子どもたちが集い学ぶ学校の再開を願って ~2020年こどもの日と“アンネのバラ”~

和光小学校 校園長ブログ
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わが家の玄関先の植え込みの中に、今年も“アンネのバラ”が鮮やかに咲きました。鶴小に勤務していた頃、同僚のK先生が、欲しい人に、と株分けして下さったものです。園芸に疎い私に替わって夫が世話をし、毎年この時期になると深紅のつぼみから開花するにつれて橙、黄、黄金色に変わっていく色を楽しませてくれます。

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「アンネのバラ(Souvenir de Anne Frank)」とは、第2次世界大戦中の強制収容所で、15歳という短い生涯を終えた少女アンネ・フランクの形見のバラです。戦後、彼女の日記が『アンネの日記』として出版されると、自由と平和の大切さを願う言動が多くの人々に感動を与え、世界的ベストセラーとなりました。『アンネの日記』に感銘を受けていたベルギーの育種家が、アンネの父オットー・フランクと出会い、自分が作り出した交配種の中から最も美しいバラをアンネの形見として捧げる事を申し出、オットー氏が自宅で栽培を始めたのがこのバラです。オットー氏は、娘の平和を願う心をこのバラに託し、各地の人々に贈ります。その後、アンネのバラに託された思いに共感した多くの人々の手によって、世界中に広がっていきました。
1971年春、イスラエルを訪問公演していた日本の合唱団がネタニアのレストランに居合わせたフランク夫妻と出会い、交流が始まり、翌年オットー氏から“アンネのバラ”の苗を贈られました。ただ、輸送に時間がかかり、到着したときには枯死寸前だったとか。10本贈られた苗のうち、生き残った1本が73年春、 京都の嵯峨野で開花しました。
2年後、NHKの番組で紹介されると、“アンネのバラ”を育てたいという杉並区の中学の要望に、合唱団は次の公演でオットー氏に依頼して再度、苗が日本に贈られてきました。
“アンネのバラ”は、一般的には販売されていないようですが、K先生は育てている方から分けてもらった苗を私たちにも分けて下さったのでした。

『アンネの日記』を通じ、世界中の人のこころに残っているアンネ・フランクは、第二次世界大戦中、ドイツによる占領下のオランダ、アムステルダムで、ユダヤ人狩りから逃れて2年あまりを「隠れ家」で暮らします。同居人はアンネの両親、姉を含む7人。アンネは13歳から15歳までの2年間、この「隠れ家」から一歩も外に出られず、咳をするのも気を遣うような暮らしを強いられました。そして、1944年8月4日、ナチス親衛隊に見つけられ、全員強制収容所へと送られます。戦後、8人の住人のうちただ一人生き残った父親のオットー氏により、アンネが書いていた日記が『アンネの日記』として出版されました。

1933年、ドイツからオランダに逃れたフランク一家ですが、1940年5月、オランダはドイツ軍により占領されます。やがてナチスによるユダヤ人への迫害が激しくなり、アンネ達は学校へも通えなくなり、準備をしていた「隠れ家」へと逃れることになりました。「隠れ家」での日々は、周りの人々との関係を絶たれ、限られた空間で家族と同居人だけとの暮らしであり、身体的にも精神的にも辛かったであろうことは容易に想像できます。将来は作家になりたかったというアンネは、隠れ家生活の中でたくさんの本を読み、短編小説もいくつか書き残しました。食糧事情も悪くなり、電力も制限されるという厳しい状況になっていきますが、 どんなに絶望的な状況になってもアンネは最後まで希望を捨てなかったといわれています。1944年7月15日の『アンネの日記』には「自分でも不思議なのは私がいまだに理想のすべてを捨て去ってはいないという事実です。だって、どれもあまりに現実離れしすぎていて到底実現しそうもない理想ですから。にもかかわらず私はそれを待ち続けています。なぜなら今でも信じているからです。たとえ嫌なことばかりだとしても人間の本性はやっぱり善なのだと。」と記載されています。日記は、この後、7月21日に記述があり、その次の1944年8月1日火曜日を最後に終わっています。

このコロナ禍の中、私たちは人との距離を取り、出来る限りの外出を自粛するように努力しなければなりません。学校で仲間と一緒に学び、遊び、活動する時間を奪われている子どもたちのことを考えると、『アンネの日記』が思い出されます。迫害から逃れた隠れ家生活と、家にこもらなければならない子どもたち、比べるべくもありませんが、自由を制限されることの厳しさということでは、成長期にある子どもにとってはあってはならない状況であることに変わりはありません。

今年4月8日、国連子どもの権利委員会は「新型コロナ感染症(COVID-19)に関する声明」を出しました。COVID-19パンデミックが子どもたちに及ぼす重大な身体的、情緒的および精神的影響について警告するとともに、各国に対し、子どもたちの権利を保障するよう求める、として11項目について具体的な措置をとるよう求めています。

とりわけ、「2.子どもたちが休息、余暇、レクリエーションおよび文化的・芸術的活動に対する権利を享受できるようにするための、オルタナティブかつ創造的な解決策を模索すること。」「3.オンライン学習が、すでに存在する不平等を悪化させ、または生徒・教員間の相互交流に置き換わることがないようにすること。」は、学校現場にいる者として考えさせられます。

また、「10.COVID-19および感染予防法に関する正確な情報を、子どもにやさしく、かつすべての子ども(障がいのある子ども、移住者である子どもおよびインターネットへのアクセスが限られている子どもを含む)にとってアクセス可能な言語及び形式で普及すること。」「11.今回のパンデミックに関する意志決定プロセスにおいて子どもたちの意見が聴かれかつ考慮される機会を提供されること。子どもたちは、現在起きていることを理解し、かつパンデミックへの対応の際に行われる決定に参加していると感じることができるべきである。」とあります。子どもたちにも正確で必要な情報を与えることはもちろん、この状況の中で生活する最善の方法をともに考えあっていきたい、と思います。

学校と、クラスの仲間と少しでもつながりあっている実感を持ちたい、という子どもたち、担任からの切実な声を受け、ネットを介した朝の会を試みることにしました。その中で、少しでも子どもたちの想い、願いを聞きあい、伝えあっていくことが、学校を再開した時のエネルギーになるのではないかと思うのです。

2020年こどもの日、子どもたちが健やかに育つための日々を一日でも早く取りもどしたいという願いを込めて。

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