校園長ブログ

「“てぃんがーら”は天の川」 「“てぃーだかんかん”は太陽さんさん」 ~学級通信に込めた想い その3~

和光小学校 校園長ブログ
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連休明け、小学校は一気に運動会モードでのスタートです。9日は両クラスとも1年生から6年生までが顔を合わせるチーム集会が行われ、6年生のチームリーダー、5,6年生のサブチームリーダーが集会を運営します。限られた時間で行われる集会を有効に進めるため、リーダー学年の6年生は低学年を迎えに行きました。6年生の担任から「わからないことは何でも教えてくれるので6年生を頼りにしてください」とのことば通り、チームリーダーたちが相談しながら20分の集会を進める頼もしい姿を見せてくれました。

そして5年生は会場係、用具係、得点係をクラスで受け持ちます。会場係となった2組は、当日まで毎朝8時からグランドの整備とライン引き。練習を滞りなく進めるための仕事も、高学年になると担当します。

運動会の取り組みが始まると、時には練習の振り返りや作戦を載せることもある学級通信は、相手チームの教員に配られないこともあります。学校中が「1組」と「2組」に分かれる3週間、今年は学校説明会でも子どもたちの姿を見ていただくことにしています。

4年生から6年生の学級通信のタイトルを紹介します。


41組「あの青い空のように」
みなさんご存知の歌のタイトル。通信第1号に「趣味はギターを弾いて昔の歌を歌うこと」と自己紹介した担任からは始業式の学級びらきでこの歌を弾き語りしました。4年生は総合学習「多摩川」に取り組みます。何度も通うことになる多摩川に行く日が晴れますように!との願いを込めて。

42組「アツクアレ!」
担任おすすめの曲「OH!」(SHISHAMO)より。歌詞の中の「ダサくて何が悪い」に、<全力で頑張った時、もし失敗してもこう思えると楽だな~><ダサくなりたくないと思って色々なことにチャレンジできないのはもったいない!4年生の学習はあつくなればなるほどおもしろいです。>というメッセージを込めて。

51組「バス停」
高学年の学習は「かくされたナゾ」をみんなで解き明かしていくこと、からだもこころも大きくなる時期に<バスは早すぎず遅すぎず、ちゃんと進む。車窓も楽しい。バス停でのびり待つのもいいもの。時間通り来ないこともあるけど、いつかは来る>とタイトルに込めました。

52組「味わう」
「食」に取り組む5年生。<食べることってゆっくりもできるし速くもできる。1人でもできるしみんなでもできる。><においをかいだり舌触りや食感も確かめながらゆっくり味わってみよう。1人で食べたときには気づかなかったこともみんなとじっくりと味わうと見えてくる>そんな1年にしたいとの願いを込めて。

61組「てぃんがーら」
春休みに下見に行った沖縄の話を交えながら学級びらきが始まります。ウチナーグチで「天の川」という意味のタイトル。<天の川は一つひとつの星の集まり。一つひとつの星が輝きながらも、集まることで輝きが増す。>そんな希望を込めて。<勉強も行事も、この6-1のみんながあってこそ広がり深まります。一人ひとりが力を発揮して、それをお互いに受け入れて認め合っていくことで、自分もクラスも高まっていくのだと思います。>最高学年へのメッセージです。

62組「てぃーだかんかん」
「てぃーだ」はウチナーグチで「太陽」、タイトルは「太陽さんさん」です。<今年1年、太陽のように明るく輝いているみんなの姿を楽しみにしています。そして、キャンプや行事が全て晴れますように!>と、タイトルに込めました。そして、<和光小最後の一年間をつくっていくのは、あなたたち一人ひとりの力です。とっても楽しく充実した一年にするのか、そこそこ楽しく過ごすのか、つまらなくするのかは、自分次第です。>“日本一忙しい6年生”へのエールです。

「アイヌのことばで“大きくなる”」 「どんなことも“みんなでいっしょに”」 ~学級通信に込めた想い その2~

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5月が近づいてきました。幼稚園では先週の「新しい子どもを迎える会」に続き、今日は「子どもの日集会」。昨日星組(5歳児)が遠足で掘ってきたタケノコで、先生たちがたけのこご飯を炊き、春を味わいました。

小学校は1か月後に迫った運動会に向け、高学年ではチームリーダーたちが選ばれ、先生たちは道具の点検など準備を進めています。

学級通信も各クラス二桁目に入ろうとしています。

今回は、1年生から3年生までのタイトルを紹介します。


11組「ルㇷ゜ネ」

ルㇷ゜ネとは、アイヌ語で「大きい、大きくなる、成長する」という意味だそうです。<かわいい音のひびきに一目ぼれでした>と担任から。教室には『11ぴきのねこ』が壁一面に描かれています。入学式を前に6年生が作ってくれたものです。担任が準備したネコのぬいぐるみを抱いて休み時間を過ごす子どもの姿も。

12組「みんなでいっしょに」

アーノルド・ローベル作『ふたりはいっしょ』から発想して「みんなでいっしょに」にしました。<どんなこともいっしょにやっていきたいと、想いを込めました。>という担任の願いを受け、時にはケンカもするけれど大の仲良しのガマくんとカエルくんを6年生が教室に表現しました。

21組「ミルミール」

2年生は生活べんきょうで「世界の〇〇」に取り組みます。ミルミールはウクライナ語で“世界に平和を”という意味です。<世界に目を向けていろいろな発見をしてほしいです。そして早く世界に平和がおとずれますように。>という担任からのメッセージがこもっています。

22組「うたえばんばん」

担任そっくりの人形「こまさしくん」を操りながら「うたえばんばん」をうたって学級開きを行いました。<はやくバンバン歌える世の中になることを願って!>と担任から。1年生の冬、麦をまいた時に描いた絵カードが教室に飾られ、生活べんきょう「麦からパンへ」に期待をつなげます。

31組「カラフル!」

クラス替えをした3年生は、教室が中高学年棟の3階になり、社会科、理科、工作技術科が始まり、気持ちも新たに4月を迎えています。そんな子どもたちに<いろいろな子どもたちがいて、その子の持ち味を発揮し、受け止め、理解しあえたらいいなという想いを込めて>と担任からのメッセージです。

32組「フラワー」

1号で工藤直子さんの詩「はなひらく」をプレゼントした担任からは、<子どもたち一人一人に、それぞれの色の花を咲かせてほしいということ、それぞれ違う仲間の色も大切にしてほしいという願いを込めました。>1年生へのプレゼントのわりばしでっぽうを、新しいクラスメイトと飛ばして楽しんでいました。

「みんなにとって居心地のいい環境を いっしょにつくっていきたい」 ~学級通信に込めた想い その1~

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入園式、入学式から10日経ち、新入園の子どもたちのお弁当も始まりました。1年生はえんぴつを持ってプリントに向かうのがうれしそうです。

今年も、幼稚園、小学校ともに各クラスの学級通信のタイトルを紹介します。

今回は幼稚園です。

それぞれの担任が通信第1号に名前の由来を載せます。今年はほぼ編集なしでそのままご紹介します。名前の由来の紹介文の長さに関わらず、この1年の子どもたちとの日々への期待と願いはたっぷりと通信の中に込められています。


・にじグループ「ひゅっげ」

通信名は『ひゅっげ』(Hygge)にしました。デンマーク語で「居心地のいい空間」や「楽しい時間」と言う意味があります。「人と人とのふれあいから生じる温かく居心地の良い雰囲気」と書いているものもありました。世界的なブームもあって、耳にしたことがある方もいるかと思います。日本語だと「ほっこり」や「まったり」という表現の方が感覚的にしっくりくるかもしれません。にじグループの子どもたちと、そしてお家の方と一緒に過ごす時間を楽しみたい、みんなにとって居心地の良い環境を一緒につくっていきたいという願いを込めて決めました。親和会や通信を通して、みんなで子どもたちの成長を見守り、楽しんで見ていけたらいいなと思っています。合言葉は『ひゅっげする!』です!!

・かぜグループ「マカニ」

「マカニmakani」は、ハワイの言葉で、「風」という意味です。ハワイ語には、「雨」や「風」を表す言葉が、わかっているだけで300400あるとか・・・。「風」を表す言葉だけで2000以上!!という説もあるそうです。「風」といってもいろんな風がある。自然と共に生きている島・・・ハワイならでは・・・ですね。学級通信「マカニmakani」には、私の目線で見た、感じた・・・かぜグループの子どもたちの日々の様子、お母さんやお父さんから寄せられたメールを紹介したり、私の思いを書いたり・・・大人同士の交流の場としても大事にしていきます。幼稚園という小さな社会の中で、子どもたちは人との関わりを、いろんな「マカニmakani 風」を感じていくことでしょう。花の香りが漂う風、柔らかい風、突風、雨まじりの風、さわやかな風、冷たい風、やさしく背中を押す風・・・。風を浴びて、風を感じて、自分らしく幸せに生きる子ども時代を過ごしてほしい・・・そんな願いを込めました。そして、私たち大人も、いろんな「マカニmakani 風」をおもしろがって、過ごしていきましょう!!      さぁ、はじまり、はじまり~♪

・そらグループ「こもれび」

木漏れ日を見ると、肩に入っていた力がすっと抜けて、ふうーっと深呼吸したくなりますよね。この春、保育室の準備をしている時、花組のテラスにいると、暖かな日差し、そこから見える森の緑がなんて気持ちよい場所なんだろう、、、。同じ幼稚園にいても、クラスによって見える景色が違う!!!!これから幼稚園に入ってくる子どもたちと毎日、この景色を見ながら過ごすのだなー、早く子どもたちに会いたいー!と思いながら準備をしました。“マスクもしなきゃだめ““行きたいところに自由にでかけられない”なんとも息苦しい生活が続いていますが、幼稚園生活での、我が子の変化や、友達との関係が広がっていく姿を喜びあったり、同じクラスの大人同士の交流を通して、ふっと力が抜けるような時間を一緒にすごせたら良いですね。日差しガンガンだと暑すぎてぐったりしちゃいますよね。木々の合間から優しく照らす木漏れ日のように、子どもたちがはじめての幼稚園で、少しずつ楽しいことを見つけて、少しずつ友達と過ごすことを心地よく感じて欲しい。そんな願いも込めて。

・月1組「やれやれ」

花組の時の学級通信では、いろいろある子どもたちの全てを「わっはっは」と笑って見守りたいと願い「わっはっは」と名付けていました。今年も、わっはっはと笑いながら!でも、時には「やれやれ」って感じなんだろうな。でも、やれやれって思うと気持ちは楽になりますよね。子どもたちの日常を気楽に楽しく見守りたい、そんな願いと・・・もうひとつは、子どもたちよ!今のうちにどんどんやれやれー!!という願いを込めて・・・月1組の通信は「やれやれ」にします。お家の方からのメールもたくさんまっています。楽しい一年にしましょう!!! 楽しくなる気しかしない 

・月2組「いいからいいから」

学級通信は 「いいから いいから」です。絵本の「いいから いいから」が大好きで今年は絵本の名前からつけました。絵本のおじいちゃんの「いいから いいから」となんでも言ってドシーンと構えている感じがおもしろいです。読む機会があったら読んでみてくださいね。子どもたちもこれからたくさんいろいろなことをやっていくと思います。が、その都度、「いいから いいから」と慌てず構えて関わっていけたらいいなと思います。

・星1組「きょうがきた」

月組の 3 学期に子どもたちと歌った「きょうがきた」という歌。(谷川俊太郎作詞・林光作曲)子どもたちの歌声がとっても素敵だったのですが、歌詞もいいのです。これから始まる星 1 組の子どもたち、そして星組の生活を思った時に「あ!通信のタイトルにしたいな」と思いました。今日という日を、そして明日を楽しみに過ごす毎日でありたいです!

・星2組「ほしくさ」

花が咲いている様子が星に見えるからこの名前にしました。(学級通信ではきれいな写真付きです)

「和光小学校には優しい人しかいないよ」 ~2022年度 和光小学校入学式 式辞~

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入園式、入学式から1週間経ちました。

幼稚園は、昨年度から初めの3日間は親子分散登園でゆっくりと園生活を体験することにしたこともあり、3歳児花組の子どもたちは慣れない場所でもあまり不安にならずに過ごしているようです。

一方で1年生は低学年の靴箱のところで「バイバイ」とちょっと不安そうにお母さんに手を振る人がいるかと思えば、小学校の玄関で「ここで大丈夫」と、スタスタと歩いて行く後ろ姿をじっと見つめるお父さんの姿もありました。

入学式で手を引いてくれた6年生は、翌日から1年生の教室で出迎えて朝の支度を手伝ってくれたり遊んでくれたり。上級生に優しく声をかけてもらい、小学校生活がスタートしています。

412日の入学式式辞をご紹介します。


1年生のみなさん、入学おめでとうございます!

和光小学校の桜は、ちょうどみなさんが入学するのを待っていたように満開になりました。もう1本、キクモモの木もきれいなピンク色の花を咲かせてみなさんの入学をお祝いしているようです。

1年生のみなさんの入学を、学校中の人たちが楽しみに待っていました。

いつもはこの会場に、2年生から6年生までのお姉さん、お兄さんたちが参加するのですが、今年もまだコロナが心配なので、和光小学校の子どもたちを代表して、一番年上の6年生と一つ年上の2年生が参加しています。6年生の人たちは玄関で待っていてくれて教室でいっしょに遊んでくれたと思います。ペアのお姉さん、お兄さんと仲良くなりましたか? 教室の壁にステキな絵があったでしょう。それも6年生の人たちが作ってくれました。ここまで手をつないで入ってきた6年生は、これからも一緒に遊んだり、学校のことを教えてくれたり、みなさんのことを見守ってくれることでしょう。

2年生は、隣の教室で顔を合わせることも多いと思います。1年生のみなさんにステキなプレゼントを作ってくれています。仲良くなってくださいね。

後ろの壁に、「たのしいわこうへようこそ」と書いてあるでしょう。「ようこそ」というのは、この和光小学校へ来てくれてとってもうれしいです、という気持ちが込められています。そして、みんなの後ろに書いてあるのは「にゅうがくおめでとう」。この体育館のことばを作ってくれたのは5年生のお姉さん、お兄さんたちです。5年生はこの会場のシートを敷いたり、イスを並べたりして準備をしてくれました。3年生、4年生もプレゼントを準備していっしょに遊ぶ日を待っています。楽しみにしていてくださいね。 3年生、4年生、5年生は、今日はおうちからオンラインでこの入学式の様子を見ています。 学校中の人たちが、今日のこの日を迎えるために、みなさんのことを思いながら心を込めて入学式を準備しました。

これからみなさんは和光小学校の1年生です。小学校に入るとたくさんのことを学びます。“学ぶ”ということは、知らなかったことがわかるようになる、ということです。できなかったことができるようになる、ということです。だから、ワクワクする、とても楽しいことです。

去年の1年生、つまりみんなの前に座っている2年生が、1年生の最後に書いた作文をまとめたものを紹介します。Jちゃんは「どきどきのにゅうがくしき」という題名でこんなことを書いています。「最初は先生がこわいかと思ったけどとても優しくて学校が大好きになって、毎日学校が楽しみになっちゃった。いろいろ学校で体験できて学校がもっと好きになっちゃった。和光小学校に入学してよかったと思ってます。入学する時はとても恥ずかしい気持ちだったけど、どんどん楽しい毎日が続いてとても楽しいです。・・・入学式の次の日、雨が降ってて上履きを履き替えるところがわからなくなってないちゃったけど、誰かが教えてくれたよ。やっぱ、和光小学校はいいな。6年生のペアの人といっしょに折り紙をしたよ。Jがオリジナルのダイアモンドを教えたよ。和光小学校には優し人しかいないよ。」

みんなも今ドキドキしているかもしれませんね。

2年生のTくんの作文には、「暑い日、プールに入るのが楽しみだった。少しずつ技もできるようになってきた。・・・アイヌ料理を食べてたら何回もおかわりをしたくなったよ。鮭って全部食べれるんだね。例えば頭、それにイクラ。また食べたいなー。・・・小刀でお箸を作るのはちょっと固かったけどすごく楽しかったよ。箸のかどっこもすべすべになった。簡単にトマトもつかめたよ。」 1年生になったらアイヌのことを学んだり、ナイフを使って木を削ってお箸も作りますよ。

Nちゃんは、「初めての算数で、9の字を書くときすごく書き順が難しかったから手がぶるぶるしたよ。二学期はたし算をやったからうわー、もうにこもこんなに計算をするんだなぁ~って思った。ひき算をやった。楽しいよ。」

早く勉強したいなぁ、と思っているでしょう。1年生になると、「算数」や「国語」という勉強もあってとっても楽しいです。このカルタも2年生の人たちが1年生の終わりの頃にみんなで作って遊んだものです。「かえるがかばんにかみついた」とか「おにぎりおいしいおちゃがすき」とか、自分たちでことばも考えて絵も描きました。1年生になるとみんなでこんのものを作ることができるようになるのですね。

和光小学校は、なんでかなぁ、不思議だなぁ、と思うことを仲間といっしょに調べたり、考えたり、試してみたりすることがいっぱいあります。そしてたくさんの発見があります。一人だとよくわからないことも、クラスの仲間、先生と一緒に考えるとわかってくることもありますよ。

さあ、今日からみんなは和光小学校の1年生です。

“なぜかな?”“ふしぎだな”と思う気持ちを大切に、なかまといっしょにたくさん学び、たくさん遊んで、こころもからだも賢くなっていって下さい。

2022年4月12日 校長 北山ひと美

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和光小学校を巣立っていくみなさんへ ~2021年度 卒業式 式辞~

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今年も満開の桜の中で新年度を迎えようとしています。コロナと共に生活する日々は3年目を迎えました。

この春、立派に卒業していった子どもたちに心からのエールを送りたいと思います。コロナの中で迎えた3回目の卒業式式辞です。


4年生3学期、最後の一ヶ月を突然の休校で奪われ、そのまま高学年のスタートの2ヶ月も休校、ようやく再開した学校生活もしばらくの間は分散登校でした。総合学習「食」は調理活動ができない中で始まり、授業も休み時間もお弁当の時間も、「感染対策」が最優先となる学校生活、それでも友だちと会えず、みんなといっしょに授業を受けることができない自宅で過ごす日々よりはいい、とよく我慢してくれました。今年、20223月に和光小学校を卒業していくみなさんの姿を、特別な想いで見つめています。

小学校6年間のうち3分の1がコロナ禍に見舞われ、今日のこの卒業式もマスクのままみなさんを送り出さなければならないこと、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

そんな高学年の生活の中で、できることを精一杯頑張っている姿を何度も目にしました。去年の5月、「話があります」と校長室に詰めかけた数名の6年生から手渡されたのは、「運動会で騎馬戦をやりたい」という「嘆願書」と「署名」でした。署名用紙は白い紙に定規で線を引いた手書きのもので、高学年4つの教室を回って対話をしながら集めたのでしょう、鉛筆の文字がこすれている部分もありました。「コロナで騎馬戦ができないことはわかるけれど、私たちは5年生の時もできなかったんです。このままだと和光小学校で騎馬戦を経験しないまま卒業することになる。そうなったら和光小学校に入った意味がなくなるんです!」と涙を流しながら訴えたNさんのまなざし、いっしょに来た6年生たちの真剣な表情は、今でも私の目に焼き付いています。

その時私の胸に浮かんだのは「あこがれ」ということばです。毎年の運動会で繰り広げられる競技を、自分がこの学年になったらやるんだ、という気持ちで見つめ、上級生たちの姿は「あこがれ」となって胸に刻まれてきたのでしょう。

これは、いちょうまつりの商品作りや民舞、げきの会、うたの会での表現、美術展、技術展で目にする作品も同じなのだろうと思います。そうして「あこがれ」てきたものが、コロナというまったく理不尽な理由によって奪われてしまったことへの悲しみ、怒りを乗り越え、何とかして実現できないものかと考え、行動に移した6年生の姿に、ほんとうに心打たれました。

このときは緊急事態宣言中でもあり、組み合う6人の子どもたちにサポートする3人の先生たちを加えると、どう考えても「密」にならざるを得ない騎馬戦を行うことができない、と返答するしかありませんでした。その答えも、冷静に受け止め、それならば、と新しい競技を考え前を向いて進んでいったみなさんの後ろ姿はとてもまぶしかったです。

理不尽な理由によって奪われてしまうこと、今、まさにウクライナで起こっていることに世界中の人たちが心を痛めています。みなさんはこの1年、「沖縄」を学び、学習旅行では77年前に起こった沖縄戦のことを玉木利枝子さん、島袋淑子さん、中山キクさんから、体験した方のことばとして、戦争が大切なものを奪い去っていくことを伝えられました。沖縄ではガマに入り、オスプレイの並ぶ普天間基地や新基地建設のための埋め立てが進む辺野古の海を目の当たりにし、伊江島では怒りに満ちた謝花悦子さんのお話を聞きました。かつて戦場であったその場に身を置き、空気を感じ取り、当時のことを想像しました。「戦争は人災」であるという川満先生のことばを実感として胸に刻んだことと思います。

そのみなさんが、日々ニュースで目にするウクライナのことを、“痛み”とともに感じ取っていることが、授業の振り返りで書いていることばから伝わってきました。その中には、自分たちと同じ年代の子どもたちに思いを寄せていることばもあります。当然のことですが、戦時下であるウクライナの子どもたちは学校に通うことができていません。地下通路や地下室で生活するしかない子どもたちも多くいます。長い休校を経験した私たちは学校に通うことができない辛さを知っていますが、さらに、砲弾が飛び交う音、爆撃音を耳にしながら生活することはどんなに怖いことでしょう。

みなさんは社会科や「沖縄」の学習の中で“情報”についても学んできました。今、ロシアでは戦争遂行に都合の悪い報道はしてはいけないとされ、政府に反対するジャーナリストは口をつぐむしかないという状況です。かつて日本が戦争をしていた時代もまったく同じことが行われ、ほとんどの人は「大本営発表」を信じ、新聞、ラジオはうその情報を流していたのです。戦争が行われるというのは、こうして真実の情報を奪われることであり、その中で私たちは簡単に戦争に巻きこまれていくのだということも学びました。

そういう私たちも、今、目にし、耳にしている情報が真実であるのかどうかを常に考えてみなければなりません。1組のAさんは、「今回はウクライナで戦争が起きてしまって世界が注目している。でもミャンマーのクーデターはウクライナと違って注目されていない。ミャンマーでは軍の力が強くて政府までが倒されてしまった。たくさんの人たちが無差別に殺されている。ミャンマーでもこんなにひどいことが起きているのに世界が支援しないという違いは何なんだろう。」と授業の振り返りで書いていました。私たちに届けられるニュース、情報もまた、この日本の政治と無関係ではないということもわかっていなければならないと思います。2組が劇の会で演じた『謎の大捜査線』は、まさにそのことがテーマでした。

戦後77年目の今年、こんなに身近に戦争の危機が迫っていることを感じることになるとは、少し前までは想像もできませんでした。でも私たちには「二度と戦争をしない」ということを誓った日本国憲法があります。この憲法の下で生きている私たちには、武器による攻撃はやってはいけないと世界中に訴えていく使命があるのだと思います。その想い、願いは、うたの会で聴かせてくれた「HEIWAの鐘」の歌声に満ち満ちていました。

6年前、あどけない顔で入学してきたみなさんが、この6年間和光小学校で学び、体験し、こんなに立派に成長したこと、今年ほど強く感じる卒業式はありません。6年後には選挙権を持ち大人の仲間入りをします。この先も様々なドラマが待っているでしょうが、今生きている現実の中で事実を見つめ、真実を見つけられる日々であることを願っています。

卒業、おめでとうございます!

卒業生の保護者のみなさま、6年前の入学式の日のことが昨日のことのように思い出されます。入学式で杉見先生、東田先生が担任として紹介され、今日、子どもたちの旅立ちを見送るのもこの二人です。このようなことは和光小学校でもあまりないことですが、子どもたちのことばの中に、担任への深い思いが込められていたのもそのことと関係しているのでしょう。

こんなに優しくたくましく成長した子どもたちの姿を、これからは少し距離を置きながら見つめる日々となりますが、私たちも共に見守り続けていきたいと願っています。

保護者のみなさまには、「できない」ことが様々にあった和光小学校最後の2年間、学校の方針にご理解いただき、物心両面でしっかりと支えてくださったこと、心から感謝しています。本当にありがとうございました。

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和光小学校    校長 北山ひと美

                                                  

2021年度和光小学校卒業式 式辞

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2021年度卒業式が行われました。校長の式辞を紹介いたします。

 

2021年度 和光小学校卒業式 式辞

今年、2022年3月に和光小学校を卒業していくみなさんの姿を、特別な想いで見つめています。

4年生3学期、最後の一ヶ月を突然の休校で奪われ、そのまま高学年のスタートの2ヶ月も休校、ようやく再開した学校生活もしばらくの間は分散登校でした。総合学習「食」は調理活動ができない中で始まり、授業も休み時間もお弁当の時間も、「感染対策」が最優先となる学校生活、それでも友だちと会えず、みんなといっしょに授業を受けることができない自宅で過ごす日々よりはいい、とよく我慢してくれました。小学校6年間のうち3分の1がコロナ禍に見舞われ、今日のこの卒業式もマスクのままみなさんを送り出さなければならないこと、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

そんな高学年の生活の中で、できることを精一杯頑張っている姿を何度も目にしました。去年の5月、「話があります」と校長室に詰めかけた数名の6年生から手渡されたのは、「運動会で騎馬戦をやりたい」という「嘆願書」と「署名」でした。署名用紙は白い紙に定規で線を引いた手書きのもので、高学年4つの教室を回って対話をしながら集めたのでしょう、鉛筆の文字がこすれている部分もありました。「コロナで騎馬戦ができないことはわかるけれど、私たちは5年生の時もできなかったんです。このままだと和光小学校で騎馬戦を経験しないまま卒業することになる。そうなったら和光小学校に入った意味がなくなるんです!」と涙を流しながら訴えたNさんのまなざし、いっしょに来た6年生たちの真剣な表情は、今でも私の目に焼き付いています。その時私の胸に浮かんだのは「あこがれ」ということばです。毎年の運動会で繰り広げられる競技を、自分がこの学年になったらやるんだ、という気持ちで見つめ、上級生たちの姿は「あこがれ」となって胸に刻まれてきたのでしょう。これは、いちょうまつりの商品作りや民舞、げきの会、うたの会での表現、美術展、技術展で目にする作品も同じなのだろうと思います。そうして「あこがれ」てきたものが、コロナというまったく理不尽な理由によって奪われてしまったことへの悲しみ、怒りを乗り越え、何とかして実現できないものかと考え、行動に移した6年生の姿に、ほんとうに心打たれました。このときは緊急事態宣言中でもあり、組み合う6人の子どもたちにサポートする3人の先生たちを加えると、どう考えても「密」にならざるを得ない騎馬戦を行うことができない、と返答するしかありませんでした。その答えも、冷静に受け止め、それならば、と新しい競技を考え前を向いて進んでいったみなさんの後ろ姿はとてもまぶしかったです。

理不尽な理由によって奪われてしまうこと、今、まさにウクライナで起こっていることに世界中の人たちが心を痛めています。みなさんはこの1年、「沖縄」を学び、学習旅行では77年前に起こった沖縄戦のことを玉木利枝子さん、島袋淑子さん、中山キクさんから、体験した方のことばとして、戦争が大切なものを奪い去っていくことを伝えられました。沖縄ではガマに入り、オスプレイの並ぶ普天間基地や新基地建設のための埋め立てが進む辺野古の海を目の当たりにし、伊江島では怒りに満ちた謝花悦子さんのお話を聞きました。かつて戦場であったその場に身を置き、空気を感じ取り、当時のことを想像しました。「戦争は人災」であるという川満先生のことばを実感として胸に刻んだことと思います。

そのみなさんが、日々ニュースで目にするウクライナのことを、“痛み”とともに感じ取っていることが、授業の振り返りで書いていることばから伝わってきました。その中には、自分たちと同じ年代の子どもたちに思いを寄せていることばもあります。当然のことですが、戦時下であるウクライナの子どもたちは学校に通うことができていません。地下通路や地下室で生活するしかない子どもたちも多くいます。長い休校を経験した私たちは学校に通うことができない辛さを知っていますが、さらに、砲弾が飛び交う音、爆撃音を耳にしながら生活することはどんなに怖いことでしょう。

みなさんは社会科や「沖縄」の学習の中で“情報”についても学んできました。今、ロシアでは戦争遂行に都合の悪い報道はしてはいけないとされ、政府に反対するジャーナリストは口をつぐむしかないという状況です。かつて日本が戦争をしていた時代もまったく同じことが行われ、ほとんどの人は「大本営発表」を信じ、新聞、ラジオはうその情報を流していたのです。戦争が行われるというのは、こうして真実の情報を奪われることであり、その中で私たちは簡単に戦争に巻きこまれていくのだということも学びました。

そういう私たちも、今、目にし、耳にしている情報が真実であるのかどうかを常に考えてみなければなりません。1組のAさんは、「今回はウクライナで戦争が起きてしまって世界が注目している。でもミャンマーのクーデターはウクライナと違って注目されていない。ミャンマーでは軍の力が強くて政府までが倒されてしまった。たくさんの人たちが無差別に殺されている。ミャンマーでもこんなにひどいことが起きているのに世界が支援しないという違いは何なんだろう。」と授業の振り返りで書いていました。私たちに届けられるニュース、情報もまた、この日本の政治と無関係ではないということもわかっていなければならないと思います。2組が劇の会で演じた『謎の大捜査線』は、まさにそのことがテーマでした。

戦後77年目の今年、こんなに身近に戦争の危機が迫っていることを感じることになるとは、少し前までは想像もできませんでした。でも私たちには「二度と戦争をしない」ということを誓った日本国憲法があります。この憲法の下で生きている私たちには、武器による攻撃はやってはいけないと世界中に訴えていく使命があるのだと思います。その想い、願いは、うたの会で聴かせてくれた「HEIWAの鐘」の歌声に満ち満ちていました。

6年前、あどけない顔で入学してきたみなさんが、この6年間和光小学校で学び、体験し、こんなに立派に成長したこと、今年ほど強く感じる卒業式はありません。6年後には選挙権を持ち大人の仲間入りをします。この先も様々なドラマが待っているでしょうが、今生きている現実の中で事実を見つめ、真実を見つけられる日々であることを願っています。

卒業、おめでとうございます!

2022年3月16日    和光小学校   校長 北山 ひと美

“根拠のない自信”は人生の推進力になる ~「夜に語る会」卒業生が語る“和光の学び”~

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コロナ禍での日々が2年にも及び、学校生活、園生活も翻弄されてきました。

それでも昨年の秋、感染状況が落ち着きを見せた時期に6年生は予定通り沖縄学習旅行に行き、多くのみなさまのご協力を得て充実した学習を進めることができました。

11月末に延期になったいちょうまつりは、素晴らしい青空の下、子どもたちが舞い、おどり、奏でました。

年が明け、偶数学年は劇づくりに向かい、2年生はフロアー劇、46年生は舞台での上演を無事に終えました。学級での劇づくりそのものがドラマチックな展開を見せるのが常であり、その中で子どもたちの関係が揺さぶられ、新たな発見があります。今年は感染対策をしっかりして、子どもたちも体育館で観劇、その感想を上演学級の子どもたちは何よりも真剣に受け止め、自分たちの劇を見つめ直しました。

子どもたちの姿をその都度お伝えしたいと思いながら、雑務に追われ先送りしているうちに、もう年度末を迎えようとしています。

「夜に語る会」登場の卒業生二人

218日、今年度4回目の「夜に語る会」が、初めてオンラインで開催されました。「夜に語る会」は、昼間の教育講座よりはもう少し気楽に参加して頂き、和光の教育について、教職員の魅力なども伝えられるような懇談会にしたい、と2014年度より始めました。年に数回、金曜日の19時から、お仕事帰りに立ち寄って頂きたいと設定しています。

今年度も3回目までは体育館などを広く使って集まって頂きましたが、このオミクロン株拡大の中では、オンライン開催とさせていただきました。

今回は卒業生に和光での学びをたっぷり語っていただきたいと、幼稚園から高校まで和光で学び、現在M美術大学4年生の我妻さん、和光高校の教員で、我妻さんが中学の頃和光中学で我妻さんの担任であったという仲尾先生にお越しいただきました。

ちなみに仲尾先生ご自身も卒業生。小学校から高校まで和光で学びましたが、私が小学校で新任の頃、私のクラスにいました。仲尾先生が和光中学に赴任されたとき、(当時私は鶴小の教員でした)名前を見てびっくりしたのを覚えています。小学校の頃は、ボクが、ボクが、と意欲にあふれた男の子でしたが、教員になって戻ってくるとは想像もできなかったからです。そういえば、やんちゃな面もあったけれど正義感が強く、弱い者の見方だったなぁ・・・。数年前、和光教研で公開授業を見せて頂きました。生徒の前に堂々と立って授業を進めている姿が立派で感慨深かったものです。

我妻さんは、小学校高学年で増田学級だったとか。私が世田谷に異動する前に卒業されていたので初めてお目にかかりましたが、「遥くんとタテヤマでいっしょでした」と声をかけられてびっくり。遥というのは、今は某私立高校で教員をしている私の次男です。タテヤマは、和光中学が60年以上続けている56日の夏の館山水泳合宿のことです。1年生から3年生まで縦割りでの生活をしながら、館山の海で遠泳に挑みます。3年生になると多くの生徒が指導員として12年生のサポートをし、卒業した後はコーチとして合宿を支えています。私の次男は高校2年生から、かれこれ10年ほどコーチとしてタテヤマに通いました。館山水泳合宿の体制作りなど準備がスタートするのは年明けすぐ。中学の先生たちとコーチのリーダーたちは休日返上で打ち合わせを重ね、5月末からは“泳ぎ込み”の傍ら生徒たちの組織作りが進みます。7月末の本番、その後は総括と次年度に向けての動きを作るところまで、ほぼ1年間コーチを含んでミーティングを続けているということが、私も我が子がコーチリーダーになって初めて知ったことです。400名以上の中学生が安全に遠泳を行うことができるのは、教職員はもとより、100名に及ぶコーチの皆さんの綿密な打ち合わせと準備があればこそ。コロナ禍では5泊もの宿泊を伴う遠泳を実施することは難しく、残念ながらこの2年間行っていません。

なんでこうなるんだろう、と考える機会が多かった

前置きが長くなりました。お二人それぞれに和光での思い出を語って頂き、仲尾先生には和光中学、和光高校の教育課程をみなさんに伝えていただくことにしていましたが、直前の打ち合わせで、仲尾先生が我妻さんにインタビューする形で進めることにしました。

まずは幼稚園から小学校の頃の学びの中で印象的なものは?という問いに、根本的なところで、なぜ?を考えることが多かった、と我妻さん。算数の討論、国語の読み取りなど自分はこのように思わなかったんだけどこの人はこんなことを思ったんだ、ということがおもしろかった、と思ったそうです。「自分が考えもしなかったことを考える人がいることが刺激になる、ってことだね」と仲尾先生。

今は大学のデザイン学科でアウトプットすることが多い我妻さん、小学校3年生のとき、夏休みの自由研究で登山マップをまとめることにし、そのための計画を立てたことが、大学でデザインすること、レポートすることにつながっていると感じるそうです。3年生総合学習「カイコ」では家で育てたカイコに愛着がわき、いよいよ繭から糸を取るために煮ることになったとき悲しかったことも思い出しました。図書室でよく本を読んだという我妻さんは、最近5年生の読み物教材にしている『いのちの食べ方』と出合います。人がおいしく食事をするために動物を殺している、でもおいしく食べることでいのちが活かされる、ということを考えさせられたと言います。

6年生の総合学習「沖縄」、当時担任だった増田先生が出していた学級通信「ぬちぐすい」(いのちの薬)で発信されたことが頭の中にずっと残っています。エイサーは沖縄のお盆に踊られるものですが、これは生きてる命を大切にしよう、というポジティブな考え方になっているのだということも6年生の時に学んだことでした。多くの卒業生と同じように、我妻さんも卒業後「和光青年会」でエイサーを続けています。仲尾先生は「ただ沖縄へ行く、というだけでは重いものがあるが、小学生にとって自分が興味を持ったことに向かうことができるものが準備されていたということだね」とまとめてくれました。そういえば「和光青年会」はもう10年以上続いていますが、現在の会長は40歳を超えていて、中学生から社会人まで同じものに夢中になる、というのは、これも和光の縦のつながりのなせる技なのかもしれません。タテヤマのコーチもしかり、です。

和光中学の生徒会長として考えさせられたこと

我妻さんは中学で生徒会長に選ばれます。和光中学は生徒の自治を大切にしていて、生徒会活動も盛んです。クラスでも生徒総会でも、よくないことはみんなの前できちんと話し合うというのは、発達段階に応じてではありますが、和光学園の中では大切にしていることです。我妻さんが今でも考えさせられることだったと思っているのは、生徒総会で話し合ったことが、その人を「つるし上げる」ことになったのではないか、ということ。当然、総会の前に執行委員会が行われ、その中でも議論されているはずなのですが、そこでも自分が言いたかったことが言えなかった・・一方的に責めるのではなくみんなで考えられる視点を持てればよかったと思う、と振り返りました。仲尾先生は我妻さんの中学2年、3年の担任だったので、卒業式で号泣した姿が印象に残っているそうです。生徒総会での一件について「そこから学べることがあったのではないかな。みんなで理解する場があったということが卒業式での号泣につながったんだろう。全力で駆け抜けたんだな、と思う。号泣につながるような思いになったのは?」とさらに問いかけました。

和光の縦のつながり

クラス、友だち、部活の先輩、後輩など仲間とつながることが多かった、タテヤマも知らない人たちと5泊もするので、と我妻さん。仲尾先生は「見方によっては地獄だよね」と館山水泳合宿を振り返ります。我妻さんは「イヤだという人もいた、けれど結果として楽しかったって言って帰ってくる。自分は中1の時はあまり泳げなかったけれど、2年目からは行きたくて仕方がなくなった」とのこと。和光の縦の関係については、上の人がやってくれたから自分もやってあげよう、と言う気持ちになる、と我妻さん。これは幼稚園からずっとだそうです。確かに縦割りの機会は幼稚園からあり、かっこいいな、という存在になるということは多くの和光生たちが言うことです。仲尾先生は、「部活だと先輩は後輩をいじめるということもあるが、和光は逆だね。上が下を大事にする文化がある。」と和光の縦の関係について語ってくれました。タテヤマでは全体をまとめるという大役でもある全体総務長も経験した我妻さん、「苦労したことは?」と尋ねられ、「あまり苦労した記憶がない。みんな協力してくれた。準備はするが実行するのは生徒たち。楽しみながら作っていくことができた。今、大学に入って組織で動くと、ちょっと違うな、と感じることもある」と言います。仲尾先生は和光中学の教員時代のタテヤマを振り返り、夜遅くまで打ち合わせをしていた教員からすると朝早くからブロックごとの出し物練習に付き合うのは辛かった、と言いながらも、タテヤマは一番成長する姿を見ることができる、速度も角度も変わっていく、一日ごとに顔つきが変わる、としみじみと振り返りました。

自分で選んで学ぶ和光高校の選択授業

印象に残った授業は?と聞かれると、「仲尾先生の社会科。ノートの取り方を教えてもらった、今でもいろいろなところで活かせています。」

和光高校に入ると、幼小中とは違った感覚になった、と言います。「今までは道を切り拓いてくれたけれど、自分たちで好きなことをやっていい、となった。何もしないまま卒業もできる。けれどそれではおもしろくない。ずっとサッカーをやってきたのでサッカー部に入って毎日部活があったし大学受験も、と考えると時間の使い方がポイントになった」と我妻さん。2年生の選択授業は「古代史研究」を選択し、研究旅行では大阪、京都、奈良へ行きました。「今思うとすごいコアな研究だと思う」と、土器作りまでした当時の授業のことを思い出しました。先生たちが自分が好きな分野をとことん追求し授業に臨むので、我妻さんが「すごくおもしろかった!」というのはなるほど、と思います。

ここで仲尾先生が和光高校の教育課程について説明してくれました。

選択授業はカリキュラムの“売り”の一つであり、研究旅行に行くA選択は12講座(今は11講座)あります。さらに自由選択は2年生では28講座準備されていて、3年生になると選択講座はさらに増えて76講座。必修授業は34時間目だけとなります。生徒が進路に合わせて時間割を自分で作っていくというのが和光高校の3年生です。

好きなことに集中できること

我妻さんは語学の方へ進もうかと考えていたそうですが、途中で美大系へと進路変更します。なぜ英語をやりたかったのか?と聞かれ、サッカーで世界を回りたい、世界中の人とつながりたいと思ったからだとか。当時口語英語の講座でジョナサン先生に教わっていて授業が楽しかったそうです。そのジョナサン先生は和光小学校の34年生に授業をしてくれるようになって今年で3年目となります。

今、デザイン学科でデザイン学を学びながら、小学校の時の自由研究でなぜ?何を?と考えたことがとても生きていると言います。大学では何かを形にする以前にどういうものをデザインするかということを考えること、課題を見つけて改善する案を考えることなどが求められているのです。

大学の卒業制作ではドキュメンタリームービーを制作したとか。視覚情報がない状況で世界がどのように見えているかを取材してムービーにしたのだそうです。以前からブラインドサッカーに興味を持っていたことも、このムービー制作につながったということでした。

サッカーの雑誌制作のアシスタントもしている我妻さん、引き続き雑誌制作も行いながら、しばらくはフリーランスでデザイン関係の仕事をしていきたいとのことでした。この雑誌は、サッカーがどのように生活に関わっているのかということなどフットボールカルチャーマガジンとして発行されています。近々10号が出るとか。雑誌の企画でイベントも行っているそうです。

仲尾先生は「日本に住んでいるとスポーツとカルチャーを結びつけることがあまりない。スポーツが生活の中に浸透していることが少ない。我妻さんは小中高とサッカーをやってきて生活に根付いてきたのだろう。自分の中のやりがい、幸せにつながる仕事になっている。小学校の総合学習では毎年違うテーマに取り組み追求してきたことともつながっているかな。我妻さんは何をするにも軸はサッカーだね。」とまとめてくれました。

司会の増田先生、「ここで語ってくれるのは“和光らしい”子ではないか、と思われているようだが、班長やリーダーに立候補してたくさん発表するようなタイプの人ばかりではない。我妻さんはじっくりじっくり自分を温め、学校を楽しみながら、の人だった」と小学校時代の我妻さんを振り返ります。

仲尾先生は「和光中高元校長の両角先生がよく言っていたこと、学びは絶対的な喜びである、ということを思い出す。和光の学びはそこに基本的なスタンスを常に置いている。小学校の算数の時間には一人一人が考えたことを出し合い、そこに至ったプロセスをさらけ出し合いながら、意見を交流し学んでいく。知識は大事ではあるが“受験知”では仲間と一緒に学び合うというその喜びを味わうことはできないだろう。」と和光の学びをまとめてくれました。

参加された方からの質問に答えながら、たとえば歴史上のことで知らないことがあることについて「好きなことに集中できていることが自分には合っていた。知ろうと思ったら自分で調べることができる。この自信が・・・あれかも」という我妻さんの言葉を受け、「まさに和光生がよく言われる“根拠のない自信”。この“根拠のない自信”は人生の推進力になる」と仲尾先生。そうだ!と膝を打った瞬間でした。

仲尾先生、我妻さん、そして「夜に語る会」にご参加頂いた多くのみなさま、ありがとうございました!

ウソとうわさにより追い詰められていく不条理 ~劇団文化座創立80周年記念公演「子供の時間」~

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和光学園同窓会から劇団文化座創立80周年記念公演「子供の時間」を在学のみなさまに、とご紹介いただきました。劇団文化座は戦時下の1942年に演出家の故佐佐木隆氏、女優の故鈴木光枝氏らによって結成されました。1987年より劇団代表となった佐々木愛さんは、和光学園の卒業生です。

「子供の時間」チラシのコピー

「子供の時間」チラシ 2のコピー

今回80周年記念公演第2弾となる「子供の時間」は、アメリカの劇作家リリアン・ヘルマンの作品です。1810年にスコットランドで起こった実話をもとにしているというこの作品は、1934年にブロードウェイで大ヒットとなり、その後、オードリー・ヘップバーンとシャーリー・マクレーン主演の「噂の二人」として映画化されました。今回の上演に当たり、翻訳は戯曲・上演台本の翻訳を多く手がけている常田景子さん、音楽は、元和光学園の親和会員であり和光小学校の校歌を作曲された池辺晋一郎さんが担当していらっしゃいます。

リリアン・ヘルマンといえば、自伝的作品でもある「ジュリア」は、私がこれまでに観た映画の中で最も心に残る映画の一つです。ジェーン・フォンダ演じるリリアンが親友ジュリアのためにナチの目をくぐって現金を届けに行く場面は今でも思い出すとドキドキします。リリアン・ヘルマンはいわゆる“赤狩り”を行った非米活動委員会で証言を拒否しブラックリストに載せられ、米下院では「私は今の風潮に迎合して良心をうち捨てることを潔しとしない」と言い放った気骨のある作家であることが知られています。原作がリリアン・ヘルマンであるこの作品を是非とも鑑賞したいと思い、池袋の東京芸術劇場まで行きました。

「子供の時間」(ちなみに「供」は神仏にささげる、そなえる、役立てる、差し出すという意味を含んでいて、かつて子どもは一人の人間として認識されていなかったということを意味しています。そのため私たちは“子ども”と表現しています。)は、教育と学校経営に人生をかけた二人の女性が、一人の子どもの心ないことばによってすべてを失っていくという不条理が描かれています。

その“心ないことば”とは、全寮制の女子生徒たちの教育を熱心に行っているカレンとマーサが愛し合っている、というものでした。時代背景を考えると、同性愛そのものに対する偏見があり、ましてや学校現場では受け入れがたいものであるということは十分納得できます。それにしても学校、教師に対する反発心を持っている一人の子どもメアリーが発したことば、力関係によってメアリーにウソの証言をするように脅されていたクラスメイトのロザリーが言いなりになって話したことにより、学校の後ろ盾となっているメアリーの祖母がすべての子どもたちを自宅に帰してしまうというのは、あまりにも一方的で横暴であると感じます。物語ではその後裁判も行われますが、“同性愛”という当時の世間では許されざることが疑惑の中心となり、とうとう学校が潰されてしまうのです。

今でこそLGBT(あるいはLGBTQ)は多くの市民のみなさんが耳にするようになりましたが、性の多様性が社会の中に認識され始めたのはごく最近のことであり、今でも同性愛が犯罪であるとされている国もあることを考えると、90年前のアメリカでは当然の流れだったのかもしれません。

一方、教師という立場でこの物語を見ると、学校や教師への反発を続けるメアリーの想いをその背景にあるものも含めて教員たちは受け止める必要があったのではないか、それができないことで周りの子どもたちと対等な関係を作ることができなかったメアリーの生きづらさを共感的に受け止めることができる教員はいなかったのか、と歯がゆい思いで舞台を見つめました。そしてまた、うわさ話を伝え広めることが思いもかけない結果を招き、人の人生までも狂わせてしまうこと、当時はせいぜい手紙や電話での伝達手段しかなかったのですが、SNSの発達した現代にも通じる深刻な問題を投げかけていることも感じます。

メアリーの祖母でありカレンとマーサの学校創立に関わったという支援者、ティルフォード役の佐々木愛さんの圧倒的な存在感に胸を熱くして帰路につきました。

「大小の成功体験をいくつも重ねていけるということが最大の魅力」 ~保護者が語る和光小学校~

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2学期が始まって3週間が経ちます。様々な制限があった夏休みでしたが、それぞれのご家庭で工夫をして夏休みにしかできないことを体験させてあげたり、自由研究に付き合っていただいたりしたことが、各クラスで行われてきた「夏休み発表」から伝わってきます。

例年でしたら9月の学校説明会では、授業の様子と夏休みの作品を見ていただけるのですが、残念ながら緊急事態宣言中でもあり、オンラインでの説明会とさせていただきました。多くのみなさまにご参加いただいたこと、感謝しております。急遽ではありますが、925日(土)に夏休みの作品を見ていただく機会を設けました。詳しい時間帯など、学校HPをご覧ください。

さて先日オンラインで行った学校説明会では、事前に録画しておいた授業を観ていただき、授業者から授業についてのお話をさせていただきました。

その後、3人の保護者の方に来ていただいて、「わが子を和光小学校に入学させて」ということで保護者から見た和光小学校について率直に語っていただきました。

4人の男の子のお母さんであるSさん、ご長男は20歳になり、今、一番下のお子さんが6年生です。4人のお子さんを和光に通わせて、「時代が変わっても変わらないものが和光にはある」とおっしゃいます。特に運動会、いちょうまつり、沖縄学習旅行など、行事をくぐり抜けた後、我が子が頼もしくなったのを感じる、と言うのです。和光小学校の行事は、どれも子どもたちが夢中になって取り組みます。時には悔しかったり、辛い思いをしたり、楽しいばかりではない体験もしますが、“本気で”向かっていくことが子どもたちの中に確かな力を育むのでしょう。Sさんがお子さんたちから感じた「頼もしさ」はそういうことだと思いました。

Sさんのご次男は幼稚園から中学まで和光に通い、高校は行きたいところを自分で決め、自分で考えて準備を進めました。ご長男は高校の卒業式の日、ご両親に向かって「幼稚園から15年間、和光に入れてくれて感謝している」と話したそうです。子どもたちがそう思えるような経験をさせてくれる学校であり、これから小学校を考えているみなさんに、少し先の未来を共有できたらと思って、と語ってくださいました。

Hさんのお子さんは和光小学校の2年生です。Hさんご自身も小学校から和光に通っていました。お子さんが歩けるようになった頃、いちょうまつりを見に来て、そこで見た子どもたちの民舞、しなやかな動きと太鼓の音にワクワクしたそうです。ご自身も体験した民舞は、いくつになってもからだの中に刻まれたリズムが蘇ってくるのでしょう。2年生になったお子さんを見て、子どもと一緒にやりたいことがいっぱいあり、自分自身も満たされる、と言います。学校で学んでいること、取り組んでいることをもっと知りたい、自分も仲間に入れてもらいたい、と。そして、Hさんが和光小に通っていた特、Hさんのお母様も学校のことに関わってくれて、お母様も楽しかったのだろうな、と感じるのだそうです。今はお子さんから伝わってくる和光小学校での学習のひとつひとつが新しい世界との出会いであり、その出会いと日常の生活が頭の中ではじけています。在学中は、和光の中のことは当たり前のことだと思っていました。例えば教科書を使わないこと、教材を毎日先生が手作りしていること、リーダーやルールは自分たちで決めること、クラスの中でトラブルが起こると授業を中断して話し合いになること・・・でも和光から出たとき、世の中はそれだけじゃないということがわかりました。自分が体験してきたことはスペシャルなことだったのだと、母親になって再確認したそうです。たくさんの大人が応援してくれて今を生きていること、それは幸せなことで自分で自分をいいね!と言えることも感じていることです。子どもたちは多くの大人からたくさんの愛を受け育っていってほしいと思い、そのような和光の子どもたちはたくましい、と感じています。

同じく2年生にお子さんがいるTさん。お子さんが1年生の頃まで和光小学校からは1時間半ぐらいかかるところにお住まいでした。お知り合いの方に和光出身の方が何人かいらっしゃり、その方たちは、その親御さんも含めてみなさん「楽しかった」とおっしゃったそうです。和光出身の方たちは魅力的な方たちでした。進められるままに学校説明会に参加したとき、教室の机がコの字の形に並んでいたこと、話し合いが活発に行われていたことに驚いたと言います。一年生の漢字の授業ではその成り立ちから学び、一文字に一時間かけていました。算数の授業ではどうしてそう考えたかを話し合い、間違った答えも躊躇せず出し合い、答えを導き出すためのプロセスを大切にしていることが伝わってきました。小学校2年生でパンを作るために自分たちで研究していることも知り、私もこんな学校に通いたかった、と思ったそうです。和光小学校は大小の成功体験をいくつも重ねていけるということが最大の魅力だ、とおっしゃいます。説明会に来て、直感的に、ここがいい!と思ったそうです。そして、2年生になったお嬢さんは、1年生の終わりの頃から変わってきたことがあると話してくださいました。まず、自分の気持ちを話すとき、「なぜなら」を使うようになり、どうしてそう考えたのか、と話すようになったというのです。もう一つは、どこかで何かを体験することがあると、感想をびっしり書くようになったとのこと。やったことに対してやりっぱなしではなく、頑張ってフィードバックしようとしていることが伝わってくるそうです。

担任が発行する学級通信で、帰りの会で出された子どもたちのトラブルやその話し合いの様子などが共有され、子どもと親と先生とが同じベクトルに向かっていることを感じ、何か悩みがあって担任に相談するといつもいい方向に向かうと話してくれました。Tさんは、今年の運動会で1組が負けたときお子さんが大泣きしたことに驚いたと言います。本気になって向かっていたことをその姿から感じたのです。

毎年、学校説明会で語ってくださる保護者のみなさまのお話に、私たちの教育づくり、学校づくりを振り返り身の引き締まる思いがします。

今年8月末、和光学園の卒業生である国際ジャーナリストの堤未果さんが『デ ジタル・ファシズム~日本の資産と主権が消える~』(NHK出版新書)を出版されました。堤さんは和光高校卒業後ニューヨーク州立大学に進み、世界貿易センタービルにあった証券会社に勤務しているとき911を体験しました。今の社会、政治を鋭く見つめる数々のルポルタージュを発表しているので、みなさまもよくご存知だと思います。何度か研究会などに来ていただきお話をしていただくことがありましたが、事実を丹念に追って検証していくことで真実に近づくことができるということは、和光学園での学びで身に着けた、とおっしゃっていました。

この本は、社会全体がデジタル化されてきたことが私たちの未来をどのように変えてしまうのかを訴え、教育分野ではコロナ禍で急速に広まっているオンライン授業、文科省が打ち出している「一人一台端末」の「GIGAスクール構想」がこの先目指していることについても警鐘を鳴らしています。

文科省の公式プロポーション動画では「タブレットがないと全部自分で考えないといけない、でもこれがあれば、間違えたときすぐ説明されて前に進んでいけるんです」という小学生が出てきます。堤さんはこのことばを聞いたとき、不思議な気持ちになった、と書いています。

「私の母校である和光小学校には、タブレットどころか教科書自体がないからだ。知識を入れるためでなく、考えるための教材を先生が自分で探してきて、それをプリントにしたものが配られる。毎回授業のたびに数ページ配られる紙を自分で二つに折って、授業の最後にファイルに閉じてゆくので、一学期が終わる頃には一冊の教科書ができあがる。」そしてこれは「世界に一つしかない、自分だけの教科書だ。」といいます。

さらに「この学校の授業には、二つの特徴がある、として、「一つは“すぐに答えを教えてくれないこと”」。その例として理科の授業での一コマを紹介しています。「もう一つの特徴は、先生が生徒の答えに○×を付けないこと。」堤さんは、「正しいか正しくないかよりも、どうやってその答えにたどり着いたかの方に関心を持ってくれるのだ。」と書いています。

この本を読んで、もう30年以上前ですが私が4年生を担任していた時の算数、小数の割り算の授業を思い出しました。子どもたちの討論が白熱して時間が経つのを忘れてしまい、気が付いたら教室の後ろから音楽の先生が見守っていました。すでに次の音楽の時間の半分ぐらいまで過ぎていたのです。その時、子どもたちが音楽の先生に「もうちょっとだけ待ってて」と声をかけました。もちろん子どもたちは音楽の授業は大好きでしたが、討論の決着をつけたいと思ったのです。

和光小学校では、当時と同じように今も手作りの教育を進めています。一人一 人の子どもたちが学びに向かい、仲間とともに考えあうことで学びが深まっていくこと、そのようなかけがえのない時間を学校生活の中で作り出していきたいと考えているからです。

昨年からの1年半は、コロナ禍での日々で、十分な教育活動を行うことができず、不自由な学校生活を余儀なくされています。その中でもワクワクすること、夢中になることに向かっていくことができるようにしなければならないと、自分自身に言い聞かせています。                                                       

こうのこのみ作「こどものなる樹」に寄せて

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様々な制限がある中、運動会を終えました。閉会式で6年生のチームリーダーが語った「今年も日本一、いや、世界一、オリンピックよりも熱い運動会ができました!」ということばは、参加したみなさんの実感だっただろうと思います。保護者のみなさま、ご協力いただいたみなさま、ほんとうにありがとうございました!

運動会の代休明け、音楽室からは篠笛と三線の音色が響いています。毎年、10月に行われるいちょうまつりで踊る民舞のお囃子に希望する子どもたちが参加していますが、その練習に早くも取り組んでいる子どもたちの姿に、次の目標に向かっていく気概を感じました。

運動会への取り組みのさなか、一点の絵画が届きました。110センチ×90センチの大きな作品です。寄贈してくださったのは画家の河野りうのすけ(本名りうすけ)さん。河野りうのすけさんは和光学園の卒業生評議員として年に何度か開かれる評議員会には、お住いの茅ヶ崎から和光大学まで来てくださいます。ご一緒させていただいた時には、かつて世田谷に幼稚園から高校までの子どもたちが学んでいた頃のお話をしてくださったものでした。

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寄贈いただいた絵画は、河野りうのすけさんのお母様、こうのこのみさんの作品です。こうのこのみさんは1926年に生まれ、洋画家であった河野日出雄氏と結婚、そのお子さんが河野りうのすけさんです。こうのこのみさんは、子ども雑誌に挿絵を描き、瀬戸内晴美(寂聴)氏らが少女小説を書いていらっしゃった頃の挿絵を手がけていらっしゃいました。1976年には現代童画大賞受賞。グリーティングカード、企業カレンダーなどに起用されます。どこか懐かしいタッチだと思ったら、サンリオの「詩とメルヘン」で活躍されていたのでした。その後、「こうのこのみ風船旅行」の作品はニューヨークのユニセフ本部でグリーティングカードに起用され、世界の恵まれない子どもたちに井戸と蚊帳を贈る資金になったということです。

こうのこのみ The Infant Treeのコピー

こうのこのみ Snow In The Nourth Townのコピー

和光小学校に寄贈していただいた絵画も、ユニセフのカードになった作品の一つ。KONOMI KONOThe Infant Tree”(Japan) と題されています。

河野りうのすけさんの奥様でこうのこのみさんに師事し現代童画会賞、都知事賞、文部大臣賞など受賞されている童画家の河野里枝さんにお話を伺うと、この「こどものなる樹」と題された作品は、りうのすけさんが和光小学校に入った頃、子どもたちのことをイメージして描かれたものだとか。そういえば、かつて和光小学校には“子どものなる木”があったと、10名近くの子どもたちが1本の木に登っている写真が、旧教員の村田一枝氏の著作『こどものなる木~絵本とお話で綴る学級物語~』で紹介されています。私のこのブログ名もそこから採らせていただきました。

昔、子どもたちが登っていたという“子どものなる木”は、校舎改築の折に伐採されたということですが、今は子どもの森に木登りができる木が何本かあります。休み時間には登りやすい木に子どもたちがよじ登り、もいだびわの実をほおばっている姿を目にすることもあります。いつの時代も木登りは楽しくワクワクする遊びです。

こうのこのみさんはご子息が学ぶ和光小学校で、子どもたちが木に登り、遠くの景色を眺め、思い切り深呼吸できるような、ゆったりとした平和な時を過ごすことをイメージされたのではないかと思います。こうのこのみさんのモチーフである気球が遠くの空にぽっかりと浮かび、真上のほの白い下弦の月が優しく子どもたちを包み込んでいます。

和光小学校にご来校の際は、しばしこうのこのみさんの世界に浸っていただけますよう。

河野りうのすけ、里枝ご夫妻からは、こうのこのみ画集『吟遊見聞録』(1990年 サンリオ)、『MEMORIESなつかしい英語のうた リボン色の夢路』(え・こうのこのみ 1983年 教育社)、NHK録音集『お話でてこい 2』(NHKサービスセンター)なども併せて寄贈していただきました。ありがとうございました。

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