月別: 2019年10月

多くの人に支えられて

副校長 副校長室の小窓

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今朝、ニュースを見ると、首里城の火災を中継していました。

首里城は1945年の沖縄戦で完全に破壊され、1980年代の後半から復元作業が行われてきました。和光の小学校が沖縄学習旅行を始めたのは1987年ですから、沖縄に行くたびに首里城の復元作業の経過を見てきていただけに、私も驚きと大きなショックを受けました。

今、6年生はまさに沖縄に行って沖縄学習旅行の3日目を迎えています。今朝の連絡では「ホテルから煙が見えると」ということでした。ホテルがある場所は首里城からは数キロ離れたところにあるのですが、そこからも煙が見えるようです。

今年の沖縄学習旅行では学校間交流の関係で首里城真下に作られた「司令部壕」跡による計画はないので、学習旅行に大きな影響はありませんが、それでも、首里城が焼け落ちたということは、とても残念で悲しい事です。今日、子ども達の学習旅行3日目は「渡嘉敷」島へ渡ります。「集団死」の学習と海遊びの日です。「全員元気で、これから渡嘉敷島にわたります。」との定時連絡が入っています。一緒に引率している池田先生・小川先生が鶴小ブログに学習旅行の様子を、現地からアップしてくれていますので、是非ご覧ください。

ブログを見て、真剣に聞き入る、子ども達の表情から6年生が充実した深い学習をしていることがわかります。そして、その学習を支えてくれているのが、沖縄の多くの人たちだということをあらためて感じます。

1日目の「基地」をテーマにした学習では、川満さん・瀬戸さんがバスに同乗して基地の開設をしてくれます。米軍戦闘機が墜落して大きな被害を出した、宮森小学校では当時その学校にいて事件を見ていた久高さん・伊波さんが話してくれました。

夜の「集団死」の学習では渡嘉敷島で「集団死」を体験した金城さん・吉川さんが話してくれました。

2日目の「宮城喜久子さん・宮城巳知子さん」のたどったコースを追体験しながら沖縄南部の戦跡を訪ねる学習には、長堂・宮城・迫田先生が同行してくれました。

「喜久子さん・巳知子さん」共に女子学徒隊で沖縄戦を経験し、終戦後沖縄の小学校の先生になられました。そして現役を退かれてからは沖縄戦の体験者として、鶴小の第1回沖縄学習旅行から子ども達に同行して自らの体験を話してくれました。2015年に共に亡くなられました。

長堂・宮城・迫田先生は「巳知子・喜久子さん」たちがご健在だった時から一緒に回り子ども達の案内をしてくれました。3人とも沖縄の教師です。

夜は、現地の内間青年会や踊りの団体が駆けつけてくれました。

本当に多くの人たちに支えられているのがわかります。

沖縄学習旅行2日目 コース別学習(2組)

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沖縄学習旅行の2日目の午前中は、クラス毎にコース別で沖縄の戦跡をまわります。

2組は、宮城喜久子さんを中心に、ひめゆり隊に関わる戦跡をめぐります。

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2組のガイドは迫田実さんです。まず最初に、南風原(はえばる)陸軍病院壕跡を訪れました。

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この南風原陸軍病院壕は、沖縄戦に備え日本軍が作った病院壕です。医者、看護婦らとともに、ひめゆり学徒隊の女学生達も看護補助として配置されていました。傷ついた兵士を治療するために作られた壕です。

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ひめゆり学徒隊の女学生たちは、傷病兵士の治療の助手以外にも、食事の準備も行っていました。病院壕までは足場の悪い坂が続きます。それでも、女学生たちはふもとの炊事場から病院壕まで食事を作り、運んでいました。運んでいるときは爆撃の危険にさらされています。食事も日に日に減っていき、一日に「ピンポン玉ぐらいの大きさ」のおにぎり1つになっていった、とのことです。

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女学生たちが食事を運んでいた時は足場は今よりもっと悪く、さらに長い距離を運んでいました。少しでも追体験を、ということで食事運び(飯上げ)をやってみました。

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また、砲弾の実物も迫田さんが用意をしてくれました。(もちろん外側のみです)とても重たい砲弾に、「こんな重たいものがたくさん落ちてくるなんて怖すぎる!」とつぶやいていました。

次に訪れたのが糸数壕です。

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玉城(たまぐすく)村の糸数にある壕で、当初は避難壕だったものが、戦況が激しくなり病院壕となります。1000名近くの負傷兵が収容されていた広い壕ですが、それでも負傷兵が増えて行く中で、収容数が足りなくなっていったそうです。また、病院壕での「処置」や、撤退時の様子などを学びました。写真撮影が禁止されているので写真はありませんが、壕の中では、全ての電気を消して暗闇体験も行いました。

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糸数壕の近くにはさとうきび畑が広がっていました。風がとても心地よかったです。

そして、最後に訪れたのが第一外科壕跡です。

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ここは宮城喜久子さんらひめゆり隊が派遣されていた病院壕です。当時の第一外科壕の様子を宮城さん自身が語る音声を、この場で聞きました。砲弾が撃ち込まれ、負傷した仲間や先輩たちの状況が事細かに語られていました。想像以上の凄惨な状況があったことが分かります。

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慰霊と平和への願いを込めて、エイサーを踊りました。

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第一外科壕跡は、ひめゆり資料館のすぐ近くです。ここから徒歩でひめゆり資料館近くのレストランまで歩きました。ここでも玉城村と同じく、さとうきび畑が広がっていました。

 

 

 

沖縄学習旅行2日目 コース別学習(1組)

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沖縄学習旅行の2日目の午前中は、クラス毎にコース別で沖縄の戦跡をまわります。

1組は宮城みちこさんの南部戦跡をたどるコースです。

まず、子どもたちは、担任の米田先生から
○五感で感じること
○その人の立場に立って考えること
を大事にしてほしいと伝えられ、2日目が始まりました。
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1組コースの語り手は宮城ちえさんと、長堂としこさんです。ずいせん学徒隊の女学生、宮城みちこさんの原体験と後世に伝えたかったことを語り部としてガイドをしてくださいました。IMG_9239-w460-h320
初めに訪れたのは首里高女跡地です。今は駐車場になっています。みちこさんの通った学校です。セーラ服に憧れて入学をきめましたが、丸襟にモンペを着るようになり、次第に戦争はひどく、学校では看護の勉強ではなく飛行場の建設など国への奉仕をするようになっていきました。
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読谷から米軍が進入してきたため激戦地区となり、怪我をした人たちがはこびこまれたのナゲーラ壕です。みちこさんたち女学生たちは医薬品や麻酔がない状況下で手術を手伝ったり飯揚げをしました。
その後
「南部撤退」命令が出て初めに行ったのが、識名壕(しきなごう)です。
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負傷者には肩をかし、担ぎながら歩いて向かったと言います。ここでは、1分程灯りを全て消し、暗闇を体験しました。
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「30人が何分かいたけで、暑くて息苦しく、怖かった。これで血や汗やうんちやおしっこのにおいがあると思うと自分は耐えられない。こんなところが天国だなんて言葉にならない」と子どもたちの感想です。
みちこさんが米軍に捕獲された最後の場所が米須壕(こめすごう)です。
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みちこさんにとっては、死にかけた、殺してくれと願った、最後まで捕虜になることを争った場所です。
地上戦となった沖縄戦は、住民の多くを犠牲にだしました。野ざらしにされたままの犠牲者もたくさんいました。その人たちをきちんと埋葬しようとつきられたのが魂魄の塔(こんぱくのとう)です。
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その後、ずゐせん学徒隊を慰霊したずゐせんの塔を訪ね、黙祷を捧げた後にクラスのみんなでエイサーを踊りました。
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ずいせんの塔を訪れた後、レストランに向かい、2組と合流しました。

沖縄学習旅行2日目 戦跡めぐりと沖縄文化に触れる

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沖縄学習旅行も2日目になりました。今日は5時30分に起床です。朝早くで、まだ眠たそうな子どもたちでしたが、朝食はしっかり食べていました。

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朝食の後は、ホテルの前で集会です。

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集会後、クラスごとに分かれて南部戦跡の見学に出発しました。それぞれの学級の様子を別の記事にまとめているので、そちらをご覧下さい。

(1組はこちら、2組はこちら

昼食は、ひめゆり資料館近くのレストランでソーキそばとジューシーを頂きました。

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ひめゆり資料館前には伊原第三外科壕跡があります。バスガイドさんから解説を聞き、みんなで黙祷を捧げました。

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黙祷の後は、ひめゆり資料館をじっくり見学しました。見学の後は、平和祈念公園の韓国の塔と、平和の礎を訪れました。

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韓国の塔では平和ガイドの長堂さんが解説をしてくれました。韓国の塔は、沖縄戦に関わって亡くなった韓国の人たちの慰霊塔です。

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ここでも、子ども達が学校で用意をしてきた千羽鶴と、黙祷を捧げました。

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平和の礎では、630会の稲福さんから、お話を聞きました。

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お話の後は、平和の礎に刻まれている名前を見て回ります。これまでの学習で出てきた人の名前や、自分で調べたい・探したいと思った人の名前を探していました。

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集会で、今日の午前中のコース別学習でお互いの学級が学んできたことを紹介しあい、その後、慰霊の気持ちを込めてみんなでエイサーを踊りました。

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その後、佐喜真美術館へ移動し、「沖縄戦の図」を鑑賞しました。佐喜真美術館のすぐ隣には普天間基地があります。美術館の屋上から、普天間基地を見ました。

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ホテルに戻ってからは夕食です。今日も夕食はバイキングです。

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夕食の後は、エイサー交流会です。内間青年会、ティーダ太鼓、ニヌファブシのみなさんとエイサーの交流をしました。色々なエイサーや、獅子の踊りを見せてくれました。太鼓の音や、キレのある迫力ある踊りに子どもたちも「もっと見たい」と夢中になっていました。

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見せてもらった後、鶴小エイサーを披露しました。沖縄のみなさんのエイサーに触発された子どもたちは、動きも声も、とてもすばらしかったです。

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参加したみんなで集合写真もとってお別れです。

この後は部屋に戻り、それぞれノートに今日のまとめと平和宣言を書きました。とても濃密な一日でした。

 

沖縄学習旅行1日目 快晴の下でスタート

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6年生は今日から4日間の沖縄学習旅行へ出発です。今年で23回目を迎えます。

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朝早くに羽田空港に集合して、沖縄に向かう飛行機に搭乗しました。

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飛行機の機内では、折り鶴を一所懸命に折る子どもたちの姿もありました。

那覇空港に予定時刻に到着 現地気温は27℃。半袖でも暑いぐらいの気候です。東京との違いを肌で感じる瞬間です。

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空港では、鶴小に事前授業でも来てくださったガイドの川満さんと瀬戸さんが迎えてくれました。早速乗り込んだバス内では1組には川満さんが、2組には瀬戸さんがそれぞれ、「沖縄の米軍基地」の話をしてくれました。中飛行場が嘉手納基地に変わったように戦後、既存の飛行場が米軍の占領により基地として使用が固定されてきたこと、嘉手納町の83%が米軍基地になっていること、など目の前に広がる沖縄の事実を、実際に目で見て、感じることも多い移動時間でした。

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沖縄で食べる初めての昼食はハンバーガー。とても大きくて、子どもたちも美味しそうに食べていました。

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昼食を取った場所から見える嘉手納基地からは20分の間に8機ものジェット機が飛んでいました。お昼の時点ですでに90機の飛行が確認できたそうです。エンジンの爆音が響いていました。

嘉手納基地の後は、ジェット機墜落事故で多くの犠牲者が出た宮森小学校をたずねました。そこでは、宮森小学校でのジェット機墜落事故を語り継ぐ、630会の伊波さんと久高さんが事故当時、どんな悲惨な状況だったのか、何人かの体験者の話を交えて伝えてくれました。

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元うるま市の庁舎の一角を借りて、この事故に関する写真や資料が展示されています。じっくりと読みいる子ども達でした。

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ホテルに向かうバス内では今日一日見聞きしたこと、心に残った事をノートにまとめたり、感想を言い合ったりしました。

ホテルに着いたら夕食です。夕食は和・洋・琉のバイキングです。

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夕食の後は、渡嘉敷島での「強制集団死」を体験した金城さん(当時16歳)、吉川さん(当時7歳)にホテルまで来ていただき、当時の話をみんなで聞きました。

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子どもたちからの質問も多かったのですが、吉川さんも金城さんも、丁寧に答えて下さいました。お話をして下さったお礼に、みんなで「月桃」を歌いました。

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お話の後は、1日のふりかえりです。子どもたちは一日の中で心に残った事や、学んだ事を1枚の紙にまとめていきます。この紙を、各班の班長さんたちが読み込み、最終日に作る平和宣言を作っていきます。

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ちなみに、子どもたちは一日通して様々な事をノートにメモをしたり、まとめていきます。ノートは担任が一日の終わりに集めます。子どもたちがどんなことを感じたのか、まとめたのか、担任が目を通しています。

 

川の発表会がありました【4年総合学習】

ブログ担当 中学年

今年は両クラスとも、鶴見川をテーマに、1学期から学習に取り組んでいます。

これまで鶴見川へでかけたり生き物取りをしたりするなかでうまれた疑問について調べ、みんなで聞き合い、今日の発表会を迎えました

少し紹介します。

『鶴見川にいる鳥』・・かるがもやカワセミなどがみられます。

『鶴見川に生息する植物』・・じっさいに生息している植物を調べるとほとんどが外来種でびっくりしました。

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『鶴見川はきれいか、きたないか』・・実際川の水を汲んできてパッチテストをしました。目でみるとあんなにきたないのん、結果はきれい!雨が降った後の川の水も調べてみましたが、やっぱりきれいだということがわかりました。

『鶴見川になぜ鯉がいる?』・・昔は生活で使った水がそのまま鶴見川へ流されていて、とってもきたない川でした。そこで、きれいかどうかを調べるために生命力の強い鯉を泳がせていたということがご近所インタビューで分かりました。自分たちが鶴見川で捕まえた鯉はそれだったのです!

『鶴見川の外来種』・・外来種とは人々に手で外国から連れてこられ野生化した動物です。でも決して外来種が悪いとは思わないでください。悪いのは輸入した人です。ミシシッピアカミミガメは景品として売られていました。飼っている動物は放さないでください。

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これから川のためにできることって?』・・大人は洪水が起こるたびに堤防を作ってきました。川の近くに住む人口も増えてきました。でも昔のような治水の方がいいと思います。みなさんはどう思いますか?

など、様々な角度からの“鶴見川”が見えてきました。自分たちで調べたことや、やってきたこと、発表で見聞きしたことを通じて、今までとは違った『川』がみえてくると面白いですね。

和光学園を支えてくださる方に寄付をお願いしています。

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