“平等”を実現するためには教育は欠かせない~フィンランドの学校教育 その2~

サイト管理者 校園長ブログ

フィンランドの学校教育のことをお伝えしようと、途中まで書いたところで2学期が始まり、気がついたら9月下旬になっていました。たいへん遅くなりましたが、前回の続き、フィンランド、ヘルシンキの小学校の教員をしているエリナ先生とお話ししたことをお伝えします。

「この国は学校の教師の裁量が大きいのです。」

エリナ・ファレ先生は、公立のインターナショナルスクールの英語の先生です。フィンランドの基礎教育(義務教育)は日本と同様9年間ですが、最近小中一貫校が増えてきていて、この学校もその一つです。海外から移住する人たちが増え、英語でフィンランドの教育を行う学校としてインターナショナルスクール(国際学校)が設置されてきているのだそうです。

通訳をして下さった安藤英里子さんはフィンランド人のパートナーとの間に高校生のお嬢さんがいらっしゃいますが、「フィンランドで子育てできたことはたいへん幸せだったと思っています。」とおっしゃいます。その意味が、エリナ先生のお話を聞き、よくわかりました。

エリナ先生は、「この国は学校の教師の裁量が大きいのです。」と話し始められました。学校、教師と国、行政との関係を尋ねると、国が出すカリキュラムがあり、その枠組みの中で教科書が作られます。どの教科書を使うかは一人一人の教師が決めるそうです。いわゆる日本の学習指導要領のようなものは大枠では示されますが、それを受けて各自治体がカリキュラムを作り、さらに各学校でカリキュラム作成を行い、教師がその中で教科書も教材も準備をするということです。

クラスによって内容や進度が違ってくることがあるのではないかと気になりましたが、クラスの状況によって進度が違うときがあっても年間を通すと同じになるとのこと。

また、教師はチームで教えることが多く、AとBの2つのクラスを一つにして、わからない子だけ1つのクラスに集中して学習し、わかるようになったらまたもどす、ということも行います。

これまでは“平等教育”を強調し、“できない”子どもを引き上げるということに力を入れていたそうですが、“できる”子どもたちが興味を失うことのないように、と1年生、2年生、3年生を合同にしてレベル毎に分け、一人一人の子どもによって進度が違う学び方をし、3年生の終わりに全体的に同じ学力をつけることができるようにしているのだそうです。

このシステムは2010年ぐらいから始め、“できない”子ども、学びに時間がかかる子どもたちも、その子の学力進度に沿ったカリキュラムが作られているのだそうです。

能力別クラス編成のような印象があり、子どもたちの中に競争は生まれないのか尋ねました。が、小学校では競争的な考えはないのだそうです。先生達をチームにして、チーム教育として進め、毎週流動的に入れ替えています。

子どもたちの関係が悪くなることはないのか、と聞きましたが、「フィンランドはもともと競争社会ではないのです。子どもたちは個別の特徴がよくわかっているので競争することもなく、したがって関係が悪くなることもありません。」とエリナ先生。

その学年の学習が不十分だと小学校でももう一度同じ学年になるのですが、毎年10%ぐらいはそういう子どもたちがいます。同じ学年にいろいろな年齢の子どもがいるのだそうです。

子どもたちも保護者も、そのことに抵抗感を持つことはなく、逆に保護者がそれを希望し、わからないからていねいに教えてもらうということを求めています。「ただし、」とエリナ先生。「母親が日本人の場合は、抵抗を示すことが多いです。」

競争をなくすためには、教師と両親が子どもたちにどういう対応をするかが大切です、とエリナ先生はおっしゃいます。

国が行う共通テストのようなものがないため、学校ランキングもなく、偏差値のような数値化できる基準がない、というのも競争からは無縁な教育を実現しているのでしょう。

ただし、高校も大学も入学試験はなく、中学、高校の内申点でどの学校へ行けるかが決まるので、中学では各教科の評価が数値で示されます。

小学校では競争させることがよくないと考えるのはどうしてなのか、尋ねました。「義務教育では、全員が同じレベルに行くことが大切なのです。競争を持ち込むと、全部のシステムが働かなくなります。競争で持ちこたえるのは上の層だけ。中間層の子どもたちは疲弊するだけです。」とエリナ先生。

クラスの取り組みの中には、学期末に「学級で一番優しかった人」「一番がんばった人」「努力した人」など、みんなで決めて賞をあげる、というものなどがあるそうです。これも先生が決めるのではなく、子どもたちが決め、このような取り組みも、先生によってさまざまです。

小学校の授業は1コマが45分その後15分休み時間です。休み時間は体調が悪い場合意外は必ず校庭に出ることになっているそうで、これも学力向上に役立っていると言います。時間の使い方も教師の判断で決められることが多く、たとえば校外学習などは90分使うこともあります。中学や高校は基本的に1コマ75分だそうですが、90分に設定している学校もあるそうです。

時間の使い方を含め、教師の裁量がとても大きいことを感じました。

評価は、1年生から3年生までは、ことばでの評価、それ以上は数字での評価ですが、それも学校によって違います。子どもに自己評価させることも大きな特徴で、学期の終わりには、子ども、保護者、教師による三者面談が位置づけられています。「面談には必ず本人が加わります。」ということばに、子どもを学習主体として尊重している姿勢が伺えました。

人を育てる=教育にこそお金をかけるべき、という考え方

ヨーロッパは学費が安い、ということは多くの方がご存じだと思います。国によっていくらかの違いはありますが、学費は国が負担するということは、とりわけ北欧の国々では社会的にも受け入れられています。

フィンランドでは、就学前に1年間通うプレスクールから大学まで、学費は無償です。中学までは給食費も修学旅行にかかる費用も無償です。これは公立も私立も同じです。

学習障害を持つ子どものことが話題になり、支援が必要な子どもには専門の先生が付くこと、軽度の障がいの場合は一番近い学校へ入ることになり、補助教員が付くこと、その場合、学校までの交通費も(タクシーが必要なときはタクシー代も)支給されるのだそうです。

つまり、保護者からは集金しない、ということが基本にあります。もちろん教科書は無償ですし、えんぴつやノートなどの学用品も学校で準備をしています。「小学校の給食は昼食だけ学校で出しますが、学校によってはおやつも出すところがあります。おやつについては、バナナなどを家から持ってきたり、学校でも買えます。」とのこと。交流している韓国のミラルトゥレ学校でも、東京インターナショナルスクールでも休み時間などにおやつを食べることが許されていましたが、学校でおやつを食べることについては、まだまだ日本では抵抗があります。

それはともかく、学費については高校、大学では教科書代だけは本人が負担しますが、基本的にはお金はかかりません。それどころか、大学生に月額400ユーロ(この夏のレートでは4万6千円あまり)の補助金が支給されます。アルバイトをしなくても学業に専念できるように、という考えからです。ですから、一度職業に就いたあとでも、大学に入る人も多く、様々な年代の大学生がいます。

つまり、学んでいるあいだはお金はかからない、学校選択は親の状況に影響されることがなく、本人のやる気だけで学び続けることができる、ということが、今の日本と大きく違うところです。

フィンランドですべての学費が無償になったのは、1990年からだそうです。1960年代から90年代にかけて、北欧共通政策の一環として、大幅な教育民主化改革が実施されました。それ以前は民衆学校に6年間通うコースと、4年生まで民衆学校に通ってそのあと中学を受験し、高校、大学へと進学するコースがありましたが、民衆学校より上の学校に行くにはお金がかかりました。

すべての学費を無償にする、というのは、“平等”を実現するために欠かせないことだと言います。“平等”を実現するためには教育は欠かせないことであり、そうでなければ、同じ職業から同じ職業に引き継がれてしまう、という考え方です。

フィンランドの大学は留学生にも同じように学費を無償にしています。ただ、近年、財政難で、EU外からの留学生からは授業料の3分の1を負担してもらいたい、ということが話し合われているそうですが、まだそれは行われていません。

教育、医療、失業手当など、必要な分を分配しようという考え方を、国民全体が持っています。年金も就業時の7割が支給され、税金が免除されるので、現役時代とほぼ同じ収入を得ることができるそうです。

「ヨーロッパは日米に比べると社会主義的だと言えます。」とエレナ先生。だから、政治の汚職はほとんどなく、文科大臣がゴルフ場の一部を所有していたということが一大スキャンダルであったそうです。

ただ、近年は失業する人が増え、移民に仕事を奪われることや、イタリア、スペイン、ギリシャへ援助していることへの不満が出てきているのだそうです。

70年代からこのような社会へシフトしていったのは、北欧諸国で“平等”という意識がとても強くなってきたことが影響している、と言います。北欧の国々は、ノルウェー以外は資源がなく、従って国民の能力を高めることに力を入れなければならない、という考えが広がったからです。

フィンランドは農業国で、農場主、農家が多く、全体の学力を上げるためには地方を活性化させること、そのために各地に大学をつくり、都市に集中しないようにしました。学校間の格差をなくすと、自宅に近いところで平等な教育を受けることができ、そのまま大学へ進学することができます。都会へ出て行かなくてもこれまでと同じ環境で学び続けることができるようにしたい、ということでした。

最近は、1つの大学で総合的な学部があるのは、首都ヘルシンキだけで、地方には1つ1つ別の学科の大学があります。そうすると大学を中心に周りの街はその産業が栄え、地方都市はそれぞれの目標に添って産業が発展していくことになります。

また、EUに加盟してからはスペインやポルトガルから安い農産物が入ってくるようになり、そこと競争してもしかたがない、自分たちにできるものを作ろう、という考え方も、地方の産業の活性化へと向かっていったのでしょう。

海外へ出て学ぶ子どもたちもいます。EU圏内はお金がかかりませんが、アメリカ、イギリスの学校へ進学しようとすると、学費が高く付きます。

2学期の始業式で、「学費」について話をしました。5年2組ではこの話を受けて、おうちの人が納めている税金が何に使われているのだろう、ということに疑問を持ったり知ろうとする様子が学級通信に紹介されていました。「日本は私立と公立の学費の差がすごいのはおかしいし、フィンランドみたいになればいいと思う」「日本は税金を何に使っているのかな?って思った」などの感想が寄せられていました。

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