校園長ブログ

こんな時だからこそ、人とのつながりを感じることができる日々を

ブログ担当 全校, 校園長ブログ タグ: ,
kitayama2

今日が3学期の始業日です。全校で集う始業式は行えませんので、放送を使っての会となりました。北山校長先生のことばを紹介します。

 

和光小学校のみなさん、新年あけましておめでとうございます。

1月8日に始まるはずの3学期が、4日遅れの今日、12日がスタートとなりました。新型コロナウイルスの感染が大きく広がり、東京とその近くの地域に「緊急事態宣言」が出されました。「緊急事態宣言」は、去年の4月、学校が休校中にも一度出されましたが、今回は学校を休校にすることはしなくてもよさそうです。でも、新型コロナウイルス感染は去年の春よりずっと深刻な状況になっています。感染する人がとても多くなってしまい、病院などに入院することができない人たちがどんどん増えているということです。病院などで働いていらっしゃる医療関係者の方々はものすごく頑張ってくれていますが、それ以上に具合が悪くなる人が増えると追いつかなくなってしまいます。だから何とかして感染する人の数を減らさなければなりません。「緊急事態宣言」というのは、感染する人を減らすためにいろいろとがまんしなければいけないことがありますよ、ということです。

和光小学校は、多くの人が電車やバスで通っています。電車やバスもマスクを着けておしゃべりをせず、空気を入れ替えていれば大丈夫だということがわかってきましたが、それでも多くの人といっしょになることで心配もあります。もともと8日の始業式の日は全校で集まることはしないことにしていたこともあり、「緊急事態宣言」が出た直後にみなさんが満員電車に乗って学校に来ることが心配だという気持ちもあって、この日はお休みとし、「緊急事態宣言」が出ている中での学校生活をどのように送るかをみなさんにきちんとお知らせして3学期をスタートさせたいと思いました。

おうちの方には週末にお知らせしていますが、いくつかのことで2学期までの生活とは変わるところがあります。まず、朝の会が9時半から始まります。少しでも満員電車に乗らなくてもいいようにしたいということで始まりの時間を45分間遅くしました。6月の時のように自転車で来ること、自家用車でおうちの人に送ってもらうこともできるようにします。朝の始まりが遅くなるため、朝の会、帰りの会がそれぞれ5分ずつ短くなり、しばらくはロング昼休みもなしにします。中休みをなくすことも考えましたが、少し短くなっても、みんなの休み時間を保障したいと先生たちは考えました。

新型コロナウイルスの感染は、食べたり飲んだりするところでうつりやすい、ということがわかってきました。私たちはいつもマスクを着けてウイルスがうつらないように気をつけていますが、食べたり飲んだりする時にはマスクを外すからです。ですから、当分の間、調理活動などをすることができません。このことでみなさんに特にお願いしたいのは、お弁当の時のことです。向かい合わせにならない、おしゃべりをしないことにしていますが、これからはもっともっと気をつけて、お弁当の間はまったくおしゃべりしないことを守ってほしいと思います。

これまでもみなさんにはガマンしてもらうことがたくさんあったのに、まだまだガマンしてもらわなければならないこと、私もつらい気持ちでいっぱいです。

お弁当の時間は、みんなでワイワイおしゃべりしながら食事をする楽しい時間であるはずなのに、ウイルスの感染は、私たちの生活から楽しいことをどんどん奪っていきます。少しでも早くこのような時期が終わればいい、と願うばかりです。

ガマンする、ということでは、6月に学校が始まったときからみなさんにはできるだけマスクを着けてもらっています。マスクを着けると顔の半分以上が隠れてしまうので、相手の人の顔がよくわからなくなりますね。前から知っている人だと思い出すことができますが、初めて会う人では本当はどんな顔をしているのかな、と思いながら話をすることになります。そしてもっと困るのは、相手の人が笑っているのか、怒っているのか、などの気持ちがよくわからないことです。私たちは誰かと話をするとき、相手の顔を見て、どのように思っているかを受け止めながら話します。その顔が半分隠れてしまうと相手の気持ちがわかりにくくなります。それでもいつもいっしょに過ごしている友だちとは、目の動き、声、しぐさなどからなんとなく気持ちがわかって通じ合えるのはすごいことだなぁと思います。

こんなにガマンすることが多い学校生活ですが、前のように休校にすることなく、みんなが集まって授業を受けたり、休み時間を過ごしたりすることができることはなんとありがたいことでしょう。

6年生が休校期間中に書いた作文集を読みました。特にテーマが決められていたわけではなかったので、一人一人が書きたいことを書いていて、とても興味深く読ませてもらいました。その中からE.N.くんの作文を紹介します。

「場所がちがうだけで・・・」   E.N.

新型コロナウイルスの影響で学校が休校になり、勉強を家でやることになって僕は困っている。理由は家で勉強をやるとなぜかやる気が出なくて勉強がはかどらないからだ。場所がいつもとちがうだけでこんなに変わるとは自分でもおどろいた。みんなはどのように勉強をすすめているのだろうか。そしてみんなは勉強がはかどっているのだろうか・・・・

こんな感じでやる気が出ないから、僕は時間割を決めて勉強をすることにした。その結果、最初の方はかなりはかどった。しかし、だんだんペースは落ちていった。だが時間割がないときよりははかどっていた。僕はだんだんと落ちていくペースに困っていた。

その時パッとひらめいた。うちにそんなハイテクな物はないけど、VRゴーグルをつけて学校にいるみたいにしてクラスの人もそこにいるみたいにすれば、やる気が出るのではないか。一度でいいから試してみたいものだ。

他にも、T.S.くんは「早く学校に行きいつものように授業ができるようになるのが待ち遠しい。こうしている今も一日一日時間が減ってきているから早く学校に行く日が来てほしい。そしてまたじしゅくにならないでほしい。・・・・でももうすぐ学校に行けると考えると毎日が楽しい。」と書いています。U.S.くんは、動画を見てやる学習に対して「なぜか学校でやっている勉強より楽しくないというのか、おもしろくないというのか、何かが抜けている気がして変な感じでした。やっぱり学校でみんなとやった方が意見も言い合えるし一緒に考えられるので、学校で学ぶ大切さを身にしみて実感しました。」と書いていました。

長い休校期間中には先生たちが作った動画をおうちで見て学習することに取り組んでもらいましたが、学校での学習とは何か違った感じがしたのではないでしょうか。オンライン朝の集いで久しぶりに友だちと出会うことができてうれしかったと思いますが、でもやっぱり“おもしろくないというか、何かが抜けている気がして変な感じ”というのは、多くの人が感じたことではないかと思います。それは先生たちも同じでした。

2学期の終わり、どの学年もみなさんの振り返りが学級通信で紹介されていました。運動会のこと、いちょうまつりのこと、総合学習のこと、算数、国語などの授業のことなどが生き生きと書かれていて、友だちといっしょに過ごした姿が目に浮かぶようでした。

これからの3学期、こんな時だからこそクラスの仲間といっしょに笑ったり泣いたりしながら学校での日々を過ごしてほしいと思います。そしてマスク越しではありますが、つながり合っていることを感じることができるような、たくさんの学びを重ねていってください。  (校長 北山 ひと美)

「平和」とは、どんな人でも自分の意見を言えて、他の人との意見を合わせて物事を考えられること ~今年の沖縄学習旅行で学び、考えたこと~

和光小学校 校園長ブログ
kitayama2

あらゆることが例年通りに行うことができないまま、6月の学校再開から半年が過ぎようとしています。感染防止は当然のことながら、通常の学校生活を送ることができず戸惑っている子どもたちの気持ちを最優先に考えながら、少しずつ教育活動、学校生活を進めてきました。

できないことは諦めるしかないこともありましたが、6年生の沖縄学習旅行はなんとしても実現させたいと願い、もし予定通りの日程で行うことができなかった場合の延期日程も設定し、ぎりぎりまで実施判断を延ばしました。

いつもより短い夏休みが明けてスタートした2学期、決して楽観することはできませんが、感染防止対策の方法も以前よりは鮮明になってきたこともあり、10月初め、決行を決めました。例年の1ヶ月遅れで沖縄に下見に行き、沖縄県庁観光課、一般財団法人沖縄観光コンベンションビューローに、学校で作成したガイドラインを携えてご挨拶に行くと、是非来てほしい、と、沖縄のみなさんが和光小学校の6年生を待っていてくださる気持ちがひしひしと伝わってきました。ほんとうにありがたいことでした。6年生本人はもとより、家族の方たちの健康観察も続けながら、出発当日を迎えました。

4日間お天気にも恵まれ、今年も現地沖縄の方々の様々なお力添えのおかげで、充実した学習旅行を行うことができました。

沖縄戦を体験された証言者のみなさまは年々ご高齢になっていかれますが、あの悲惨な体験を伝えたい、と子どもたちの前に凜として立ってくださる姿、そのことばの一つ一つに込めた想い、願いを、子どもたちは全身で受け止めていました。

3日目の夜は学級集会を行います。

20201026沖縄学習旅行3日目IMG_5249

沖縄到着後に感じた空気の違い、北上田源先生、山内栄先生による嘉数高台での沖縄戦の話、辺野古の海に埋め立てられている新基地建設の様子、そして10歳で沖縄戦を体験した玉木利枝子さんの話、クラスごとの白梅学徒隊、ひめゆり学徒隊の戦跡の追体験、中山キクさん、島袋淑子さんの話、「韓国の塔」「平和の礎」で聞いた川満彰先生の話、真っ青な海と空に抱かれた摩文仁での平和集会、夜の伊藤幸太さんの八重山民謡、園田青年会のエイサー、座間味で聞いた宮城晴美先生の集団死の話、平田ご夫妻の戦争体験、そして海遊び・・・・

3日間のことを思い浮かべ、心に残ったことを一人一人が語るところから集会は始まります。

私は前半は1組、後半は2組の学級集会に参加しました。

1組は、これまでに沖縄に抱いていたイメージと実際に見たものと違っていたところは、ということを語るところから始まりました。

「おいしい食、きれいな海、というイメージだったが戦争があったんだ、ということがわかった」

「テレビでは食などが紹介されているけれど、町のど真ん中に基地があった」

「きれいな海、観光スポットがあるところだと思っていたが、実際に体験者の方が泣きながら話している姿を見て、すっごい苦しかったんだろうと思った」

「全体に明るいイメージだったが、戦争の後がくっきりと残っているところが悲しくなった」

「もとは戦場だったなんて信じられなかった」

「観光が有名で景色がきれいなところだと思っていたが当時のことを知って今までと違うイメージになった」

「ほんとうにここで戦争があったのか、と思っていたけれど証言者の話を聞いて実感できた」

「基地が、人が住んでいるそばにあることがわかった」

2組は心に残ったことを一人一人が語った後、自分ならどう考えるか、を話し合っていました。

「沖縄は捨て石にされた。選挙権を持ったとき、一人一人が意思を持ってきちんと一票を入れていくことが大切だと思う。」

「玉木さんが10歳の時に即死したいと思っていたと泣きそうな顔で話しているのを聞いて、教育が大切だと思った。教育によって反対できるようになるし、教育を変えることで政府を変えることができるのだと思った。」

10歳の子どもが即死したいと思うのは怖い。小さい時から教育されているとそう思うのだろうか。そのような教育がないようにしたい。」

どのようなことを話し合いたいか、という担任の投げかけに、これからどんな平和を作っていきたいか、を話し合うことにしました。「平和って何だろう、どういう状態が平和と言うのか、それぞれに思っている平和は違うのでそこから話し合っていこう」と担任から。

Ka「基地は戦争がなければ必要がない。基地がないのが平和だと思う。戦争のつらさを伝えていけば。世界に」

Ht「平和は人々が争わないで全世界の人が平等に扱われるようなことだと思う。今は平等もできていない。だから全世界が平和だとはいえない」

Tk「一人一人が安心して生きていける世界だと思う」

Nk「自分が思うことをしっかり言うことができて、その小さな意見にも反応してくれる、その世界が平和だと思う」

Fg「誰かの平和のために誰かが苦しむのは違うと思う」

Ki「戦争は国同士が戦う。国の中で宗教の対立とかで対立して内戦とかが起こる。日本の憲法だといろんな考え方、宗教の自由が保障されている。いろんな国で日本の憲法のようになればいいと思う」

Tk「戦争はもともと小さいことから起こる。小さいことから和解できると戦争はなくなると思う」

St「日本とかでは選挙の投票をしない人がいる。投票して意見を言うことが尊重されないと平和にならないと思う」

Sy「(日本は)争い、ということでは平和。自由ということでは平和ではない。言論の自由を強めた方がいいと思う」

Ka「自分がいやなことがあってそれを押し通そうとする大人がいる。教育が大事だと思った」

Y「昔あった戦争のことを隠そうとしないで次の代の子どもたちにも伝えていくことが大事」

Nk「自分の意見だけ押し通そうとするのではなく意見を聞き合うことが大切」

Tf「基地はなくていいと思う。基地は戦争のためにある。お互いに軍隊、自衛隊などをなくす。」

Ak「国もいっしょに国民と考えることが大切だと思う」

St「今の政府は戦争などの歴史をなかったことにしている。私学にあまり援助しない。戦争の歴史がみんな忘れられたら戦争に向かっていくことになる。戦争では大切な命がなくなっていく」

Ay「政府が国民の意見を受け入れて考えてほしい。国民の意見が示される選挙で変わってほしい」

Yk「戦争は軍だけでやってほしい。国民を“赤紙”で強制的に兵隊にするのはやめてほしい」

FgTfに反論。軍があるから暮らしていける人もいる。一概になくして、とは言えないのでは」

Nk「国民主権、基本的人権の尊重、表現の自由がきっちり守られないと平和になならないと思う」

Tf「軍があることでレイプされることがある。軍がいることによりお金持ちになるはずだった人が巻き込まれて亡くなる。軍があり基地があるからレイプがある。外交を通して解決する必要がある」

Ka「基地があるから暮らしている人もいるが、それがないと何もできないのか?平等ではないと思う」

Fg「誰かの平和のために誰かが苦しむのが今の状況だと思う」

Ht「沖縄県の投票では70%が基地に反対だが、残りは賛成している。100%でないと全員の意見とはいえないのでは」

Sy「戦争のことで隠していることもある。学校で取り入れて子どもたちに教育してほしい」

Yk「軍を消すことはすぐにはできないと思う」

担任からHtの意見を採り上げて「多数決はみんなが決めたことにしているが、少数意見はどうするか、ということ。君たちはこれから何ができるだろう?」と再び問題提起がされました。

Ka「戦争とか軍をなくすことを次の世代に伝えていく」

Tk「平和とは何かをみんなに考えてもらえる世の中になれば」

再び担任から「具体的にどうやって平和にするの?」と投げかけられます。

St「多数決だけではない。反対の意見も取り上げ、少しずつ見つけていく。他の方法もあるかもしれない」

Tf「前半で意見を交わしているとき、教育が元になる、というのがあった。その教育が世界で差が出ている。金持ちの国では軍隊があり、ひどい国では子どもを兵士にする国もある。それをなくすためには軍、基地をなくすこと」

Sy「今は日本政府が進めることは国民の意見を取り入れていないのでは。少しずつ国民の意見を混ぜ合わせて物事を進めていくといいと思う」

Ki「教育に差がある。戦争があり教育を受けていない国もある。先進国から先に伝えていくこと、戦争についての教育をすることが大切。そういうところから平和を作っていくのだと思う」

Ka「今の日本の首相は自民党の中で決められている。別の考えを持った人がリーダーになれば。国のリーダーがどういう考えなのだろうか。戦争のことを他の人に言っていくこと、行動に移さないと意味がない、行動に移すことが大切」

担任から最後のテーマが出されました。「Syが言った“賛成、反対を少しずつでいいからすりあわせていく”ということは大切。今は平和ですか?」

Tf「今は世界の中では平和ではない。米国が各国に基地を作りいつでも戦争ができるようにしている。みんなが戦争をなくそうということ、米軍基地の削減が必要。いつでも戦争ができるようにする、ということをやめて、平和を取り戻すことが大切」

Ka「今は平和ではない。75年前の玉木さんのように家族の断末魔を聞いている人が世界にはいる。言論の自由がないこともある」

Sy「平和ではない。基地があると言うことは戦争に備えているから。いつでも戦争ができる状態。基地があって犯罪がある。基地をなくせば戦争が起こる確率が下がる」

Nk「意見が言えるのはまだ平和だ。それが聞いてもらえないのは平和ではない」

Tk「自分から見た平和と他の人が来た平和は違うからどちらでもない。沖縄では基地のことで困っている人もいる。どちらの意見もあると思う」

Hy「平和じゃないと思う。戦争があるし、地球温暖化も進んでいる」

Ay「基地がなかったら中国とかが沖縄に攻めてくる。基地がある意味を自覚してほしいと思った」

St「軍があるから平和という意見、軍があるから平和じゃないという意見もある。どちらでもない」

Ki「ほとんどの日本人は戦争と平和が対義語だと考えている人が多い、と山内先生から聞いた。戦争がないから平和と思っている人がいる。でも基地があるから平和ではない」

「戦争がないから平和、と単純にはいかない。今はどうなのかが大切。“軍がないと攻めてくる”という報道についても考えたい」と担任から。

Ka「今の首相はペコペコしてるだけ。島袋さんが、勇気を持って発言できる人がリーダーになってほしい、と言っていた」

Tf「今の内閣に問題がある。学術会議メンバーの一部を任命しなかった。その問題を指摘する議員はいずれリーダーになってほしい。日本は明治維新のようなことをまた繰り返すのでは」

最後に担任から、時代によって平和のイメージが変わってくる、という話をしました。和光小学校が長年大切に歌いつないできた「ひとつぶの種」を引用し、みんなはこの大地に蒔かれたひとつぶの種であり、やがて大きく育ち、今度は種を蒔く若者に育ってほしい、この学習はここがスタートだ、と締めくくりました。

いつもこの3日目の学級集会では、沖縄を学び、沖縄で学んできたこと、子どもたちがからだ中で受け止めたことをことばにし、伝え合い、これからの生き方を考え合っていきます。国会で取り上げられている学術会議メンバーの任命問題も影響し、自分たちの意見は聞き届けられるのだろうか、言論の自由はほんとうに保障されているのだろうか、ということも話題になりました。子どもたちは日々報道されていること、身の回りで起こっていることに敏感であり、だからこそ私たちは子どもたちとともに政治、社会を語り合っていかなければならないのだと思います。

子どもたちは6年後には主権者として選挙権を持つことになります。市民としてどのように生きていくか、今の日本、世界をどのように見つめていくか、事実を知り、現実を見つめ、真実を追究できる人に育っていくことを、教育は目指さなければなりません。そのためには私たち自身がそのように生きているのかを問われているのだと思います。

沖縄を、沖縄で学ぶ6年生の姿から、私自身の背筋が伸びる思いがしています。

(表題はこの学級集会後に一人一人が「私の平和宣言」としてまとめた文章のなかから引用しました)

IMG_4679

オンライン少人数学級推進署名へのご協力を

サイト管理者 校園長ブログ

和光学園親和会員の皆さまへ

~少人数学級推進オンライン署名ご協力のお願い~

和光学園校長会

和光鶴川幼稚園・和光鶴川小学校 校園長 加川 博道
和光幼稚園・和光小学校 校園長 北山ひと美
和光中学校・和光高等学校 校 長 橋本 暁

 

2学期が始まってしばらく経ち、各校・各園とも学び舎に子どもたちの元気な声が響いております。

さて、現在インターネット上で、少人数学級の実現を求める署名が行われています。少人数学級の実現は、私たち和光学園としても長い間その実現を願ってきたものでした。本署名の呼びかけ人には、昨年の和光デーで講演頂いた本田由紀先生、和光大学の山本由美先生、本学園の教育研究会でお世話になった佐藤学先生などが名を連ねています。また、全国知事会会長・全国市長会会長なども少人数学級の実施を求めています。文部科学大臣も「来年度から小中学校に、おいて少人数学級を段階的に導入することを検討していること」を明らかにした、との報道があります。この流れを加速し、確実にするという点で、私たちとしてもオンライン署名に協力していきたい、と考えます。親和会員のみなさまもぜひご賛同いただき署名に協力して頂ければ幸いです。

本学園では、長い期間にわたり、私学助成の拡充を中心として、ゆきとどいた教育を求める署名に取り組んできました。こちらの署名は、国会・都議会に直接提出しますが、議会で審議が行われる請願として取り組まれてきました。署名を集める過程で、対話があり人々に直接訴えることができ、また、提出の過程で議員の方々と話をしたりすることにより、流れをつくっていこうというものでした。こちらの署名運動も動きがスタートしています。こちらの署名への取り組みも併せてお願いいたします。

“ときめくこと”“やってみたら楽しかった”ことに出会える夏に!

和光小学校 校園長ブログ
kitayama2

今年の4月から和光小学校には413人の子どもたちが学んでいます。2年生以上の人たちは今年18日、3学期の始業式の日、体育館に全校の人たちが集まったことを覚えているでしょうか? その後3月から臨時休校になってしまったので、3学期の終業式、今年度1学期の始業式に集まることもできず、1年生を全校のみんなで迎えることもできませんでした。

長い休校が開けてやっと学校に来ることができるようになっても、しばらくはクラスの半分の人と学び、7月になってようやくクラス全員が教室に入ることができ、プールに入るときには学年全員が集まることができるようになりました。(プールの中は少人数で入りました)残念ながらこの1学期の終業式にも全校のみなさんが全員集まることはできません。もし集まっていたなら、1月より30人以上多くの和光小学校の子どもたちが集うことになっていました。

1学期には和光小学校の子どもたち全員が集まることはできませんでしたが、今日、1学期の最後の日には、体育館いっぱいに集まった1年生から6年生までの人たちのことを思い浮かべてください。1年生のみなさんは入学式の時、優しく声をかけてくれた6年生、テープごまをプレゼントしてくれた2年生、わりばしでっぽうで遊んでくれた3年生、手作りのあやとりで教えてくれた4年生、いっしょうけんめい絵本を読んでくれた5年生のこと、和光小学校のステキなお姉さん、お兄さんとしてこころに刻まれていることでしょう。

そして、みなさんも上の学年の人たちが学び、活動している姿を目にし、すごいなぁと思って見ることがあったかもしれませんね。こうしてこの先の学年になったらこんなことをしたい、あんなことをしたい、という期待を持って過ごすことができると、学校での生活がもっともっと楽しくなります。

みなさんの先輩、版画家で絵本作家の竹上妙(たけがみたえ)さんのことを紹介したいと思います。妙さんは和光幼稚園から和光大学まで、19年間和光学園で学びました。妙さんに和光学園で一番こころに残っていることは何ですか?とたずねました。「幼稚園では走りなわとび、小学校では民舞(おどり)、中学では館山水泳合宿、高校では文化祭の時、門のところに巨大ねぶたを作る校外装飾を担当したこと、大学では自分の作品を展示して多くの人に見てもらったこと」、そして、それらに一貫して共通していることはやってみたら楽しかった”“手ごたえを感じたということだったそうです。「このときめきは一生忘れられません。」と話してくれました。

版画家、絵本作家として活躍している妙さんですが、版画制作をするきっかけになったことをたずねると、「絵を描くことは小さい頃から大好きでしたが、小学校5年生のときの外国旅行で、見たことのない色や伝統工芸を見て心がときめき、刺激を受け、たくさん描くようになりました。版画は版から紙をめくる瞬間がなんともドキドキします。私の中でこのドキドキは川で網をガサガサやって何がとれたかなと覗き込む瞬間と通ずるものがあると思っています。」そして絵本作家になったのは「大学を卒業してから個展やグループ展を中心に活動を始めました。たくさん続けていくうちに、作品を通じて、見てくれるお客さんが増え、活動も広がりました。絵本の編集者の方に声をかけられ、この世界に興味を持ちました。それから版画だけでなく、絵本制作も頑張っています。やってみたら楽しかったという経験が今の私にもこれからの私にもとても大切なものだなあと実感しています。」と語ってくれました。

ちなみに小学校のころ一番好きだったことは民舞と多摩川学習だったとか。小学校のころの夏休みは、「虫取りなど何かしらの収集、収穫」をして過ごしたそうです。

竹上妙さんは和光小学校の映画「あこがれの空の下」完成記念のトートバッグのデザインをしてくださいました。妙さんの絵本に出てくる生き物のように表情豊かなカエル、カメ、トリのステキなデザインです。この3月、4月に版画づくりをしてくれました。彫刻刀を持ってコツコツと版木を彫っている妙さんの姿を思い浮かべながらバッグを眺めています。(小学校の玄関にあるので見てくださいね。)

IMG-4304

ようやく明日から夏休みになります。今年の夏休みはいつもより短くなりますが、みなさんも何かときめくこと”“やってみたら楽しかったことに出会えるといいですね。そのためにも、やってみたいこと、にぜひ挑戦してみてくださいね。

「本物」を経験させること ~ヴァイオリニスト服部豊子さんの自伝と、和光学園が創立以来大切にしてきたこと~

和光小学校 校園長ブログ
kitayama2

コロナ禍での1学期

長い休校期間を経てようやく始まった2020年度も、もうすぐ1学期を終えようとしています。6月の1ヶ月は分散登校、登園の日々でしたが、7月に入り通常の授業、保育を行うことができるようになりました。といっても、教室での机と机の間隔を十分に取るため、子どもたち同士が顔を合わせて討論するために大切にしてきた「コの字型」の机の配置を行うことができず、教室の端から端まで机を並べ、幼稚園はクラスとクラスの間の壁を取り払い、朝の会などの集まりの時にはひとクラスは体育室を使うなど、「密」を避ける工夫をしています。(最近は半分だけ間仕切りをつけています)お昼のお弁当の時は、小学校では「しゃべらないで」と声をかけざるを得ず、幼稚園ではテラスや体育館などに一人一人がシートを敷いて広く間隔を取っています。子どもたちが帰った後の毎日の消毒も欠かすことができません。

休校、休園期間中の生活を少しでも取り戻すために、1学期の終業式は731日とし、国民の休日である723日、24日も登校日、登園日としました(83日、4日が代休)。いつもならとつい口をついて出てくるのですが、幼稚園の年長児も小学生も7月に入ったら順次林間合宿に出かけているはずです。今年のように梅雨が長引いていると雨の中での登山となっていたことでしょう。感染拡大がまだまだ続いている状況では、子どもたちが集団で宿泊を伴う活動をし、指導員として複数の学生さんたちにも参加してもらう林間合宿を行うことは、とてもできないと判断しています。

今年の1学期は2ヶ月間となり、最初の1ヶ月は分散登校のため授業時数も制限されましたが、運動会、林間合宿への取り組みのない日々は、図らずも教科の学習と生活べんきょう、総合学習に集中する毎日となりました。

調理活動ができない「食」の取り組み

それでも文科省から示されているガイドラインでは、「感染対策をとってもなお行うことができないこと」として調理活動が挙げられています。5年生の総合学習は「食」がテーマです。調理活動ができない「食」の取り組みになるなんて・・・担任はもちろん、子どもたちもどのように取り組んだものかと困惑していることでしょう。

このような中でも、私たちは「本物」を体験し、追求することは教育の本質だと考えています。調理活動ができない状況での「食」の取り組み、試行錯誤しながらではありますが、今年も「本物」を目指しています。

5年生は休校期間中から「お料理をした」という生活ノートが担任に届けられ、学級通信で配信されていました。中には手打ちうどんを作ったり、水信玄餅を作ったと写真と作り方のレポートをしてくる人もいました。これまでの5年生の取り組みを見てきた子どもたちは「食」のイメージを持っていることもあり、休校期間中に「テーマにしたいこと」のアンケートを取りました。

51組のテーマは「駄菓子」

51は学校再開初日の学級通信にその結果が載っています。それによるとだんご、せんべい、アイスクリームが同数で、わらびもち、タピオカと続きます。上位3種類のうちだんご、せんべいを配り、「本当は学校で食べ比べて考えあいたいのですが、食べることができないので」と、持ち帰って家で食べてもらうことにしました。学校では作る”“食べることができない中、それぞれに食べてみた、調べてみたなどの交流をし、何にするかを何度が話し合っています。「わらびもち」という声が多く、担任が作ってみたら、けっこうかんたんに作ることができたそうです。「もう少し難しいのがいい」という子どもたちともう一度考えあい、上菓子(いわゆる和菓子)と駄菓子が話題になり、その違いを出し合いました。子どもたちには上菓子は貴族”“お金持ち、駄菓子は庶民”“子どもというイメージがあり、上菓子として羊羹、大福、わらびもち、カステラ、金平糖などを挙げ、駄菓子はわたあめ、水あめ、うまいぼう、ラムネ、麩菓子、きなこぼうなどを挙げます。すでにきなこぼうを作ってきた、と材料、作り方、作った感想をまとめてきたり、カルメ焼きを作って「カルメ新聞」にまとめて発表したり、大福を作ってきたとまとめたりと意欲的な取り組みが続き、最終的には駄菓子と大福のどちらかに、となりました。それぞれの「いい理由」「いやな理由」を出し合い、担任が準備した豆大福と駄菓子(かりんとう、きなこあめ、ソースせんべい)の食べ比べをしました。もう7月中旬になっていてお弁当も食べるようになっているので、(感染に)気を付けながら食べることはできるようになりました。食べ比べの結果、駄菓子は「作るのが楽しい」「おいしい」「いろいろな種類が作れる」、大福は「おいしい」「中に色々入れてアレンジできる」「粉をつければべたつかない」とそれぞれにいい理由が出されますが、大福は「作るのがたいへんそう」「あんこが嫌いな人もいる」などのいやな理由が出され、多数決で2214で駄菓子に決まりました。

<どんな駄菓子を作ってみたい?ときいたところ、ふがし、カルメ焼き、きなこぼう、かりんとう、べっこうあめ、ぼんたんアメ、かばやきさん、よっちゃんいか、が出されました。かばやきさんやよっちゃんいかは商品名ですが、自分たちで作れるかしら? また、「ママがくすりとか入ってるって言ってた」と言う子どももいて、「それはてんかぶつって言って保存料とか着色料とかのことだね。そのことも調べてみたら勉強になるし、みんなが作る駄菓子はそういうくすりが入っていない、体にもいい駄菓子を作っていけばいいね!」と話しました。駄菓子屋さんにも、できたらみんなで行ってみたいし、どんな駄菓子研究ができるか、ワクワクしてきました!みんなからの情報、まってます!>(7/15学級通信より)

さっそく「駄菓子情報シート」に、おばあちゃんから聞いた話、駄菓子屋さんを見つけた、という情報が届きます。経堂駅の向こう側の商店街には昔ながらの駄菓子屋さんがあり、クラスみんなで訪問することになりました。「ラムネ」、「もちもち君」を家で作ってきた、とみんなに持ってきてくれた人もいていっしょに食べてみたそうです。学級通信には担任から『人と土地と歴史をたずねる和菓子』(中島久枝・著)の中の「駄菓子歴史ばなし」が紹介されています。

52組のテーマは「だんご」

526月再開後早々にアンケート結果が紹介されていました。1位わらびもち、2位どらやき、カステラ、3位だんご、せんべい、アイス。この結果に、「わらび餅は面白そうだけど、わらび粉つくれるかな~?製品のわらび粉から作るだけでは簡単すぎるな。」と担任は学級通信でつぶやいています。学校再開初日には担任から4種類のおせんべいを渡し、家で食べ比べるということをしてもらいました。そして、<どれが一番高いか?の予想をしました。それぞれに理由を聞いた上で、せんべいの袋に書かれた商品名、原材料を見ながらもう一度考える、という授業を行います。「名前はDがいい」「袋はCが高そう」「デキストリンって何?」「Bだけうるち米が米国産」「遠いところから来た方が高くない?」「でもアメリカのお米、安くてまずかったよ」「加工デンプンは人の手で加工してそうだから安いかも」などなど、袋を見ていくといろいろなことが発見できます。 この「いろいろ発見できること」が総合では大事!!こういうことができるテーマがいい。・・・・・「値段=味」とはかぎらない、ということも見えてきました。>(6/10学級通信より)この時点で担任の一押しはせんべいかな、と私でなくても感じたことと思いますが、アンケート上位三位までの6つの食べ物の材料、作り方を確認した後、自分たちで作れるか?いちょうまつりで売るとしたらどうか?の2つのポイントで考えました。「面白そう、やってみたい」(〇)と「難しそう、やめた方がいい」(×)の意見を出し合い13回ずつ手を挙げて3つに絞ります。

結果はわらびもち22票(〇簡単とはいえない)(×わらび粉が作れない、簡単すぎ、黄な粉が飛びやすい)どら焼き20票(〇あんこを作るのに時間はかかるけどやりがいがある、難しいからいい)だんご20票(〇いろんな団子がある、ちょうどいい、たれは工夫すればいい)(×たれがついてベトベトに広がりすぎ、機械がないと難しい、あんこもみたらしもだと大変)アイス19票(〇売れてた(兄の時))(×とけてベタベタになる、簡単すぎ、今年はいちょう祭りが冬だから寒くて売れないかも)カステラ9票(×難しすぎ、道具がなさそう)せんべい5票(〇歩きながら食べられる)(×兄の時固かった、パサパサになりそう、ボロボロにおちそう) 〇と×の意見を見ると、すでにいちょう祭りでの商品としてどうか、という視点で見ているようですが、やはりある程度の難しさがあることがやりがいにつながることを感じ取っていることがわかります。3つに絞ることになっていたのですが、わらびもち、どらやき、だんごに加えて、アイスは1票差なので残り、4つの中から1つに決めることになりました。

いよいよテーマを決めることになり、それぞれ食べてみてから判断してほしい、と担任が準備をしました。京都嵐山のわらびもち、和菓子屋さんのどらやき、だんごは団子やさんのをと思ったそうですが昔より団子屋さんが少なくなっていて 結局コンビニのだんごになったそうです。アイスは(感染対策のため)切り分けて冷凍しておいたそうですが学校の冷凍庫では溶けてしまいました。それぞれ食べてみたあと前回絞ったときに書いた感想を読みあい、その後4つのテーマについて「やりたい、すいせん」「これはやめた方がいい」という意見をさらに出し合い、投票しました。一人3回→2回→1回と投票し、絞っていきました。

<まずアイスがはずれた。シェアしたり、売る難しさが感じられたのかな。次にわらびもち。最初のアンケートでは1位だったけど、食べてみて本物の「やわらかさ」に難しさを感じた人も多かったみたいだね。最後はどらやきとだんごで決選投票になったけど、「あんが苦手」という人もいて「だんご」が選ばれました。「だんご」は原料が「米」なので、社会科の学習ともつながる良いテーマだ。まずは身の回りの団子情報を集めてほしい。売っていた・食べてみた・値段・味・名前(〇〇だんご)・原材料・作っている会社・店・場所・作っている人・作り方・作ってみた、など、情報カードに書いたりはったりして報告してください。>(7/9学級通信より)担任の呼びかけに、さっそく情報カードが届き始めています。いつもなら買ってきた、作ってみた、など持ち寄ってみんなで食べてみるということをしますが、今年は「対策」が必要なので、必ず事前に連絡してください、ということも担任からは呼び掛けています。

「小学校時代の子どもたちに、勉強でも遊びでも運動でも「本物」を経験させようとしていた」

6月末、1冊の本が送られてきました。『いつも心に音楽を』と題したヴァイオリニスト服部豊子さんの自伝でした。1926年に東京で生まれた服部さんは、当時日本の植民地だった朝鮮で幼少期を過ごし、小学校入学の時期は再び東京に戻ってきます。5年生の2学期、知り合いの方に薦められて四谷の小学校から和光学園に転校しました。

自伝では、「和光学園での楽しかった日々」という小見出しで<和光学園での一年余りは、私にとって生涯で一番楽しかった時である。>と書いていらっしゃいます。和光学園が誕生してまだ数年目の、校舎は麦畑に囲まれていた頃でしょう。クラスメートは男子6人女子10人の16人、全校生徒は6年生までで80人くらいだったそうです。夏には今は和光中学が遠泳合宿をしている千葉県の館山で2千メートルの遠泳を行ったとか。工芸の長野先生の授業で実物大の胸像を作ったこと、斎田先生の絵の時間に初めて油絵を描いたこと、その斎田先生は子どもの劇団も主宰していて芝居をしたり学芸会でヴァイオリンの演奏をしたこと、冬にはスキー教室に行ったこと、56年生20人余りで関西旅行をして旅行記を作ったことなどなど、当時の様子が目に浮かぶようです。

<いま考えてみると、和光学園の楽しさは何であったのか。それは、小学校時代の子どもたちに、勉強でも遊びでも運動でも「本物」を経験させようとしていたことにあったと思う。考え方や行動を規制して型にはめこむのではなく、主体はあくまでも子どもだった。それが「自由教育」と言われていたことの実態だったと思う。昭和十年代にあのような学校があったのに、その後の戦争時代、自由はご法度となったことは、日本の国のために大変残念なことであった。>(『いつも心に音楽を』服部豊子・著、勉誠出版より)

和光学園の草創期、当時を振り返って和光学園の教育をこのようにとらえていらっしゃる卒業生の方がいらっしゃることに驚くとともに、八十有余年を経てもなお「本物」を経験させたい、という私たちが目指している教育の本質は変わっていないこと、これからも変わってはいけないことを改めて胸に刻みたいと思いました。

「学校がはじまるって こういうことだ」~3か月ぶりの学校再開、手探りでの教育活動~

和光小学校 校園長ブログ
kitayama2

待ちに待った学校再開、61日を私たちは期待と緊張感の中で迎えました。子どもたち誰もが学校生活が始まるのを待っていたことを考え、始業日は時差登校、時差登園で全員が新担任と顔を合わせることができるようにし、小学校入学式は午後、幼稚園入園「おめでとうの会」はグループごとに3回行いました。

やっと小学校に入学することができた1年生、幼稚園に通うのを指折り数えて待っていてくれた花組(3歳児)、月組(4歳児)のみなさん、ほんとうに長い間お待たせしました。

オンラインで担任と話をしたり、学級通信を通じてクラスの仲間のことを知ったりすることはあっても、直接出会うことはその何倍も心の中に大きな動きをもたらすのだと、私たち自身が実感しているところです。

小学校1週目はクラスの半分が1日おきに登校、2週目は午前と午後に分かれて毎日登校、休み時間、お弁当なしのそれぞれ3コマの授業を受けるというステップの途中です。

幼稚園1週目は始業日以外に1日登園とし、2週目は1日おきに登園、やはりお弁当なしの午前保育です。

小学校は4週目になったら全員登校の午前授業、というステップに進む予定ですが、そこでようやくクラスの仲間全員がそろっての学校生活、となります。

通常になるまではもう少し時間が必要であり、この分散での生活の間に感染予防のための学習を進めていきたいと思っています。

4年生は始業日に<学校が始まる前の日の気持ちを詩にしてくる>という宿題が出ました。和光小学校ブログで紹介したKくんの「大いそがしの夜」は、まさに学校がはじまるってこういうことだと、その当たり前の生活をかみしめている気持ちが伝わってきます。あと2人、待ちに待った気持ちを言葉に込めた詩を紹介します。

「やっと学校」MY

ずっとお休み/もうあきた/家にいても/つまんない/べんきょうしても/すぐおわる/あしたは/学校さいこうだ/やっと学校/うれしいな

「たのしみ」IS

きのうは、わくわく/きょうは、どきどき/あしたは、なにをはなすかな。/みんなとはやく会いたくて、/きょうは、ぜんぜんねむれない。/あしたになって、ぎりぎりだ!(じかん)/かさをさしたら しゅっぱつだ!

5年生は<休校生活をふりかえって>を交流しました。「最初は学校行きたくないって思ったけど、1か月ぐらいたつと学校に行きたくなった。」「ゆったりできたけど、ひますぎてたましいぬけました。」「楽しかった。工作めっちゃした。あたらしいこと思いついた。」「外に出たいけれど出られなくて飽きた。意外と学校に行きたいんだ~と思った。」・・・

6年生は<家にいることでいやだったこと、しんどかったこと><楽しかったこと、もっとやりたいと思ったこと><新型コロナウイルス感染症についてのたくさんの情報が流れているが、感染の広がりや収束、これからの未来について知りたいこと>について書いたものを交流しました。ブログでも紹介されていたコロナをテーマにした短歌では、「緊迫の渦にまみれた人類は「ここぞ」の時に本性が出る」「日が落ちてコロナ依存の人たちはみなニュースつけ、あおられている」と、今の社会、政治を鋭く突いたものもありました。コロナに関することについては大人と同じように、もしかしたら大人以上に大きな不安を抱えているのだろうと感じます。

<新型コロナウイルス感染症についてのたくさんの情報が流れているが、感染の広がりや収束、これからの未来について知りたいこと>

・コロナは本当に終わるんですか?コロナは結局何に弱いんですか?

・またコロナのような新型〇〇ウイルスが現れたらどうするのか知りたい。

・感染者をゼロにしたいけどゼロになれないのがすごいショック。

・家の近くとか駅とかにけっこう人がいるから第二波が来ると思う。

・早くワクチンを完成させてほしい。半年後には楽しくみんなで学校生活が送れているようになっていてほしい。

・いつふつうの生活にもどるのか?

・イベントや遊園地などがどうなるのか?

・見通しがつかないけど一日でも早く感染が収まってほしい。ワクチンも早くできてほしいが副作用が心配。

・夏に一度収束しても冬に第二波が来ないか心配。少し収束したけど、最近感染者がすごく増えてきているのに経済活動が始まっているのが大丈夫なのか、と思う。

10月までに収束しているのか。自分が感染していないか。クラスメートが感染していないか。家族が感染していないか。

・残り少ない学校生活が元に戻らないまま終わってしまうのか?

ようやく始まった学校生活、和光小学校の教育課程の中で、まだすぐ再開とはならないものもあります。

その一つが「食」の取り組み。2年生は「麦からパンへ」の学習の中で、刈り取ってきた麦を粉にしてパン作りをします。5年生の総合学習「食」はテーマを見つけ何度も試作しながら本物を目指します。5月のネットを介した学習の中で、家でパンを作った、食材を調べた、試作してみた、というメッセージが届き、中にはプロの職人さんに聞きに行った、という人までいました。5年生の教室には、休校中に書いた「食」の新聞が掲示されています。

生活べんきょうも総合学習もクラスの仲間と一緒に取り組み、謎を解き明かしていくことにその醍醐味があり、子どもたち自身がそのことを知っています。だからこそ実際に作る、食べる、を行いたいと考えています。次のステップでは感染予防の対策を行い、「食」の取り組みを行うことができることを追求したいと思っています。

「食」は、幼稚園も大切にしている活動です。毎月の誕生会では3歳児、4歳児は季節の物をみんなで味わい、5歳児は調理活動を行っていますが、今のところみんなで食べることはまだ行っていません。森にたくさんなっているビワの実はおうちの人に採ってもらって持ち帰っておうちで味わってもらい、クワの実は手が届くところの実を自分で採って食べる、にとどまっています。

幼稚園も小学校もお弁当が始まったら、食べることでの感染リスクを少なくすることを学びながら、少しずつ「食」の取り組みができれば、と考えています。

まだまだ手探りの中、子どもたちの安全を第一に考えながら、できる限りの取り組みを行っていきたいと思います。

休校中でも手作りの教育、子どもたちがつながりあう学級通信 ~学級通信のタイトルに込めた担任の想い②~

和光小学校 校園長ブログ
kitayama2

3か月に及ぶ休校期間が、ようやく終わろうとしています。
私たちも突然の休校措置に戸惑いながらの日々でしたが、まさかこんなに長く子どもたちが学校に来ないことになるとは、始まった当初は誰も予想ができなかったことでした。
ご家庭でお子さんを見ていただくことになり、お仕事との関係など保護者のみなさまには大変なご負担をおかけしています。

3月末、新学期の始まりが遅くなることがわかった時から、家庭の中でも学習を進める方法を模索し、4月初めには教材や動画のオンライン配信が可能かどうかのアンケートを取らせていただきました。難しいご家庭には端末などの貸し出しをしながら、「家庭学習資料サイト」を活用してご家庭での学習を進めていただいています。
和光小学校は“実感を持って学ぶ”ことを何よりも大切にしています。子どもたちにも“本物”との出会い、“人”との出会いから学ぶことの価値を伝えたいと、日々の学習を進めてきました。このような和光小学校が教育づくりの中心にしてきた「直接の出会い」が、このコロナ禍で奪われてしまいました。一方で、長期にわたって家庭で過ごさなければならない子どもたちにどのように学習を保証するかが喫緊の課題として迫られる中、オンラインでの学習を行わざるを得ない状況になっていたのも現実でした。
教員たちが何度も協議を重ね、和光小学校が大切にしてきた「学び」に少しでも近づけるような学習を、ということが確認され、名称も「ネットを使った学習」として、各学年が準備をすることになったのです。

4月当初は5月連休明けの学校再開が予想されましたので、ネットを使った学習は復習を中心に、技術工作科や音楽科では一部新しい単元をおうちでやってみよう、という内容で配信しました。
緊急事態宣言が5月末までに延長されることになり、3月の残り課題を含め新年度の学習も配信することにしました。夏休み期間中の補講日などを設けたとしても、これ以上の足踏みは子どもの学びを奪ってしまうことになるのではないかと考えたからです。本来なら新しい教材と新鮮な出会いをし、仲間とともに学びあうことで広がりや深まりを生んでいくのですが、少しでもそのような学びに近づけるよう、各学年で教材研究をし、動画作成をしました。

つながりあう、ということでは、4月、新担任との出会いをするための「オンライン面談」を行いました。その中で、子どもたちどうしが出会いたい、という声が多く寄せられ、5月には「オンライン朝の集い」を行うことにしました。長い休校で生活リズムが乱れてきた、という心配の声が届けられたことも、朝、みんなで集うことの必要性を感じたことです。
ただし、1年生は入学したのち、直接出会うことを大切にしたいと考え、行っていません。
小学生なので、保護者の方のご協力なしには行うことができず、保護者のみなさんにはオンラインの「テスト」にも参加していただきました。一度にクラス全員が集うのは限られた時間の中では無理がある、ということで、最初は3つか4つのグループに分け、子どもたちは週に1回朝の集いに参加することになります。私を含めネットに不慣れな教員たちは、学習会を行い少しずつできるようになっていきました。
オンライン上での集いは、当初は予想もつかず、果たして成立するのか、という心配もありましたが、始めてみるとパソコンの画面上ではありますがお互いの顔を見ることができ、いつもの教室での朝の会のように、発表や友だちへの質問なども行われ、時折笑い声も聞こえてきます。最終週は、学年によっては何回参加してもいいとしていて、クラスの半数以上の子どもたちが集っていることもありました。
このようなオンラインでの朝の集いもいよいよ終わりです。来週からはリアルに集い、友だち、先生を身近に感じながらの学校生活が再開します。感染防止に取り組みながら、できる限りの教育活動を追求したいと思っています。
引き続き各ご家庭には多大なご協力をいただくことになりますが、どうぞよろしくお願いいたします。

小学校も4月から学級通信を配信しています。
各担任が通信のタイトルに込めた想い、ご紹介します。
<  >は、担任が学級通信で紹介したことばです。

1年1組 「きろろあん」
1年生はアイヌの勉強をし、いちょうまつりでは自分で刺しゅうをしたマタンプシ(はちまき)とテクンぺ(手甲)を着けてアイヌの踊りを踊ります。<アイヌのことばで“楽しい”とか“うれしい”という意味です。みんなでいっしょに学校生活を楽しもう!という想いをこめて>

1年2組 「さんぽ」
和光小学校の周りにはみんなで一緒に散歩に行きたいところがたくさんあります。<今はなかなか外に出られないけど、のんびり散歩しながらいろいろ見つけたいなって思いで「さんぽ」って名前にしました。> 暑くなってきましたがみんなで出かけられるといいですね。

2年1組   「ぼちぼちいこか」
<関西弁で「ゆっくりいこう」という意味です。今、世界や日本で大変なことが起こっていていろんなことに不安になったり、焦ってしまう人もいるかもしれません。でも大丈夫。ゆっくりゆっくりいこう。><頑張りすぎず、少し肩の力を抜いて、自分のペースで「ぼちぼちいこか」。> 担任もよく使っているそうです。

2年2組 「ハオハオ好好」
2年生は生活べんきょうで「世界の〇〇」に取り組みます。おうちで見つけた物を持ってきて交流し、そこから学習が広がっていきます。<中国語のいいね!にあたる好ハオからつけました。たくさんのいいね!があふれるクラスにしたいと思います。> 担任は中国語をたくさん覚えたのかな?

3年1組 「あそび~む・し」
<3年生は「あたらしいこと」がたくさんある学年です。><あたらしいことはどれも楽しいことばかりだよ。><3年1組の隣には「草やね屋上」があってすぐに遊びに行くことができます。> ぼくらのからだのすみっこに~♪と始まる『あそびむし』の歌にぴったりの3年生です。

3年2組 「ハズム」
<学校という場所がすごく魅力的で毎日楽しく過ごせるところになってほしいと思っています。みんなの心が“ばずむ”ようなクラスにしていこう♪そして「ハズムリズム PUFFY」の歌詞にもあるように、クラスの誰かがみんなに話したいことがあったら、紅茶を飲むときのように、ゆったり暖かい気持ちで聞きあえるようなクラスになったらいいな~>

4年1組  「アシアト」
<「足跡」は「人が歩いて行った道筋」や「その人が成し遂げてきた記録」を意味します。><1人1人進む道、進み方、進んだ先も様々あるでしょう。そんなみんなと一緒に歩んだ先で振り返った時、どんな”アシアト”があるのか・・。自分たちが刻んだ”アシアト”を大切にしたいという想いでつけました。>

4年2組 「歩いて行こう!!」
<実はね、私は和光小学校で4年生を担任するのは初めてなの。だからね、いっしょにゆっくり歩きながらいろんなこと見つけていくのが楽しみなんだ。みんなは何が楽しみかな?> 鶴小では4年生を受け持ったことがありますが、多摩川の学習は初めてだそうです。

5年1組 「らん♪らん」
学級通信では「らん♪らん」に込めた想いをシリーズで伝えました。<「①楽しいひびきだから! ②こちょうらんという花があって、その花言葉は「幸せを運ぶ」だそうです! ③らは、漢字の良から生まれたひらがなです。より良い方向へ向かっていきたいな、と思っています。」>

5年2組 「おもしろやほー」
<子どもたちは本当に「面白い」です。その面白さをみつける、みとめる、受け止められる大人でありたいと思います。大森み神楽の唄の中で「面白やホー」という囃しことばが何度もうたわれます。そんな思いで通信のタイトルにしてみました。> 5年生は岩手県衣川村の「大森みかぐら」を踊ります。

6年1組 「命こそ宝」
<「命こそ宝」は沖縄の方言ではありませんが沖縄の人たちが戦中と戦後を通してつかみとったとても大切な言葉です。>< 「命こそ宝」は沖縄本島北部に浮かぶ伊江島の阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)という農民 が書いた本のタイトルです。> 阿波根さんのこと、「命どぅ宝」の歌詞についてシリーズで伝えました。

6年2組 「誇らしゃや」(ふくらしゃや)
<琉球古典音楽の「かぎやで風節」の歌詞からとった言葉です。「今日ぬ誇らしゃや 何にぎゃな喩る 蕾で居る花ぬ 露行逢たぐとぅ」『今日の喜びを何に例えて表せばいいものか、まるで花の蕾に露がついて花開くようだ』><みんなで学ぶ喜びを大事にしたい、一人ひとりの成長や活躍をみんなで喜びたい、という思いを込めました。>

学校、幼稚園と家庭をつなぐ学級通信 ~学級通信のタイトルに込めた担任の想い①~

和光小学校 校園長ブログ
kitayama2

青葉がまぶしく輝く季節になりました。ふつうなら、小学校は月末の運動会に向けて子どもたちも教師も初夏の日差しを浴びてグランドを駆け回っているのになぁ・・・ 幼稚園の子どもたちも井戸から水を汲んではだしで砂場に大きな山を作ったり、芝生の広場を駆け回っているんだけどなぁ・・・ がらんとした校舎、園舎、グランドを眺めながらそんなことを思っています。
新学期が始まると動き始める親和会(PTA)活動も止まったままです。

和光学園は「日本一の学校を創りたい!」という願いを持った父母のみなさんの力によって誕生した学校です。創立当初から子どもを真ん中に、父母のみなさんと学校が力を合わせて「三位一体」での教育づくりを進めてきました。
ほぼ1か月に1回開かれる学級親和会では、授業のこと、子どもたちの様子がリアルに語られます。そして、担任は、学校と家庭、子どもと子ども、家庭と家庭をつなぐために学級通信を発行します。

和光幼稚園も和光小学校も学級通信には子どもたちの名前がたくさん出てきます。いいことだけではなく、時には子どもたちどうしのトラブルも、クラスの中で話し合わなければいけなくなったような出来事も、学級通信で取り上げることがあります。
私も三十数年の担任時代、せっせと学級通信を書きました。
この通信で誰に何を伝えるか、ということをはっきりさせた上で担任は原紙に向かいます。幼稚園では遊んでいる子どもたちの様子はもちろん、担任が捉えた子どもの表情、ちょっとしたことばから感じ取られることも。小学校では行事に向かっている子どもたちの姿、算数の討論でこんなやりとりがあった、文学作品の読みの授業の流れ、授業を終えての子どもたちの振り返りの紹介、子どもたちがもめたこと、けんかになったこととその解決のための話し合い・・・・・・ 一時間の授業を終え、一日の生活を終えるとこれを伝えたい、と思うことが次々と出てきます。
あの子のあのことば、この子のこの動き、あの子とあの子のこの関わり、と浮かんできたものを通信として仕上げていきます。
幼児、低学年のあいだは主におうちの方に伝えたい、ということが多いのですが、中学年ぐらいからは子どもたちに向けてのメッセージとしての役割が大きくなります。
時には「教科通信」となることもあり、前の時間の討論の様子とその授業への感想を次の時間に通信で紹介するところから授業展開していくこともありました。低学年で“ことばあそび”に夢中になったクラスでは、友だちの発表に刺激を受けて自分もやってみよう、という子どもが次々と出てきて、友だちが作った作品は通信で紹介すると手元で改めて眺めている姿も。

今年は子どもたちに会うことがかなわないまま2か月が過ぎようとしています。それでも子どもたちへのメッセージを届けたい、子どもと子ども。家庭と家庭をつなぎあわせたい、という願いを込めて、各担任は学級通信を書きます。幸いにもメールで配信するという方法がありました。子どもたちやおうちの方々からは返信をいただき、「せんせい、あのね・・・」で始まる「あのねのーと」、3年生以上は日々の生活の中で感じたこと、考えたことを書く「生活ノート」、見つけたもの、こと、作ったもの、などなどが、中には写真も添えて届けられます。担任は届いたものを学級通信で紹介し、友だちの姿に刺激を受けた子どもが返信を届ける・・・・ 休校中ではありますが、このような形でクラスの仲間たちがつながりあっていく様子が伝わってきます。

幼稚園は1回目のオンライン面談を終え、来週は2回目のオンライン面談を予定しています。小学校は4月に行ったオンライン面談で新担任との顔合わせを行い、今週からはクラスをいくつかのグループに分けて“オンライン朝の集い”を開始しています。子どもたちは週に1回、“朝の集い”で担任とクラスの人と出会い、オンライン上ではありますが、顔を見て話をします。
幼稚園は「動画サイト」に配信された先生たちからの動画を見て園生活を思い出し、小学校は「家庭学習資料サイト」に日々配信されている授業動画、プリントで学習に取り組む毎日ですが、再開までの日々、それぞれのご家庭、子どもたちに、少しでも学校、幼稚園の風を届けたい、と願っています。

今年も各クラスの学級通信のタイトルと担任の想いをご紹介します。
今回は和光幼稚園、各クラス、各グループの学級通信です。
<  >は、担任が学級通信で紹介したことばです。

にじグループ  「いろいろ」
<今年の通信は「いろいろ」。縁あってにじグループになったみなさん。虹のようにたくさんの色をだしたり受け止めたりしていけたらいいなぁなんて思って決めました。> 第1号のタイトル、カラフルでした。

かぜグループ  「しゃくなげ」
花組を担任する時はいつも花の名前にしているという担任。山登りが好きで、亜高山帯の林や稜線に自生するという アズマシャクナゲにしようと思ったそうですが、<マイナーすぎるので、ただのシャクナゲにしました。>とのこと。第1号には鮮やかなアズマシャクナゲの写真が載っています。

そらグループ  「テヌート」
音楽用語で「その音を十分に保って」、つまり、その音を通常より気持ち長めに弾く、という意味です。<私はテヌートには「その音を大切に」「あっさり通り過ぎないで」「一音一音心をこめて丁寧に」というイメージを持っています。>「1日1日大切に」「一人一人と心を通わせて」という意味を込め、<一人一人とテヌートで関わっていく1年にしたいです♪>

月1組   「いってきまーす!」
当たり前にしていたことができなくなって、今までの日常がかけがえのないもの
に感じている、という担任。<幼稚園に向かって家を出発する時に、、、おうちの人たちと別れて幼稚園で遊び出すときに、、、今年は「いってきまーす」と言えることが嬉しい一年になったらいいな>という願いを込めて。<でも、きっと離れぎわに泣いて、爽やかな「いってきます」ばかりじゃないと思いますが、、、笑>

月2組  「がちゃがちゃどんどん」
同じタイトルの絵本があります。<月組の1年、がちゃがちゃしながらどんどんと楽しい感じで行きたいなーと。(そのままですね~)その様子がおうちの方に伝わるような通信を書いていきたいなと思います。> 担任は、これまでの通信名の中ではたぶん最長の文字数だとか。

星1組  「今年は特別!」
一年間、タイトルに込めた願いやイメージを意識して生活するという担任、<そこで今年は・・・「今年は特別!」でいこうと思います。><マイナス面ばかりが先立ってしまいますが今年ならではのことがいくらでもみつかるはず。そして、普段はダメだけど、今年は特別だもんね!みたいな感じでできることもたくさんあるのではないかと思います。そう考えるとちょっとわくわく。>

星2組  「アウラ aura」
フィンランドの言葉で「たがやす」という意味だそうです。<子どもたちの幼稚園での生活を思い返している時、“友だちと繋がりながら、耕せ自分”という言葉が頭に浮かびました。人との関わりや繋がりの中で、自分を耕していく…。幼稚園の生活が子どもたちにとって、そんな時間になっていくといいなぁと思っています。>

子どもたちが集い学ぶ学校の再開を願って ~2020年こどもの日と“アンネのバラ”~

和光小学校 校園長ブログ
kitayama2

わが家の玄関先の植え込みの中に、今年も“アンネのバラ”が鮮やかに咲きました。鶴小に勤務していた頃、同僚のK先生が、欲しい人に、と株分けして下さったものです。園芸に疎い私に替わって夫が世話をし、毎年この時期になると深紅のつぼみから開花するにつれて橙、黄、黄金色に変わっていく色を楽しませてくれます。 (さらに…)

“雲になごむ光、をさなき我が空” ~和光学園校歌に寄せて~

和光小学校 校園長ブログ
kitayama2

和光学園が誕生したのは、1933年(昭和8)11月10日です。
<その日の朝、空は青く澄みわたり、陽は燦然と輝いていた。東京世田谷の経堂駅の南へ徒歩数分のところにある“大橋”のたもとにあった予備校の玄関前に、7名の教師と33名の子ども、そして父母たちが集まって小さな私立小学校を発足させたのだった。敷地もなく校舎もなく、そのうえ学校の名すら未定のまま、教師と子どもと父母だけで新しい学園をつくったのだった。>と『和光学園五十年』の冒頭にあります。
“大橋”とは、現在の「経堂駅入口」の信号のところです。当時、城山通りは川であり、その上に“大橋”がかかっていました。私が和光学園に赴任した頃、町名版はまだ「経堂大橋」でした。
敷地もなく校舎もなく、学校の名前すら決まっていないところで、新しい学校を創ろう、と集った7名の教師と33名の子どもたちとその父母たち。校長に予定されていた吉田慶助氏は、そこで「メイフラワー号」の話をしたと言います。300年前、自由の天地を求めて新大陸アメリカに渡った清教徒たちの話でした。舟に乗って新しい天地の開拓に志した人々の希望と決意を、新しい学園をつくるためにそこに集まった人々と共有したいと願ったのでしょう。

1933年といえば近代日本の歴史における激動の年でした。前年にはいわゆる五・一五事件で犬養首相が青年将校により射殺され、この年の3月、日本は国際連盟を脱退し国際的孤立を深めていきます。ドイツでヒトラーを指導者とするナチスが政権を獲得したのはこの年の1月でした。教育労働運動や民間教育運動が厳しい弾圧を受けるに至ったのもこの年で、「滝川事件」が起こり、学問の自由と大学の自治が強力なファシズム権力に押しつぶされてしまうことになります。
そのような時代背景の中、「成城学園事件」といわれる事件が起こりました。和光学園はその過程で誕生することになるのです。
成城学園は、前京都帝国大学総長、沢柳政太郎氏によって、1917年、わが国初の教育改造運動の「実験学校」として創設されました。そして大正デモクラシーの潮流に支えられて展開し、自由教育のメッカとしての役割を果たしてきたと言われています。
1933年春から秋にかけて、その成城学園で「紛争」が起こります。高校生、父母たちも巻き込んでの事件となり、警視庁捜査課、文部省、府学務課(当時は東京府)が乗り出すまでになりました。事件を嘆いて、父母の一人であった北原白秋は数多くの歌を詠んでいます。

このような状況の中、9月20日、弘重寿輔を仮委員長とする「新学園設立準備委員会」は、成城小学校の全父母に新しい学園をつくるための呼びかけを行いました。
この時集まった父母たちがどのような思いで新しい学園の構想と理念について語り合い、学園設立への熱意を高めていったのかは、またの機会にご紹介したいと思います。
呼びかけを行った5日後の9月25日、全児童約400名のうち250名の退学届が一挙に成城小学校長宛てに提出されました。大部分が新学園設立の呼びかけに応じてくれるかと期待したのですが、新学園の設立に集うのは、7名の教師と33名の子どもたちとその父母たちとなり、吉田慶助氏を校長に迎えて、まことにささやかな規模での新学園の発足となりました。

校地を「世田谷区世田谷四丁目六二五番地」に選定したのは12月初旬のことでした。周りには麦畑が広がっていたと言います。地鎮祭のときは冷たい北風が吹き、参列者は襟をそばだてました。この学園の発展を心から期待していた北原白秋も建設現場にしばしば足を運んだということです。
当時を思い出して吉田慶助氏は次のように書いています。「材木が運び込まれた時の子どもたちの喜びはたとえようのないものだった。和光の名前が私の頭にひらめいたのも、この前後である。いつものように何か考え事をして大橋の袂へさしかかった。と朝の太陽が和やかに輝いて私の心を射た。和光、と思わず叫んだ、のがそもそもの起こりである。」(『和光』1934年7月発行 新仮名遣いにしています)
<吉田は東北帝国大学で哲学を学び、漢学の素養もゆたかな人であったから、「和光」ということばが、中国の古典『老子』にある「和其光同其塵」、すなわち「和光同塵」に由来している、ということを熟知していたにちがいない。それは「自分の知徳の光を和らげ隠し、世の塵俗の中に混じていること」を意味しており、彼の謙虚で実直な人柄にもなじむことばであった。>と中野光(あきら)氏(元和光大学教授)は『和光学園五十年』に書いています。
和光学園の校舎が落成したのは、明けて1934年(昭和9)3月20日、その3日後の23日に東京府知事により設置認可の通知がありました。4月2日には新校舎への移転が完了、記念植樹がなされ、4月5日に小学校の入学式、4月20日には幼稚園の入園式が行われます。そして4月29日には「和光学園開校祝賀式」が挙行されました。そこで披露されたのが、北原白秋作歌(作詞)、山田耕筰作曲の「和光学園校歌」です。

私が和光学園に赴任した頃は、入学式や卒業式には「ひとつぶの種」が歌われており、11月の創立記念日の頃、「和光学園には校歌があります」としてこの校歌が紹介され、音楽の時間に歌ってみる、ということが行われていました。
「和光学園校歌」を歌うたびに、新学園創立に希望の光を見いだした当時の教師、父母たちの願いが迫ってくるのでした。

和光学園校歌

作歌 北原白秋
作曲 山田耕筰

1.雲になごむ光、
をさなき我が空、
梢窓に見えて
新し、すべて明れり。
つどえよ、きそへ、われら。
かがやけこの丘、
和光学園。

2.土に映る光、
をさなき我が影、
育つものは伸びて
豊けしかをるまごころ。
磨けよ、学べ、われら。
かがやけこの丘、
和光学園。

3.常にあほぐ光、
をさなき我が夢、
瞳日々に燃えて
勇まし友と正しく。
鍛へよ、努め、われら。
かがやけこの丘、
和光学園。

みなさんにお聴かせする機会がありましたら、その時また。

和光小学校の資料一式を無料送付いたします。

資料請求する