「へいわって、あさまでぐっすりねむれること」~絵本作家・浜田桂子さん講演会に参加して~

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「美術教育を進める会」の全国集会が和光小学校を会場に開催されました。

大会3日目には、絵本作家、浜田桂子さんの記念講演があり、和光小学校の教職員、保護者の方々をご招待頂きました。

 

浜田桂子さんの作品は、赤ちゃんの誕生を楽しみに待つ家族の姿を描いた『あやちゃんのうまれたひ』を印象深く覚えています。2年生の「たんじょう」の学習のとき子どもたちに読み聞かせることにしていたのですが、子どもたちは自分もこのようにして家族の元に産まれてきたことと重ね合わせて聞き入っていました。

今回の浜田さんの講演では、このプロジェクトを始めるきっかけになったこと、そして『へいわってどんなこと?』に込められた浜田さんの願いを語って頂きました。

もう大人になっていらっしゃる浜田さんのお子さんが小さかったとき、“平和絵本”と呼ばれるものを読み聞かせた時に疑問に感じることがあった、と言います。下のお子さんは、こわくて好きじゃない、と言い、上のお子さんは「ぼく、昔の子どもじゃなくてよかった。」と。“平和絵本”と呼ばれる作品は、圧倒的に戦争の悲惨さを伝える内容のものが多く、それをきちんと伝えることはとても大切だけれども、こういうことが起きないようにすること、“平和”自体が持っている喜び、生きることのすばらしさを伝えるものが必要ではないか、ということを感じたそうです。

それに、お子さんの「昔じゃなくてよかった」ということばは、今、この瞬間が過去と結びついていないことだと感じ、気になったと言います。

もっと日常的な、子どもの日々の生活の中で、これは平和か平和じゃないかを考えられるもの、具体的に感じられるものがあればいい、と考えました。

しかし、大きなテーマだけに簡単な1冊の本にまとめるのはむずかしい、とも感じていらっしゃいました。

 

2005年から2006年にかけて、浜田さんたち日本の絵本作家4人が行動を起こします。教育基本法が「改正」され、教科書検定も変化を遂げ、たたでさえ日本の子どもたちは近代史をじゅうぶん教えられていない中で、このまま歴史の事実が子どもたちに伝わらないままではいけない、という危機感を持ったと言います。

1930年代、40年代がどういう時代だったのか、大人もあまり学んでこなかったという実態があります。日本の子どもたちは学びたくても自国の歴史を知らないままに、これからアジアの人たちとどういう関係を作ることができるのだろう、という懸念を抱いた浜田さんたちが立ちあがったのです。メンバーは、浜田さんの他に、田島征三さん、和歌山静子さん、田畑精一さん。

日本の絵本は世界中で読まれています。とりわけ韓国、中国、台湾では多くの日本の絵本が翻訳出版されているそうです。韓国もオリジナルの素晴らしい絵本が翻訳出版されています。子どもたちにはお互いの絵本文化を共有し、成長して欲しいと、浜田さんたちは思いました。

そして、中国、韓国の絵本作家といっしょに「平和絵本」を作りたい、と、手紙を書いて呼びかけました。かつて日本が東アジアでやったことを直視した上での呼びかけであり、韓国、中国の絵本作家の方たちは感動して受け止めてくれたのだそうです。

2006年8月、浜田さんたち4人の作家はソウルを訪れます。

最初に案内してもらったのは「ソデムン歴史博物館」だったそうです。ここは、昨年和光小学校の先生達といっしょに訪れたところです。日本が植民地支配をしていた当時、刑務所としていた場所で、政治犯として捕らえられた韓国の人たちが入れられていた刑務所、処刑の場所がそのまま保存されています。

夏休みで近隣の小学生も見学に来て歴史の事実を学んでいたそうです。外国人で一番多く訪れているのは日本人だと知って、少し救われた思いがした、と浜田さんは言います。

2007年には中国、南京に三カ国の作家達が集まりました。その頃にはそれぞれの国の出版社も決まっていて、編集者もいっしょでした。

2007年は、日本軍による「南京大虐殺」から70年目の年でした。中国の4人の作家のうち2人は南京出身だったそうです。歓迎のパーティーで中国の主催者の方があいさつされたことばが忘れられないと浜田さんは言います。「70年前に亡くなった多くの子どもたち、母親たち、非戦闘員の人たちにとって、この地で日本の方たちの呼びかけで平和絵本を作ろうということが行われることは、何よりの供養になります。」と。夜はホテルの一室にみんなが集まって歌ったり踊ったりの楽しい時間を過ごし、国、民族を超えたいい絵本を作ろう、と誓い合ったそうです。

浜田さんたちは、このプロジェクトなら、ずっと考えていた「平和絵本」が作れるのではないかと思いました。

各国4人の作家が一人1冊作ること、三カ国で共同出版すること、制作過程を公開し“連帯して”作ること、が決まりました。

この“連帯して”作る、つまり制作の途中で相談し合う、ということは、作家にはあり得ないこと、だと浜田さんは言います。でも、それぞれの作家がダミー本(下書き本)を作り、公開して意見を求め合う、という方法で制作が進んでいきました。

浜田さんも下書き本を10冊作ったそうです。1冊のページの中に具体的な場面を描き、全体で15~17場面ぐらいに納めていくそうですが、それがなかなか難しいのだそうです。

『へいわってどんなこと?』は、最終段階で、韓国の方から痛烈な批判を受けました。最初の場面、「せんそうのひこうきがとんでこないこと。そらからばくだんをおとされないこと。いえやまちがはかいされないこと。」としていたのですが、この場面に対する批判でした。

浜田さんは、子どもは戦争に巻き込まれる立場であり、戦争を引き起こすのは大人である、ということから受け身の文章を考えました。

それに対して「日本の人が平和を考えるとき、おそらく無意識だと思うが、ヒロシマ、ナガサキ、大空襲を繰り返してはいけない、だから平和を、という意識ではないか。その一方で日本がしたことに対して二度とそういうことをしないという意識が希薄ではないか。被害を受ける側としてなら、日本でしか通用しないだろう。東アジアでは通用しないだろう。」という批判でした。

最初、浜田さんは、わかってくれているはずなのに、と思い、、腹が立ったそうですが、落ち着いて考えてみると、知識で知っていることと感覚で感じ取ることの間には開きがある、ということに気が付きます。空襲の下で逃げまどった母、子のことを思わないわけにはいかないのだけれど、子どもに対する認識の薄さも感じたそうです。子どもは受け身だけではないのではないか、「平和」に対する感性は大人が思っている以上に強いのではないか、と思いました。

そして戦争をする大人に対して、子どもが「やめてよ」と言えるように、受け身のことばをそうではないことばに変えました。

日本の作家、田畑精一さんからも指摘を受けました。

「平和ってひとりぼっちにしないこと」という場面、“ひとりぼっち”とは疎外、仲間はずれ、という意味だったのですが、それに対して田畑さんは、「戦争ってひとりぼっちが許されない、ひとりになりにくいものだ。ひとり、個人というものが許されない、他の人と違ったことをすると非国民として排除されていく。ひとりでいられる、ひとりの意見を持つということはとても大事なこと。ひとりぼっちはとても大事でステキなことだ。」とおっしゃったそうです。

戦争の気配が近づいてくると、ひとり、個人が標的の的になります。そういうことが始まったら、戦争が近いということでしょう、と浜田さん。

「あさまでぐっすりねむれること」という場面は、韓国の方達が大好きだと言ってくれる場面だそうです。中国の方達は、「おなかがすいたらごはんがたべられる」の場面が気に入っているとか。この場面、大きなお皿からたくさんの子どもたちが取り分けて食事をしていますが、「いろんな国の子どもたちにすればいい」というアドバイスが、中国の方からあったそうです。

 

こうして、2011年春、『へいわってどんなこと?』が三カ国で出版され、翌12年には日本の「全国読書感想文コンクール」の課題図書にも選ばれたので、多くの子どもたちが手にしています。

今年の5月、韓国で児童書フェスティバルがあり、そこで知り合った韓国の中学の先生は、この絵本を入学式の式典で必ず読むのだと報告してくれたそうです。

 

NGOの人たちといっしょに、いろいろな国、地域でこの絵本を読んでこられました。パレードのドラゴンに、子どもたちが自分の手形をかたどった紙に平和のメッセージを書いて貼る、というワークショップの様子を、紹介して下さいました。四谷で日本の子どもたちが書いたメッセージの続きは、北朝鮮のピョンヤンに持っていきました。NGO団体を通じて、ピョンヤンの子どもたちとは15年ぐらい絵の交流が続いているそうで、今回は作家の浜田さんご自身が参加されることなどで訪問が実現しました。窓口に立った北朝鮮政府機関の人は、「私たちが望んでいるのはあの絵本の世界です」とも言ったそうです。

絵が人の心をつかむ力を感じたと浜田さんは言います。

ピョンヤン、ソウル、気仙沼、中国、などなど、各地の子どもたちの感想も紹介して下さいました。

 

最後に、今年4月に出版された『だれのこどももころさせない』を読んで下さいました。これは、「安保法制に反対するママの会」から生まれた絵本です。

この絵本もいろいろな地域で子どもたちに読み聞かせをしていらっしゃいますが、厳しい状況に置かれている子どもたちの中には、「ぼくは今まで生まれてこなければよかった、って思ったけど、初めて生まれてきてよかった、って思った」という感想があります。多くはないそうですが、“生まれてこなければよかった”ということばを使う子どもたちがいるのだそうです。

子どもたちが生まれてきてよかった、と思えるような世の中、社会にしていかなければなりません。自分が大事だと思えて初めて他者への共感が生まれます。他者のいのちに共感できることが平和につながるのです、と講演を結ばれました。

講演会に参加されていた方の中に、中国からの留学生の方がいらっしゃいました。南京で三カ国の作家たちが集まり、これから歴史を前に進めていこうとしたことに感動した、という感想の後、「どんなかみさまをしんじても かみさまをしんじなくても だれかにおこられたりしない」という場面が一番好きだと話してくれました。

 

絵本を共同出版することでおとなりの国 韓国、中国の子どもたちどうしがつながりあい、大人たちも手を取り合えるような関係を作っていきたい、という強い想いが「日・中・韓 平和絵本」プロジェクトに結実し、NGOの方たちのお力もあり、その想い、願いは確実に前に進んでいます。

浜田さんたちが誠実に「平和」を願い、求め、行動を起こし続けている姿に、大きな勇気をいただいた気がします。

 

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