全校

大地を踏んではねる!第29回 鶴小 秋まつり②

ブログ担当 お知らせ, 中学年, 全校, 高学年

今回の秋まつりは、鶴小のグランドで行う初めての全校行事となったため、感染防止の観点から参加者の密をどう避けるのかが、大きな課題でした。子どもたちの観覧席は、自分の椅子を並べて間隔を広くとりました。そのため、外部参加者を制限し、卒業生の参加のみとしました。また、保護者の参加制限は行いませんでしたが、観覧席の集中を避けるため、グランドと校舎ベランダの一部を指定観覧席とし、自分の学年の時に優先的に利用できる場所を設けました。各家庭の協力で、入れ替わりはとてもスムーズに行えました。本当にありがたかったです。さて、秋まつりの後半、3年生、4年生、そして6年生の紹介をしたいと思います。

3年生「寺崎はねこおどり」(宮城県)

宮城県桃生町は、見渡す限りの水田に囲まれた米どころ。この町で300年以上も前から踊りつがれているこの踊りは、秋の豊作を祝う人々の踊りです。「うちばやし」や「馬鹿ばやし」は、稲を刈って束ねて積み上げるなどの一連の動きが表現されています。手踊りの「献ばやし」にもとりくみました。

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両手には、自分の好きな色で染めた扇を持ち、体いっぱい使って踊ります。「ハイ!」「ソレ!」というかけ声が、気持ちよく響きました。

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一つ一つの動作に意味があって、「ドドキテサ!」というところは、俵を結ぶ動きです。結びきった時、扇がビシッと止まってカッコいいのです。また、「ばかばやし」では、太鼓のはやさが、だんだんはやくなっていきます。子どもたちは、それが楽しくて、一生懸命、扇をさばきます。それでも、決めるポーズはくずれません。おどりが自分のものになっていることがわかるのでした。

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3年生は、毎年9月、宮城県桃生町に行って、地元のお祭りに参加しています。有志の参加ですが、半数くらいの家庭が現地に集まります。そこで、「はねこおどり保存会」の方から指導を受け、地元の方と一緒にはねこを踊るのです。今年は、お祭りが中止になってしまって行くことはできませんでしたが、担任の先生から現地の様子を教えてもらったり、保存会の方の踊りを見せてもらったりして学んできました。

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練り歩いて15分!踊り終わるころには、汗が出ています。最後に扇を高く上げて終わった時、会場から大きな拍手がわきました。

 

4年生「中野七頭舞」(岩手県)

中野七頭舞は、岩手県三陸地方の小本に伝わる踊りで、七つの道具で構成されています。「先打ち」「谷地払い」「ナギナタ」「太刀」「きね」「小鳥」「ささらすり」の七つの道具から、子どもたちは自分の好きな道具を選び、道具を作って踊ってきました。本番では七つの踊りのうち「チラシ」「横ばね」「切り合い」」「三足」の4つを踊りました。

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ぐっと腰をおとし、大地をしっかり踏んで踊ります。これをずっと続けるのは、本当にたいへんなのですが、よく頑張りました。

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「先打ち」は、先頭に立って進む先を、ビシッと指し示します。「谷地払い」と「きね」は、道具を回転させながら進みます。「太刀」と「ナギナタ」は、動きのキレが引き立ちます。「小鳥」は、弓を持ち、「ささらすり」は、ほっかむりにお面をつけて、笹と扇をもって道化役を演じます。七つの道具の中から何を選ぶのかに、その子どもらしさがうかがえます。また、下級生は、今から何の道具にするか考え始めます。

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今年は、練習期間が短かったため、どの学年も完成するか心配しましたが、朝練や休み時間の自主練習でおどりを磨いてきました。自主練習なのに、参加する子どもはとてもたくさんいます。毎朝、体育館から太鼓の音が聞こえていました。4年生は、2週間毎日、朝練に取り組んでいたのでした。

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最後は「三足」です。足さばきがはやく、体の方向転換も多いのですが、それでも目線は高く、道具の先を見ています。とてもカッコよく、踊りに対する意識の高さが伝わります。4年生らしく、元気いっぱいに踊りきりました。

 

6年生「鶴小エイサー」(沖縄県)

エイサーは、もともと沖縄県の旧盆の先祖を送る踊りです。今は沖縄各地の青年たちが、その技と集団の美を競い合うものとなり、ますます盛んになっています。6年生は「ダイサナジャー」「仲順流り」「久高マンジュウ主」「いちゅび小節」「豊年音頭」「唐船ドーイ」の6曲を踊ります。

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自分で化粧をしたチョンダラーのフェーシ(かけ声)で、6年生のエイサーがはじまりました。その声の大きいこと。全員で打ち鳴らす太鼓が入り、はじめからすごい迫力です。

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今年は、沖縄学習旅行のあとの秋まつりになりました。沖縄をくぐった6年生のエイサーは、行く前のものとちがいます。それは、沖縄で戦跡をめぐる中で、何度もエイサーを踊り、そのたびに証言者やガイドの方の様子を肌で感じ、仲間とエイサーをおどる意味を、自分の中に確かに持っているからではないか、と思うのです。また、内間青年会の方と一緒に踊ったことも大きなことだったでしょう。踊りの中で子どもは変わっていく。いろんなものを取り込んで、自分の芯を太くしていくのだと思うのです。

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エイサーは、だんだんテンポの速い演目になっていきます。そのたびにフェーシは大きくなり、全員の太鼓の音は、一つになっていきました。

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6年生のエイサーが終わると、会場から大きな拍手が起こりました。チョンダラーがグランドを走り回り、さらに拍手は大きくなります。

終わったと思ったら、また、三線の演奏がはじまりました。ここからが鶴小の秋まつりの風物詩、卒業生やお家の方がエイサーに飛び入るのです。待ってましたとばかりに、太鼓を持ち、輪の中にどんどん集まってきます。「唐船ドーイ」をみんなで踊り、まつりは最高の盛り上がりを見せました。

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大盛況の中、こうして、今年の秋まつりは終わったのでした。

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民舞を通して、子どもたちは 心と体にとても大切なものを育んできた

6年生のお家の方からこんな感想が届きました。

第29回目の秋まつりをありがとうございました。我が家にとっては、上の子の時から数えて、9回目となる最後の秋まつりとなりました。晴天の秋空の下、思いっきり踊る子どもたちの姿を見て、「ああ、鶴小で6年間過ごせて、本当によかった!!!」と心から思いました。1年生のアイヌの踊りから、一つずつ踊りを心と体でくぐって、お兄さん、お姉さん達が踊る姿を見て「次は荒馬なんだ!あれを踊りたい!はねこを!七頭舞を!み神楽を!エイサーを!」と憧れと期待に胸をふくらませて、新しい踊りに出会ってきた我が子の姿が思い出され、感慨深かったです。我が子に「1年生のアイヌから始まって、エイサーで終わったけれど、どの踊りが一番好き?」と聞いたら、「どの踊りも大好きなんだけど、その年の踊りを踊っている時、この踊りが一番楽しい!!!と思って踊ってきたよ。」と話してくれました。「踊ることが好き」という気持ちが、どの子からも溢れていて、すべての踊りに涙が溢れました。うまく言葉にできませんが、民舞を通して、子どもたちは、心と体にとても大切なものを育んできたのだと感じました。これからも民舞を大切にしてほしい、と心から思いました。コロナ禍の中で細心のご配慮のもと、今年も素晴らしい秋まつりを本当にありがとうございました。

2学期が始まって、林間合宿、運動会、沖縄学習旅行、そしてこの秋まつり。子どもたちは、よく頑張った!と思うと同時に、無事に終えることができてよかった!とほっとするのでした。

(撮影:金子怜史)

大地を踏んではねる!第29回 鶴小 秋まつり①

ブログ担当 お知らせ, 低学年, 全校, 高学年

11月14日(土) 第29回「鶴小秋まつり」が行われました。今年度、初めて鶴小を会場にした全校行事でしたが、無事に終えることができました。毎年、一日開催で、午前中は子どもたちのお店がならぶ「まつりの広場」、午後は全国の民舞をおどる「おどりの広場」で構成されますが、今年は感染対策として規模を縮小し、午前中に「おどりの広場」のみを行うことにしました。2回に分けて、その様子をお伝えします。

打ち上げ花火で、秋まつり、はじまる!

11月の半ばでしたが、最高の天気でした。オープニングを飾ってくれたのは、3年生・4年生の太鼓達人の子どもたちです。この達人を選んだ太鼓好きな子どもたちが、学校再開から練習してきました。指導は、親和会の太鼓サークル「鶴っ鼓座」のお母さんたちです。

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まつりの始まりにふさわしく、元気いっぱいにたたいてくれました。

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副校長の成田先生は、挨拶の中で「今年、みんなが取り組んでいる踊りの地元の地域では、コロナの影響で、お祭りが中止になりました。自分たちの生活と深くつながりのあるお祭りが、できないということは、大変残念な事です。何のために人はお祭りをするのでしょう。何のために踊るのでしょう。そんなことも考えて、今日の鶴小の秋まつりをおもいきり楽しんでほしいと思います。」と話しました。そして、

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「景気づけに、打ち上げ花火を上げたいと思います!」というと、どこに置いてあったのか、さっと花火をセットして火をつけました。

ヒュ~~!

全員が青空に高く上がっていく花火を見上げると、「パン、パン!」と光りました。大きな歓声で会場はつつまれ、おまつりが始まったのでした。

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2年生「今別荒馬」(青森県)

トップバッターは2年生です。「今別荒馬」は青森県津軽地方の今別町に伝わるねぶたまつりの踊りです。地面から力をもらいながら力強くはねること、馬の頭を大きくふることでしっぽをはねあげることを大切にし、「荒々しい馬」を目ざしてきました。

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太鼓の音を待ってましたとばかりに、小さい馬が動き出し、大きく跳ねました。

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馬をふる前に、ぐっと力をためますが、大地からエネルギーをもらっているのが、見ていてよくわかりました。

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今年は現地に行けませんでしたが、現地と同じように練り歩き、何度も踊りました。だんだん汗がにじみますが、踊れば踊るほど、子どもたちの踊りは大きくなっていきました。

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踊り終わると、肩で息をして、とても誇らしそうにしていました。

 

5年生「大森み神楽」(岩手県)

岩手県衣川村に古くから伝わる「大森み神楽」は神楽舞台で3人で踊られています。錫丈(しゃくじょう)と扇を両手に持ち、回転の動きと沈み込んだところから高く伸び上がる動きが、踊り手にとって気持ちのいい踊りです。手作りの錫丈と扇を巧みに扱い、伸びのある踊りを目指して練習してきました。

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秋の空に、神楽うたが、ひびきました。そして、太鼓がなってもじっと構えています。その集中は、会場を静かにさせました。

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静から動へ、踊りが始まると体を全部使って躍動します。

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体が大地に沈みこみ、次の瞬間、高く舞うと同時に、扇が美しく回転します。下級生は、どうやってるの?と、じっと5年生の扇まわしを見ていました。

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とても複雑なおどりですが、授業時間だけでなく、休み時間の自主練習でも仲間で教え合ってきました。全部で5つの型をみごとに踊りあげました。さすが5年生です。

 

1年生「アイヌのおどり」(北海道)

アイヌは、自然のひとつひとつにカムイ(神)がやどっていると考え、動物や木々を大切にし、自然と共にいきています。アイヌ文化の学習を通して、ウポポ(うた)や物語を楽しんだり、かんたんな言葉にふれながらおどりを踊ってきました。マタンプシとテクンペのししゅうは、紋様や糸の色を自分で選び、1針1針ていねいに作りました。丸木舟のおどり、弓のおどり、キツネのおどり、バッタのおどりなどを踊ります。

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秋まつりの前に、北海道の阿寒からアイヌの広野さんと渡辺さんが、鶴小に来てくれました。広野さんは、1年生の目の前でサケをさばいて「チェプオハウ」という鮭汁を作ってくれて、渡辺さんは、トンコリという楽器の美しい音色を聞かせてくれました。そして、その時、習った踊りが「弓のおどり」です。すっかりみんな、狩人になりきっていました。

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「ふしぎなとりのおどり」は、4人組で、交互に向き合っておどります。すれちがうのが、とても楽しいおどりです。

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「バッタのおどり」は、背中を平らにして、腕と足を大きく動かして、バッタになります。とてもかわいいバッタの大発生になりました。

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最後は、「きつねのおどり」。猟師から、はねて逃げながら、時々おしりをふってからかいます。校長先生が猟師になって出てくると、みんないっそううれしそうにはねて、おしりをふります。1年生は、すっかりアイヌの世界を楽しんでいました。

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伝統文化の素晴らしさを体で理解する

秋まつりが終わって、1年生のお家の方からこんな感想が届きました。

「成田先生のまじめな話からの・・・花火!この状況で秋まつり開催まで進めてくださった先生方の思いや、楽しみに練習してきた子どものうれしさが、歓声から伝わってきて、感動しました。最初は踊りを恥ずかしがっていた我が子でしたが、本番の本気の踊りを見て、伝統文化の素晴らしさを体で理解したのを感じました。非常に短い準備期間だったと思いますが、絵本で登場人物の気持ちを考えるところから、実際にアイヌの方の話を聞いて、食文化に触れ、踊りをおどったり、本物の演奏を聞いたり、刺繍を自らして衣装を用意したり・・・ていねいに学ぶ機会を作ってくださったおかげだと思いました。家に帰ってからもずっと踊っていて、4年生の長い棒を家のおもちゃでまねて作って、まねて踊ったり・・・。すっかり気分はアイヌの子でした。ありがとうございました。」

子どもたちはしなやかに、そして力強く、活き活きと踊ります。それは、リズムを刻み、体を動かす心地よさや楽しさだけでなく、その地域の文化を感じ、好奇心を働かせ、楽しむ力が育っているからだと感じます。その地域の文化の中に、踊りは息づいています。鶴小の子どもの踊りは、この学校の文化も作っているのだと改めて思うのです。(その②に続く)

 

(撮影:金子怜史)

6年生 第24回沖縄学習旅行(10月27日~10月30日)④那覇で戦跡めぐりとショッピング

ブログ担当 お知らせ, 全校, 高学年

4日目 那覇で戦跡めぐりとショッピング 10月30日(金)

沖縄学習旅行もいよいよ最終日。みんな元気です。

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これは、子どもたちの沖縄学習ノートです。総合学習「沖縄」で学んできたことが書かれています。沖縄にきてからも、毎日まとめを書いて提出します。

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担任の先生がコメントを書いて、朝、返してくれるので、みんなうれしそうに読んでいます。みんなの意見や自分の考えたことが残るこのノートを、子どもたちはとても大切にしています。この学習旅行中に、2冊目に入った子どももいました。

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首里城、司令部壕跡を見る

最終日は、那覇周辺での活動です。はじめに首里城に向かいました。沖縄戦の時、ここに司令部がおかれ、壕の跡が今でも残っています。

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昨年の沖縄学習旅行の時に、首里城が焼失するという大きな出来事がありました。長い年月をかけて当時と同じ材料で復元し、完成したばかりだったと聞きました。沖縄の歴史と文化のシンボルを失い、昨年のバスガイドさんが、声を詰まらせて話されていたことを思い出します。

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その跡地を通ると、もう、復元するための作業が進んでいました。また当時の工法や材料を使って作られるそうです。沖縄の人たちの不屈の精神を見るような気がします。

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その首里城の地下に掘られたのが、司令部壕です。校長の加川先生が、この場所で話をしてくれました。

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なんと、全長1km。作戦室、通信室、薬局、食料室などがあり、1t爆弾や艦砲の攻撃にも耐えるように作られました。入り口に柵があって中には入れませんが、今でもそのまま残っているそうです。

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よく見ると、砲弾のあとが残っています。ひとつ、ふたつではありません。子どもたちは、たくさん残る弾痕を見つけていました。

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4月1日に米軍が上陸し、5月27日に南部撤退が決まるまで、およそ2か月、ここで激しい戦闘がありました。日本兵、約5000人が犠牲になりました。しかし、司令部を守れなくなっても、日本は戦争をやめませんでした。結果、南部の10万人余りの住人が、さらに犠牲になっていったのでした。2日目にみんなで行った、南部戦跡で聞いた話につながります。

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今年の「平和宣言」をみんなで確かめる

鶴小は毎年、みんなが沖縄で感じたことや考えたことをまとめて、「平和宣言」を作ります。毎日全員が「私のひとこと平和宣言」を書き、沖縄学習旅行委員や班長が、その中から言葉を選んでつくられます。昨日は、夜遅くまでその作業が続いていました。沖縄の地を発つ前に、みんなにとっての沖縄学習を確かめる時間になります。

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沖縄学習旅行委員が、ゆっくりと読み上げます。

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みんな、書かれていること、ひとつひとつにうなづき、とっても集中して言葉を追っていました。

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沖縄から帰ってからも、3つのまとめ(「沖縄学習旅行記」「心に残ったひとこと集」「私のウチナー(作文集)」)を行いますが、沖縄であげる「平和宣言」は、子どもの新鮮なことばで表現され、沖縄にきて学んだ実感が、とても伝わるものでした。

 

海に沈んだ学童疎開船「対馬丸」

次に、「対馬丸記念館」を訪れました。沖縄戦が始まる前の年、1944年8月21日、長崎を目指して沖縄から出港した学童疎開船「対馬丸」が、鹿児島の悪石島沖で、アメリカの潜水艦「ボーフィン号」の魚雷を受け、海に沈みました。このことを伝えるために作られた記念館です。

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1788名乗船し、1418名が犠牲になりました。そのうち775名の学童が命を落としました。

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自分たちと同じくらいの子どもの話です。解説員の方の話をじっと聞き、証言や遺品など、館内の展示を熱心に見ていました。

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6年生は、音楽の授業で「エイサー」という歌を習います。軽快なリズムで、かけ声が楽しめるので、子どもたちの好きな歌です。この歌を作った石坂真砂さんは国民学校6年生の時、この対馬丸に乗る予定でした。しかし、体調のため乗船できず、たくさんの友達を失いました。戦後、「ああ、対馬丸」などをつくり、反戦や平和を歌うシャンソン歌手として活躍されました。そういうことも、学校では学んできました。

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学校で、みんなで折った折り鶴を入れた「平和のボックス」を記念館においてもらいました。

 

沖縄の文化を味わう、楽しむ

さて、午後は沖縄の文化を直接体験し、発見する時間です。この日のお昼ご飯は、琉球料理を食べました。

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老舗の「四つ竹」というお店です。とても豪華!ミミガー、もずく、ラフティーなど、代表的な琉球料理がならびます。「うまい!」と子どもたち。学校でも、沖縄の食材を使って料理を作って食べますが、やっぱり本場の味はちがいます。

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食事のあとは、学習旅行の最後の活動、国際通りでショッピングです。

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今、建て替えのため移転している牧志公設市場をみんなで見学します。東京で見かけるものもありますが、魚屋さんには色鮮やかな魚がならび、沖縄ならではの食材や伝統行事で使われるお菓子など、見ているだけで沖縄の文化を感じます。

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みんなでぐるっと一周した後は、グループに分かれてショッピングです。

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中でも、お店の人とのやりとりは、本当に楽しそうでした。約1時間、子どもたちは精力的に動きまわっていました。

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とうとう、那覇空港まで帰ってきました。今年度の沖縄学習旅行は、こうして3泊4日、無事に終えることができました。今年は、コロナ禍で検温や消毒など、いつもより活動が増えたり、制限される中での旅行になりましたが、たくさんの人に支えられ、とても充実した沖縄になりました。

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また、この旅行で、時間の遅れは、全くありませんでした。なかまと生活を作る力も、これまで積み上げてきたものがよく見えました。そして、語る人の目を見て、しっかり事実を学び取ろうとした6年生は、やっぱりすごいと思います。6年生は、学校に帰ってから、5年生に「沖縄を伝える会」を行います。昨年、6年生のメッセージが書かれた「沖縄学習ノート」を受け取ってから1年。この子どもたちが、次の5年生にどんなバトンタッチをするのかとても楽しみです。

(撮影:金子怜史)

 

6年生 第24回沖縄学習旅行(10月27日~10月30日)③渡嘉敷島へ

ブログ担当 お知らせ, 全校, 高学年

3日目 渡嘉敷島へ 10月29日(木)

天気は快晴。那覇の最高気温29度。この日は、みんなが楽しみにしていた慶良間諸島、渡嘉敷島に渡る日です。

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波も穏やかでした。高速船で40分、あっという間に渡嘉敷島に着きました。

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集団自決(強制集団死)跡地で、吉川先生の話をきく

午前中は、1日目に金城先生と吉川先生から話をきいた、集団自決(強制集団死)跡地に行きました。

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この日も、吉川先生は同行してくれて、実際のその場で当時の話を聞きました。

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米軍のはげしい艦砲と激しい雨の中、住民600名ほどが、この北山(にしやま)に集められました。軍官民共生共死といわれた中で、住民が追い詰められていった様子が、ありありと目に浮かんできます。吉川先生が静かに語る声のまわりで、セミの鳴き声が響いていました。

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当時、ここで、家族は身を寄せ合って座っていました。そして、手りゅう弾が配られた後、集団自決(強制集団死)がはじまっていったのでした。吉川さんは、当時、小学校1年生でした。吉川さんの家族の手りゅう弾は、不発でした。そして、その時のお母さんの勇気ある一言で、吉川さんの家族は、この場を離れることにしたのでした。

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慰霊碑の後ろから、沢に下りていったところでも話を聞きました。75年前の話ですが、自分もその場にいたように感じます。なぜ、こんなことが起こらなければならなかったのか、事実を知ることの大切さと「命どぅ宝」という言葉の意味を、もう一度考えたのでした。

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平和のパネルを置き、みんなで黙とうしました。

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その後、渡嘉敷島の一番高い展望台へと上がました。

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美しい慶良間諸島や沖縄本島が一望できます。

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みんなでおもいきり、エイサーを踊りました。

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子どもたちは、2学期からエイサーの練習をしてきました。沖縄で踊る中で、子どもたちのエイサーが、大きく変わっていくのを感じました。

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最高!渡嘉志久ビーチで海遊び

いよいよ、午後は海遊びです。〝渡嘉敷ブルー〟といわれる海の色に、みんな息をのみます。

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ほとんど他のお客さんもいない中、鶴小のプライベートビーチのようでした。

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青い海、青い空、白い砂浜と心地よい風、穏やかな波に包まれて、沖縄の自然を満喫しました。

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今年は、キャンペーンもあって、なんとバナナボートに乗ることもできました。

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たっぷり、そして、おもいきり、みんなで遊ぶことができました。

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沖縄最後の夜の学級集会

ホテルに帰って夕食の後、この学習旅行をまとめる学級集会が持たれました。

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3日間、沖縄で感じたことを、学習旅行委員の司会で、一人一人が話しました。自分が見て、聞いて、感じたことを、自分の言葉でしっかり話していました。

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一人一人の話の中で、みんなで考えたいことが出されました。1組では、「沖縄になぜ基地を押しつけるのか」、2組では、「今の沖縄は平和なのか、平和って何だろう」をテーマにみんなで意見を交流しました。

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話せば話すほど、もっと話したいことが出てきて、話は尽きませんでした。

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いろんな考えが出ましたが、話し合いの答えは、すぐには見つかりませんでした。学校に帰ってからも、話し合いを続けることになりました。

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最後に一人一人、感想を書きました。とても集中して書くことに向かっていました。

 

(撮影:金子怜史)

6年生 第24回沖縄学習旅行(10月27日~10月30日)②南部戦跡をたどる

ブログ担当 お知らせ, 全校, 高学年

2日目 南部戦跡をたどる 10月28日(水)

沖縄学習旅行2日目、午前中は、南部戦跡に行きました。日本で唯一地上戦となった沖縄戦では、激戦の末、司令部が首里を放棄すると、軍も住民も南部へ撤退しました。これにより、さらに住民が巻き込まれていくことになったのです。学徒動員された14才から19才の中学生、2000名余りのうち、半数以上が命を失いました。多くの学徒隊が南部で犠牲になっていったのです。1組は、ずいせん学徒隊の宮城巳知子さんのたどったコース、2組は、ひめゆり学徒隊の宮城喜久子さんのたどったコースを追体験しました。

ずいせん学徒隊 宮城巳知子さんのたどったコース(1組)

1組のコースを、長堂先生と宮城先生が案内してくれました。ナゲーラ壕では、宮城巳知子さんが学徒隊としての看護活動をした初めの頃の話をききました。川をはさんだ向こう側に、手掘りの壕の穴が見えました。自分たちが立っているところには、爆弾が落ちてできた大きな穴があったそうです。その穴に亡くなった人を運び入れたそうです。

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識名壕では、壕の中に入りました。自然壕で入り口は狭いのですが、クラス全員で入りました。

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当時ここには、負傷兵や逃げてきた住民、数百人がいたそうです。巳知子さんは、血を見るのも怖かったそうですが、そんなことは言っていられない状況でした。負傷兵は、どんどん運ばれてきました。

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当時と同じように明かりを消してみました。目を開けていても真っ暗で、息が詰まるように感じましたが、ここは天国だったそうです。そのときの様子を一人一人、想像しました。

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長堂先生は、魂魄の塔を案内してくれました。巳知子さんが最後にたどり着いたこの米須地域一帯は、沖縄戦の最後に、日本軍と住民が追いつめられた場所のひとつです。戦争が終わって住人が帰ってくると、この地域にはたくさんの骨が散らばっていました。田んぼや畑、道路などに散乱する遺骨を収集し、住人によってつくられた慰霊碑です。誰のものかもわからないってどういうことか考えました。

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最後に、ずいせん学徒隊の慰霊碑のある、ずいせんの塔に行きました。激しい砲弾の中を逃げ、巳知子さんは運よく生きることができました。しかし、たくさんの友達がなくなってしまいました。案内してくれた宮城先生のお母さんも、ずいせん学徒隊でした。声を詰まらせて話す宮城先生の顔を、みんなまっすぐ見て、話を聞いていました。

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慰霊碑に手を合わせました。そして、みんなで心を込めてエイサーをおどりました。

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ひめゆり学徒隊 宮城喜久子さんのたどったコース(2組)

2組のコースは、迫田先生が案内してくれました。

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南風原陸軍病院壕跡地に行きました。喜久子さんはここで看護活動をしていました。たくさんの負傷兵の手当てや、し尿の処理、傷口のウジをとったり簡単に想像できないくらい大変な仕事です。しかし、悲惨な光景や壕の中のにおいにも、やがて慣れていったそうです。

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迫田先生は、当時の食料がどれくらいか、おにぎりを用意してくれました。初めはテニスボールくらいのおにぎりも、やがて1日に1回、ピンポン玉の大きさ一1つになっていきました。「たったこれだけ・・・」という声がしました。

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喜久子さんたちは、壕の外にあるかまど場から、ごはんを運ぶ仕事もしていました。その「飯あげ」体験をさせてもらいました。足場も悪く、雨でぬかるむ坂道を下り、また登って壕に帰ります。担ぐだけでも重く、ご飯をこぼさないように運ぶことだけでも大変なのに、たくさんの砲弾が落ちてくるのです。命がけだったことがよくわかりました。

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第一外科壕跡では、ひめゆり資料館の学芸員、尾鍋さんから話を聞きました。ここで喜久子さんは、友達をたくさん失いました。打ち込まれた砲弾が当たり、さっきまで一緒にいた友達がなくなっていきました。「そこに、〇〇ちゃんがいたんですよ。」と言われ、ハッとします。尾鍋さんは、喜久子さんから聞いたことを、喜久子さんに代わってみんなに話してくれました。

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解散命令が出された後、逃げる場所もなく、さらに友達が亡くなっていきました。

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第一外科壕を出ると、サトウキビ畑が広がっています。みんなでエイサーを踊りました。

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平和祈念公園、そして佐喜眞美術館へ

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昼食で、1組と2組は合流しました。ソーキそばとジューシー(炊き込みご飯)がとてもおいしかったです。

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ひめゆり平和資料館を見学しました。

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韓国人慰霊の塔では、差別されながら沖縄戦を戦ったり、ひどい扱いを受けて死んでしまった朝鮮の人たちの話を聞きました。

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平和祈念公園にある「平和の礎」の前で、稲福さんに話を聞きました。稲福さんは、身内を沖縄戦と学童疎開船「対馬丸」の沈没でなくしました。そして、自分も宮森小学校ジェット機墜落事故を経験されています。沖縄戦が終わっても悲しみは続き、基地があることで悲しみが広がっている沖縄のことを考えました。

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「平和の礎」には、沖縄で亡くなったすべての人の名前が、刻まれています。これまで学んできた中で、自分の探したい人の名前を見つける活動をしました。24万人以上刻まれた名前の中から、探すことは大変でした。たくさんの人が犠牲になったことを改めて実感しました。

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最後に、宜野湾市にある佐喜眞美術館へ行きました。丸木位里さん、俊さんが描いた「沖縄戦の図」を見ながら、館長の佐喜眞さんの話をききました。

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「強制集団死」が描かれているその絵の大きさに驚き、とても恐ろしさが伝わりました。そこに描かれている〝真実を見つめる少年〟は何を見つめているのか考えました。

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佐喜眞美術館は、普天間基地から返還された土地に建った美術館です。美術館のフェンスの向こうは基地です。

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屋上から見える普天間基地の広さに圧倒されながら、ここでも基地問題について考えるきっかけをもらいました。

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圧倒された本物のエイサー、内間青年会とのエイサー交流

ホテルへ戻り、夕食のあと、楽しみにしていたエイサー交流会をしました。

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浦添市から、内間青年会の方々が駆け付けてくれました。太鼓の音の迫力がやっぱりすごい。

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大太鼓や手踊りのコツも教えてもらいました。内間青年会の人は、みんなやさしくて、かっこよかったです。

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最後に、「唐船ドーイ」をいっしょに踊りました。

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とっても楽しい沖縄タイムでした。

6年生 第24回沖縄学習旅行(10月27日~10月30日)①基地の島 沖縄

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今年は実施できるかどうかとても心配していましたが、第24回沖縄学習旅行を無事に終えることができました。旅行社やホテル、食事をとるお店、バス会社の方々の感染対策へのていねいな対応、そして証言者やガイドの先生方のいつも以上の協力に、本当に感謝しています。3泊4日、とても充実した活動が行えました。4回に分け、その様子をお伝えしたいと思います。

1日目 基地の島 沖縄 10月27日(火)

往路のフライトを無事に終えて、那覇空港に到着。いつもりよりも人が少ない穏やかな空港でした。

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バスに乗ると早速、瀬戸さん(恩納村博物館)が沖縄の基地についての話をしてくれました。1番最初の学習場所は、嘉手納基地です。

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嘉手納基地の横にある「道の駅嘉手納」の屋上で、ビッグなハンバーガーを食べました。

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食べている間も、空中給油機の訓練の爆音が何度も聞こえてきます。

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嘉手納基地についての話を、川満さん(名護市教育委員会)から聞きました。

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うるま市にある宮森小学校に移動し、1959年6月30日に起こった「ジェット機墜落事故」について学びました。

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宮森小学校の「仲よし地蔵」の前で、630会の伊波さんから当時の惨状について話を聞きました。

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石川市役所に展示されているパネルの前で、630会の久高さんの話を聞きました。

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当時の様子を思い浮かべ、自分たちと同じ小学生が犠牲になった事実を重く受け止めました。

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そして、戦争が終わっても続く”基地の島”沖縄の状況について皆で考えました。

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ホテルへ到着しました。

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那覇の泊港にあるホテルから見える美しいの海の奥には、慶良間諸島も見ることができます。

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夕食は、一人一人お弁当形式で、沖縄ならではの料理など、おいしく食べることができました。

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夕食後の学習会では、渡嘉敷島集団自決(強制集団死)の話を、金城先生、吉川先生から聞かせてもらいました。

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命の大切さを何度も語るお二人の言葉に、皆が圧倒されながらも、一人一人が真剣に考えていました。

1日目から、その場所に行き、その人に聞いたからこそわかる学習ができました。初日から、子どもたちのノートには、感じたことがたくさん書き込まれていました。

コロナ禍でも充実した活動ができました⑤~第27回運動会~

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10月3日 熱く盛り上がった第27回運動会

鶴小の運動会は今年も、上級学級が下級生を率いてチームを作り、文字通り「子どもが作る運動会」が展開されました。

今年の運動会は、新型コロナウイルス対策として、行う場所を変更しました。隣にある和光中学校・高等学校の第2グランドを借りて行いました。鶴小のグランドの2倍以上の広さがあります。これにより、子どもの応援席を広く確保できました。また、お家の方の参加を制限しなくてもよい環境が整いました。鶴小敷地から第2グランドへの通路の開設、簡易手洗い場の設置など、いつもの運動会の準備と並行して作業が行われました。

また、今年は競技が絞られました。高学年の騎馬戦は、1対1で組み合う騎馬相撲になるため行うことができません。さらに、感染防止対策として開催規模を縮小することも検討し、低学年、中学年でも1種目ずつ減らし、午前中開催としました。

そして、運動会をつくる子どもたちの取り組みは、いつも以上に、工夫が凝らされていました。1組(赤・ピンクチーム)、2組(緑・青チーム)、それぞれのチームの代表は、リーダー学級の6年生です。「大声を出さないでどうやって応援するか」「縦割り競技の作戦会議をどういう形でもつのか」など、対策をとらなければなりませんでした。1組、2組の6年生のチームリーダーが集まって協議委員会をひらき、論議が重ねられました。いつもなら休み時間に、下級生が6年生の教室に集まって100人規模の応援練習が行われます。しかしそれはできません。今年は、6年生の応援リーダーが、下級生の教室を何回もまわり、手拍子の応援練習が行われました。さらに、下級生とのつながりを作るために、6年生が各学年の練習試合の結果を聞いて「がんばれ!1・2年生!タイヤ引き新聞」「息を合わせよう!3・4年生タテヨコ新聞」など、新聞を発行し、目標やコツ、がんばったことが記事にされました。下級生は、6年生の新聞をうれしそうに読んでいました。各チームごとに、メッセージボードも作られました。1年生から6年生、みんなの運動会に向かう言葉が書き込まれました。

そういう準備を経て、運動会当日を迎えました。はじめて運動会に参加する1年生。みんなうれしそうに40mを走りきりました。

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2年生は練習からタイムをとっていたので、自己ベストを目指しました。「ドキドキする~!」と力強く50mを駆けぬけました。

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3年生は80m走です。トラックのコーナーの走り方がとても上手になりました。走る姿に迫力があります。一人一人走る競技は、その子どもの成長がよく見えます。上級生も、お家の方もそんな姿に拍手で応援を送っていました。

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連続する得点種目!勝負のバトンをつなぐ子どもたちの集中はすごい!

今年は午前中の開催で規模を縮小したため、得点種目が連続します。その初めの競技、「5・6年生リレー」は圧巻でした。抜きつ抜かれつ、そのたびに会場が沸きました。鶴小のリレーは、選抜チームではなく、全員が走るリレーです。チームごとに走る順番、バトンゾーンの使い方の作戦を立てます。さすが高学年、それぞれの持ち味が生かされ、自主練習でやったことが生かされていました。

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中学年の団体競技は、「タテヨコ」です。タテが「3人ムカデ」と「4人ムカデ」、ヨコが「2人3脚」と「3人4脚」、交互にバトンをつないでいきます。練習では、4年生が初めて競技をする3年生に、ていねいに指導していました。転んでもやさしくしてくれる4年生がいるので、3年生も安心です。「イチ、ニ!イチ、ニ!」と大きなかけ声で息もピッタリでした。

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低学年の団体競技は、「タイヤ引き」です。大タイヤ、中タイヤ、小タイヤ、全部で15個のタイヤを、時間内にたくさん取った方が勝ちです。練習の時から2年生が作戦を考え、1年生に伝えます。試合の結果から次の作戦をたて、練習を積み重ねてきました。今年は、1組と2組がとてもいい勝負でした。

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そして、なんといっても鶴小「グランプリレース」。4・5・6年生の団体種目です。1位45点、2位30点と入る得点も大きいので、「グランプリを制する者は、運動会を制する」と言われます。キックボード→縄跳び→キャタピラ→えんぴつ転がし→ムカデを3回繰り返します。いずれも異学年でメンバーが構成されます。誰がどの種目を行うのか、6年生が名簿を作り、練習を重ねてきました。

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キックボードです。車のついた台に乗った3人が、力のバランスをとって、まっすぐ進むことが難しい種目です。伴走のリーダーに集中します。

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縄跳びです。縄を飛ぶという感じではありません。まさに、走っている、しかも全速力で。会場から自然に拍手が起こりました。

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キャタピラです。3人それぞれの役割がちがいます。うまく回転するとぐんぐん進みます。「お~!」と歓声が上がりました。

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えんぴつ転がしです。3人で6角柱型をしたえんぴつを転がします。砂埃を上げて進むので迫力があります。

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そして、最後の種目が7人のムカデ。全員のリズムが合わないと前に進めません。抜いたり抜かれたりのレース展開の中で、集中をそろえることはとても難しいこと。そんな時、6年生のリーダーの声が入ります。「いくよ!集中して!」見事に足があっているので、やっぱり6年生はすごいと思います。

グランプリはAレースとBレースがあります。Bレースは運動会最後の競技になります。今年の運動会は、2組がリードする展開でしたが、グランプリBの結果で優勝が決まります。1組がリードし、2組がリードし、試合の展開は最後まで分かりませんでした。

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結果は、グランプリBは1組が勝ちました。この瞬間、今年の運動会はとても稀な結果となりました。1組、2組の同点優勝となったのです。

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閉会集会の表彰台には、両チームのチームリーダーが立ち、4人で優勝カップを高々と上げていました。「1組と正々堂々と運動会ができてよかったです。みんな、よく力を出し切ったと思います。」「2組がいたから、私たちは頑張ることができました。ありがとう!」清々しいリーダーたちの言葉でした。

後日、6年生のお家の方からこんな感想が届きました。

6年生最後の年にこのようなコロナ禍の行事で、残念だなと思っていましたが、運動会の取り組みが始まり、子どもたちは今ある環境を受け入れて、その中で前向きに行事を作っていく姿に、残念なことは何もないし、子どもの力はスゴイと感じました。リーダーを決めるところから、わが子の様子を見ていて、自分も何か頑張りたい、でも選ばれなかったり、担当になってもうまくできなかったり、心折れることも多かったと思うのに、家では1年生の兄弟の相手をしたり、習い事も変わらず頑張って、本当にえらかったなと思います。グランプリレースでもいろいろ経過を聞いている中での最終試合。どっちか勝ってもおかしくないレース、ミスをしたら負けてしまうというプレッシャーの中、子どもたちの必死な顔を見ると涙があふれました。転んでしまった子たちは怪我はなかったのでしょうか・・・。勝負は着きましたが、結果的にどちらも優勝でよかったなと大人は思ってしまいます。先生方、感染予防をしながらの練習、本番。大変なご苦労があったと思います。子どもたちに運動会を変わらずに経験させてくださり感謝申し上げます。リーダーのお子さんの「先生ありがとう」に感動しました。(6年生父母)

今年は短い運動会になりましたが、子どもたちはいつも以上によく向かい合い、自分たちらしい運動会をつくりきりました。子どもと親と学校、三位一体で作ることができた運動会だと思います。みんなの心に残る、すばらしい運動会になって本当によかったと思ったのでした。

 

コロナ禍でも充実した活動ができました④~低学年「川あそび遠足」~

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1・2年生「川あそび遠足」9月18日:神奈川県愛甲郡 清川リバーランド

低学年は、宿の営業の関係で合宿が行えませんでした。そこで、「川あそび遠足」が計画されました。「魚のつかみどり」と「川あそび」を、きれいな川でやらせたい。低学年の先生たちが見つけたのが、清川リバーランドでした。厚木の近くなので、学校からバスで日帰りで行けます。いつもなら4学級が3台のバスに乗り合わせるのですが、今年はコロナ対策で1学級1台とし、ゆったりと乗って行くことができました。

「やったー!とれた!」ニジマスのつかみ取り

着くとすぐに着替えて、1年生から「魚のつかみどり」です。魚はニジマス。浅い池に、たくさんのニジマスが放されました。泳いでいるのがよく見えます。よしやるぞ!という顔。よーいドン!の合図で水に入ると、すぐに魚を追いかける子、入ったものの戸惑っている子、おそるおそる捕まえようとする子、本当に様々。自分の間合いで魚に近づいていきます。おもしろいのは、順番待ちでその周りを取り巻く2年生。「あっちにいるよ!」「そこにいる!」いてもたってもいられなくて、指をさし、声をあげています。そんな声にも押されながら、1年生は果敢に挑んでいました。

 

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しばらくすると、「つかまえた~!」「とれた~!」という声。そんな声が聞こえると「よし!」と勇気が湧いてきます。初めて生きた魚をつかまえる子もいます。そっと魚にさわった時、びくっと動くので、思わず手をひっこめます。その手の感覚は、ずっと残るようです。生き物の生きている力を感じるというのでしょうか。とても興奮して「さわった!」と話してくれます。「すごいね~!さわったね!」とこちらまでうれしくなります。

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1年生が終わって、2年生の番です。待ってましたと水に入ります。さすが経験しているだけあって、捕まえるのがうまいし、はやい。次々とつかまえます。数人で並んで、歩みをそろえて魚を追い込んでいる子どもたち。一網打尽にしようという作戦です。ところが魚もそう簡単には捕まりません。足の間をすり抜けて、逃げてしまったようです。それならば・・・。魚と子どもたちの知恵比べは続きます。

さて、つかまえた魚は、その場で塩焼きにしてもらいました。それがたいへん、全部で150匹もいるんですから。子どもたちが川遊びに行っているわずかの間に、焼かなくてはなりません。さばくのはお店の方がやってくださいました。そして、炭火で焼くのを副校長先生がやってくれました。陰の功労者です。そんなことを知る由もなく、子どもたちは川あそびを楽しんでいました。

きもちいい!川あそび、たのしい!!

9月の中旬でしたが、この日は気温が30℃をこえていました。川に入るにはちょうどいい天気です。

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おもいきり水をかけあったり、泳いだり、きれいな川でたっぷり遊びました。

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岩の下に手を突っ込んで、生き物を探している子もいます。たくさんサワガニを見つけていました。また、緑や青色のきれいな石を見つけた人もいました。思い思いに自分の楽しいことを見つけている子どもたち。川はいいな、と思うのでした。

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川あそびの時間は、あっという間にすぎていきました。

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「うま~い!」とれたての魚の塩焼きを食べる。

最後にニジマスの塩焼きを食べました。「いただきま~す!」みんな魚にかぶりついています。焼き加減が抜群で、とっても美味しかったです。魚が苦手な子どもも、食べることに挑戦しようとしているから驚きます。みんなと活動したことで、食べてみようにつながったのだろうと思うのです。

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学校に帰ったら「おかえり~」、お家の人がたくさんお迎えに来ていました。合宿と同じように解散集会をしました。「魚をつかまえられてうれしかったです。」「川あそびがたのしかった。」と1年生。「班長だったけど、みんなが、ちゃんとならんでくれて、よかったです。」「サワガニをみつけました。」と2年生。1年生にとって初めての遠足、2年生にとっても本当に久しぶりの校外活動でした。天気にも恵まれ、自然の中で、のびのびと過ごすことがでてよかったです。マスク、手洗い、消毒、低学年の子どもたちもちゃんと協力することができて、無事に遠足を終えることができました。

(次回は、熱く盛り上がった運動会の様子をお伝えします。)

コロナ禍でも充実した活動ができました③~4年生「瑞牆合宿」~

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4年生「瑞牆合宿」9月2日~4日:山梨県北杜市 瑞牆グリーンロッジ

高学年キャンプの次の週に、4年生が瑞牆で合宿を行いました。5年生から全泊テント生活になるので、ロッジだけでなくテントにも1泊します。食事は、瑞牆山荘にお弁当をお願いしていますが、夕食のカレー作り1回と最終日の朝食作り1回は自分たちで行います。テント張りや調理など、少しずつキャンプの技を学んでいきます。初日、着いた時の天気はよく、サイトからも瑞牆山の山頂がよく見えていました。

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千曲川の支流、梓川源流で石探し

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今年は1日目、千曲川の支流、梓川の源流で石探しをしました。山梨県の山には、水晶などめずらしい石が多く含まれています。テントサイトの横を流れる天鳥川でも、川遊びをしている子どもが綺麗な水晶を見つけます。山から流れてくるからです。この梓川の源流では、ザクロ石(ガーネット)や方解石(平行六面体の綺麗な形で、透明な石)、黒曜石などがよく見つかります。元校長の園田先生は、石について詳しいので、学校で事前学習をしてくれて、現地でも石探しに付き合ってくれました。見つけた石を園田先生のところに持って行って、判別してもらっています。「やった!ザクロ石見つけた!」の声が聞こえるとみんな俄然やる気になります。ずっと地べたにはりついて、探すのに夢中になっていました。

雨の横尾山登山(1818m)

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2日目は、横尾山登山です。信州峠(1464m)から登り始めます。バスを降りようとしたとき、強い雨が降りはじめました。全員、ザックにカバーをつけ、レインコートを着ました。横尾山は、最初に急登があります。雨の中でしたが、みんな間隔を空けずに、頑張って登っていました。雨の登山は、レインコートを着ているので体温調節をしたり、足元が滑らないように足を置く場所を選んだり、雨で服が濡れないように気をつけなければなりません。状況判断がいろいろ求められるのですが、「ここ滑るから!」と声をかけあい、ゆっくり、でも確かに急登を登りきることができました。

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急登を登りきると、カヤトが原という広い草原に出ます。雨はやみましたが、ここまで時間を要しています。あとは山梨県と長野県の県境の尾根を進むのですが、帰りの足元がわるいことを考えて無理はしませんでした。学級ごとに記念撮影をして、引き返すことにしました。とても残念がっていましたが、休憩していると、雲が切れて、ふもとの町や周りの山々が見えてきました。川上村に広がるレタス畑や瑞牆山の方も見えます。「こんなに登ってきたの?!」「すごーい!」「のぼったぞ~!」と達成感を持つことができました。実際、この地点で標高差300mを登っています。3年生の山よりも登ったことになります。下山は時間はかかりましたが、慎重に下りました。頂上に立つだけが登山ではありません。自然に合わせて判断し、行動できた4年生は、本当によくがんばったと思います。いい経験をしました。

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すべての合宿、無事に終わる

4年生も増冨温泉にお世話になりました。カレー作りは、学校の実習の時より、班の動きがよくなっていました。同じ材料なのに班によって味がちがうのが不思議なことですが、どの班も美味しく作って食べることができました。

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キャンプファイヤーで代表の子どもたちは、自分のがんばったこと、友だちと協力できたこと、合宿が成功してよかったことを話していました。

今年は、林間合宿が実施できるかどうか、準備の段階から手探りで、当日まで心配でした。しかし、現地の方のたくさんの協力や各家庭の理解や協力、そして先生たちの丁寧な準備があって、何とか無事にやりきることができました。今年、コロナウイルスによって、学校現場では、様々な活動が中止されたり、延期されたりしています。林間合宿で生き生きと活動する子どもたち、自分たちで生活を作ろうとする子どもたちの姿を見ると、何とか実施できる道すじが探れないものかと思います。まだまだコロナ対策をたてながら活動を考えなればなりませんが、授業の遅れを取り戻すだけではなく、自分たちの教育課程にたちかえり、子どもの成長にとって必要な活動は守っていかなければと思うのです。

(次回は、低学年「川遊び遠足」の様子をお伝えします)

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