校園長ブログ

こうのこのみ作「こどものなる樹」に寄せて

和光小学校 校園長ブログ
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様々な制限がある中、運動会を終えました。閉会式で6年生のチームリーダーが語った「今年も日本一、いや、世界一、オリンピックよりも熱い運動会ができました!」ということばは、参加したみなさんの実感だっただろうと思います。保護者のみなさま、ご協力いただいたみなさま、ほんとうにありがとうございました!

運動会の代休明け、音楽室からは篠笛と三線の音色が響いています。毎年、10月に行われるいちょうまつりで踊る民舞のお囃子に希望する子どもたちが参加していますが、その練習に早くも取り組んでいる子どもたちの姿に、次の目標に向かっていく気概を感じました。

運動会への取り組みのさなか、一点の絵画が届きました。110センチ×90センチの大きな作品です。寄贈してくださったのは画家の河野りうのすけ(本名りうすけ)さん。河野りうのすけさんは和光学園の卒業生評議員として年に何度か開かれる評議員会には、お住いの茅ヶ崎から和光大学まで来てくださいます。ご一緒させていただいた時には、かつて世田谷に幼稚園から高校までの子どもたちが学んでいた頃のお話をしてくださったものでした。

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寄贈いただいた絵画は、河野りうのすけさんのお母様、こうのこのみさんの作品です。こうのこのみさんは1926年に生まれ、洋画家であった河野日出雄氏と結婚、そのお子さんが河野りうのすけさんです。こうのこのみさんは、子ども雑誌に挿絵を描き、瀬戸内晴美(寂聴)氏らが少女小説を書いていらっしゃった頃の挿絵を手がけていらっしゃいました。1976年には現代童画大賞受賞。グリーティングカード、企業カレンダーなどに起用されます。どこか懐かしいタッチだと思ったら、サンリオの「詩とメルヘン」で活躍されていたのでした。その後、「こうのこのみ風船旅行」の作品はニューヨークのユニセフ本部でグリーティングカードに起用され、世界の恵まれない子どもたちに井戸と蚊帳を贈る資金になったということです。

こうのこのみ The Infant Treeのコピー

こうのこのみ Snow In The Nourth Townのコピー

和光小学校に寄贈していただいた絵画も、ユニセフのカードになった作品の一つ。KONOMI KONOThe Infant Tree”(Japan) と題されています。

河野りうのすけさんの奥様でこうのこのみさんに師事し現代童画会賞、都知事賞、文部大臣賞など受賞されている童画家の河野里枝さんにお話を伺うと、この「こどものなる樹」と題された作品は、りうのすけさんが和光小学校に入った頃、子どもたちのことをイメージして描かれたものだとか。そういえば、かつて和光小学校には“子どものなる木”があったと、10名近くの子どもたちが1本の木に登っている写真が、旧教員の村田一枝氏の著作『こどものなる木~絵本とお話で綴る学級物語~』で紹介されています。私のこのブログ名もそこから採らせていただきました。

昔、子どもたちが登っていたという“子どものなる木”は、校舎改築の折に伐採されたということですが、今は子どもの森に木登りができる木が何本かあります。休み時間には登りやすい木に子どもたちがよじ登り、もいだびわの実をほおばっている姿を目にすることもあります。いつの時代も木登りは楽しくワクワクする遊びです。

こうのこのみさんはご子息が学ぶ和光小学校で、子どもたちが木に登り、遠くの景色を眺め、思い切り深呼吸できるような、ゆったりとした平和な時を過ごすことをイメージされたのではないかと思います。こうのこのみさんのモチーフである気球が遠くの空にぽっかりと浮かび、真上のほの白い下弦の月が優しく子どもたちを包み込んでいます。

和光小学校にご来校の際は、しばしこうのこのみさんの世界に浸っていただけますよう。

河野りうのすけ、里枝ご夫妻からは、こうのこのみ画集『吟遊見聞録』(1990年 サンリオ)、『MEMORIESなつかしい英語のうた リボン色の夢路』(え・こうのこのみ 1983年 教育社)、NHK録音集『お話でてこい 2』(NHKサービスセンター)なども併せて寄贈していただきました。ありがとうございました。

「子どもたちが教育の主人公」はどのように実現できるか? ~対話付き特別上映会レポート~

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運動会を目前に控え、子どもたちも教師たちも一つ一つの競技について技をどう高めるか、チームの弱点をどうカバーし合うか、熱心な取り組みが続いています。昨年の運動会ではできなかった高学年騎馬戦を、今年こそ行いたい、行うためにどのような対策を立てるかと考えてきましたが、これだけの感染拡大の中、子どもたちががっぷりと組み合い、複数のサポート役の教師が体ごと子どもたちを支えることもある騎馬戦を行うことはできない、と判断しました。

6年生にとっては騎馬戦を経験しないまま卒業することになる、そんなことは受け入れられない、と、陳情の手紙を直接校長に手渡しに来た女の子たちがいました。切々と綴られた子どもたちの想いは涙なくしては聞くことができませんでした。その後は手書きの用紙にチームを超えて名前を連ねた「署名」を、両チームの子どもたちがいっしょに届けてくれました。「コロナの中で騎馬戦をやるのが難しいことはわかるけれど、自分たちでできるだけのことはしたいと思った。後悔はしたくないので。」とのことばに、和光小学校の6年生の姿を確かに見た気がしました。

さて、コロナ禍ではありますが、各地で上映が続けられている『あこがれの空の下』、田端にあるシネマ・チュプキ・タバタでは、上映後に、出演した教員たちのトークイベントを行うなど、参加者との対話の機会を頂きました。私も410日に寄せて頂き、思いがけず研究会仲間と再会したり、軽井沢からわざわざ映画を観るためにいらっしゃった4歳のお子さんを持つお父さんとお話ができたり、和光小学校のことを広く知って頂きありがたい取り組みでした。

そのシネマ・チュプキ・タバタで、対話付き特別上映会が計画されました。当初は劇場に集まって映画鑑賞の後対話をする予定でしたが、直前に緊急事態宣言発出となり、急遽オンラインでの上映会、その後の対話の会、となりました。おかげで、私たちも校内研究会の隙間の時間に参加させて頂くことができ、またオンラインということで富山、兵庫、熊本からも参加される方がいらっしゃいました。書籍『きみがつくる きみがみつける社会のトリセツ』とのコラボ企画とのことで、進行は著者のお一人でいらっしゃる舟之川さん。20名の参加者と約3時間、映画の様々な場面を巡っての対話が続きます。途中で4つの部屋に分かれての対話、その後また全員が集まっての意見交換、と、まさに“和光小学校の教育を語り合う会”が、展開されました。

<『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』は、10代の人たちに向けて、「この社会は与えられたものではなく、自分の手でつくれる」と伝え、一緒に取り扱い方を見つけていこうと呼びかける本です。https://kimitori.mystrikingly.com

これら2つに共通しているものはなんだろうかと考えたとき、「自分を大切にしながら、他者と共に社会をつくる、そのやり方を学び続ける」というフレーズがわたしの中に浮かびました。そこから生まれたのが、「子どもが主人公の教育はどのように実現できるか」というイベントテーマでした。>と舟之川さんがイベント後のレポートに書いていらっしゃるように、集まったみなさんは、これからの社会の担い手である子どもたちに「君たちが主人公なんだよ」というメッセージを届けたい、と願っている方々でした。それは私たちの学校作りにも共通することです。

舟之川さんから、イベントのレポートを届けて頂きましたので、是非みなさまご覧下さい。
『あこがれの空の下』の上映対話会のレポート
https://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2021/05/20/083127

「ハイビスカス(仏桑華)を見ると戦争を思い出すって よほど悲しいことなんだな、と思った」 ~沖縄を学ぶ子どもたち その1~

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緊急事態宣言が5月末まで延長されることになりました。感染対策をしっかりして学校生活、園生活を進めていきたいと思います。

小学校は5月末の運動会に向けての取り組みが始まっています。6年生のチームリーダー、5,6年生のサブチームリーダー選出には毎年熱い選挙戦が繰り広げられ、それぞれに選ばれたリーダーたちは悔し涙を飲んだ仲間の分までしっかりとやっていきたいという決意が、週末に行われたチーム集会での表情に表れていました。

 

さて、6年生は総合学習「沖縄」がすでにスタートしています。学級開きでの担任からの“プレゼント”で、いよいよ6年生になったんだという気持ちになり、その後は「入門講座」として、何人かの教員からいくつかのテーマでの授業を受けます。例年トップバッターは、沖縄学習旅行に同行する校長からの特別授業です。

5月末まで休校だった昨年は校長による入門講座を行う余裕はありませんでしたが、今年はクラスごとに“「沖縄」を学ぶ君たちへ”と題して授業をさせて頂きました。

和光小学校が総合学習「沖縄」を開始したのは1987年。私は81年4月から和光学園に勤務していましたので、それまでの総合学習「広島」を「沖縄」に変更する論議をよく覚えています。

当時、幼小中高の園長、校長であった丸木政臣先生は毎年のように教職員を連れて沖縄への旅を企画し、私も和光幼稚園に勤めて2年目の冬、両幼稚園の教職員十数名での“学習旅行”に連れて行って頂きました。それに先立ち数回の学習会があり、大江健三郎の『沖縄ノート』を読みふけったことを覚えています。

私が小学校に配転した84年、職員会議では、すでに丸木先生から提案されていた「広島」から「沖縄」への議論を重ねていました。当時の高学年担任を中心に学習旅行の下見を重ね、総合学習「沖縄」を始めるに当たってのレポートが検討されます。原爆が投下された広島の地を訪れ、被爆された方の証言を聞くなどの活動は戦争の実相を知る上で大きな意味を持つものでしたが、被爆者の方々のご高齢化と広島の街の近代化なども進み、戦争を実感することが難しいなどの課題も浮かび上がってきていました。

一方で先の大戦で唯一の地上戦が行われた沖縄は、住民が道連れにされ、南部には防空壕として多くの避難民が戦火を逃れ、また旧日本軍の病院壕としても使われたガマがあります。戦後は1972年の本土復帰を果たすまで長期に渡ってアメリカの統治下おかれ、今なお多くの米軍基地が存在しているのが沖縄でした。

よく“沖縄をみると今の日本が見える”と言われますが、沖縄を学ぶことで戦争とそれにつながる軍事基地の問題にも目を向けてもらいたいというのが教員たちの想いでした。

当時は高校生でも航空機を使った修学旅行をしているところはまれで、ましてや小学生が飛行機に乗って沖縄まで行くことに懸念を示す声もありました。それでもこの学習の意義を保護者のみなさんにも理解して頂き、いよいよ実施に向けて準備を進めていた矢先の1985年8月、日航機墜落事故。沖縄学習旅行は先送りとなりました。

それでも総合学習「沖縄」を何とかして実現したい、と準備を進め、1987年、ついに和光小学校の6年生は沖縄に旅立つことができたのです。

今年の“「沖縄」を学ぶ君たちへ”は、和光小学校に総合学習「沖縄」が位置付くことになったいきさつと、そのきっかけとなった丸木政臣先生の戦争体験から話を始めました。

丸木先生が1989年に上梓された『歌集沖縄』の扉には達筆でいらっしゃった丸木先生自筆の一首があります。「道端に仏桑華の花あかし 血の色のごとここは沖縄」

「仏桑華」には「アカバナ」、「沖縄」には「ウチナー」とそれぞれ沖縄方言のふりがな。真っ赤なアカバナ、つまりハイビスカスの花も添えられています。

自身も沖縄へ行くはずだった丸木先生は、直前に新型速射砲の訓練を受けるようにとの命がおり千葉へ行くことになりました。『歌集沖縄』には、「その後、わたしが沖縄に渡る頃には、爆撃が頻りで輸送船が編成できず、ついに沖縄赴任を断念せざる得なくなったのである。沖縄に赴いた知念清一や松田和友、仲村正儀らは、どこで戦いどうなったのか。その消息は全くつかめない。わたしは幾度となく沖縄戦の跡を訪ね歩いたが、その死に場所すらも判らない。」とあります。

6年生の子どもたちには、戦場がどのようなところであるのか、まだまだ想像もできないのですが、友と別れその消息もつかめないまま戦後の日々を送った丸木先生が、一度は断念した教師への道を、教師になって二度とこのような戦争をしてはいけないということを子どもたちに伝えておやり、という母親のことばに背中を押されて教職の道に進むことにしたということ、その丸木先生が、和光小学校の6年生に「沖縄」の学びを、と願ったことを胸の奥にしまい込むように、じっと耳を傾けていました。

沖縄は“琉球弧”と呼ばれる大小160あまりの島々からなります。東京から那覇まで1600キロ近くの距離がありますが、那覇から台湾の台北までは630キロ、那覇から上海は820キロ、那覇からソウルは1260キロと、アジアの各地へは東京よりも近く、したがって昔から南方との文化交流のカジマヤー(十字路)と呼ばれていました。また亜熱帯気候であり、「東洋のガラパゴス」と言われるように世界でも珍しい動植物が生息しています。天然記念物であるイリオモテヤマネコ、ヤンバルクイナ、卒業生の父母であり水中写真家の仲村征夫さんが撮影した見事な珊瑚、ヤチムンと言われる独特の焼き物、紅型染めの着物、ソーキそばなどの写真を見ながら、例年話している「沖縄が持つ5つの顔」の話をしました。

 


2021年度 和光小学校6年生 総合学習「沖縄」

「沖縄」を学ぶ君たちへ

~沖縄学習を通して、日本の現実と自分を見つめ、生き方を考えよう!~

2021年4月 北山ひと美

○総合学習「沖縄」で学んでほしいこと

1.沖縄の「5つの顔」について学び、沖縄の魅力を知るとともに、今の沖縄が抱えている問題について考え、沖縄と日本の現実を見つめよう。

2.多くの人に出会い、たくさんの事実にふれ、歴史の真実を見つめよう。

3.「学び方」を発展させ、沖縄学習の歴史を刻もう。

4.沖縄学習を通じ、自分の生き方を考えよう。

 

*沖縄の「5つの顔」

① 沖縄は九州と台湾に弓なりに連なる110あまりの島々からなり、亜熱帯的な風土の特徴を持っています。「東洋のガラパゴス」とも言われ、世界でも珍しい動物や植物があります。

② 沖縄は、位置、気候、風土などから独自の文化や生活を形成し、固有の歴史を発展させてきました。ことば、食、行事、焼き物、織物、歌、踊り、楽器などです。

③ 沖縄は、南方との文化交流のカジマヤー(十字路)にあたり、日本文化の源流の一つと考えられています。琉球王朝時代は、海洋民族として発展し、中国へ進貢船を送り外交関係を持ってきました。

④ 沖縄は、太平洋戦争末期、日本の「捨て石」として、住民を巻き込んでの激しい地上戦が行われたところです。

⑤ 沖縄は、戦後アメリカの軍事占領のもとでアジア支配の根拠地となり、復帰後もアメリカにとって「要石(かなめいし)」として多くの米軍基地を抱えています。


沖縄にある在日米軍基地は、かつては沖縄本島全体面積の20%を超えていましたが、少しずつ返還され今は16%、それでも本島全体の6分の1を沖縄の人が自由に入ることができない米軍基地となっています。沖縄に続き米軍基地面積が大きい都道府県が、すぐ隣の神奈川県であることにも子どもたちは驚きました。

今年の初め、沖縄戦の犠牲者の遺骨が混ざる土砂を基地の埋め立てに使うな、とハンガーストライキをしている方のことが東京でも報道されていました。この方は長年沖縄戦犠牲者の遺骨収集を続けている具志堅隆松さん。2年前に和光小学校に来て特別授業をしてくださったこともあります。遺骨の混ざった土砂を埋め立てに使うことに反対する署名も多く集まり、ちょうどこの授業をしている頃、沖縄県は開発を制限するかどうかの判断を下す時期になっていました。6年生の子どもたちは、「沖縄」学習の中で、沖縄の過去と現在を知り、今起こっていることの意味を考えるようになることでしょう。

6年生の真剣なまなざしと共に、振り返りの文章の中に「沖縄」に限らず真実を学びたいという熱意を感じました。

 

<子どもたちの振り返りから>

・沖縄といえばリゾート地で、すごい楽しいところだとしか思っていなかった。だけどそれだけではないと知った。

・沖縄には戦争があったと思えないほどおいしい食べ物やかわいい動物やきれいな海など見たことのないものばかりでびっくりしました。特に海がすごく好きです!沖縄の海の写真を見ると早く沖縄に行きたいと思います。沖縄に早く行きたいけど、戦争のこともちゃんと学びたいです。

・丸木政臣先生は校歌を作ったのは知っていたが、沖縄学習を提案した人だとは知らなかった。広島学習も大事だとは思うが、自分はやはり沖縄に意味があると思う。なぜかというと、太平洋戦争の中で日本の「捨て石」として戦い、多くの人が亡くなってしまったから。そんな人たちの思いを大切にしてこれから学習していきたい。

・今の沖縄は海がきれいとか食べ物がおいしいとかのイメージだけど、昔の沖縄は学生とかも戦争に行ったとわかった。今も亡くなった人の骨が土の中にあると聞いてびっくりした。

・私の沖縄のイメージは、きれいな海、温暖な気候、おいしいごはん、すてきな踊り、などでした。もちろん大きな戦争があってたくさんの人が家族を失い、とても辛い思いをしたのは知っていましたが、今の沖縄は私のイメージのようにとてもキレイな姿です。でも今日の先生の話を聞き、改めて戦争はしてはいけないと感じました。あとキレイな海はこわしてはいけない、残してほしいと思いました。戦争は忘れてはいけない、たくさんの人の心に残ってほしいです。珍しい動物や植物にも出会ってみたい。東京では見られない物と出会ってみたいと思いました。

・戦争で死んだ人の血で海が真っ赤になったということも他から聞いたことがある。ハイビスカスを見ると戦争を思い出すってよほど悲しいことなんだなあと思った。ハイビスカスはきれいな花だけど血を見た人にはこわいのかなあと思った。沖縄にはきれいな海や生物がいる観光地だけど、かつてはあれた地だったのかなあ。

・一気に沖縄のことがいろいろ知れた。沖縄の自然、文化、そして沖縄戦・・・話を聞いて昔はとても辛くて今も少しその支障があることがわかった。骨の埋まった土で辺野古を埋め立てるのを反対した沖縄の人は、昔の戦争のつらいことを知っているから反対したと思う。沖縄の自然は見たこともない色合いで、自然にも興味がある。

 

「いいこともいやなことも、たくさん心が動いていく1年に」 ~学級通信に込めた想い その4~

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「緊急事態宣言」が出ている中、感染対策を万全にして園生活、学校生活を進めています。

前回、“1年生歓迎イベントは一段落”とお知らせしましたが、今週、5年生が1年生に読み聞かせをする会が、クラスごとに行われました。5年生はペアの1年生のことを思い浮かべ、本や紙芝居など選んで読む練習をしました。当日は1年生、5年生の教室、図書室、手仕事の部屋などに分かれての読み聞かせ交流、共にマスクをしたままでしたが、目元の表情で気持ちを伝えあっていました。何組かが同じ部屋にいるのですが、1年生は読んでもらっている本や紙芝居に集中して聞き入っていました。

幼稚園では421日に「新しい子どもを迎える会」、430日には「こどもの日集会」を、1組、2組縦割りで分かれて芝生の広場で行いました。

「こどもの日集会」では、3歳児花組の子どもたちも、子ども一人一人を大切にするための日として「こどもの日」が定められたという副園長の話に耳を傾け、大型絵本の読み聞かせに見入っていました。去年は揚げることができなかった大きな鯉のぼりも澄み切ったあおぞらに元気に泳いでいます。例年、星組の父母のみなさん手作りの鯉のぼりが「こどもの日集会」で披露され、子どもたちは鯉のぼりのおなかをくぐり抜けることを楽しみます。が、今年もそれはかないませんでした…… 来年こそ“こいのぼりくぐり”ができますように!

今回は幼稚園の学級通信のタイトルに込めた想いを紹介します。

花にじグループ 「ゆらゆら」 担任の好きな絵本の中に『ゆらゆらばしのうえで』(作:きむらゆういち 絵:はたこうしろう 福音館書店)という絵本があります。今にも崩れそうな橋の上に取り残されたウサギとキツネ。<ゆらゆらする橋の上で心がドキドキと動く内容です。子どもたちの幼稚園の1年もいいこともいやなこともたくさん心が動いていく1年になっていってほしいなと思い>このタイトルに。語感も気に入っているそうです。

花かぜグループ 「わっはっは」 初めての集団生活はドキドキの連続です。<子どもたちにとっては、楽しいことばかりではなく、悲しいことや悔しいこと、痛いこともあるでしょう。でも、そのすべてが子どもたちの成長の過程です。子どもたちの毎日を大人たちみんなで「わっはっは」と笑いながら、大きく見守っていきたい>、そんな願いを込めて。<大人も、人に話すことで肩の力が抜けて笑えるようになることも。みんなで子育てを楽しむチームになりましょう!!>

花そらグループ 「はじめてがいっぱい!」和光幼稚園で初めてクラスを受け持ちます。<これからの新しい生活に、お家の方も子どもたちもドキドキわくわくで胸がいっぱいかと思います。>担任も同じ気持ちです。<“はじめてがいっぱい!”が私にとっても子どもたちにとっても多くある1年、様々な出会いを楽しく過ごしていきたいす!泣いたり、笑ったり、怒ったり…いろんな子どもたちの姿を一緒に楽しんでいきましょうね!たくさんお話しできると嬉しいです♪> 

1組 「まるかーと」  今年度も、音楽用語から。「1音1音はっきりと」を意味する“マルカート”、「1音1音しっかり意識して」「どの音も強調して」というイメージで、<1人1人の姿・個性が伝わるように描いていきたいな、という思いを込めて>このタイトルにしました。<「この子ってこんな個性持ってるのね~!」「こんな面白い子なんだぁ」「この子はこんな葛藤してるのね~」なんて、他の子の姿も我が子のように楽しんでもらえるように>との願いも込めて。

2組 「きみとともだち」 <個性的な面々が周りの友だちとつながっていく姿が月組の生活の中でみられたらいいな!と思い>このタイトルに。月組は友だち同士の関わりが生まれたり、広がったり、そのなかで悩んだり、様々葛藤する姿が見られる時期でもあります。<そんな姿を大事にしながら、子どもたちの色々を大人はどんと受け止め、子どもたちってかわいいな、おもしろいなと思えたらいいなぁと思っています。>というメッセージを込めました。

1組 「ホシガラス」 一家で登山を楽しむ担任は、高山植物、野鳥への造詣も深く、今年は高山に住む鳥の名前に。<高山に住む体長 35 センチほどの鳥。体の模様が星空に見えることから名前がつきました。かわいいんですよ~!>と第1号でホシガラスを紹介しています。漢字では「星烏」と書きます。カラス科ではありますが、ふだん町の中で目にするハシブトガラスと同じ仲間とは思えず、カラスという名前から受けるイメージからはほど遠い姿です。

2組 「あした、てんきになあれ!」 月1組担任からお隣のクラスの担任になりました。<まだまだ先が見通せず、暗ーい気持ちになってしまいがちな世の中ですが、そんなモヤモヤとした気持ちを吹き飛ばすように、元気に明るく雨の日も晴れの日も、星2組の子どもたちと幼稚園生活最後の一年間を楽しく過ごしたいと思っています。> 明日もきっと楽しいことが起きるはず!と前向きな気持ちを込めて。

星組は両クラスとも、おにごっこで駆け回っています。

「今年もコロナに負けないように、面白いことをたくさんやって、面白い勉強をして、面白い一年にしていきましょう!」 ~学級通信に込めた想い その3~

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新年度が始まって2週間余りが経ちました。1年生は上級生との交流が続き、21日には「1年生と6年生が遊ぶ会」、その後クラスごとに1年生と2年生が遊ぶ会を行い、1年生歓迎イベントは一段落です。

「1年生と6年生が遊ぶ会」は6年生が内容を考え運営もすべて自分たちで行います。つなひき、たからさがし、紙コップつみ、さかなつり、わなげ、ボーリングなどなど。6年2組で行っていた“もぐらたたき”では大きな段ボール箱の中に2人の6年生が入り穴から腕を出したり入れたり。中腰での“もぐら”はさぞ大変だったことでしょう。ペアの1年生に優しく寄り添う6年生の姿がステキでした。

年度初めの学年親和会、学級親和会は全学年が終わりました。役員の方々の新旧引継ぎ、親和会総会、と今年度の親和会活動も動き始めました。昨年度は長い休校開けからの親和会活動、それもできないことがたくさんあり、とりわけ役員のみなさまにはご苦労をおかけしました。1年間、ほんとうにありがとうございました。そして、新年度役員をお引き受けいただいたみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。

3度目となる「緊急事態宣言」が発出されました。親和会活動など制限させて頂くこともありますが、感染防止対策を十分に行い、できる限りの教育活動を進めていきたいと考えています。

今回は高学年、5,6年生の学級通信のタイトルに込めた想いを紹介します。

5年1組「SariSari」タガログ語で「多様な」という意味だそうです。高学年になった子どもたちに“多様な”仲間と共に“多様な”学びを広げていきたいという願いがこもっているように感じました。<五年生は「縁の下の力もち」と言われたりしますが、わたしたちが動かなければ始まらない・・・というくらいたよりにされる存在でもあります。>と、第1号でのメッセージです。さっそく入学式の会場づくりに力を発揮してくれました。

5年2組「Candy」タイトルには<色とりどりの自分の個性、仲間の個性を大切にしてほしいという願いを込め>ました。公立の小学校から来たばかりの担任は、和光小学校の高学年との出会いに、ジャン・コクトーの詩、「君たちに」をプレゼント。そして第2号では<「どんなクラスがいいクラスなのか?」「どんなリーダーシップが大切なのか?」また「どんなフォロワーシップが適切なのか?」そういうことを考えながらよりよい自治を目指していきたい>とメッセージを。

6年1組「ちゅらさん」6年生は毎年ウチナーグチ(沖縄方言)でのタイトルです。1,2年生でもクラス替え前の半分の子どもたちを担任しました。タイトルは「ちゅらさん」に。<「清らさん」と書き「心が清らかな人」という意味。そんな人を目指していきたい。「美ら海」のように今は美をあてて書くことも多いようですが、本来は「清ら」(美しい、清らか)だったようです。>との願いを込めて。さっそくチラガー(豚の顔)を見せ沖縄の食文化に誘います。ゴーヤも育てよう、と子どもたちと一緒にプランターに種を蒔きました。

6年2組「うむしるむん」<「面白物」または「面白者」、「おもしろいもの」という意味です。エイサーのはやし言葉に「七月遊びや面白むん」と入っています。今年もコロナに負けないように面白いことをたくさんやって面白い勉強をして、面白い一年にしていきましょう!>学級開きでは「ちんすこう」を渡し「これでクイズをつくってみて!」と言うとたくさん出ました。<「モノからナゾ、疑問を見つける」という大事な方法を、みんなは5年生までにしっかり身につけてきたんだね。>と沖縄学習びらきとなりました。

「みんなで顔を合わせて笑いあえる一年に、 そんなあたたかいクラスになったらいいな」 ~学級通信に込めた想い その2~

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入学式から一週間、先週1年生はお昼までで下校でしたが、それでも慣れない場所、初めて出会う人たちとの毎日は思った以上に疲れたことでしょう。
6年生は毎朝1年生の教室で「おはよう」と出迎えてくれます。金曜日は、3年生が手作りの割り箸でっぽうをプレゼントして、体育館でペアで遊びました。
来週は、2年生が作ったテープごまで一緒に遊び、4年生からは手編みのあやとり紐をもらって、いっしょにあやとりをし、5年生に読み聞かせをしてもらう、と上級生との交流が予定されています。

今回は3,4年生の学級通信のタイトルに込めた想いを紹介します。

3年1組「ケ・セラ・セラ」「なんとかなる」という意味です。<楽しい時もあれば「どうしよう・・・・」となやんだりするときもある。そんなときに「ケセラセラだよ」「だいじょうぶ、自分たちならなんとかなるよ!!」と安心した想いを自然と持てるクラスになったらいいな>というのがクラス替えをしたばかりの子どもたちへのメッセージです。いっしょにがんばることが<“自分たちの自信”に自然となっていくような、そんな暖かい、安心できるクラス>に。

3年2組「ワライアイ」担任お気に入りの、DISH//の「僕らが強く。」という曲から。昨年、長い休校が明け、子どもたちと顔を合わせた時、一緒に過ごせる時間の尊さを感じました。<家で楽しくても学校でみんなで学んだり遊んだりする楽しさには勝てない!!それはサビの“笑ってたいんじゃなくてね、笑い合ってたいのだ”というところとピッタリ同じ。今年もみんなで顔を合わせて笑い合える一年に、そんなあたたかいクラスになったらいいな>という願いを込めて。

4年1組「あそび+べんきょうむし」持ち上がりのクラスです。昨年のタイトルは「あそびむし」でした。4年生に進級し、<どの教科でも新しいことをたくさんべんきょうするよ。今までよりも「なるほど~」とかんじることがふえてくるよ。にが手なこともべんきょうしてできるようにしていこうね。総合学習「多摩川」でしぜんとたっぷり関わる学年。たよられることが増えてくる。>と、「+べんきょうむし」に想いを込めました。

4年2組「言の葉なべだより」<「言の葉」とは「こころのことば」です。いにしえの人々は、様々な感情や心模様を「言の葉」に乗せて、やまとうたを読んできました。学級通信は目的ではなく、日々の真のこころによる教育の延長線のうえにあるように思います。>というのがタイトルに込めた想いです。<氏名には「命の使い方」への願いが信じて託されているといつも心から想います。>と、初めて出会う子どもたちの一人一人の名前から感じたことを紹介しています。

「楽しいことも悲しいことも、 いっしょにたくさん話して、考えて、笑って・・・」 ~学級通信に込めた想い その1~

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2021年度が始まりました。1年前、子どもたちの声が消えたキャンパスで迎えた新年度のことを思い返すと、ひとつ学年が上がってうきうきした足取りで始業式に集まる子どもたちの姿に、今年こそ思う存分楽しい学校生活、園生活を送ることができるように、できるかぎりのことをしたいと決意を新たにしました。

12日には入園、入学式を行いました。幼稚園は昨年度、図らずも“ゆるやかな”スタートを切ることで安定した幼稚園生活に入った子どもたちが多かったという振り返りのもと、今年も一週間は各グループを2つに分け、前半、後半での少人数保育を行います。さらに最初の2日間は親子で過ごし、少しずつ新しい場所、新しく出会う人たちに慣れていくことができるのでは、と考えています。

小学校1年生は、6年生が朝から教室に来てくれて朝の支度のお手伝いをしたり、いっしょに遊んでくれたりしています。そしてさっそく学校探検。何もかもが初めてという学校生活に、少しずつ慣れていくことでしょう。

和光幼稚園も和光小学校も担任は学級通信を発行します。学級通信は園、学校と家庭をつなぎ、家庭と家庭をつなぎ、子どもと子どもをつなぎ合わせます。学習、生活の様子、時には子どもたち同士のトラブルも担任の視線でお伝えし、保護者のみなさまとは学級親和会で改めて子どもたちの関係を考えあうきっかけになっていきます。

そのような学級通信、タイトルにも担任の想い、願いがこもっています。新年度の初めに、各クラスのタイトル、そこに込められた想いをご紹介します。

今回は小学校の低学年です。

11組「ポッケ」1年生はアイヌの文化を学びます。「ポッケ」とは、アイヌ語で「あたたかい」という意味だそうです。1号には<個性豊かな36人をあたたかく包み込むようなクラスにしていきたいと思っています。>と、タイトルに込めた想いが書かれています。学級開きでは、アイヌ文様を版画にした担任手作りのしおりをプレゼント。<きょうぷれぜんとしたしおりには、いやなことをふきとばすおまじないがかかってるよ!>

12組「いたやはりアイヌのことばです。<アイヌの人たちのことばで「はなす」という意味です。みんなのお話をたくさん聞かせてください。そして、話すだけでなく、友だちのお話も聴きあいましょう。たくさん聞いて、たくさん話す、みんなとたくさん話せる1年になりますように、と願いを込めました。>とタイトルに込めた想いを綴り、学級開きでは担任の自己紹介、アイヌのウポポ(唄)を一つ教えてもらいました。

21組「あしたも!」担任が替わり、どんな先生かな~と思っている子どもたちに、学級開きでは“先生に質問”コーナーがありました。「好きな色は?」「好きなスポーツは?」などなど知りたいことが次々と。タイトルに込めた想いは、<先生はみんなとたのしいこともかなしいことも、いっしょにたくさんはなして、かんがえて、わらって・・・あしたもやりたい、あしたも学校にいきたい!!あしたもともだちとあそびたい!!とおもえるまい日にしたくてきめました。>

22組「手と手と手と」1年生からの持ち上がりです。<通信のタイトルは先生が好きな歌です。>と6番まで紹介。<グー あきらめない、だんけつ、チョキ さいごはえがおで「やったー」パー はい!ちょっとまった。いいことばかりじゃないぞ! 苦しい時はみんなグーでがんばってほしいけど、最後はピースになるのはうれしいけど、それでもちょっとまって「私はつらいの」って話せて聴ける関係を目指したいです。>担任の歌を口ずさみながら聞いていました。

第88回入学式 式辞

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1年生のみなさん、入学おめでとうございます! 早く小学校が始まらないかなぁ、と首を長くして待っていてくれたことと思います。お待たせしました。 今年は4月にこうして1年生のみなさんをお迎えすることができること、ほんとうに嬉しく思っています。

1年生のみなさんの入学を、学校中の人たちが楽しみに待っていました。いつもはこの会場に、2年生から6年生までのお姉さん、お兄さんたちが参加するのですが、今年もまだコロナが心配なので、和光小学校の子どもたちを代表して、一番年上の6年生が参加しています。6年生の人たちは玄関で待っていてくれて教室でいっしょに遊んでくれたと思います。ペアのお姉さん、お兄さんと仲良くなりましたか? ここまで手をつないで入ってきた6年生は、これからも一緒に遊んだり、学校のことを教えてくれたり、みなさんのことを見守ってくれることでしょう。 教室の壁にステキな絵があったでしょう。それも6年生の人たちが作ってくれました。今日みんなに配るお手紙の準備や靴箱の掃除まで、6年生の人たちがしてくれましたよ。今日は参加していませんが、5年生はこの会場の準備をしてくれました。そして2年生、3年生、4年生はみんなにプレゼントを準備してくれています。楽しみにしていて下さいね。学校中の人たちが、今日のこの日を迎えるために、みなさんのことを思いながら心を込めて入学式を準備しました。

これからみなさんは和光小学校の1年生です。小学校に入るとたくさんのことを学びます。“学ぶ”ということは、知らなかったことがわかるようになる、ということです。できなかったことができるようになる、ということです。だから、ワクワクする、とても楽しいことです。これは、6年生のFさんが、1年生が終わるときに北山先生にきれいなリボンをかけて届けてくれたものです。「たのしいわこう小学校をありがとう!」とひらがなと漢字で書いて、真ん中にはグランドに立っているいちょうの木があります。実は、これは何を使って書いたかと言うと、これ(割り箸)です。この割り箸をナイフで削って割りばしペンを作り、オレンジのインクをつけて書いてくれました。私はこれをもらってとっても嬉しかったので、ずっと壁に貼って眺めています。何がうれしかったかというと、自分で削った割りばしペンで文字や絵を書いたこと、そして「楽しい和光小学校」と書いてくれたことです。和光小学校の1年生はナイフを使います。最初は柔らかい割り箸を削ってペンを作り、その次には鉛筆もナイフで削ります。最後には細長い木を削ってお箸も作ります。鉛筆やお箸だけではなく、柿の皮をむいて干し柿も作るのですよ。こうやって道具を使えるようになると自分が思ったものを作ることができるようになり、作ったものを使うと楽しいことが増えていきます。Fさんはそんなことを思いながら書いてくれたのかなぁ、と思いました。

和光小学校は、なんでかなぁ、不思議だなぁ、と思うことを仲間といっしょに調べたり、考えたり、試してみたりすることがいっぱいあります。そしてたくさんの発見があります。一人だとよくわからないことも、クラスの仲間、先生と一緒に考えるとわかってくることもありますよ。

さあ、今日からみんなは和光小学校の1年生です。

“なぜかな?”“ふしぎだな”と思う気持ちを大切に、なかまといっしょにたくさん学び、たくさん遊んで、こころもからだも賢くなっていって下さい。

新入生の保護者のみなさま、 本日はお子さんのご入学、ほんとうにおめでとうございます。 大切なお子様の教育を、和光小学校に託して下さったこと、たいへんうれしく思っています。まだまだ感染状況は予断を許さない状況ではありますが、昨年1年間の試行錯誤を経て、感染対策を万全にしてできる限りの教育活動を行うことができるよう、力を尽くしていきたいと思います。

和光学園は保護者のみなさまと学校とが子どもをまん中にして教育作りをしていく「三位一体」の学校です。保護者のみなさまには本日より親和会の一員として、 子どもたちをともに見守り、支えていただきますよう、お願いいたします。そして、お子さんといっしょに和光小学校の教育を存分に体験して下さい。 これからの6年間、どうぞよろしくお願いいたします。

2021年4月12日 和光小学校 校長 北山ひと美

和光小学校卒業式 式辞

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今年は春の訪れが早く、みなさんの卒業を祝福するように、子どもの森の桜が満開になりました。先週、桜の木の下で1年生や幼稚園の子どもたちと遊ぶ6年生の姿を目にし、1年前のことを思い出していました。

昨年の今頃、最後の2週間は学校に来ることができずに5年生を終え、和光小学校の最終学年は臨時休校の中でスタートしました。教科の学習、総合学習、6年生になったらこれをやるんだと思い描いていたものができないまま自宅で過ごす日々、みなさんやおうちの人たちの心の内はいかばかりだっただろうと思います。特に、1年生の時から毎年優勝目指して取り組んできた運動会、6年生の姿にあこがれ、いよいよその6年生になったという緊張感を持っていたことでしょう。6月に学校が再開しても通常の授業、活動ができるのはいつになるんだろう、2学期に運動会はできるのだろうか、沖縄学習旅行にはいけるのだろうか・・・・等々、みなさんやおうちの方たちが抱いた不安は、私たちも同じでした。コロナウイルスへの感染対策をしながらできる限りいつもの学校生活を送ることができるようにしたい、と考え、私たちも手探りで進んできた1年でした。それでも夏の林間合宿を行うことはできず、みなさんにとっては最後の瑞籬キャンプに行くことができませんでした。“できなかったこと”を嘆いても前には進めない、と3月になってテント張り実習、キャンプでの調理実習、騎馬戦を伝える会を行い、これまで和光小学校で取り組んできたものを次の学年の人たちにつなげることを、6年生のみなさん自身が意識していたことを、とても心強く感じています。

長い休校とその後の感染対策をしながらの学校生活、その中で「学校って何だろう」ということを多くの人が考えたことと思います。6年生のみなさんは教室で率直に話し合いました。休校期間にはネットを介した学習にも取り組み、オンライン朝の会も行いましたが、「なぜかやる気にならなかった」というNくん、Sくんの、動画を見てやる学習は「なぜか学校でやっている勉強より楽しくないというのか、おもしろくないというのか、何かが抜けている気がして変な感じでした。やっぱり学校でみんなとやった方が意見も言い合えるし一緒に考えられるので、学校で学ぶ大切さを身にしみて感じました。」ということばに、学校で学ぶことの意味が示されています。インターネットを開けば知りたいことをすぐに調べられる時代になり、パソコンの画面を通じて「授業」を受けることも可能になってきています。が、和光小学校で過ごしてきたみなさんは、一人で画面に向かっているだけでは得られないもの、学校に集って仲間と共に考えるからこそ得られるものがあることをよくわかっています。6年生の学びの中で仲間と共に実感を持って学ぶことを最も大切にしているのが総合学習「沖縄」です。みなさんの沖縄学習旅行は、10月末に実施できましたが、やはり例年どおりにはいかないこともありました。それでも、沖縄戦を体験した玉木利枝子さん、中山キクさん、島袋淑子さん、平田文夫さん、文子さんから直接話を聴くことができ、南部戦跡を回り、座間味の海にも入りました。コロナ禍で多くの学校が修学旅行を取りやめたり旅行先を変更したりしている中、沖縄に行き証言者の方たちにお会いすることができたのは、34年にわたる和光小学校の総合学習「沖縄」の積み重ねがあったからだと思っています。なぜ沖縄を学ぶのか、沖縄の学びがこれからの生き方にどうつながっていくのか、もう答えを見つけた人もいるでしょうし、この先何年か後に見つける人もいるでしょう。それがわかったとき、沖縄で和光小学校の6年生が来るのを待っていてくださる方たち、コロナ禍であってもなんとしてもこの学習旅行は成功させたいと願う多くの人たちの想いを受け止めることができるのだと思います。

和光小学校は“ことば”を大切にしています。ことばで伝える、ことばを受け止める・・・1年生の時からたくさん「はっぴょう」し、友だちの「はっぴょう」を聞き、「あのねのーと」「生活ノート」を書き、授業や活動のたびに「ふりかえり」を書いてきました。いや、みなさんからすれば“書かされた”という感覚かもしれません。子どもだけではなくおうちの人にも行事や親和会の感想を届けてくださいと声をかけ、とうとう今年は「おうちの人の卒業文集」までできあがりました。こうやって自分が感じたこと、考えたことを“ことば”にすることは、実は自分の頭の中を整理し、新たな疑問を導き出すことになり、次の学びにつながっていきます。そうして重ねてきた学びは、みなさんの中に「想像力」を育んできました。ケンカをした後の相手の気持ち、物語を読んでそこに描かれている世界、風景、76年前、沖縄の戦場で起こった出来事、今、辺野古の海に基地を造ることに反対している人たちの願い、3・11の津波で大切な人を亡くした人の胸の内、「花ばぁば」の授業で日本軍慰安婦にされた方たちの想い・・・・ これまで学んできたこと、その時に感じたことを思い出してください。想像することでさまざまな感情が揺さぶられ、相手の痛みがわかるようになります。「沖縄を伝える会」でみなさんの“ことば”が伝わるのは、沖縄で見たこと、聞いたこと、感じたことが実感を伴って語られるからです。それはみなさんが沖縄の過去、現在に想像力を働かせたからに他なりません。当時のこと、現地の方の想いに想像力を働かせ紡ぎ出された“ことば”は、相手の心に染み渡っていきます。

いよいよ中学生になります。これからも自分の目で確かめ、直接体験し、自分の頭で考えることを大切にして下さい。そして今まで以上に想像力を働かせてください。学習も生活も、これまでよりぐんと広がり、深まっていきますが、和光小学校で培った力を信じ、新しい世界に羽ばたいていって下さい。

卒業、おめでとうございます!

 

2021年3月22日

和光小学校 校長 北山ひと美

「決断一つで守れるいのちがたくさんある」 ~3・11の日に学ぶ、考える~

和光小学校 校園長ブログ
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例年なら卒業式を行う頃ですが、今年の卒業式は322日、3学期終業式は24日としました。3月になって、夏に行うことができなかったキャンプに向けての取り組み(テント貼り実習、屋外での調理活動)を、56年生縦割りで行い、小学校での最後の日々をできるだけ充実した毎日になるよう、日々学習、活動を進めている6年生です。

卒業式で「みなさんが和光小学校に入学したのは東日本大震災直後、原発事故による放射能汚染の不安を抱えながらスタートした小学校生活でした。」と話したのは、もう4年前になります。今年の6年生は当時2歳。東京でも地震による被害と何よりも東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染が広がる中での不安な日々を実感している人は少ないでしょう。3年生以下の人たちにとっては生まれる前の出来事となっています。

和光小学校の総合学習には、「トピック学習」として位置づけているものがあります。「3・11を学ぶ」もその一つ。毎年学年ごとに学習を組んでいますが、3・11から10年となる今年も、多くの学年が311日に授業を行いました。

1年生は、生まれる前のことですが、おうちの人に聴いたりして知っている人もいました。<地震の後の津波のことや火災が起こったこと、原発事故のことなど、それぞれがポツポツとつぶやく断片的な情報からも、なんだかすごく大変なことが起こったのだということがわかったことと思います。>と授業の様子が学級通信に紹介されています。二冊の絵本を読みました。『つなみ てんでんこ はしれ、上へ!』<子ども向けに書かれた絵本ですが、絵に迫力があるし「ちょっと怖いな・・・」という印象を持った人もいました。どうやっていのちを守ったかが伝わってきます。>(学級通信より)『きぼうのかんづめ』<石巻の缶詰工場と経堂がつながっている・・・地震、そして津波のあとサバ缶をめぐって起きたことが1年生の目を通して描かれています。「いい話だった~」と言っていました。>(学級通信より) ともに1年生にわかりやすい絵本でした。

2年生は担任が前任の学校での写真を見せて話をしました。訓練ではない本当の「避難」をしたのは初めてだったという山下先生、<テレビから流れてくる映像が、Mちゃんのママが言ってるように、映画みたいで、現実のものとは思えませんでした。映画みたいに「うそ」ならいいのに・・・。今も津波の映像を見ると心がザワザワします。>(学級通信より) 2年生は、「きいてみよう、3・11おうちの人はなにをしていた?」という聞き取りの取り組みをしました。10年前のあの日、<パパとママはひっこしのまっさいちゅう・・・><ちばけんにいてお兄ちゃんをだっこしておかいものにいくところだった。・・・スーパーの中にはいったらものがぐちゃぐちゃだった。・・・><ママはしごとででかけていて、でんしゃの中でじしんにあった。そのあと2じかんあるいてかいしゃへかえった。・・・> <ママは六本木のびょういんでおしごと中。かさいほうちきがなって、かいだんをおりてひなんした。いえまで5じかんかかった。>などなど、おうちの人から聞き取ったことを書いて交流しました。

3年生は先週時間が取れず、これから行う予定です。

4年生の学級通信には特別授業「3・11を考える 3・11から考える」の授業プリントが紹介されています。<死者15900人、行方不明者2525人、震災関連死3775人、避難生活41000人>の表には、<人数の多さで見てはいけないね。一人ひとりに命があり、家族があり、生活がありました。>(学級通信より)と書かれています。3年生の時はねこ踊りのお祭りに参加した人たちは、津波による大きな被害を受けた宮城県石巻市の大川小学校を訪問し、「伝承の会」の方からお話を聞いています。その時聞いたことを思い出し、当時の被害の大きさに想いを馳せました。授業では4年生の子どもたちと同じ年齢(当時)の子どもたちが震災直後に書いた作文を読みあいました。<その日のリアルな状況が伝わってきます。とても真剣に聞いてくれ、考えてくれました。大切なのは、他人ごとでなく、過去のことでなく、現在起きている自分ごととしてとらえることだと思っています。>(学級通信より) 10歳で被災し、お母さんがまだ見つからないと作文に書いた千代さん、5年後に千代さんが書いた作文も読みました。<「半年後にお母さんが見つかった」の意味がよくわからない感じの子どもたちでした。そしてさらに「うれしかったのですが・・・」ということばに、とても複雑な気持ちにさせられ、考えました。やはり、被災者にとっては、過去のことではないのです。>(学級通信より)

5年生は当時0歳~1歳、<みんなには記憶はないかもしれないけれど、その日から10年。それまでの生活といろんなことが変わった10年でした。>(学級通信より) 担任が体験した当時のこと、新聞記事を紹介しながら特別授業を行いました。この日、Yくんは生活ノートに向かいました。「今日は3・11でした。ぼくのおばあちゃんは福島に住んでいて3・11があってから家がなくなって神奈川県に住んでいます。3・11の日に1回ぼくのおじいちゃんが行方不明になりました。だけど、おじいちゃんは会社の近くの避難所にいたそうです。ぼくは3.11の時、おかあさんがベビーカーをおして友だちの家へ行きました。今日NHKスペシャルを見て、津波の被害がすごかった。治まってから被害の後があるところにNHKが定点カメラをおいて復興の様子を撮っていたそうです。復興はすごかったけど、原発10キロ圏内はずっと変わってなかったです。」 Sくんは「今日は3・11東日本大震災の日。・・・ぼくが生後1歳のニ日前、津波もとてもひどかったらしいけど、原子力発電所の爆発が一番ヤバかった。放射線はコワい。とってもコワい。・・・自然って大きな力だな~って当たり前のこと、改めて思う。」と書いていました。

6年生は語り部バスを取り上げたNHKの「クローズアップ現代+」を観て考えました。バスで現地を案内しながら「語り部」として震災、津波のことを語り続けている取り組みを紹介した番組でした

「避難しようと決めていたところが、実際には危険だったからもっと高いところに逃げようとしたのはすごいと思う。それで本当に人の命を助けられたのは、その判断が合っていたということだと思う。だから、その時のとっさの判断が最終的に大切だし、必要だと思った。」(Kさん) 「“想定外”とは本当にコワいなと思った。戦争でも地震でも伝えていくのは大事だと思った。結局はその時の判断が大事なんだなとわかった。核(原発)は恐ろしいと思った。」(Mさん) 「津波が海ではなく山から来ることがあるなんて思わなかった。高台に逃げてもそこにも津波が来るかもしれないから安心せずにさらに高いところに逃げようと思った。」(Fくん) 「決断一つで守れる命がたくさんある。自分が当時いた場所は東京だったから津波を体験していないけど、今回映像を観てとても怖かった。観ただけでも恐ろしいから、実際にその場にいた人、体験した人たちはもっと怖かったと思う。自然災害だから誰にも想定できない。だからこそ避難訓練が大切なんだと思った。」(Yさん)

子どもたちが書いた感想をNHKに送ったら、担当の報道局報道番組センター社会番組部チーフ・プロデューサーの赤上(あかがみ)さんから6年生の子どもたちに向けてお手紙をいただきました。赤上さんは、昨年、4年生のお嬢さんを連れて語り部バスに乗ったけれど、大人はここで何が起きたのか想像はできても子どもにはほとんど想像すらできない様子であったことから、ここであったことをしっかりと知ってもらえる番組を作りたい、と思ったのだそうです。「ですので、私が本当に届けたいと思っていた、震災を知らない、あるいは覚えていない子どもたちに観てもらえ、そして当時のことを知ってもらえたのは、本当にうれしいです。」と書いていらっしゃいます。2013年から仙台局に赴任された赤上さんは、多くの方を取材し報道を続けました。「大切な人を亡くした悲しい気持ち。毎日、当たり前にいるはずだった人が、突然いなくなることの割り切れない気持ち。中には、いまだに見つかっていない方もいます。同じ経験は繰り返してほしくない。その気持ちを被災したみんなが持っていること、ぜひお伝えさせてください。そしてそのためにも、まずは皆さんが過去の災害を知り、そこからしっかりと命を守る。大切な人の命を守るために、まずは自分の命を守る。このことを、これから心の片隅に入れておいていただけたらと思います。自分にとっての大事な人の顔を、思い浮かべてみてください。」 赤上さんからのメッセージです。

私は当時和光鶴川小学校の6年生を担任していました。あの日は午前中、12年生と6年生が遊ぶ会、午後は3年生以上が体育館に集まって「6年生を送る会」を行っていました。3年生、4年生からのクイズなどの出し物が終わり、5年生による寸劇を準備している時でした。大きな揺れがしばらく続き、立っていられなくなりました。6年生は山台を組んだひな壇に乗っていましたが、そのひな壇は体育館のほぼ中央に設置されており、私のクラスには車いすに乗った子どもがいたため、車いすが落ちないように必死で押さえていました。しばらくして一旦揺れが治まったところでカメラマンの方に手伝っていただいて車いすをおろしました。グランドに避難していると、余震によって屋上のプールから何度も水が降ってきました。各家庭からのお迎えを待ち、停電の中、日が暮れると体育館の中でキャンプ用の発電機で電灯をともし、生協に勤めていらっしゃった保護者から差し入れていただいた食料品を、キャンプ用具で調理して食べました。11時近くになってもお迎えに来ることができないご家庭が20家庭ぐらいはあったでしょうか。和光小学校はインフルエンザによる学校閉鎖中で、鶴川方面に住んでいる何人かの教員たちが車に乗り合わせて様子を見に来てくれました。深夜12時を過ぎてようやく電気が復旧し、会議室で泊まることになった数名の子どもと何人かの教員が朝まで学校で過ごしました。

和光小学校へ異動してからも、毎年「6年生を送る会」を迎えるとあの日のことを思い出さずにはいられません。

昨年は急な臨時休校で、「送る会」はできませんでしたが、今年は本日、グランドに全校の子どもたちが集って行いました。6年生は、例年のように入学式で手をつないで入場してきた1年生といっしょに壇上に登ってあいさつします。その後、3年生以上が体育館に移動して「思い出のスライド」を観ました。1年生の頃から今までの一人ひとりの姿をこころに刻んで。いつもは子どもたちがつくるアーチをくぐりますが、今年は目の前を通り過ぎる6年生を拍手で送ります。

今年度はコロナ禍という“災害”に見舞われた1年でした。その中でまっすぐに前を向いて進んでいく子どもたちの姿は、春の日差しの中で輝いていました。

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