光小学校には優しい人しかいないよ」 ~2022年度 和光小学校入学式 式辞~

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入園式、入学式から1週間経ちました。

幼稚園は、昨年度から初めの3日間は親子分散登園でゆっくりと園生活を体験することにしたこともあり、3歳児花組の子どもたちは慣れない場所でもあまり不安にならずに過ごしているようです。

一方で1年生は低学年の靴箱のところで「バイバイ」とちょっと不安そうにお母さんに手を振る人がいるかと思えば、小学校の玄関で「ここで大丈夫」と、スタスタと歩いて行く後ろ姿をじっと見つめるお父さんの姿もありました。

入学式で手を引いてくれた6年生は、翌日から1年生の教室で出迎えて朝の支度を手伝ってくれたり遊んでくれたり。上級生に優しく声をかけてもらい、小学校生活がスタートしています。

412日の入学式式辞をご紹介します。


1年生のみなさん、入学おめでとうございます!

和光小学校の桜は、ちょうどみなさんが入学するのを待っていたように満開になりました。もう1本、キクモモの木もきれいなピンク色の花を咲かせてみなさんの入学をお祝いしているようです。

1年生のみなさんの入学を、学校中の人たちが楽しみに待っていました。

いつもはこの会場に、2年生から6年生までのお姉さん、お兄さんたちが参加するのですが、今年もまだコロナが心配なので、和光小学校の子どもたちを代表して、一番年上の6年生と一つ年上の2年生が参加しています。6年生の人たちは玄関で待っていてくれて教室でいっしょに遊んでくれたと思います。ペアのお姉さん、お兄さんと仲良くなりましたか? 教室の壁にステキな絵があったでしょう。それも6年生の人たちが作ってくれました。ここまで手をつないで入ってきた6年生は、これからも一緒に遊んだり、学校のことを教えてくれたり、みなさんのことを見守ってくれることでしょう。

2年生は、隣の教室で顔を合わせることも多いと思います。1年生のみなさんにステキなプレゼントを作ってくれています。仲良くなってくださいね。

後ろの壁に、「たのしいわこうへようこそ」と書いてあるでしょう。「ようこそ」というのは、この和光小学校へ来てくれてとってもうれしいです、という気持ちが込められています。そして、みんなの後ろに書いてあるのは「にゅうがくおめでとう」。この体育館のことばを作ってくれたのは5年生のお姉さん、お兄さんたちです。5年生はこの会場のシートを敷いたり、イスを並べたりして準備をしてくれました。3年生、4年生もプレゼントを準備していっしょに遊ぶ日を待っています。楽しみにしていてくださいね。 3年生、4年生、5年生は、今日はおうちからオンラインでこの入学式の様子を見ています。 学校中の人たちが、今日のこの日を迎えるために、みなさんのことを思いながら心を込めて入学式を準備しました。

これからみなさんは和光小学校の1年生です。小学校に入るとたくさんのことを学びます。“学ぶ”ということは、知らなかったことがわかるようになる、ということです。できなかったことができるようになる、ということです。だから、ワクワクする、とても楽しいことです。

去年の1年生、つまりみんなの前に座っている2年生が、1年生の最後に書いた作文をまとめたものを紹介します。Jちゃんは「どきどきのにゅうがくしき」という題名でこんなことを書いています。「最初は先生がこわいかと思ったけどとても優しくて学校が大好きになって、毎日学校が楽しみになっちゃった。いろいろ学校で体験できて学校がもっと好きになっちゃった。和光小学校に入学してよかったと思ってます。入学する時はとても恥ずかしい気持ちだったけど、どんどん楽しい毎日が続いてとても楽しいです。・・・入学式の次の日、雨が降ってて上履きを履き替えるところがわからなくなってないちゃったけど、誰かが教えてくれたよ。やっぱ、和光小学校はいいな。6年生のペアの人といっしょに折り紙をしたよ。Jがオリジナルのダイアモンドを教えたよ。和光小学校には優し人しかいないよ。」

みんなも今ドキドキしているかもしれませんね。

2年生のTくんの作文には、「暑い日、プールに入るのが楽しみだった。少しずつ技もできるようになってきた。・・・アイヌ料理を食べてたら何回もおかわりをしたくなったよ。鮭って全部食べれるんだね。例えば頭、それにイクラ。また食べたいなー。・・・小刀でお箸を作るのはちょっと固かったけどすごく楽しかったよ。箸のかどっこもすべすべになった。簡単にトマトもつかめたよ。」 1年生になったらアイヌのことを学んだり、ナイフを使って木を削ってお箸も作りますよ。

Nちゃんは、「初めての算数で、9の字を書くときすごく書き順が難しかったから手がぶるぶるしたよ。二学期はたし算をやったからうわー、もうにこもこんなに計算をするんだなぁ~って思った。ひき算をやった。楽しいよ。」

早く勉強したいなぁ、と思っているでしょう。1年生になると、「算数」や「国語」という勉強もあってとっても楽しいです。このカルタも2年生の人たちが1年生の終わりの頃にみんなで作って遊んだものです。「かえるがかばんにかみついた」とか「おにぎりおいしいおちゃがすき」とか、自分たちでことばも考えて絵も描きました。1年生になるとみんなでこんのものを作ることができるようになるのですね。

和光小学校は、なんでかなぁ、不思議だなぁ、と思うことを仲間といっしょに調べたり、考えたり、試してみたりすることがいっぱいあります。そしてたくさんの発見があります。一人だとよくわからないことも、クラスの仲間、先生と一緒に考えるとわかってくることもありますよ。

さあ、今日からみんなは和光小学校の1年生です。

“なぜかな?”“ふしぎだな”と思う気持ちを大切に、なかまといっしょにたくさん学び、たくさん遊んで、こころもからだも賢くなっていって下さい。

2022年4月12日 校長 北山ひと美

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和光小学校を巣立っていくみなさんへ ~2021年度 卒業式 式辞~

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今年も満開の桜の中で新年度を迎えようとしています。コロナと共に生活する日々は3年目を迎えました。

この春、立派に卒業していった子どもたちに心からのエールを送りたいと思います。コロナの中で迎えた3回目の卒業式式辞です。


4年生3学期、最後の一ヶ月を突然の休校で奪われ、そのまま高学年のスタートの2ヶ月も休校、ようやく再開した学校生活もしばらくの間は分散登校でした。総合学習「食」は調理活動ができない中で始まり、授業も休み時間もお弁当の時間も、「感染対策」が最優先となる学校生活、それでも友だちと会えず、みんなといっしょに授業を受けることができない自宅で過ごす日々よりはいい、とよく我慢してくれました。今年、20223月に和光小学校を卒業していくみなさんの姿を、特別な想いで見つめています。

小学校6年間のうち3分の1がコロナ禍に見舞われ、今日のこの卒業式もマスクのままみなさんを送り出さなければならないこと、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

そんな高学年の生活の中で、できることを精一杯頑張っている姿を何度も目にしました。去年の5月、「話があります」と校長室に詰めかけた数名の6年生から手渡されたのは、「運動会で騎馬戦をやりたい」という「嘆願書」と「署名」でした。署名用紙は白い紙に定規で線を引いた手書きのもので、高学年4つの教室を回って対話をしながら集めたのでしょう、鉛筆の文字がこすれている部分もありました。「コロナで騎馬戦ができないことはわかるけれど、私たちは5年生の時もできなかったんです。このままだと和光小学校で騎馬戦を経験しないまま卒業することになる。そうなったら和光小学校に入った意味がなくなるんです!」と涙を流しながら訴えたNさんのまなざし、いっしょに来た6年生たちの真剣な表情は、今でも私の目に焼き付いています。

その時私の胸に浮かんだのは「あこがれ」ということばです。毎年の運動会で繰り広げられる競技を、自分がこの学年になったらやるんだ、という気持ちで見つめ、上級生たちの姿は「あこがれ」となって胸に刻まれてきたのでしょう。

これは、いちょうまつりの商品作りや民舞、げきの会、うたの会での表現、美術展、技術展で目にする作品も同じなのだろうと思います。そうして「あこがれ」てきたものが、コロナというまったく理不尽な理由によって奪われてしまったことへの悲しみ、怒りを乗り越え、何とかして実現できないものかと考え、行動に移した6年生の姿に、ほんとうに心打たれました。

このときは緊急事態宣言中でもあり、組み合う6人の子どもたちにサポートする3人の先生たちを加えると、どう考えても「密」にならざるを得ない騎馬戦を行うことができない、と返答するしかありませんでした。その答えも、冷静に受け止め、それならば、と新しい競技を考え前を向いて進んでいったみなさんの後ろ姿はとてもまぶしかったです。

理不尽な理由によって奪われてしまうこと、今、まさにウクライナで起こっていることに世界中の人たちが心を痛めています。みなさんはこの1年、「沖縄」を学び、学習旅行では77年前に起こった沖縄戦のことを玉木利枝子さん、島袋淑子さん、中山キクさんから、体験した方のことばとして、戦争が大切なものを奪い去っていくことを伝えられました。沖縄ではガマに入り、オスプレイの並ぶ普天間基地や新基地建設のための埋め立てが進む辺野古の海を目の当たりにし、伊江島では怒りに満ちた謝花悦子さんのお話を聞きました。かつて戦場であったその場に身を置き、空気を感じ取り、当時のことを想像しました。「戦争は人災」であるという川満先生のことばを実感として胸に刻んだことと思います。

そのみなさんが、日々ニュースで目にするウクライナのことを、“痛み”とともに感じ取っていることが、授業の振り返りで書いていることばから伝わってきました。その中には、自分たちと同じ年代の子どもたちに思いを寄せていることばもあります。当然のことですが、戦時下であるウクライナの子どもたちは学校に通うことができていません。地下通路や地下室で生活するしかない子どもたちも多くいます。長い休校を経験した私たちは学校に通うことができない辛さを知っていますが、さらに、砲弾が飛び交う音、爆撃音を耳にしながら生活することはどんなに怖いことでしょう。

みなさんは社会科や「沖縄」の学習の中で“情報”についても学んできました。今、ロシアでは戦争遂行に都合の悪い報道はしてはいけないとされ、政府に反対するジャーナリストは口をつぐむしかないという状況です。かつて日本が戦争をしていた時代もまったく同じことが行われ、ほとんどの人は「大本営発表」を信じ、新聞、ラジオはうその情報を流していたのです。戦争が行われるというのは、こうして真実の情報を奪われることであり、その中で私たちは簡単に戦争に巻きこまれていくのだということも学びました。

そういう私たちも、今、目にし、耳にしている情報が真実であるのかどうかを常に考えてみなければなりません。1組のAさんは、「今回はウクライナで戦争が起きてしまって世界が注目している。でもミャンマーのクーデターはウクライナと違って注目されていない。ミャンマーでは軍の力が強くて政府までが倒されてしまった。たくさんの人たちが無差別に殺されている。ミャンマーでもこんなにひどいことが起きているのに世界が支援しないという違いは何なんだろう。」と授業の振り返りで書いていました。私たちに届けられるニュース、情報もまた、この日本の政治と無関係ではないということもわかっていなければならないと思います。2組が劇の会で演じた『謎の大捜査線』は、まさにそのことがテーマでした。

戦後77年目の今年、こんなに身近に戦争の危機が迫っていることを感じることになるとは、少し前までは想像もできませんでした。でも私たちには「二度と戦争をしない」ということを誓った日本国憲法があります。この憲法の下で生きている私たちには、武器による攻撃はやってはいけないと世界中に訴えていく使命があるのだと思います。その想い、願いは、うたの会で聴かせてくれた「HEIWAの鐘」の歌声に満ち満ちていました。

6年前、あどけない顔で入学してきたみなさんが、この6年間和光小学校で学び、体験し、こんなに立派に成長したこと、今年ほど強く感じる卒業式はありません。6年後には選挙権を持ち大人の仲間入りをします。この先も様々なドラマが待っているでしょうが、今生きている現実の中で事実を見つめ、真実を見つけられる日々であることを願っています。

卒業、おめでとうございます!

卒業生の保護者のみなさま、6年前の入学式の日のことが昨日のことのように思い出されます。入学式で杉見先生、東田先生が担任として紹介され、今日、子どもたちの旅立ちを見送るのもこの二人です。このようなことは和光小学校でもあまりないことですが、子どもたちのことばの中に、担任への深い思いが込められていたのもそのことと関係しているのでしょう。

こんなに優しくたくましく成長した子どもたちの姿を、これからは少し距離を置きながら見つめる日々となりますが、私たちも共に見守り続けていきたいと願っています。

保護者のみなさまには、「できない」ことが様々にあった和光小学校最後の2年間、学校の方針にご理解いただき、物心両面でしっかりと支えてくださったこと、心から感謝しています。本当にありがとうございました。

2022316

和光小学校    校長 北山ひと美

                                                  

2021年度和光小学校卒業式 式辞

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2021年度卒業式が行われました。校長の式辞を紹介いたします。

 

2021年度 和光小学校卒業式 式辞

今年、2022年3月に和光小学校を卒業していくみなさんの姿を、特別な想いで見つめています。

4年生3学期、最後の一ヶ月を突然の休校で奪われ、そのまま高学年のスタートの2ヶ月も休校、ようやく再開した学校生活もしばらくの間は分散登校でした。総合学習「食」は調理活動ができない中で始まり、授業も休み時間もお弁当の時間も、「感染対策」が最優先となる学校生活、それでも友だちと会えず、みんなといっしょに授業を受けることができない自宅で過ごす日々よりはいい、とよく我慢してくれました。小学校6年間のうち3分の1がコロナ禍に見舞われ、今日のこの卒業式もマスクのままみなさんを送り出さなければならないこと、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

そんな高学年の生活の中で、できることを精一杯頑張っている姿を何度も目にしました。去年の5月、「話があります」と校長室に詰めかけた数名の6年生から手渡されたのは、「運動会で騎馬戦をやりたい」という「嘆願書」と「署名」でした。署名用紙は白い紙に定規で線を引いた手書きのもので、高学年4つの教室を回って対話をしながら集めたのでしょう、鉛筆の文字がこすれている部分もありました。「コロナで騎馬戦ができないことはわかるけれど、私たちは5年生の時もできなかったんです。このままだと和光小学校で騎馬戦を経験しないまま卒業することになる。そうなったら和光小学校に入った意味がなくなるんです!」と涙を流しながら訴えたNさんのまなざし、いっしょに来た6年生たちの真剣な表情は、今でも私の目に焼き付いています。その時私の胸に浮かんだのは「あこがれ」ということばです。毎年の運動会で繰り広げられる競技を、自分がこの学年になったらやるんだ、という気持ちで見つめ、上級生たちの姿は「あこがれ」となって胸に刻まれてきたのでしょう。これは、いちょうまつりの商品作りや民舞、げきの会、うたの会での表現、美術展、技術展で目にする作品も同じなのだろうと思います。そうして「あこがれ」てきたものが、コロナというまったく理不尽な理由によって奪われてしまったことへの悲しみ、怒りを乗り越え、何とかして実現できないものかと考え、行動に移した6年生の姿に、ほんとうに心打たれました。このときは緊急事態宣言中でもあり、組み合う6人の子どもたちにサポートする3人の先生たちを加えると、どう考えても「密」にならざるを得ない騎馬戦を行うことができない、と返答するしかありませんでした。その答えも、冷静に受け止め、それならば、と新しい競技を考え前を向いて進んでいったみなさんの後ろ姿はとてもまぶしかったです。

理不尽な理由によって奪われてしまうこと、今、まさにウクライナで起こっていることに世界中の人たちが心を痛めています。みなさんはこの1年、「沖縄」を学び、学習旅行では77年前に起こった沖縄戦のことを玉木利枝子さん、島袋淑子さん、中山キクさんから、体験した方のことばとして、戦争が大切なものを奪い去っていくことを伝えられました。沖縄ではガマに入り、オスプレイの並ぶ普天間基地や新基地建設のための埋め立てが進む辺野古の海を目の当たりにし、伊江島では怒りに満ちた謝花悦子さんのお話を聞きました。かつて戦場であったその場に身を置き、空気を感じ取り、当時のことを想像しました。「戦争は人災」であるという川満先生のことばを実感として胸に刻んだことと思います。

そのみなさんが、日々ニュースで目にするウクライナのことを、“痛み”とともに感じ取っていることが、授業の振り返りで書いていることばから伝わってきました。その中には、自分たちと同じ年代の子どもたちに思いを寄せていることばもあります。当然のことですが、戦時下であるウクライナの子どもたちは学校に通うことができていません。地下通路や地下室で生活するしかない子どもたちも多くいます。長い休校を経験した私たちは学校に通うことができない辛さを知っていますが、さらに、砲弾が飛び交う音、爆撃音を耳にしながら生活することはどんなに怖いことでしょう。

みなさんは社会科や「沖縄」の学習の中で“情報”についても学んできました。今、ロシアでは戦争遂行に都合の悪い報道はしてはいけないとされ、政府に反対するジャーナリストは口をつぐむしかないという状況です。かつて日本が戦争をしていた時代もまったく同じことが行われ、ほとんどの人は「大本営発表」を信じ、新聞、ラジオはうその情報を流していたのです。戦争が行われるというのは、こうして真実の情報を奪われることであり、その中で私たちは簡単に戦争に巻きこまれていくのだということも学びました。

そういう私たちも、今、目にし、耳にしている情報が真実であるのかどうかを常に考えてみなければなりません。1組のAさんは、「今回はウクライナで戦争が起きてしまって世界が注目している。でもミャンマーのクーデターはウクライナと違って注目されていない。ミャンマーでは軍の力が強くて政府までが倒されてしまった。たくさんの人たちが無差別に殺されている。ミャンマーでもこんなにひどいことが起きているのに世界が支援しないという違いは何なんだろう。」と授業の振り返りで書いていました。私たちに届けられるニュース、情報もまた、この日本の政治と無関係ではないということもわかっていなければならないと思います。2組が劇の会で演じた『謎の大捜査線』は、まさにそのことがテーマでした。

戦後77年目の今年、こんなに身近に戦争の危機が迫っていることを感じることになるとは、少し前までは想像もできませんでした。でも私たちには「二度と戦争をしない」ということを誓った日本国憲法があります。この憲法の下で生きている私たちには、武器による攻撃はやってはいけないと世界中に訴えていく使命があるのだと思います。その想い、願いは、うたの会で聴かせてくれた「HEIWAの鐘」の歌声に満ち満ちていました。

6年前、あどけない顔で入学してきたみなさんが、この6年間和光小学校で学び、体験し、こんなに立派に成長したこと、今年ほど強く感じる卒業式はありません。6年後には選挙権を持ち大人の仲間入りをします。この先も様々なドラマが待っているでしょうが、今生きている現実の中で事実を見つめ、真実を見つけられる日々であることを願っています。

卒業、おめでとうございます!

2022年3月16日    和光小学校   校長 北山 ひと美

“根拠のない自信”は人生の推進力になる ~「夜に語る会」卒業生が語る“和光の学び”~

和光小学校 校園長ブログ
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コロナ禍での日々が2年にも及び、学校生活、園生活も翻弄されてきました。

それでも昨年の秋、感染状況が落ち着きを見せた時期に6年生は予定通り沖縄学習旅行に行き、多くのみなさまのご協力を得て充実した学習を進めることができました。

11月末に延期になったいちょうまつりは、素晴らしい青空の下、子どもたちが舞い、おどり、奏でました。

年が明け、偶数学年は劇づくりに向かい、2年生はフロアー劇、46年生は舞台での上演を無事に終えました。学級での劇づくりそのものがドラマチックな展開を見せるのが常であり、その中で子どもたちの関係が揺さぶられ、新たな発見があります。今年は感染対策をしっかりして、子どもたちも体育館で観劇、その感想を上演学級の子どもたちは何よりも真剣に受け止め、自分たちの劇を見つめ直しました。

子どもたちの姿をその都度お伝えしたいと思いながら、雑務に追われ先送りしているうちに、もう年度末を迎えようとしています。

「夜に語る会」登場の卒業生二人

218日、今年度4回目の「夜に語る会」が、初めてオンラインで開催されました。「夜に語る会」は、昼間の教育講座よりはもう少し気楽に参加して頂き、和光の教育について、教職員の魅力なども伝えられるような懇談会にしたい、と2014年度より始めました。年に数回、金曜日の19時から、お仕事帰りに立ち寄って頂きたいと設定しています。

今年度も3回目までは体育館などを広く使って集まって頂きましたが、このオミクロン株拡大の中では、オンライン開催とさせていただきました。

今回は卒業生に和光での学びをたっぷり語っていただきたいと、幼稚園から高校まで和光で学び、現在M美術大学4年生の我妻さん、和光高校の教員で、我妻さんが中学の頃和光中学で我妻さんの担任であったという仲尾先生にお越しいただきました。

ちなみに仲尾先生ご自身も卒業生。小学校から高校まで和光で学びましたが、私が小学校で新任の頃、私のクラスにいました。仲尾先生が和光中学に赴任されたとき、(当時私は鶴小の教員でした)名前を見てびっくりしたのを覚えています。小学校の頃は、ボクが、ボクが、と意欲にあふれた男の子でしたが、教員になって戻ってくるとは想像もできなかったからです。そういえば、やんちゃな面もあったけれど正義感が強く、弱い者の見方だったなぁ・・・。数年前、和光教研で公開授業を見せて頂きました。生徒の前に堂々と立って授業を進めている姿が立派で感慨深かったものです。

我妻さんは、小学校高学年で増田学級だったとか。私が世田谷に異動する前に卒業されていたので初めてお目にかかりましたが、「遥くんとタテヤマでいっしょでした」と声をかけられてびっくり。遥というのは、今は某私立高校で教員をしている私の次男です。タテヤマは、和光中学が60年以上続けている56日の夏の館山水泳合宿のことです。1年生から3年生まで縦割りでの生活をしながら、館山の海で遠泳に挑みます。3年生になると多くの生徒が指導員として12年生のサポートをし、卒業した後はコーチとして合宿を支えています。私の次男は高校2年生から、かれこれ10年ほどコーチとしてタテヤマに通いました。館山水泳合宿の体制作りなど準備がスタートするのは年明けすぐ。中学の先生たちとコーチのリーダーたちは休日返上で打ち合わせを重ね、5月末からは“泳ぎ込み”の傍ら生徒たちの組織作りが進みます。7月末の本番、その後は総括と次年度に向けての動きを作るところまで、ほぼ1年間コーチを含んでミーティングを続けているということが、私も我が子がコーチリーダーになって初めて知ったことです。400名以上の中学生が安全に遠泳を行うことができるのは、教職員はもとより、100名に及ぶコーチの皆さんの綿密な打ち合わせと準備があればこそ。コロナ禍では5泊もの宿泊を伴う遠泳を実施することは難しく、残念ながらこの2年間行っていません。

なんでこうなるんだろう、と考える機会が多かった

前置きが長くなりました。お二人それぞれに和光での思い出を語って頂き、仲尾先生には和光中学、和光高校の教育課程をみなさんに伝えていただくことにしていましたが、直前の打ち合わせで、仲尾先生が我妻さんにインタビューする形で進めることにしました。

まずは幼稚園から小学校の頃の学びの中で印象的なものは?という問いに、根本的なところで、なぜ?を考えることが多かった、と我妻さん。算数の討論、国語の読み取りなど自分はこのように思わなかったんだけどこの人はこんなことを思ったんだ、ということがおもしろかった、と思ったそうです。「自分が考えもしなかったことを考える人がいることが刺激になる、ってことだね」と仲尾先生。

今は大学のデザイン学科でアウトプットすることが多い我妻さん、小学校3年生のとき、夏休みの自由研究で登山マップをまとめることにし、そのための計画を立てたことが、大学でデザインすること、レポートすることにつながっていると感じるそうです。3年生総合学習「カイコ」では家で育てたカイコに愛着がわき、いよいよ繭から糸を取るために煮ることになったとき悲しかったことも思い出しました。図書室でよく本を読んだという我妻さんは、最近5年生の読み物教材にしている『いのちの食べ方』と出合います。人がおいしく食事をするために動物を殺している、でもおいしく食べることでいのちが活かされる、ということを考えさせられたと言います。

6年生の総合学習「沖縄」、当時担任だった増田先生が出していた学級通信「ぬちぐすい」(いのちの薬)で発信されたことが頭の中にずっと残っています。エイサーは沖縄のお盆に踊られるものですが、これは生きてる命を大切にしよう、というポジティブな考え方になっているのだということも6年生の時に学んだことでした。多くの卒業生と同じように、我妻さんも卒業後「和光青年会」でエイサーを続けています。仲尾先生は「ただ沖縄へ行く、というだけでは重いものがあるが、小学生にとって自分が興味を持ったことに向かうことができるものが準備されていたということだね」とまとめてくれました。そういえば「和光青年会」はもう10年以上続いていますが、現在の会長は40歳を超えていて、中学生から社会人まで同じものに夢中になる、というのは、これも和光の縦のつながりのなせる技なのかもしれません。タテヤマのコーチもしかり、です。

和光中学の生徒会長として考えさせられたこと

我妻さんは中学で生徒会長に選ばれます。和光中学は生徒の自治を大切にしていて、生徒会活動も盛んです。クラスでも生徒総会でも、よくないことはみんなの前できちんと話し合うというのは、発達段階に応じてではありますが、和光学園の中では大切にしていることです。我妻さんが今でも考えさせられることだったと思っているのは、生徒総会で話し合ったことが、その人を「つるし上げる」ことになったのではないか、ということ。当然、総会の前に執行委員会が行われ、その中でも議論されているはずなのですが、そこでも自分が言いたかったことが言えなかった・・一方的に責めるのではなくみんなで考えられる視点を持てればよかったと思う、と振り返りました。仲尾先生は我妻さんの中学2年、3年の担任だったので、卒業式で号泣した姿が印象に残っているそうです。生徒総会での一件について「そこから学べることがあったのではないかな。みんなで理解する場があったということが卒業式での号泣につながったんだろう。全力で駆け抜けたんだな、と思う。号泣につながるような思いになったのは?」とさらに問いかけました。

和光の縦のつながり

クラス、友だち、部活の先輩、後輩など仲間とつながることが多かった、タテヤマも知らない人たちと5泊もするので、と我妻さん。仲尾先生は「見方によっては地獄だよね」と館山水泳合宿を振り返ります。我妻さんは「イヤだという人もいた、けれど結果として楽しかったって言って帰ってくる。自分は中1の時はあまり泳げなかったけれど、2年目からは行きたくて仕方がなくなった」とのこと。和光の縦の関係については、上の人がやってくれたから自分もやってあげよう、と言う気持ちになる、と我妻さん。これは幼稚園からずっとだそうです。確かに縦割りの機会は幼稚園からあり、かっこいいな、という存在になるということは多くの和光生たちが言うことです。仲尾先生は、「部活だと先輩は後輩をいじめるということもあるが、和光は逆だね。上が下を大事にする文化がある。」と和光の縦の関係について語ってくれました。タテヤマでは全体をまとめるという大役でもある全体総務長も経験した我妻さん、「苦労したことは?」と尋ねられ、「あまり苦労した記憶がない。みんな協力してくれた。準備はするが実行するのは生徒たち。楽しみながら作っていくことができた。今、大学に入って組織で動くと、ちょっと違うな、と感じることもある」と言います。仲尾先生は和光中学の教員時代のタテヤマを振り返り、夜遅くまで打ち合わせをしていた教員からすると朝早くからブロックごとの出し物練習に付き合うのは辛かった、と言いながらも、タテヤマは一番成長する姿を見ることができる、速度も角度も変わっていく、一日ごとに顔つきが変わる、としみじみと振り返りました。

自分で選んで学ぶ和光高校の選択授業

印象に残った授業は?と聞かれると、「仲尾先生の社会科。ノートの取り方を教えてもらった、今でもいろいろなところで活かせています。」

和光高校に入ると、幼小中とは違った感覚になった、と言います。「今までは道を切り拓いてくれたけれど、自分たちで好きなことをやっていい、となった。何もしないまま卒業もできる。けれどそれではおもしろくない。ずっとサッカーをやってきたのでサッカー部に入って毎日部活があったし大学受験も、と考えると時間の使い方がポイントになった」と我妻さん。2年生の選択授業は「古代史研究」を選択し、研究旅行では大阪、京都、奈良へ行きました。「今思うとすごいコアな研究だと思う」と、土器作りまでした当時の授業のことを思い出しました。先生たちが自分が好きな分野をとことん追求し授業に臨むので、我妻さんが「すごくおもしろかった!」というのはなるほど、と思います。

ここで仲尾先生が和光高校の教育課程について説明してくれました。

選択授業はカリキュラムの“売り”の一つであり、研究旅行に行くA選択は12講座(今は11講座)あります。さらに自由選択は2年生では28講座準備されていて、3年生になると選択講座はさらに増えて76講座。必修授業は34時間目だけとなります。生徒が進路に合わせて時間割を自分で作っていくというのが和光高校の3年生です。

好きなことに集中できること

我妻さんは語学の方へ進もうかと考えていたそうですが、途中で美大系へと進路変更します。なぜ英語をやりたかったのか?と聞かれ、サッカーで世界を回りたい、世界中の人とつながりたいと思ったからだとか。当時口語英語の講座でジョナサン先生に教わっていて授業が楽しかったそうです。そのジョナサン先生は和光小学校の34年生に授業をしてくれるようになって今年で3年目となります。

今、デザイン学科でデザイン学を学びながら、小学校の時の自由研究でなぜ?何を?と考えたことがとても生きていると言います。大学では何かを形にする以前にどういうものをデザインするかということを考えること、課題を見つけて改善する案を考えることなどが求められているのです。

大学の卒業制作ではドキュメンタリームービーを制作したとか。視覚情報がない状況で世界がどのように見えているかを取材してムービーにしたのだそうです。以前からブラインドサッカーに興味を持っていたことも、このムービー制作につながったということでした。

サッカーの雑誌制作のアシスタントもしている我妻さん、引き続き雑誌制作も行いながら、しばらくはフリーランスでデザイン関係の仕事をしていきたいとのことでした。この雑誌は、サッカーがどのように生活に関わっているのかということなどフットボールカルチャーマガジンとして発行されています。近々10号が出るとか。雑誌の企画でイベントも行っているそうです。

仲尾先生は「日本に住んでいるとスポーツとカルチャーを結びつけることがあまりない。スポーツが生活の中に浸透していることが少ない。我妻さんは小中高とサッカーをやってきて生活に根付いてきたのだろう。自分の中のやりがい、幸せにつながる仕事になっている。小学校の総合学習では毎年違うテーマに取り組み追求してきたことともつながっているかな。我妻さんは何をするにも軸はサッカーだね。」とまとめてくれました。

司会の増田先生、「ここで語ってくれるのは“和光らしい”子ではないか、と思われているようだが、班長やリーダーに立候補してたくさん発表するようなタイプの人ばかりではない。我妻さんはじっくりじっくり自分を温め、学校を楽しみながら、の人だった」と小学校時代の我妻さんを振り返ります。

仲尾先生は「和光中高元校長の両角先生がよく言っていたこと、学びは絶対的な喜びである、ということを思い出す。和光の学びはそこに基本的なスタンスを常に置いている。小学校の算数の時間には一人一人が考えたことを出し合い、そこに至ったプロセスをさらけ出し合いながら、意見を交流し学んでいく。知識は大事ではあるが“受験知”では仲間と一緒に学び合うというその喜びを味わうことはできないだろう。」と和光の学びをまとめてくれました。

参加された方からの質問に答えながら、たとえば歴史上のことで知らないことがあることについて「好きなことに集中できていることが自分には合っていた。知ろうと思ったら自分で調べることができる。この自信が・・・あれかも」という我妻さんの言葉を受け、「まさに和光生がよく言われる“根拠のない自信”。この“根拠のない自信”は人生の推進力になる」と仲尾先生。そうだ!と膝を打った瞬間でした。

仲尾先生、我妻さん、そして「夜に語る会」にご参加頂いた多くのみなさま、ありがとうございました!

ウソとうわさにより追い詰められていく不条理 ~劇団文化座創立80周年記念公演「子供の時間」~

和光小学校 校園長ブログ
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和光学園同窓会から劇団文化座創立80周年記念公演「子供の時間」を在学のみなさまに、とご紹介いただきました。劇団文化座は戦時下の1942年に演出家の故佐佐木隆氏、女優の故鈴木光枝氏らによって結成されました。1987年より劇団代表となった佐々木愛さんは、和光学園の卒業生です。

「子供の時間」チラシのコピー

「子供の時間」チラシ 2のコピー

今回80周年記念公演第2弾となる「子供の時間」は、アメリカの劇作家リリアン・ヘルマンの作品です。1810年にスコットランドで起こった実話をもとにしているというこの作品は、1934年にブロードウェイで大ヒットとなり、その後、オードリー・ヘップバーンとシャーリー・マクレーン主演の「噂の二人」として映画化されました。今回の上演に当たり、翻訳は戯曲・上演台本の翻訳を多く手がけている常田景子さん、音楽は、元和光学園の親和会員であり和光小学校の校歌を作曲された池辺晋一郎さんが担当していらっしゃいます。

リリアン・ヘルマンといえば、自伝的作品でもある「ジュリア」は、私がこれまでに観た映画の中で最も心に残る映画の一つです。ジェーン・フォンダ演じるリリアンが親友ジュリアのためにナチの目をくぐって現金を届けに行く場面は今でも思い出すとドキドキします。リリアン・ヘルマンはいわゆる“赤狩り”を行った非米活動委員会で証言を拒否しブラックリストに載せられ、米下院では「私は今の風潮に迎合して良心をうち捨てることを潔しとしない」と言い放った気骨のある作家であることが知られています。原作がリリアン・ヘルマンであるこの作品を是非とも鑑賞したいと思い、池袋の東京芸術劇場まで行きました。

「子供の時間」(ちなみに「供」は神仏にささげる、そなえる、役立てる、差し出すという意味を含んでいて、かつて子どもは一人の人間として認識されていなかったということを意味しています。そのため私たちは“子ども”と表現しています。)は、教育と学校経営に人生をかけた二人の女性が、一人の子どもの心ないことばによってすべてを失っていくという不条理が描かれています。

その“心ないことば”とは、全寮制の女子生徒たちの教育を熱心に行っているカレンとマーサが愛し合っている、というものでした。時代背景を考えると、同性愛そのものに対する偏見があり、ましてや学校現場では受け入れがたいものであるということは十分納得できます。それにしても学校、教師に対する反発心を持っている一人の子どもメアリーが発したことば、力関係によってメアリーにウソの証言をするように脅されていたクラスメイトのロザリーが言いなりになって話したことにより、学校の後ろ盾となっているメアリーの祖母がすべての子どもたちを自宅に帰してしまうというのは、あまりにも一方的で横暴であると感じます。物語ではその後裁判も行われますが、“同性愛”という当時の世間では許されざることが疑惑の中心となり、とうとう学校が潰されてしまうのです。

今でこそLGBT(あるいはLGBTQ)は多くの市民のみなさんが耳にするようになりましたが、性の多様性が社会の中に認識され始めたのはごく最近のことであり、今でも同性愛が犯罪であるとされている国もあることを考えると、90年前のアメリカでは当然の流れだったのかもしれません。

一方、教師という立場でこの物語を見ると、学校や教師への反発を続けるメアリーの想いをその背景にあるものも含めて教員たちは受け止める必要があったのではないか、それができないことで周りの子どもたちと対等な関係を作ることができなかったメアリーの生きづらさを共感的に受け止めることができる教員はいなかったのか、と歯がゆい思いで舞台を見つめました。そしてまた、うわさ話を伝え広めることが思いもかけない結果を招き、人の人生までも狂わせてしまうこと、当時はせいぜい手紙や電話での伝達手段しかなかったのですが、SNSの発達した現代にも通じる深刻な問題を投げかけていることも感じます。

メアリーの祖母でありカレンとマーサの学校創立に関わったという支援者、ティルフォード役の佐々木愛さんの圧倒的な存在感に胸を熱くして帰路につきました。

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