天気よし。深く体感した「基地の島沖縄」 学習旅行1日目

成田 寛 高学年

朝7時、全員がそろって、沖縄に向けけて出発です。 1-10

雨はほぼ止むも、気温は10℃を少し超えるぐらい。1-11

30分ほど遅れて飛行機は離陸。1-12

機内では鶴を折ったり、遅めの昼食のに備えて用意していたおやつを食べたりしながら過ごしました。

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沖那覇空港への着陸に備えて低空飛行に入った時に海が見えました。何か長い縞模様が見えて、いていつもと違っていました。海底火山の噴火による軽い石が流れているということがわかりました。

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予定より30分以上遅れて到着。沖縄はほぼ快晴。気温25℃。暑いくらいでした。すぐにバスに乗り込んで「基地の島沖縄」の学習に出かけました。2-10

まずは嘉手納基地へ向けて出発です。組ごとにバスに乗り込みます。1組には川満さん。2組には瀬戸さんが同乗して解説してくれました。高速道路を使って嘉手納基地へ向けてまっしぐら。30分ほどで昼食と嘉手納基地見学をする「道の駅かでな」に到着。昼食は大きなハンバーガー。2-11

資料室で説明する瀬戸さん。 2-12

2-13 屋上で説明する川満さん。

説明の途中でも何度も戦闘機が訓練のため発着し、爆音で声がかき消されました。

嘉手納基地を見た後は、1959年6月30日子前10時40分、嘉手納基地から飛び立った戦闘機が墜落した石川市(現うるま市)の宮森小学校へ向かいました。その事故で小学生11名、一般の方6名が犠牲になりました。

宮森小学校とは学校間交流を予定していました。しかし、コロナの拡大によって縮小して行うことに。

6年生80名が運動会で踊ったというエイサーを踊ってくれました。「運動会は学年別に行ったので、見てくれる人がとても少なかったです。和光鶴川小学校の皆さんが見てくれて、とてもうれしいです。」という宮森小学校6年生の言葉に、コロナ禍でも工夫しながら行事を進めて居る学校の姿にとても共感しました。鶴小の6年生も「三線も子どもがやっていてびっくりしました。」「太鼓の音がそろっていていっぱい練習したんだなと思いました」と宮森小のエイサーに賛辞を送っていました。

4-4 チョンダラー3名の子によるエイサー。

エイサーを見た後は学校敷地内にある慰霊碑「なかよし地蔵」の前で、「630会」の方からジェット機墜落事件の話を熱心に話を聞き、沢山の質問をする子ども達の姿がとても印象的でした。3-1 630会からは3名の方が来てくれました。

3-0 なかよし地蔵の前で話す会長の久高さん(当時5年生)。

3-3 石川会館:展示室で説明する630会の稲福さん(当時2年生)

3-2 石川会館:展示室で説明する630会の伊波さん(当時1年生)

 

予定より少し早く宿泊地「ノボテル沖縄那覇」に到着しました。このホテルは首里城のすぐそばにあり、那覇市内を見おろす高台にあります。何度も沖縄学習旅行に同行した私(成田)からも見ても1・2を争う豪華ホテルです。

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4-2 感染対策も手厚く、豪華な夕食にただただ感謝。

 

夕飯後は渡嘉敷島で「集団死」を体験した。吉川さんの話を聞きました。丁寧に資料を用意、子どもたちにもわかるように話を進めてくれた吉川さん。それを真剣に聞く子どもたち。そして、最後の子どもたちからの質問でより「集団死」について深めることができました。

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最後は旅行委員会を開いて1日のまとめ。中味の濃い充実した1日目でした。

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明日は5時半起床で、「戦争のあった島沖縄」の学習を進めます。

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