多くの人に支えられて

副校長 副校長室の小窓

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今朝、ニュースを見ると、首里城の火災を中継していました。

首里城は1945年の沖縄戦で完全に破壊され、1980年代の後半から復元作業が行われてきました。和光の小学校が沖縄学習旅行を始めたのは1987年ですから、沖縄に行くたびに首里城の復元作業の経過を見てきていただけに、私も驚きと大きなショックを受けました。

今、6年生はまさに沖縄に行って沖縄学習旅行の3日目を迎えています。今朝の連絡では「ホテルから煙が見えると」ということでした。ホテルがある場所は首里城からは数キロ離れたところにあるのですが、そこからも煙が見えるようです。

今年の沖縄学習旅行では学校間交流の関係で首里城真下に作られた「司令部壕」跡による計画はないので、学習旅行に大きな影響はありませんが、それでも、首里城が焼け落ちたということは、とても残念で悲しい事です。今日、子ども達の学習旅行3日目は「渡嘉敷」島へ渡ります。「集団死」の学習と海遊びの日です。「全員元気で、これから渡嘉敷島にわたります。」との定時連絡が入っています。一緒に引率している池田先生・小川先生が鶴小ブログに学習旅行の様子を、現地からアップしてくれていますので、是非ご覧ください。

ブログを見て、真剣に聞き入る、子ども達の表情から6年生が充実した深い学習をしていることがわかります。そして、その学習を支えてくれているのが、沖縄の多くの人たちだということをあらためて感じます。

1日目の「基地」をテーマにした学習では、川満さん・瀬戸さんがバスに同乗して基地の開設をしてくれます。米軍戦闘機が墜落して大きな被害を出した、宮森小学校では当時その学校にいて事件を見ていた久高さん・伊波さんが話してくれました。

夜の「集団死」の学習では渡嘉敷島で「集団死」を体験した金城さん・吉川さんが話してくれました。

2日目の「宮城喜久子さん・宮城巳知子さん」のたどったコースを追体験しながら沖縄南部の戦跡を訪ねる学習には、長堂・宮城・迫田先生が同行してくれました。

「喜久子さん・巳知子さん」共に女子学徒隊で沖縄戦を経験し、終戦後沖縄の小学校の先生になられました。そして現役を退かれてからは沖縄戦の体験者として、鶴小の第1回沖縄学習旅行から子ども達に同行して自らの体験を話してくれました。2015年に共に亡くなられました。

長堂・宮城・迫田先生は「巳知子・喜久子さん」たちがご健在だった時から一緒に回り子ども達の案内をしてくれました。3人とも沖縄の教師です。

夜は、現地の内間青年会や踊りの団体が駆けつけてくれました。

本当に多くの人たちに支えられているのがわかります。

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