沖縄学習旅行2日目 コース別学習(2組)

hikeda 高学年

沖縄学習旅行の2日目の午前中は、クラス毎にコース別で沖縄の戦跡をまわります。

2組は、宮城喜久子さんを中心に、ひめゆり隊に関わる戦跡をめぐります。

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2組のガイドは迫田実さんです。まず最初に、南風原(はえばる)陸軍病院壕跡を訪れました。

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この南風原陸軍病院壕は、沖縄戦に備え日本軍が作った病院壕です。医者、看護婦らとともに、ひめゆり学徒隊の女学生達も看護補助として配置されていました。傷ついた兵士を治療するために作られた壕です。

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ひめゆり学徒隊の女学生たちは、傷病兵士の治療の助手以外にも、食事の準備も行っていました。病院壕までは足場の悪い坂が続きます。それでも、女学生たちはふもとの炊事場から病院壕まで食事を作り、運んでいました。運んでいるときは爆撃の危険にさらされています。食事も日に日に減っていき、一日に「ピンポン玉ぐらいの大きさ」のおにぎり1つになっていった、とのことです。

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女学生たちが食事を運んでいた時は足場は今よりもっと悪く、さらに長い距離を運んでいました。少しでも追体験を、ということで食事運び(飯上げ)をやってみました。

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また、砲弾の実物も迫田さんが用意をしてくれました。(もちろん外側のみです)とても重たい砲弾に、「こんな重たいものがたくさん落ちてくるなんて怖すぎる!」とつぶやいていました。

次に訪れたのが糸数壕です。

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玉城(たまぐすく)村の糸数にある壕で、当初は避難壕だったものが、戦況が激しくなり病院壕となります。1000名近くの負傷兵が収容されていた広い壕ですが、それでも負傷兵が増えて行く中で、収容数が足りなくなっていったそうです。また、病院壕での「処置」や、撤退時の様子などを学びました。写真撮影が禁止されているので写真はありませんが、壕の中では、全ての電気を消して暗闇体験も行いました。

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糸数壕の近くにはさとうきび畑が広がっていました。風がとても心地よかったです。

そして、最後に訪れたのが第一外科壕跡です。

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ここは宮城喜久子さんらひめゆり隊が派遣されていた病院壕です。当時の第一外科壕の様子を宮城さん自身が語る音声を、この場で聞きました。砲弾が撃ち込まれ、負傷した仲間や先輩たちの状況が事細かに語られていました。想像以上の凄惨な状況があったことが分かります。

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慰霊と平和への願いを込めて、エイサーを踊りました。

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第一外科壕跡は、ひめゆり資料館のすぐ近くです。ここから徒歩でひめゆり資料館近くのレストランまで歩きました。ここでも玉城村と同じく、さとうきび畑が広がっていました。

 

 

 

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