“和光連山”の頂上で “ニライカナイ”を見つめるみなさんへ ~2018年度 卒業式 式辞~

和光小学校 校園長ブログ
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今年も和光小学校、和光幼稚園の卒業生を見送って数日が経ちました。

毎年「卒業証書」を手渡しながら、在学、在園中のさまざまな姿が思い出され、胸がいっぱいになります。

卒業生に送ったことばです。

 

 

卒業生のみなさん、いよいよ和光小学校を巣立つ日を迎えました。

みなさんの最後のことば、歌声を聞きながら、みなさんと出会った頃のことを思い出していました。

和光小学校での生活は、授業での学びだけではなく、たくさんの体験、多くの人たちとの出会いがありました。

そうして迎えた6年生、最上級生になった、という期待と緊張に応えるように、担任の先生からは、学級通信第1号に力強いメッセージが書かれていました。

1組は「みんなで登ろう和光6年連山!」2組は「みんなにとっての“ニライカナイ”はどんな姿だろうか」。

小学校の先生たちからも下級生たちからも、そしておうちの人たちからも“最上級生”として期待を寄せられ、要求されることも多い1年だったことと思います。

クラスの中で起こる問題、もめごとなど話し合うことも多く、くやしかったり、悲しかったり、辛い気持ちになったりしたこともあったのではないでしょうか。それでもクラスの仲間がいたからこそ、運動会のリーダーとしてチームを引っ張り、瑞牆でのキャンプを満喫し、いちょう祭りでは迷路やおばけやしきで下級生たちを楽しませ、クラスで劇を作り上げることができたのです。

 

先週、できあがったばかりの『命どぅ宝 私たちの見た沖縄、考えた生き方』をいただきました。みなさんが書いた作文には、「沖縄」の学習の中でこころに引っかかったこと、学習旅行で感じたこと、考えたことが詰まっています。

 

戦後73年が経ち沖縄戦を体験した方から直接お話を聞く機会はますます少なくなりつつありますが、今回も玉木利枝子さんと中山きくさんに出会うことができました。

「自分の目の前に人の死を体験した人がいると思うと必死で聞いて目で見て心で向き合うことができる」と書いているきりくん。

まゆさんは「苦しまずに死にたい、という玉木さんの言葉から、戦争は人の心まで殺してしまうんだなと思いました。」と書いています。

 

今回の沖縄学習旅行では台風の影響を受けて座間味島に渡ることができませんでしたが、その代わりに太田光さんに嘉手納基地とチビチリガマを案内してもらいました。

チビチリガマではちょうど別の団体を案内していた知花昌一さんに出会いました。米軍が沖縄に上陸した直後、チビチリガマに逃れていた住民約140名のうち85名が「集団死」の犠牲になりました。戦後38年間、この出来事は語られることはなかったのですが、二度とこのような悲惨なことが起こらないように、と聞き取りをし、公にしたメンバーの一人が知花さんでした。

知花さんは、和光小学校の6年生なら、と、チビチリガマの中に入れて下さることになったのです。

「いくら戦争の話を耳で聞いても、物語を聞いているようでピンときませんでした。でも実際にガマに足を踏み入れて戦争時代に生きた人がこうやって過ごしたんだと、ほんの少しの間、暗やみを体験しただけなのに気持ちが苦しくなりました。そして疲れました。暗やみに落ちていたお茶碗やお箸、亡くなった人たちの骨まで触る体験をさせてもらいました。光のないガマでどんな会話をして何を食べたのでしょう。」これは、なつみさんの作文です。

このチビチリガマに入ったことを印象深く思っている人は多かったと思います。ガマの中で知花さんが話して下さったこと、“人は生きるために生まれてきたのであって死ぬために生まれてきたのではない”ということばも私たちの心に深く刻まれました。

実は2年前、地元の中学生が「きもだめし」と称してガマを荒らすという事件があり、その後、中に入ることは禁止されていたのですが、この日はその事件後初めて知花さんが遺族の方からガマに入ってもいいと言われた日だったのだそうです。

かのんさんは書いています。「ここが何の場所か知らない人にとって、ここは何てことのない場所に見えてしまうことがわかって、“知らない”ってこわいと思いました。“知る”ことを大切にしようと思いました。」

 

「沖縄」をこれだけ深く学び、学んだことをこんなに豊かに表現できることに私はほんとうに感動し、一人一人の作文を読ませてもらいました。

 

「いのち」「平和」という目に見えないものを感じ取り、その尊さを伝えていこうとしている6年生のみなさんに、もう一つ、この文集を読んで私が自分自身の命について考えたことを伝えたいと思います。

文集には学習旅行に同行した先生たちも文章を寄せています。

I先生が、伯母様にあたる方が学徒動員で軍需工場に動員され、爆撃にあって亡くなられたことを書いていました。その名古屋の軍需工場、三菱重工には、まさにその空襲を受けたとき、私の父も学徒動員でかり出されていました。同じく17歳だった父は、命からがら奈良県の実家まで歩いて帰ったと言います。

爆撃を受けたとき、もし父のいた場所が違っていたら、もしI先生の伯母様にあたる方が少し移動していたら、その後の人生はまったく違っていたかもしれません。

私は父からこの空襲の話を聞く度に、もしかしたら私は生まれていなかったかもしれない、と思い、こうして生きている自分が不思議に感じたこともありました。

「沖縄」を学んだみなさんは、“いのち”が何よりも大切であることを知っています。知っているだけではなく、そのことを多くの人に伝えなければならないことも、みなさんの作文には書かれていました。

自分自身や大切な人の“いのち”が脅かされることのない日々であるよう、戦争や戦争につながるあらゆるものを無くしていく努力を続けなければならないのだと、改めて卒業生のみなさんから教えられた気がします。

 

いよいよ中学生になります。これからも自分の目で確かめること、直接体験すること、そして自分の頭で考えることを大切にして下さい。学習も生活も、これまでよりぐんと広がり、深まっていくことでしょうが、和光小学校で培った力を信じて新しい世界に羽ばたいていって下さい。

今、“和光連山”の頂上に立っているみなさんには、それぞれの“ニライカナイ”が見えていることでしょう。

卒業、おめでとうございます!

 

 

卒業生の保護者のみなさま、

学力偏重の世の中で、この和光小学校を選んで下さったこと、そして親和会活動を始め、まさに「三位一体」で物心両面にわたり力強く支えていただきましたこと、こころより感謝申し上げます。

これからも、私たちは保護者のみなさまとともに子どもたちの成長を見守っていきたいと思います。

ご卒業、おめでとうございます。

 

2019年3月18日

 

和光小学校 校長 北山ひと美

 

 

 

 

 

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