今日、和光中学校を巣立つ皆さん、卒業おめでとうございます。
ご参列いただいた保護者の皆さん、お子さんの卒業おめでとうございます。
つい2週間前の君たちの卒業演劇公演が思い浮かびます。今のクラスでは初めての演劇だったにもかかわらず、あの見事さと立派さ。「本当に和光中学生はたいしたものだ」と舌を巻きました。そして、心から誇りに思いました。
そんな君たちの姿を思い浮かべていたためか、今日の話は中学生には少し難しいものになってしまったかもしれません。聞いてください。
中学、高校生時代は、人格形成の時期=「第2の誕生」と呼ばれる人生の激動期です。中学生活3年間に、「なんでこんなことをしてしまったのだろう?」「なんであんなことを言ってしまったのだろう?」……と思い悩んだ経験があるのではないでしょうか?これから高校に進むと、将来のことが次第に現実味をもって迫ってきます。「格差社会」「勝ち組・負け組」「就職氷河期」「ワーキングプア」……といった言葉が不安をかきたてるようになります。
悩みや不安は、「第2の誕生」の産みの苦しみです。避けては通れません。
昨年1月に高校の親和会教研で、『和光卒業生に聞く……格差社会、就職氷河期といわれる時代、卒業後の10年をどう生きてきたか……』というテーマで、同じクラスだった6人によるパネルディスカッションが持たれました。テーマ設定からして、保護者の不安がつたわってきました。
6人はそれぞれ自分の言葉で、自分の体験にもとづく意見を語っていました。それでいて「自分さえ良ければ」ではないという点は、6人に共通していました。
今日はその6人のうちの1人・梅澤正義さんのことを話したいと思います。私は、梅澤さんの話がとても気になって、というより気に入って、1月に取材させてもらいました。詳しくは、学園ホームページの「和光人」欄に掲載されていますので、是非、読んでください。
梅澤さんは和光中学を1995年に卒業しました。君たちより15年前の卒業ですから、現在ちょうど30歳です。毎年、館山水泳合宿にかけつけてくれる先輩で、コーチ仲間から「ウメちゃん」と呼ばれています。胸板の厚さが私の倍もあり、プロレスラーのような体格をしていて、とても目立ちます。「あっ、あのコーチだ」と思い出せる人もいるでしょう。
梅澤さんの家は、小学校4年生のときに東京から茨城県取手市に引っ越しました。なかなか学校やクラスになじめず、途中で転校しました。学校に行けない時期もありました。そんな時におかあさんが「和光中学校という学校があるよ。受けてみたら…」と背中を押してくれました。
取手から和光中学までの通学は片道2時間を要し大変でしたが、オリテ運動会、卓球クラブ、館山……、気がついたときには、すっかりなじんでいました。卓球部顧問で格闘技好きの井上先生と、空手やK-1などの話題と実技でよく盛り上がりました。
高校では、ラグビー部のキャプテンから熱心に誘われ、入部しました。人数の少なかった部でしたが、「みんなでやろうよ」ということを強く意識しました。
梅澤さんは和光大学でもラグビーをつづけました。高校でできていたプレーが思うようにできず、何度も壁にぶつかりました。原因は先輩たちとの身体の違いでした。そこで、身体作りに徹底的に励みました。おかげで高校時代75㎏だった体重が、大学4年時には98㎏になっていました。鍛えることそのものが快感に変わってきて、なんと本当にプロレスに挑戦する気になりました。
そして、あるプロレス団体の入団テストに受かりました。好きなプロレスだったので思いっきりやりました。声援や拍手を受けて、それは楽しかったと言います。
しかし、食べていくのは大変で、特殊警備のアルバイトを始めました。だんだんと警備の仕事が分かってくると、経営方法に納得いかない点が出てきました。社員みんなの幸せになっていないのではないかと考えるようになったのです。
そんなことを考えていた28歳の時、同じ警備会社で同じ思い・考えを持っていた友人2人(一人は空手、一人は柔道をやっていました)と「G・Nセキュリティ」という警備会社を立ち上げることにしました。G・NのGは義理=Giri、Nは人情=Ninjouの頭文字です。
お客さんとの関係もあるので、義理=約束を果たすことはなにより大切です。お客さんから苦情が寄せられたら、すぐ駆けつけます。スタッフには、年齢的にも経歴的にもいろいろな人がいます。G・Nセキュリティの研修は、誘導灯の振り方や車の停め方から始めますが、「こうやるんですよ」と言われて簡単にすぐできる人と、なかなかできない人がいます。複雑な業務だとその差はさらに大きくなります。
苦情を寄せられた現場に行って、まずはどのようにしていたのか、やってもらいます。「どうして苦情が来たのか?」「どうしたら良いか?」を一緒に考えます。粘り強く相手の分かる方法を探りながらやっていきます。そして、実際にやって見せることでその人も納得します。最後に「あなたがしっかりやってくれるから、また注文がくるのです。あなたのがんばりが、仕事を待っている仲間の幸福につながっているのです」と情=人情に訴えるようにしています。
3人で立ち上げたG・Nセキュリティでしたが、3人が5人、5人が10人と増え、半年で20人になりました。2年半後には登録している人が、100人を優に越えました。G・Nセキュリティの仕事だけで食べている人は30数人ですが、注文が集中すると1日に100人が稼働することもあります。
経理は大学出たての若い人にやってもらうようにしました。3人の役員の給料も含めてすべてオープンにしています。みんなが幸福を実感できるためです。
私は梅澤さんに、仕事を通じて「自分のなかに和光が生きている」「和光がつながっている」と感じられることはありますか?と聞きました。梅澤さんは
◆ スタッフ指導法には、館山で泳げない人に泳ぎを教えた経験が生きています。
◆ 注文をとるための営業では、相手に理解してもらえるように表現する力が必要ですが、演劇づくりの経験、授業や文化祭でプレゼンした経験が生きています。
◆ ラグビー部での経験が、組織づくりで役立っています。
例えば、数十人単位のプール警備を依頼されることがあります。「◇◇◇の方、お断り」の場合、◇◇◇のお客さんに話のできる人、連絡係としてトランシーバーを持って几帳面に連絡・伝令する人、見るからに頑強で立っているだけで「ここには警備員がいますよ」と警告になる人など、役割分担をしっかりすることで、チームとしての力が発揮されます。ラグビーのポジショニングに共通します。
といったことを上げてくれました。
格差社会・競争社会の中で、親は「我が子が経済的に自立するまでが親の責務」「我が子を負け組にしてはならない」といった意識に追い込まれがちです。
しかし、格差社会は絶対のものではありません。勝ち残るための競争に明け暮れているかぎり格差社会は変えられませんが、格差社会そのものをまず疑ってかかる賢さと、立場を超えて連帯することで変えていくことができるはずです。そうしなければ、大人の一人として恥ずかしいと思っています。現に、格差社会の根源となった労働者派遣法は改正される動きとなっています。
親が子どもに残せる最大の財産は、家や貯金や有名ブランド大学⇒「勝ち組」就職といったことではなく、失敗してもそこから学んで立ち上がれる自立心と「友のいる人生」なのではないかと考えています。
和光の卒業生は、クラスやクラブ、館山コーチのつながりでよく集まるようです。梅澤さんは「月に1回か2回は集まっている」「みな、友のいる人生を歩んでいます」と言っていました。和光が「競争、競争」の学校ではなく、「ともに幸福になるために、ともに学ぶ」学校だったから、卒業後も集まる気持ちになるのでしょう。
そして、「友のいる人生」は「和光中学時代の友のいる人生」とイコールではありません。これから進む新しい環境のなかでも「友のいる人生」を歩んでいってほしいと思います。梅澤さんは、アルバイト仲間の2人と会社を立ち上げました。なぜ2人に愚痴をこぼし、悩みを打ち明け、自分の考えを言えたのでしょうか?それは他者である2人を「話し合えば理解しあえる」と信頼できたからです。梅澤さんは、「問題が起こったら話し合いで解決する……和光中学での経験が他者を信頼する土台になっている」と語っていました。
別れのときが近づいてきました。これから長い人生の旅がつづきます。
和光中学3年間の経験を活かして、自主的精神に充ちた人格を形成していってください。君のまわりには、ともに学んだ友がいます。これからも友はできます。「友のいる人生」を歩んでいってください。さようなら。元気で、良い旅を。
2010年3月15日
和光中学校 校長 両角 憲二
掲載日時: 2010年3月15日 15:07
