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2019年度公開研究会(11/16)

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2019年度公開研究会開催にあたって 〜ごあいさつ〜

和光幼小校園長 北山ひと美

新学習指導要領をむかえ改めて「子どもが豊かに学ぶ」とは、どういったことなのかを、問い直してみたいと思います。
小学校では算数を中心に、「子どもが豊かに学ぶ授業づ くり」を追求し、6年目をむかえた幼小合同研究では、「多様な参加を受け止め合うクラスづくり」をテーマに研究をすすめていきます。
全国の皆さまのご参加、お待ちしております。

開催要項と申し込みフォームはこちら

夏まつり 

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毎年、夏休みの最後に、夏まつりが開かれています。

今年も、ギリギリまで天候判断に悩む予報が続いていましたが、夏らしい暑さの中(暑かったですね~)夏まつりが行われました。

 

当日も子どもたちが登園する前から準備は始まっています。

お父さん、お母さんたちが軽食(焼きそば、焼きおにぎり、焼きとうもろこし)の準備を進めます。

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ブルーシートで日陰を作っても、火の側は特に暑い!!

汗だくで、手分けしながら、手際よく作っていく軽食の担当のお父さん、お母さんたちです。

子どもサイズのおにぎりを、大きい手で握るのは意外と難しいのですが…きれいにならんでいますね~!!

そして、おにぎりととうもろこしは、ほんのり醤油味、香ばしくておいしい!

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夏まつりは、太鼓サークルの演目で始まります。

今年はぶち合わせを見せてくれました!

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太鼓が終わると、グラウンド中につくられたあそびのコーナーの時間です。

今年は、ゴムとび、ブレスレットや指輪作り、紙コップロケットの的あて、

折り紙釣り、おばけストロー、輪投げ、スイカ(ボール)割り、的あて、

びゅんびゅんゴマ作り、おばけやしき、すもう、布アクセサリー、ヨーヨー釣りの

13コのコーナーが開かれました。

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あそびのコーナーのあとは、軽食の時間です。

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最後は、サークル以外のお父さん、お母さんの太鼓を見ました!

三宅と八丈島太鼓は、迫力満点でした!夏まつりの最後も楽しかったね!

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子どもたちが、帰りの会をしている間に、父母のみなさんが片付けをしてくださり、あっという間に、いつもの幼稚園に戻りました。

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提灯をもらって帰るのも、楽しみの一つ。

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夏まつりが終わると、いよいよ二学期がはじまります!

幼稚園は夏休み!そして夏まつりで会いましょう!

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19日金曜日が終業式でした。

幼稚園は夏休みです。

4月に入園してきた花組(3歳児)の子どもたちも、幼稚園の生活に慣れ、幼稚園が少しずつ楽しい場所になってきた…そんな一学期でした。

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終業式の日は、掃除もしました。

花組(3歳児)も自分のロッカーの中を拭いたり、砂場の道具を洗い…はりきってピカピカにしていましたよ!

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次に全園児が揃うのは夏まつりです!!

 

さて、夏まつりのお知らせです!

8月31日(土)に夏まつりがあります。

時間:14:50~17:40

<プログラム>

はじめの会:14:50~

あそびの時間:15:10~

様々なあそびのコーナーがあります(すもう)・アクセサリー・的あて、などなど)

軽食の時間:16:30~

終わりの会:17:05~

 

在園児だけでなく、外部の方、卒業生も参加できます。

お誘い合わせの上、ぜひ、あそびにいらしてください。

お待ちしています!!

 

なお、台風などの荒天の場合は、ホームページで変更事項等をお知らせします。

 

 

本日夏まつり開催します!

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和光幼稚園では、本日「なつまつり」を行います。

雨天時は屋内で実施しますので、お越しの際はスリッパをお持ちください。

みなさまのご参加をお待ちしています。

 

日時:9月1日(土) 14:50~17:20

場所:和光幼稚園

持ち物:水筒、しきもの ※雨天時はスリッパをお持ちください

<プログラム>

・はじめの会      14:50~

・あそびのコーナー   15:10~16:20

・軽食~        16:30~17:00ごろ

・おわりの会      17:05~

 

 

「和光で育てたい子どもたち」 ~2018年度 和光小学校・和光幼稚園休日参観 シンポジウム~

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1学期も終わりに近づいてきました。7月10日から3年生が秩父へ、4年生は奥多摩へ、そして11日から低学年が中伊豆へ林間合宿に出かけ、クラス、学年の仲間との濃密な時間を過ごしてきました。先週は高学年の子どもたちが全テント生活の瑞籬キャンプを体験しました。私は幼稚園の星組の子どもたちといっしょに、丹沢の麓、中川温泉での合宿に参加しました。

今年は梅雨明けが早かったこともあり、どの合宿も概ねお天気に恵まれ、予定していた活動をほぼ行うことができました。合宿を終えた子どもたちは、少し逞しくなり、仲間との絆が深くなって1学期を終えようとしています。

6月に行われた休日保育授業公開の後のシンポジウム、ご報告が遅くなりました。今年は日々、子どもたちとともに保育や授業をつくっている幼稚園、小学校、それぞれの教務主任でもある帯刀先生、増田先生から、和光で大切にしている教育のこと、こんな子どもに育てたいという願いなど、日々の保育、授業を通して実感していることとともに語ってもらうことにしました。

また、ご自分のお子さんを幼稚園、小学校に通わせてみての親の目線で、さらに和光中高出身の増田先生には幼小中高を貫く“和光スピリット”についても、参加者の皆さんにお伝えできれば、と思いました。

1時間半という限られた時間の中ではありましたが、4つの柱に添ってお二人に実践を語っていただきました。

 

1.はじめに ~日本の教育の現状と和光の教育~ <北山から>

2020年度から完全実施される次期学習指導要領では、教科としての「道徳」が位置付き、すでに小学校では今年度から実施されています。また、5,6年生に教科としての「外国語・英語」が、3,4年生には新たに「外国語活動」が導入されることになっています。学び方として、アクティブラーニングと呼んでいたものが“主体的・対話的で深い学び”として示されていますが、学校現場ではこれまでと違った授業形態が求められています。

また、今年度から実施されている幼稚園教育要領には、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」として10項目が掲げられ、何ができるようになるか、という視点からの目標が示され、小学校生活に向けての準備の側面が色濃く表れています。そこでは一人ひとりの幼児の育ちが成果によって測られることになり、「評価」が位置づけられます。「十の姿」として示されている内容を見ると、かなり厳しい自己抑制を求めていることが感じられますし、一人でできることが強調されているというのも特徴です。

和光小学校、和光幼稚園は、子どもの発達にとって何が大切であるかを考えた教育課程を自主編成しており、実際の子どもたちの姿と学びの内容を常に検証しながら作り替えてきています。そういう意味でも、小学校学習指導要領、幼稚園教育要領との関係で、私たちが大切にしていきたいことを教育実践の中に活かしていくことが求められています。

 

2.仲間同士が受け止めあい、認め合う関係作り

帯刀先生は昨年3歳児を担任しました。入園したての3歳児、初めの頃は先生しか見えず、先生といっしょに遊ぶ、先生に聞いてもらうことしかしなかった子どもたちが、少しずつ友だちの存在に気づき初め、友だちとやってみることが始まります。もちろん、友だちに目を向けるような教師からの働きかけがあるのですが、子どもたちにはだんだん友だちといっしょがうれしい、楽しいという気持ちが芽生えてきます。と共に、理解できない友だちの存在にも気づき始めます。たとえば、片付けもしないで自分の思いのままに動く人、そういう人にびっくりして注意する人、逆に注意されることにびっくりする人、などなど。その積み重ねの中で、理解できない友だちと関わることが楽しくなり、受け止めていく様子が見られます。まさに異文化コミュニケーションだと帯刀先生は言います。

自分とは違う友だちを知り、いっしょに遊ぶ楽しさを知り、つながっていくこと、それを保護者のみなさんと共有することも大切にしています。

友だちとのぶつかり合いへの関わり方も成長の大事な機会であり、自分の思いを口に出し相手に伝える、相手の気持ちを知る、そういう積み重ねの中で1人1人違うことのおもしろさに気づいていくのです。これは小学校でも同じです。

和光幼稚園は、「食」の取り組みも大切にしていますが、友だちといっしょに食べる楽しさに加えて、食べるか食べないかを自分で決めていいという安心感も大事にしています。

この“自己決定”ということは、他の場面でも大切にしていることで、時にはすべて子どもに託す、という場面もあります。自分で考え、その思いや気持ちを表す、伝えることは主体的な生活を送ることにつながります。

5歳児になると友達を多面的に見ることができるようになり友だち同士の響き合い、クラスとしてのブームも生まれてくるのです。

小学校では「教室はまちがうところだ」という蒔田晋治さんの詩を読むことがあります。まちがってもいいよ、と教室が子どもが安心して過ごせる場所であるというメッセージとともに、自分とは違う考え方と出会うことで学びが深まるということ、それがやってみたい、知りたいという意欲につながるのだということも子どもたちには伝えたいことです。一人ひとり違うこと、違うからおもしろい、と思えることから出発する学習や生活、仲間と一緒に学ぶ、生活することに安心できる教室作りをどの教員も心がけています。

増田先生は教師になって1年目、子どもたちが落ち着かない状況であることに悩み、でもそれは子どものせいだと思っていた、と言います。

2年生を担任していたある時、ケンタくんが書いてきた詩を教室で紹介すると、子どもたちはとても真剣に聞きました。決して積極的ではなかったというケンタくんですが、発表を受け止めてもらうと、次々と詩が生まれ、増田先生はそれを1冊の本にまとめました。他の子どもたちからも詩が届き始め、クラスには詩を作るブームが生まれます。そんな中、タイジくんが作った「ごめんなさい」という詩は、友だちとの関係の中でつい手が出てしまった自分、でもどうしていいかわからず困っている自分が素直に表現され、クラスの子どもたちはタイジくんの想いをそこで初めて知るのです。

つい手が出てしまう、というタイジくんの姿がそんなにすぐに変わるものではないのですが、自分の気持ちを表現することができ、それを仲間に受け止めてもらうことができたという体験は、その後のクラスの子どもたちとの関係に変化をもたらし、何よりもタイジくん自身がクラスの仲間を信頼することができるようになっていきました。

増田先生は、文字を覚えても文字を使って書いてみよう、という気持ちにならなければ「書く」ことにはならない、と言います。

高学年を担任したときも、子どもたちの関係作りにどうしたらいいだろうと悩み、詩を書くことに取り組みました。すぐに全員が書き始めることにはならなかったのですが、少しずつ詩が届き始め、紹介することでまた届き、いつしか詩で教室の子どもたちがつながり始めました。ある子どもが「うれしかったこと」と、自分の詩を友だちに紹介できたことを書くと、クラスの仲間の詩を読み合うことがうれしいということを「みんなの詩」に表現します。さらに「詩と五七五」という詩も生まれ、まさに“ことばの力”を子どもたち自身が実感し、そのことを表現できるようになっていくのです。

もちろん高学年特有の葛藤もあり、きれいごとだけではすまない日々がありますが、子どもたちは自分を表現する場があること、受け止めてくれる仲間がいることを実感していきます。

 

3.子どもから出発する授業、保育

和光幼稚園はよく遠足に出かけます。いつも出かけるフィールドは小田急線鶴川駅からバスで10分ほどのところにある野津田公園、もう少し先の小野路、小野路谷戸などです。遊具などはなく、自然の野原や丘、池などが広がり、ちょっとした山道を歩いたり崖のぼりなども体験できます。3歳児、4歳児はバスを使うので年間7回ほどですが、5歳児は小田急線に乗り、鶴川駅からは鶴小のスクールバスに乗るので年間10回ほど、多いときにはそれ以上の時もあります。

しばしば出かけるところなので、子どもたちも今度はこんなことをして遊ぼう、と期待を持って出かけます。

5歳児と小野路へ遠足に行ったとき、子どもたちはカエルを捕まえ持ち帰りました。バッタやカマキリ、カエルなど子どもたちはよく捕まえてきて教室で飼いますが、この時もクラスのみんなで飼うことにしました。子どもの手のひらに乗るぐらいのカエルもいれば、両手で抱えきれないほどのウシガエルも何匹かいます。カエルをさわれない子どももいれば、さわることが楽しくて仕方がない子どももいて、子どもたちだけでせっせとエサをあげて育てていました。エサといってもカエルは生き餌しか食べませんので、園舎脇の“子どもの森”へ行ってはバッタや虫を捕まえてきて食べさせていました。ふだんは話し合いの時あまり発言せず聞いていてじっくり考えるタイプの子どもが、毎日のように家から虫を捕まえて持ってきていたそうです。そのうちに、ヒキガエルも仲間入りしました。

そんなある日、カエルが死んでしまいます。みんなで、どうして死んでしまったんだろう、と話し合うと、「最近あんまりエサをあげなかったからかな・・・」と考え込む子どもたち。が、話し合いの中で、3日前に石けんでカエルのからだを洗ってあげた、という話が出てきました。

さっそく、以前もお世話になったことのある多摩動物公園の高家先生に連絡をして聞いてみることにしました。すると、「カエルのからだを洗うのは絶対ダメ。目に見えないけれど、カエルのからだは膜に覆われていて守られているので、洗ってしまうと膜が取れてしまい、ばい菌が入って死んでしまうんだよ」と教えてくれたそうです。

謎が解けた子どもたち、再び遠足でカエルを捕ってきて今度は飼い続けます。すると、カエルのことでどんどん疑問がわいてきます。このカエルはトウキョウダルマガエル?トノサマガエル?アズマヒキガエル?ニホンヒキガエル?何をどのくらい食べるの?なんで手を使わないの?・・・・・  図書室にある図鑑を開いてみたり、誰か知っていそうな大人に聞いてみたりして謎を解き明かそうとします。飼っていると発見することもあります。オオカマキリを食べるらしい、あげてみたら手を使った!・・・ 冬眠をどうするか、はクラスで話し合い、ほとんどの人が発言したのだそうです。カエルたちは大きな水槽の中に土を入れてもらい、その中で無事に冬眠を終えました。

同じクラスの子どもたち、9月に“子どもの森”でたまごの殻を発見しました。ゴジラのたまご?!カナヘビのたまご?!、と騒いでいるうちに、ある木の下にたまごの破片らしきもの、羽などを発見。子どもたちは大騒ぎです。翌日から図鑑や双眼鏡などが持ち込まれ、何のたまごか手がかりがないか、探し始めます。たまごの図鑑を見ると、キジバトの可能性が高そうだ、ということがわかりました。帯刀先生が脚立に乗って覗いてみると、確かにキジバトの巣に似ています。子どもたちはグランドでキジバトを発見すると、あのたまごのお母さんだと思っているのか大興奮です。親子らしい2羽はお母さんと無事に孵ったヒナ?と推測します。そのキジバトを追っていくといちょうの木に入っていく姿をたびたび目撃。ある日いちょうの木の下に大量の羽が落ちていました。もう一度キジバトを呼ぶためにいちょうの木から採取した巣を置いて実験しました。

帯刀先生はこの時も以前お世話になったことがある山科鳥類研究所の方に尋ねました。すると手紙が届き、子どもたちが推測したことが当たっていたことがわかり、子どもたちには大きな自信になりました。

それにしてもキジバトはどうなったのでしょう?カラスに襲われた?ツミに襲われた?落ちてネコに食べられた?・・・などと意見が出ます。死んだと思いたくなかった子どもが、その話し合いの中で「死んだんだと思う・・・」と受け止めたそうです。子どもたちは、キジバトを襲ったかもしれない鷹の仲間であるツミに夢中になり、目撃情報や鳥の巣などが持ち込まれました。

帯刀先生は、「とにかくおもしろい。ドキドキの連続です。図鑑など持ち込んだり専門家に聞いて調べるおもしろさを子どもたちも実感します」と語ります。子どもたちはいっぱい、いろいろと考えます。子どもたちの発想の豊かさは大人の考えを超えていきます。「カラスがキジバトを追いかけて、だんだん具合が悪くなって、そこをツミに襲われた」「大勢の鳥で食べたんじゃない?」「カラスに突かれてびっくりして落ちたんだよ」などなど。

みんなで話し合い、想像が広がり興味が広がっていく様子が目に見えるようでした。

増田先生は国語の授業の一場面を紹介してくれました。4年生は新美南吉作『ごんぎつね』を読みます。読み物教材の授業展開はさまざまに研究されてきていますが、その教材で読み取りたい内容にどのような方法で迫っていくかは、教材研究の醍醐味でもあります。いずれにしても子どもたちがそのお話の世界に入り、夢中で読み解いていくことができるような展開を考えることが教師には求められています。そのためには教師の発問に子どもたちをどう近づけていくか、教師の読みに近づけるにはどうするかという発想での授業を乗り越えていく必要があります。教師の側が準備した問いに子どもたちが答えるという方法だけではなく、子どもたち自らが問いを持ち解き明かしていくという授業展開を大切にしています。

この時も増田先生は子どもたちに疑問に思ったところを出し合ってもらい、そこから授業を作っていました。『ごんぎつね』2章では、兵十の家の前を通りかかったごんが、大勢の人が集まっていることに気が付きます。“よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。「ああ、そう式だ。」と、ごんは思いました。”この場面で、子どもたちから「鍋の中では何が煮えているんだろう」という疑問が出されました。

最近の葬儀は斎場で行うことが多いので、昔とはだいぶ様変わりしましたが、私が子どもの頃、葬儀は自宅で行われ近所の人たちが煮炊きをするという習慣が、日本の多くの地域で残っていたのではないでしょうか。ですから、子どもが出したこの疑問には少しびっくりしましたが、もっと驚いたのはその鍋の中で煮えているものを予想した子どもたちのことばです。この先に、“亡くなったのは兵十のおっかあだ”というごんのセリフがあり、兵十の母親の葬式であることがわかりますが、鍋の中で煮えているのは「お母さんの骨だ」と子どもたちは予想するのです。増田先生はこの授業をふりかえり、子どもはどこに引っかかるのかわからない、ということをつくづく感じたと語りました。

もう一つ、これも4年生の読み物教材に河内初枝作『月からのプレゼント』があります。母親を病気で亡くしたばかりの4年生のけんが、妹のあいを保育園に迎えに行く場面、子どもたちはランドセルを置いてから迎えに行ったのか、学校から直接迎えに行ったのか、ということに引っかかり、議論になったそうです。お話の展開からすると、まず教師は発問しない内容です。でも4年生の子どもが妹を保育園に迎えに行くということを想像すると、学校から一度うちに帰ってから行ったのか、それとも直接保育園へ行ったのか、気になったのでしょう。意見は分かれましたが、子どもたちは自分の論の根拠になる表現を探そうと、本文を改めて読み返します。そして根拠になる文章と共に自分の体験も併せて伝え、表現の中に時間を表す文章を見つけ、一度うちに帰ってから迎えに行ったと考える方がいいということに気が付いたと言います。

“問い”は宝物だという増田先生。子どもたちが発する問いからは確かな読みが導かれ、そこからさらなる問いが生まれ、子どもたちは問いを解き明かすことに夢中になっていきます。またそこには仲間と一緒に学んでいるという安心感も生まれてきます。

帯刀先生の実践、増田先生の実践、ともに、知れば知るほど新たな問いが生まれる、これが知的好奇心を育むことにつながるのだということを感じます。そして子どもたちとともに先生たちもまた夢中になっていくことが、さらに子どもたちを刺激していくのでしょう。

 

4.実感を持った学び、生活

幼稚園も小学校も、本物に出会う、触れるということを大切にしています。見る、聞く、触る、味わう、嗅ぐ・・・五感を使った学びこそが“実感”を伴った学びとなります。たとえば入門期の算数では「3」を実感するために、物とことばと数字を結びつける活動を組み、国語ではことばを意識した文字学習を大切にしているのはそのためです。

また、幼稚園の木工作、調理活動で使う道具、小学校の技術工作で使う道具は、“本物”です。そこにはもの作りに真剣に向き合う子どもたちの姿があります。

そして、学んだことが自分たちの生活と結びついていることを実感できる題材を選びたいと思っています。

帯刀先生は「食」体験として、遠足で見つけた野いちご、桑の実を味わうことや、イナゴを捕ってきて食べる体験も紹介してくれました。屋上の畑で育てたカブを絵で描いた後、煮物にして味わってみる、「ぼくのミックスジュース」といううたを歌った後はミキサーでミックスジュースを作って飲んでみることなどもありました。

遠足での崖のぼり、5歳児の合宿での川遊びなどは自然の中での体験として子どもたちの感覚の中に刻まれていきます。

幼児期は生活そのものが学びの対象となります。着替え、ボタンかけ、洋服を裏返しにするなど、自分で出来るようになることがうれしいこととして実感します。

日々の生活、遊びの中で様々な感情に出会っていくこと、さらに自分の想いを伝えることばを獲得していく過程もまた幼児期には大切なことです。自分が感じたことをことばにすることができるかどうかは、自分の気持ちを自分で意識していくことができるかどうかにもつながります。それがまた人と人との関係を作っていくベースになるのだと思います。そういう意味でも幼児期、学童期に母語をきちんと獲得することの意味は大きいと感じています。

増田先生は6年生の算数の実践を紹介してくれました。和光小学校の算数は、量を実感できる学びを大切にしています。6年生の「単位あたり量」は2つの量から生まれる量です。まさに自分たちの身のまわりにある量でもあり、生活の中で実感できることを数字に置き換え、“単位あたり量のメガネ”で世の中を見ると、今まで何となく感じていたことが、はっきりと数値化できることになります。

最初に行うのは「こみぐあい」。クラスの子どもたち全員が、学校の中のいくつかの部屋に入ってみます。最初は手仕事の部屋。ゆったりとした感じです。次に入った研究資料室はだいぶ狭い上に荷物もあってちょっと窮屈。「狭い」という人と「そんなに狭くないよ」という人もいます。最後に、今日は特別、ということで男性教職員の更衣室に入りました。ロッカーが並んでいて、クラスの子どもたちが全員入るともうぎゅうぎゅう詰めです。“すいている”“混んでいる”ということを実感した上で、マットの上に乗るゲームをし、混み具合を数値化することにしました。マット1枚当たり何人乗っているか、で混み具合が数値化できます。部屋の混み具合も、狭いと感じる人も、感じない人もいるのですが、数値化すると1㎡あたり何人か、ということで表すことができる、つまり感覚を数字に置き換えることができる、ということです。先ほどの男性更衣室は、1㎡あたり8.9人だったそうです。1m四方の場所に、約9人、ということを想像すると、相当混んでいることがわかります。混み具合、人口密度の後は、速度、濃度、単価、収穫量、物質密度、流量など、実験もしながら学習します。

増田先生は、自分たちがつかみ取ったものとしての学習が、“はがれ落ちない学力”となって子どもたちの中に残っていくはずだと言います。学んだことを子ども自身のことばで表現していくことも大切なことで、私たちが何かにつけて「ふりかえり」としての文章を求めるのはそのためでもあります。増田先生は、『算数日記』というまとめかたを要求することが多いのですが、自分の学びの軌跡を丹念に記録していくことは、思考を深めると同時に広げていくことになるのだろうと、何人かの『算数日記』を見て感じています。

 

5.学び続ける教員集団

昔から「研究なくして和光なし」と言われてきました。私たちは校内での日常的な研究活動を大切にし、授業研究、保育研究で教材、授業作り、保育作りを学び合います。時には厳しい批判も受けながら、よりよい保育、授業をつくりたいと思っています。

また、年に一度の公開研究会で全国の先生たちに自分たちの教育実践を見てもらい、叱咤激励していただいています。

そして、多くの教員が民間教育研究団体に所属し、中にはその中枢を担っている人もいます。夏休みには各地で行われる「夏の研究集会」に参加し、全国の教師、教育関係者たちと結びつき、学習、研究を深めています。

幼稚園では日常の保育の記録を取る、ということを大切にしています。帯刀先生は、記録を読み直して振り返ることで、自分の癖がわかり、自分の保育と向き合うことができると言います。さらにその記録を基にその時の教師の心の声も書き込んでの“エピソード研究”も、内部研究として時々行っています。

幼稚園も小学校も、子どもだけではなく教師たちも本物を追求することに力を惜しみません。小学校では全学年で取り組んでいる民舞、現地の保存会の方との交流や現地での講習会、お祭りにも出かけていきます。文化そのものを吸収することも大切にしたいという想いもあり、1年生の担任はアイヌ文化を学ぶために、北海道の二風谷(にぶだに)や白老に出かけていきます。

増田先生は2年生を担任したとき、読み物教材であるモンゴル民話『スーホの白い馬』を読むに先立ち、夏休みの大半をモンゴルで過ごしました。民族衣装、本物の馬頭琴も手に入れ、何と馬頭琴の演奏までできるようになります。“本物”にこだわり追求していく姿勢は、和光中高の在学時代に培われたのだとか。実は、『スーホの白い馬』が生まれたのは、現在の中国東北部にある内モンゴル自治区なのですが、それも現地に行ってわかったのだそうです。

 

6.教育とは何か 教師の仕事とは何か

幼稚園の帯刀先生、小学校の増田先生の教育実践を聞き、改めて教育とは何か、教師の仕事とは何かということを考えさせられました。

今、「大学版学習指導要領」により、教職課程認定に多くの大学が揺れています。未来の教員たちを養成する大学の教職課程ですが、今回改訂された教職課程コアカリキュラムは、異様な様相をもっていると言われています。

本来、「コアカリキュラムを参考に、各大学が自主編成する」となっていたはずですが、2015年に「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について―学び合い、高め会う教員育成コミュニティの構築に向けて」という中教審答申が出され、教職課程コアカリキュラムの在り方に関する検討会が翌年設置されました。そこには「学習指導要領の理解」という文言が何度も登場し、「学生が習得すべき知識・技能を明確化し、『何を教えるか』よりも『何ができるようになるか』に重点をおくべき」ということが強調されています。つまり、資質能力向上に教師は縛られていき、資質能力一覧表に示された項目を充たす「すぐれた教師像」の枠組みに自らの感情や行動を閉じ込めていくのではないかという懸念があります。これで「高度な専門家としての教師」が担保されるのでしょうか。

学習指導要領で打ち出されている「主体的・対話的で深い学び」は「何ができるようになるか」という資質能力論に結局は従属させられ、単なる授業方法に矮小化されているのが現状です。

ほんとうの意味で、「主体的で対話的な深い学び」を実現していくためには、学びの主体は子どもである、ということを明確にする必要があります。「わかる」とは、現象や事実を言語化し、概念としてつかむことであり、なぜ?と考えることは、事実をきちんと見ることから出発することから生まれます。事実をありのままに見つめ、問題や課題を「自分の問題として認識」できることと同時に、「疑問を持てること」であり「自分の意見や立場が持てる」ことです。そこにこそ、人間の主体性、自発性、やる気が生まれてくるのではないでしょうか。

また、共に生き、学ぶ仲間がいてこその学びです。わかるということは仲間でわかると言われるように、集団的な思考をぶつけることであるということを再確認したいと思います。

和光幼稚園が大切にしてきた“対話”、和光小学校が大切にしている“学び合い”は、みんなで考える、わからない、を大事にするということであり、その中にこそ子どもたちの学習、生活への大きな意欲が含まれているのだと思います。

暑い暑い毎日が続いています。夏休み、子どもたちにはぜひ、元気に過ごしてほしいと、今年ほど願う年はありません。

和光学園を支えてくださる方に寄付をお願いしています。

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