風緑通信

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鶴小開校25周年の集い~伸びやかで透明感のある歌声・楽しみな普天間かおりさんのステージ~

校園長 風緑通信

来たる10月14日(土)に開催される「鶴小開校25周年記念の集い」。メインゲストでお願いしているのは(もちろん参加者の皆さん一人ひとりがメインなのですが)沖縄の唄者(うたしゃ・シンガーソングライター)・普天間かおりさん。

お名前はかねてより存じ上げてはいたのですが、初めて普天間さんの歌を聴いたのは、4月29日の「沖縄の集い」でした。「沖縄との連帯を」と会場いっぱいに入りきれない人人、人の波…。「連帯のあいさつ」の続く中、最後のミニコンサートに登場した普天間さん。「普天間って基地の名前じゃないですよ。辺野古かおりになったらたいへん」とユーモアたっぷりの自己紹介の後の歌声。その伸びやかで透明感のあるファルセットは、オリジナル曲から沖縄の島唄まで心に深く染み入るものがありました。早速会場でCD(ベストアルバム)を購入し、それ以来ずっと車の中で聞いているのですが、今回来て頂けると聞いてとても嬉しい思いでいます。

私のお勧め、ベスト中のベストは(他のももちろん素晴らしいのですが)『守りたいもの』。歌詞と曲が素晴らしく、今のような不安な時代だからこそ励まされる、前向きに生きる背中を押してもらえるそんな唄です。ぜひみなさんといっしょに聴きたいですね。

子どもたちの歌っている唄も披露していただけるとのこと。10日後の10月24日には6年生が沖縄学習旅行に旅立ちます。6年生にとっては「一足先に沖縄の風を運んできてくれる」普天間かおりさんのコンサート。卒業生のみなさんも、どうぞそれぞれの沖縄学習旅行の思い出を重ねながら楽しんでいただけたらと思います。

鶴小開校25周年の集いにたくさんのみなさんのご来場を

校園長 風緑通信

1992年に和光鶴川小学校が開校し25年・4分の1世紀がたちました。

1年生76人と教職員8名でスタートし、ガランとした校舎がこわくて、休み時間はみんな職員室前で遊んでいたあの日がつい昨日のことにも感じますが、この間、鶴小を巣立った子どもたちは1800人を越えます。あらためて歳月の流れを感じます。

そこで来たる10月14日(土)に「鶴小開校25周年記念の集い」を開催することにしました。在校生とそのご家族のみなさんはもとより、卒業生のみなさん、親和会OG・OBの皆さん、ご家族連れで、知り合いを誘って、どうぞ鶴小にお集まりください。懐かしい先生たちも参加の予定です。どうぞ皆さんで旧交を温めていただけたらと思います。懐かしいお顔にお目にかかれるのを楽しみにしています。詳しい企画内容はどうぞ案内のページをご覧ください。

先日、親和会広報誌の企画ですでに30歳を過ぎた1期生の皆さんと語り合う機会がありました。「和光で学んでこれが身についたということはありますか?」という広報部のお母さんの問いに、結局みんな言っていた事は「なぜ?を問い続けるくせが抜けないことかなあ」「これってけっこう厄介なんだよね」「まわりも見なきゃならないしね」。でもそれが今の仕事で「ものごとを掘り下げる術(すべ)」になっていること、そのため仕事に満足できず転職をして今はやりがいのある職に就いていることなどなどが語られたのでした。話すにつれて小学校の時の顔があらわれ懐かしい思いの中に、「理屈抜きに」「マニュアルどおりに」という今の世の中で「なぜ?を問い続ける人」を育てる鶴小の、和光の存在意義をあらためて感じたといったら大げさでしょうか? みなさんはどうですか? この学校で身についたこと・育てられたところは何だったでしょうか? そんなことも語り合いながら、25年をふりかえられたら嬉しいですね。たくさんの皆さんの参加をお待ちしています。

『算数の芽・数学の種(たね)』②

校園長 風緑通信

<「色水作り」で体験する豊かな「量感覚」>

「今日は色水を作るよ~。いろんな色の葉っぱやお花を取ってこようね~」。そんな呼びかけで始まった、4歳児「月組」5月の活動。「お父さん会」手作りの木の階段を登り、隣接800坪の「風緑の丘=野原&畑」へ向かいます。園からすぐに行けるこの原っぱは何よりの宝物。子どもたちが思い思いに虫をとったり鬼ごっこをしたり、かけっこ・ブランコ・みかん狩り、そして大根やサツマイモ作りと、四季を通じて豊かな原体験を提供してくれる場所です。

花や葉っぱを取ったらあとはもう子どもたちの天下。「ジェットコースターやろう!」。えっ?それって何?と聞く間もなくなだらかな坂を駆け下りる子どもたち、と思ったら今度は駆け上がり、それを「繰り返すこと」がそれなのでした。「これは足腰鍛えられるよなあ」と実感。入園したてはヨチヨチ歩き(?)だった3歳児たちも、1ヶ月も経たないうちにしっかり歩けるようになるわけがここにもあるのでした。

それでもちゃんと課題を覚えているのが4歳児。園に戻ればそれぞれ取ってきた葉っぱや花をつぶして水に混ぜながら「色水作り」が始まります。実はここでも園はとっておきのものを用意しています。3歳児「花組」では使えなかった「本物の調理道具」、ステンレス製のざるやボールやおたまがこのとき「解禁」になるのです。先生の指示でぴかぴか光る調理道具を手にしながら嬉々としてはじめる「色水作り」なのでした。

数日後、その子たちが遊びに誘ってきました。「旅館ごっこしようよ~」。えっ?旅館ごっこ?と思いながらついていくとこれも手作り「木製の小屋」に通されて、出てきたのは「マスカットジュースですよ~」と緑の色水。あれからこの子たちはずっと「色水作り」で遊んでいるのでした。教師の示した活動が子どもたちの遊びを広げているのです。園としての「意図的な教育」があるのです。そしてそれ以上に感動したのは、水を器から器に移したり、お花や葉っぱで水を増やしたり、こぼして減らしたり、作ったジュースをやりとりしたり、それ自体が豊かな「量」を扱う活動であることでした。

小学校2年生では「かさ(液体の量)」を習います。ある年計算などはとても速くできるのに「かさ」に入ったとたん戸惑う子がいました。聞いて見ると幼児期は数字や計算に勤しんでいた環境だったとか。「量を体で感じとる活動」こそこの時期に大事なのではないか。あらためてそう考えた「色水作り」の活動だったのです。

 

6年生・沖縄学習がはじまりました。

校園長 風緑通信

『風緑(かざみどり)通信』

 

4月18日火曜日、今年も私の授業から6年生の沖縄学習が始まりました。鶴小では毎年、校長が最初の沖縄学習の授業を行っています。「沖縄を学び、沖縄を通して日本の現実を見つめ、自分の生き方を考える」をテーマに展開される、小学校最後の総合学習「沖縄」。私が話すことで「学校を挙げて応援するよ」というメッセージをこめています。

沖縄学習のきっかけとなった、故丸木先生の体験をはじめ、歴代の校長がどんな思いでこの授業に臨んできたか。そして何より「沖縄の豊かな自然や文化を知ってほしい」と、ヤンバルクイナ・イリオモテヤマネコ・ノグチゲラ、そしてジュゴンなどの生き物、かつては「琉球王国」という独立国だった歴史、そのため残された「城(グスク)」群(=世界遺産)、ゴーヤチャンプルー、フーチバジューシーなど本土にはない珍しい料理の数々など、10月の学習旅行への期待が膨らむような話。そしてそれらを根こそぎ奪う戦争「沖縄戦」、その後作られた米軍基地の話など、この後の担任や音楽・理科専科教師らによるテーマ別授業に、そして子どもたちの「もっと知りたい・調べたい」につながるガイダンスとなるような話です。

すでに5年生の12月に、学習を終えた6年生から「沖縄を伝える会」で話を聴いている子どもたち。学習への期待は大きく、どの子も真剣に集中して聞く姿が印象的でした。

「1番すごいと思ったことは、今まで沖縄の授業をしてきた丸木先生、行田先生、園田先生、加川先生が、全員“絶対に戦争をやってはいけない”という同じ意見を持って授業をしているということです。それを聞いて和光の先生たちは団結していると思いました。」

「沖縄は『びっくり』と『悲しい』の宝庫だなと思った。」

「加川先生によると戦争とは加害者にもなるし被害者にもなるということでした。戦争で解決するのではなく対話で解決したいです。」

悲しい話もありますがとても楽しみです、沖縄のことについてもっと知りたくなりました・・・などなど、子どもたちはその鋭い感性で受け止めてくれました。今年もまた、6年生のみなさんと進める沖縄学習が楽しみになりました。

算数の芽・数学の種(たね)

校園長 風緑通信

<「1,2、」の次は「いっぱい」;3歳児の4月>

教員生活35年目にして初めて幼稚園教師兼務となりました。毎日が楽しい発見の連続です。このシリーズでは、幼稚園と小学校の子どもたちの場面から、私が長年かかわってきた「算数・数学」教育の視点で切り取ってみたいと思い立ちました。よろしくお付き合いください。第1弾は…?

入園したての3歳児「花組」のO君。玄関で何やら見上げて数えています。目の前に並んでいたのは職員の先生たちのタイムカードでした。「1,2、…1,2、…1,2…」。そばにいたお母さんが言います。「この子3以上はいっぱいって言うんです」。

何と衝撃的な場面でありましょう! それはまさに原始、人が数を数えはじめた時と同じ数え方ではありませんか‼ 「1、2」の次は「いっぱい」。その原始の「2進法」の名残は「ひとつ、ふたつ」の次が「みっつ(=満つ;いっぱい)」であり、「ONE,TWO」の次が「THREE(=THROUGHと同じ語源;突き抜ける)」であることや、漢字の「川」「森」が「3本の流れ・3本の木」で「たくさん」を表現していることなどに見て取れます。古代ギリシャでは「1」を「単数」、「2」を「双数」と呼び、「3以上」を「複数」としたそうです。考えてみれば「2」という数は人間の体の各部位から容易に認識できそうです。「雌雄・男女」の区別も同様でしょう。まさに「3」の認識こそが数の一般的理解につながるものだったのです。

ですから小学校1年生ではじめて習う数は「3」になっています。タイル□□□を黒板に貼り、ビニール袋を渡して「これと同じだけのものを探してきてね」と呼びかけます。学校中に散った子どもたちはやがて「エンピツ」「小石」「はっぱ」「木の枝」、さらには「少しの水が入った袋=『ぽた、ぽた、ぽたって水を入れた』」「膨らんだ空の袋=『フーフーフーってした』」などなど、大人の発想を超える思い思いの「□□□と対応するもの」を見つけてきます。黒板の前は豊かな□□□のものでいっぱいです。それを受けて「これをみんな『さん』っていうんだよ。こう書くよ」と初めての数字「3」を教えるのです。

「3歳児の4月」の数認識は、3年かけて「現代」とつながります。幾種類もの「□□□」を見つけられる、その土台になる豊かな数量体験を幼稚園でたくさん潜らせてあげたいとあらためて思うのでした。

一生に一度の入園式・入学式

校園長 風緑通信

「一生に一度の入園式・入学式」

4月12日、今年も無事に幼稚園・小学校の入園式・入学式が終わりました。

「今年も」とつい書いてしまいますが、それは迎える側の理屈で、入園・入学のお子さんとそのご家族のみなさんにとっては「一生に一度の」式なのだということをあらためて思います。その思いを受け止めて、幼稚園でも小学校でも、各学年の子どもたちがそれぞれに準備をして式に臨みました。

幼稚園の年長・星組さんはみんなで新しい友だちを迎える言葉を考えました。「すなばでいっしょにあそぼうね」「けがをしたらいってね。しょくいんしつにつれていってあげるよ」など、何人かの子たちが声をそろえて順番に伝えます。最後の言葉は「いっしょにいきていこうね」。そうなのだ、幼稚園は花組・月組・星組のみんながともに生きる場なのだ。そこに今日から迎える新しい友だち。自分たちも1年お兄さんお姉さんになったという、新鮮な思いが伝わってくるのでした。

小学校でも2日かけて各学年が準備。最も緊張していたのは6年生でしょう。担当の新入生を玄関で迎え、教室まで案内し、ランドセルのしまい方を教え、時間まで折り紙をしたり絵本を読んであげたり共に過ごします。そして、体育館には手をつないでいっしょに入場。ステージに設けられたひな壇のいすに案内し、お仕事終了。アリーナの自分の席に戻る際の「ほっとした表情」がほほえましい。

2年生は言葉を考えメッセージカードを書き、3年生はプレゼントの「割りばしでっぽう」を作り・・・と、各学年の仕事をする中で、自然に子どもたちは、こんな風に迎えられた自分の入学式のことを思い出します。入学式当日の、新入生を迎える在校生の暖かい雰囲気はそうやって育まれるのです。

3月に卒業生を送り出したばかりの子どもたち。未来に羽ばたく卒業生を見、こうして新入生を迎え、子どもたちは入学式に自分たちの「来し方」を思い、卒業式に「行く末」を見ているのかもしれません。

創造力につながる学力を

校園長 風緑通信

和光鶴川小学校校長 加川博道

「創造力につながる学力を」

和光鶴川幼稚園のとなり、800坪に広がる原っぱ「風緑の丘」に、今年も春がやって来ました。私も校園長として2年目を迎えます。

昨年度は教員になって初めての幼稚園生活。たくさんの驚きと学びがありました。その筆頭は何といっても「自然の中の本物の体験」。春のイチゴ摘みに始まり、何度も出かけた野津田公園遠足、そして日々の「風緑の丘」での自然体験。虫取り・草花摘み・かけっこ・おにごっこ、畑にはかぶ・だいこん・さつまいもを植え、収穫して食べる、冬には自然になっているみかんの木からみかん狩り・・・などなど、幼児期の体験は「狩猟・採集の時代」「農耕の時代」という「人類の体験」を繰り返すことが大事なのだ、それでこそ個の人格の太い幹が育つのだとつくづく実感したのです。それはさらに、教師と子ども、子ども同士の豊かな「対話」により、より高い認識につながっていきます。「体験と対話による教育」、小学校の生活べんきょうや総合学習、そして教科学習にも通じる、ともに大事にしているものが見えました。これこそ「和光鶴川の教育」と納得したものでした。

小学校でも、1月の公開研究会を目指して、「道徳教育」「英語教育」「アクティブ・ラーニング」という、2020年からの文科省・新指導要領の目玉ともいうべき分野で研究を重ね、私たちの考える実践を発信していきました。大きな成果があったと思っています。

共通しているのは、やはり教育には「子どもの主体性が大事だ」ということ。それがなくては本当の子どもの学力・力にはなりません。それぞれの学習に主体的に参加しているからこそ、それぞれの学びが子ども一人ひとりの中でつながり、融合し、人格形成に至るのです。ある卒業生のお母さんが語った言葉です。「今年大学に入りましたが、大学の授業が楽しいそうです。こっちで浮かんだ疑問がこっちで解決するというんです。ですが周りの友だちは『覚えることが多くて大変だ』といっているそうです」。「覚える学力」か「つなげて考える学力」か、「創造力につながる学力」はどちらなのかはおのずと明らかです。その土台に「やってみたい」「楽しかった」という「豊かな体験」が欠かせないとあらためて思うのです。

和光学園を支えてくださる方に寄付をお願いしています。

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