日々の生活を積み重ねていくということ ~映画『この世界の片隅に』を観て~

サイト管理者 校園長ブログ

昨年の秋、長女がぜひ、と薦めてくれた『この世界の片隅に』、その少し後、和光小学校2年生に在籍する保護者の方が、この映画の配信に関わっていらっしゃることを知りました。

広島出身のこうの史代さんが2007年から2009年に連載した同名のマンガを原作とし、片渕須直さんが監督・脚本でアニメーション映画として完成したのが昨年の9月でした。

「どうしても、この映画が観たい」という想いを持った人たちからインターネット上で資金を調達するクラウドファンディングにより、全国から3374人、3912万円もの資金を集め、6年の歳月を経て完成したといいます。

戦時下の広島、というと、6年生の国語の教材『ヒロシマのうた』(今西祐行 作)を思い浮かべますが、この映画では、見知らぬ土地に嫁いだ少女の日々の生活が淡々と描かれています。

昭和8年(1933年)、絵を描くのが好きな8歳の少女すずは広島市内で暮らしていました。昭和19年(1944年)、19歳になったすずは、ふるさとから20キロ離れた軍港の街、呉(くれ)に嫁ぎます。戦時で物資が窮乏する中、すずは生活の切り盛りに奮闘しますが、決して楽ではない生活、家族や村の人たちとの交流が、日々積み重ねられていくことが、こんなにいとおしく何ものにも代え難いものであるということが、柔らかい作画の中から迫ってきます。

戦前戦中の広島や呉についての文献や資料を読みあさり、調べ尽くした、という片渕監督は、軍港の街、呉にくり返し行われた激しい空襲が、そこで生活する人たちをどのように傷つけていくのかも、リアルに描き出していました。

昭和20年(1945年)8月6日の朝、一瞬のまぶしい光と激しい振動を呉で体験したすずは、キノコ雲を目撃します。そして8月15日を迎え、それまでのんびりとあるがままに生きてきていたすずが激しく泣き叫びます。

日常風景がリアルに淡々と描かれているだけに、「戦争」が日常であった時代の人々の生活が、70年を経た今の私たちの生活と地続きであることが感じられ、「戦争」が遠い昔のこととは思えない、現実味を増した形で迫ってきました。

この時代、いったいいつの間に「戦争」が生活の中に忍び込み、それが当たり前になっていったのでしょう。戦地で、あるいは空襲であっけなく亡くなっていく人たち。ついさっきまでそこにいた大切な人を亡くすことが日常になり、人々の中には癒しきれない哀しみが拡がっていったはずです。その許し難い理不尽さを、すずは「終戦」を知って感情を抑えきれなかったのだと思います。

この冬休み、ふと書店で目に付いた『兵器と大学』(岩波ブックレット)を読みました。和光の元親和会員でもいらっしゃる京都橘大学の小寺隆幸さん、名古屋大学の池内了さんの編集です。アメリカがヒロシマ、ナガサキに落とした原子爆弾は、それまでの兵器産業から一変した、物理学者の頭脳の産物でした。その後、アメリカは「軍産複合体」に多くの科学者が組み込まれていきます。

わが国では2015年度、3億円の予算で始まった防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」ですが、2016年度は6億円と倍増し、なんと2017年度は110億円が計上されているというのです。これは、 軍事研究のための競争的資金制度で、その狙いは、防衛装備(兵器・武器)の開発・高度化のために、大学・研究機関が持つ先端科学技術を発掘し活用することです。まさに「軍学共同」から「軍産複合体」へと進むことにつながります。

国立大学が法人化され、運営費交付金が減少し、教育研究経費も縮小せざるを得ない状況の中、多くの資金が投入されるこの制度は、研究者にとって研究経費獲得につながることを考えると、この制度そのものが、科学者の純粋な研究を妨げるものになるのではないか、と懸念されます。

この制度の廃止、各大学、研究機関に応募しないように求める緊急署名が、「軍学共同反対連絡会」から呼びかけられています。

すずさんたちの当たり前の生活を日々積み重ねていくこと、生きていくことこそが大切にされなければいけないということを想うとき、それを破壊する「戦争」につながるこのような制度には、断固として反対したいと思います。

子どもたちに、武器や兵器のない時代を手渡していくために。

和光小学校の資料一式を無料送付いたします。

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