北山校園長ブログ

和光小学校校園長ブログ「子どものなる木」ウソとうわさにより追い詰められていく不条理~劇団文化座創立80周年記念公演「子供の時間」~

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和光学園同窓会から劇団文化座創立80周年記念公演「子供の時間」を在学のみなさまに、とご紹介いただきました。劇団文化座は戦時下の1942年に演出家の故佐佐木隆氏、女優の故鈴木光枝氏らによって結成されました。1987年より劇団代表となった佐々木愛さんは、和光学園の卒業生です。

今回80周年記念公演第2弾となる「子供の時間」は、アメリカの劇作家リリアン・ヘルマンの作品です。1810年にスコットランドで起こった実話をもとにしているというこの作品は、1934年にブロードウェイで大ヒットとなり、その後、オードリー・ヘップバーンとシャーリー・マクレーン主演の「噂の二人」として映画化されました。今回の上演に当たり、翻訳は戯曲・上演台本の翻訳を多く手がけている常田景子さん、音楽は、元和光学園の親和会員であり和光小学校の校歌を作曲された池辺晋一郎さんが担当していらっしゃいます。

リリアン・ヘルマンといえば、自伝的作品でもある「ジュリア」は、私がこれまでに観た映画の中で最も心に残る映画の一つです。ジェーン・フォンダ演じるリリアンが親友ジュリアのためにナチの目をくぐって現金を届けに行く場面は今でも思い出すとドキドキします。リリアン・ヘルマンはいわゆる“赤狩り”を行った非米活動委員会で証言を拒否しブラックリストに載せられ、米下院では「私は今の風潮に迎合して良心をうち捨てることを潔しとしない」と言い放った気骨のある作家であることが知られています。原作がリリアン・ヘルマンであるこの作品を是非とも鑑賞したいと思い、池袋の東京芸術劇場まで行きました。

「子供の時間」(ちなみに「供」は神仏にささげる、そなえる、役立てる、差し出すという意味を含んでいて、かつて子どもは一人の人間として認識されていなかったということを意味しています。そのため私たちは“子ども”と表現しています。)は、教育と学校経営に人生をかけた二人の女性が、一人の子どもの心ないことばによってすべてを失っていくという不条理が描かれています。

その“心ないことば”とは、全寮制の女子生徒たちの教育を熱心に行っているカレンとマーサが愛し合っている、というものでした。時代背景を考えると、同性愛そのものに対する偏見があり、ましてや学校現場では受け入れがたいものであるということは十分納得できます。それにしても学校、教師に対する反発心を持っている一人の子どもメアリーが発したことば、力関係によってメアリーにウソの証言をするように脅されていたクラスメイトのロザリーが言いなりになって話したことにより、学校の後ろ盾となっているメアリーの祖母がすべての子どもたちを自宅に帰してしまうというのは、あまりにも一方的で横暴であると感じます。物語ではその後裁判も行われますが、“同性愛”という当時の世間では許されざることが疑惑の中心となり、とうとう学校が潰されてしまうのです。

今でこそLGBT(あるいはLGBTQ)は多くの市民のみなさんが耳にするようになりましたが、性の多様性が社会の中に認識され始めたのはごく最近のことであり、今でも同性愛が犯罪であるとされている国もあることを考えると、90年前のアメリカでは当然の流れだったのかもしれません。

一方、教師という立場でこの物語を見ると、学校や教師への反発を続けるメアリーの想いをその背景にあるものも含めて教員たちは受け止める必要があったのではないか、それができないことで周りの子どもたちと対等な関係を作ることができなかったメアリーの生きづらさを共感的に受け止めることができる教員はいなかったのか、と歯がゆい思いで舞台を見つめました。そしてまた、うわさ話を伝え広めることが思いもかけない結果を招き、人の人生までも狂わせてしまうこと、当時はせいぜい手紙や電話での伝達手段しかなかったのですが、SNSの発達した現代にも通じる深刻な問題を投げかけていることも感じます。

メアリーの祖母でありカレンとマーサの学校創立に関わったという支援者、ティルフォード役の佐々木愛さんの圧倒的な存在感に胸を熱くして帰路につきました。

「子供の時間」チラシ

「子供の時間」チラシ 2

 

 

和光小学校校園長ブログ「子どものなる木」「大小の成功体験をいくつも重ねていけるということが最大の魅力」~保護者が語る和光小学校~

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2学期が始まって3週間が経ちます。様々な制限があった夏休みでしたが、それぞれのご家庭で工夫をして夏休みにしかできないことを体験させてあげたり、自由研究に付き合っていただいたりしたことが、各クラスで行われてきた「夏休み発表」から伝わってきます。

例年でしたら9月の学校説明会では、授業の様子と夏休みの作品を見ていただけるのですが、残念ながら緊急事態宣言中でもあり、オンラインでの説明会とさせていただきました。多くのみなさまにご参加いただいたこと、感謝しております。急遽ではありますが、9月25日(土)に夏休みの作品を見ていただく機会を設けました。詳しい時間帯など、学校HPをご覧ください。

 

さて先日オンラインで行った学校説明会では、事前に録画しておいた授業を観ていただき、授業者から授業についてのお話をさせていただきました。

その後、3人の保護者の方に来ていただいて、「わが子を和光小学校に入学させて」ということで保護者から見た和光小学校について率直に語っていただきました。

4人の男の子のお母さんであるSさん、ご長男は20歳になり、今、一番下のお子さんが6年生です。4人のお子さんを和光に通わせて、「時代が変わっても変わらないものが和光にはある」とおっしゃいます。特に運動会、いちょうまつり、沖縄学習旅行など、行事をくぐり抜けた後、我が子が頼もしくなったのを感じる、と言うのです。和光小学校の行事は、どれも子どもたちが夢中になって取り組みます。時には悔しかったり、辛い思いをしたり、楽しいばかりではない体験もしますが、“本気で”向かっていくことが子どもたちの中に確かな力を育むのでしょう。Sさんがお子さんたちから感じた「頼もしさ」はそういうことだと思いました。

Sさんのご次男は幼稚園から中学まで和光に通い、高校は行きたいところを自分で決め、自分で考えて準備を進めました。ご長男は高校の卒業式の日、ご両親に向かって「幼稚園から15年間、和光に入れてくれて感謝している」と話したそうです。子どもたちがそう思えるような経験をさせてくれる学校であり、これから小学校を考えているみなさんに、少し先の未来を共有できたらと思って、と語ってくださいました。

Hさんのお子さんは和光小学校の2年生です。Hさんご自身も小学校から和光に通っていました。お子さんが歩けるようになった頃、いちょうまつりを見に来て、そこで見た子どもたちの民舞、しなやかな動きと太鼓の音にワクワクしたそうです。ご自身も体験した民舞は、いくつになってもからだの中に刻まれたリズムが蘇ってくるのでしょう。2年生になったお子さんを見て、子どもと一緒にやりたいことがいっぱいあり、自分自身も満たされる、と言います。学校で学んでいること、取り組んでいることをもっと知りたい、自分も仲間に入れてもらいたい、と。そして、Hさんが和光小に通っていた特、Hさんのお母様も学校のことに関わってくれて、お母様も楽しかったのだろうな、と感じるのだそうです。今はお子さんから伝わってくる和光小学校での学習のひとつひとつが新しい世界との出会いであり、その出会いと日常の生活が頭の中ではじけています。在学中は、和光の中のことは当たり前のことだと思っていました。例えば教科書を使わないこと、教材を毎日先生が手作りしていること、リーダーやルールは自分たちで決めること、クラスの中でトラブルが起こると授業を中断して話し合いになること・・・でも和光から出たとき、世の中はそれだけじゃないということがわかりました。自分が体験してきたことはスペシャルなことだったのだと、母親になって再確認したそうです。たくさんの大人が応援してくれて今を生きていること、それは幸せなことで自分で自分をいいね!と言えることも感じていることです。子どもたちは多くの大人からたくさんの愛を受け育っていってほしいと思い、そのような和光の子どもたちはたくましい、と感じています。

同じく2年生にお子さんがいるTさん。お子さんが1年生の頃まで和光小学校からは1時間半ぐらいかかるところにお住まいでした。お知り合いの方に和光出身の方が何人かいらっしゃり、その方たちは、その親御さんも含めてみなさん「楽しかった」とおっしゃったそうです。和光出身の方たちは魅力的な方たちでした。進められるままに学校説明会に参加したとき、教室の机がコの字の形に並んでいたこと、話し合いが活発に行われていたことに驚いたと言います。一年生の漢字の授業ではその成り立ちから学び、一文字に一時間かけていました。算数の授業ではどうしてそう考えたかを話し合い、間違った答えも躊躇せず出し合い、答えを導き出すためのプロセスを大切にしていることが伝わってきました。小学校2年生でパンを作るために自分たちで研究していることも知り、私もこんな学校に通いたかった、と思ったそうです。和光小学校は大小の成功体験をいくつも重ねていけるということが最大の魅力だ、とおっしゃいます。説明会に来て、直感的に、ここがいい!と思ったそうです。そして、2年生になったお嬢さんは、1年生の終わりの頃から変わってきたことがあると話してくださいました。まず、自分の気持ちを話すとき、「なぜなら」を使うようになり、どうしてそう考えたのか、と話すようになったというのです。もう一つは、どこかで何かを体験することがあると、感想をびっしり書くようになったとのこと。やったことに対してやりっぱなしではなく、頑張ってフィードバックしようとしていることが伝わってくるそうです。

担任が発行する学級通信で、帰りの会で出された子どもたちのトラブルやその話し合いの様子などが共有され、子どもと親と先生とが同じベクトルに向かっていることを感じ、何か悩みがあって担任に相談するといつもいい方向に向かうと話してくれました。Tさんは、今年の運動会で1組が負けたときお子さんが大泣きしたことに驚いたと言います。本気になって向かっていたことをその姿から感じたのです。

毎年、学校説明会で語ってくださる保護者のみなさまのお話に、私たちの教育づくり、学校づくりを振り返り身の引き締まる思いがします。

 

今年8月末、和光学園の卒業生である国際ジャーナリストの堤未果さんが『デジタル・ファシズム~日本の資産と主権が消える~』(NHK出版新書)を出版されました。堤さんは和光高校卒業後ニューヨーク州立大学に進み、世界貿易センタービルにあった証券会社に勤務しているとき9・11を体験しました。今の社会、政治を鋭く見つめる数々のルポルタージュを発表しているので、みなさまもよくご存知だと思います。何度か研究会などに来ていただきお話をしていただくことがありましたが、事実を丹念に追って検証していくことで真実に近づくことができるということは、和光学園での学びで身に着けた、とおっしゃっていました。

この本は、社会全体がデジタル化されてきたことが私たちの未来をどのように変えてしまうのかを訴え、教育分野ではコロナ禍で急速に広まっているオンライン授業、文科省が打ち出している「一人一台端末」の「GIGAスクール構想」がこの先目指していることについても警鐘を鳴らしています。

文科省の公式プロポーション動画では「タブレットがないと全部自分で考えないといけない、でもこれがあれば、間違えたときすぐ説明されて前に進んでいけるんです」という小学生が出てきます。堤さんはこのことばを聞いたとき、不思議な気持ちになった、と書いています。

「私の母校である和光小学校には、タブレットどころか教科書自体がないからだ。知識を入れるためでなく、考えるための教材を先生が自分で探してきて、それをプリントにしたものが配られる。毎回授業のたびに数ページ配られる紙を自分で二つに折って、授業の最後にファイルに閉じてゆくので、一学期が終わる頃には一冊の教科書ができあがる。」そしてこれは「世界に一つしかない、自分だけの教科書だ。」といいます。

さらに「この学校の授業には、二つの特徴がある、として、「一つは“すぐに答えを教えてくれないこと”」。その例として理科の授業での一コマを紹介しています。「もう一つの特徴は、先生が生徒の答えに○×を付けないこと。」堤さんは、「正しいか正しくないかよりも、どうやってその答えにたどり着いたかの方に関心を持ってくれるのだ。」と書いています。

この本を読んで、もう30年以上前ですが私が4年生を担任していた時の算数、小数の割り算の授業を思い出しました。子どもたちの討論が白熱して時間が経つのを忘れてしまい、気が付いたら教室の後ろから音楽の先生が見守っていました。すでに次の音楽の時間の半分ぐらいまで過ぎていたのです。その時、子どもたちが音楽の先生に「もうちょっとだけ待ってて」と声をかけました。もちろん子どもたちは音楽の授業は大好きでしたが、討論の決着をつけたいと思ったのです。

和光小学校では、当時と同じように今も手作りの教育を進めています。一人一人の子どもたちが学びに向かい、仲間とともに考えあうことで学びが深まっていくこと、そのようなかけがえのない時間を学校生活の中で作り出していきたいと考えているからです。

 

昨年からの1年半は、コロナ禍での日々で、十分な教育活動を行うことができず、不自由な学校生活を余儀なくされています。その中でもワクワクすること、夢中になることに向かっていくことができるようにしなければならないと、自分自身に言い聞かせています。

 

和光小学校校園長ブログ「子どものなる木」「子どもたちが教育の主人公」はどのように実現できるか?~対話付き特別上映会レポート~

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運動会を目前に控え、子どもたちも教師たちも一つ一つの競技について技をどう高めるか、チームの弱点をどうカバーし合うか、熱心な取り組みが続いています。昨年の運動会ではできなかった高学年騎馬戦を、今年こそ行いたい、行うためにどのような対策を立てるかと考えてきましたが、これだけの感染拡大の中、子どもたちががっぷりと組み合い、複数のサポート役の教師が体ごと子どもたちを支えることもある騎馬戦を行うことはできない、と判断しました。

6年生にとっては騎馬戦を経験しないまま卒業することになる、そんなことは受け入れられない、と、陳情の手紙を直接校長に手渡しに来た女の子たちがいました。切々と綴られた子どもたちの想いは涙なくしては聞くことができませんでした。その後は手書きの用紙にチームを超えて名前を連ねた「署名」を、両チームの子どもたちがいっしょに届けてくれました。「コロナの中で騎馬戦をやるのが難しいことはわかるけれど、自分たちでできるだけのことはしたいと思った。後悔はしたくないので。」とのことばに、和光小学校の6年生の姿を確かに見た気がしました。

 

さて、コロナ禍ではありますが、各地で上映が続けられている『あこがれの空の下』、田端にあるシネマ・チュプキ・タバタでは、上映後に、出演した教員たちのトークイベントを行うなど、参加者との対話の機会を頂きました。私も4月10日に寄せて頂き、思いがけず研究会仲間と再会したり、軽井沢からわざわざ映画を観るためにいらっしゃった4歳のお子さんを持つお父さんとお話ができたり、和光小学校のことを広く知って頂きありがたい取り組みでした。

そのシネマ・チュプキ・タバタで、対話付き特別上映会が計画されました。当初は劇場に集まって映画鑑賞の後対話をする予定でしたが、直前に緊急事態宣言発出となり、急遽オンラインでの上映会、その後の対話の会、となりました。おかげで、私たちも校内研究会の隙間の時間に参加させて頂くことができ、またオンラインということで富山、兵庫、熊本からも参加される方がいらっしゃいました。書籍『きみがつくる きみがみつける社会のトリセツ』とのコラボ企画とのことで、進行は著者のお一人でいらっしゃる舟之川さん。20名の参加者と約3時間、映画の様々な場面を巡っての対話が続きます。途中で4つの部屋に分かれての対話、その後また全員が集まっての意見交換、と、まさに“和光小学校の教育を語り合う会”が、展開されました。

 

<『きみがつくる きみがみつける 社会のトリセツ』は、10代の人たちに向けて、「この社会は与えられたものではなく、自分の手でつくれる」と伝え、一緒に取り扱い方を見つけていこうと呼びかける本です。https://kimitori.mystrikingly.com

これら2つに共通しているものはなんだろうかと考えたとき、「自分を大切にしながら、他者と共に社会をつくる、そのやり方を学び続ける」というフレーズがわたしの中に浮かびました。そこから生まれたのが、「子どもが主人公の教育はどのように実現できるか」というイベントテーマでした。>と舟之川さんがイベント後のレポートに書いていらっしゃるように、集まったみなさんは、これからの社会の担い手である子どもたちに「君たちが主人公なんだよ」というメッセージを届けたい、と願っている方々でした。それは私たちの学校作りにも共通することです。

舟之川さんから、イベントのレポートを届けて頂きましたので、是非みなさまご覧下さい。

 

『あこがれの空の下』の上映対話会のレポート

https://hitotobi.hatenadiary.jp/entry/2021/05/20/083127

 

 

和光小学校校長ブログ「子どものなる木」「ハイビスカス(仏桑華)を見ると戦争を思い出すって よほど悲しいことなんだな、と思った」 ~沖縄を学ぶ子どもたち その1~

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緊急事態宣言が5月末まで延長されることになりました。感染対策をしっかりして学校生活、園生活を進めていきたいと思います。

小学校は5月末の運動会に向けての取り組みが始まっています。6年生のチームリーダー、5,6年生のサブチームリーダー選出には毎年熱い選挙戦が繰り広げられ、それぞれに選ばれたリーダーたちは悔し涙を飲んだ仲間の分までしっかりとやっていきたいという決意が、週末に行われたチーム集会での表情に表れていました。

さて、6年生は総合学習「沖縄」がすでにスタートしています。学級開きでの担任からの“プレゼント”で、いよいよ6年生になったんだという気持ちになり、その後は「入門講座」として、何人かの教員からいくつかのテーマでの授業を受けます。例年トップバッターは、沖縄学習旅行に同行する校長からの特別授業です。

5月末まで休校だった昨年は校長による入門講座を行う余裕はありませんでしたが、今年はクラスごとに“「沖縄」を学ぶ君たちへ”と題して授業をさせて頂きました。

和光小学校が総合学習「沖縄」を開始したのは1987年。私は81年4月から和光学園に勤務していましたので、それまでの総合学習「広島」を「沖縄」に変更する論議をよく覚えています。

当時、幼小中高の園長、校長であった丸木政臣先生は毎年のように教職員を連れて沖縄への旅を企画し、私も和光幼稚園に勤めて2年目の冬、両幼稚園の教職員十数名での“学習旅行”に連れて行って頂きました。それに先立ち数回の学習会があり、大江健三郎の『沖縄ノート』を読みふけったことを覚えています。

私が小学校に配転した84年、職員会議では、すでに丸木先生から提案されていた「広島」から「沖縄」への議論を重ねていました。当時の高学年担任を中心に学習旅行の下見を重ね、総合学習「沖縄」を始めるに当たってのレポートが検討されます。原爆が投下された広島の地を訪れ、被爆された方の証言を聞くなどの活動は戦争の実相を知る上で大きな意味を持つものでしたが、被爆者の方々のご高齢化と広島の街の近代化なども進み、戦争を実感することが難しいなどの課題も浮かび上がってきていました。

一方で先の大戦で唯一の地上戦が行われた沖縄は、住民が道連れにされ、南部には防空壕として多くの避難民が戦火を逃れ、また旧日本軍の病院壕としても使われたガマがあります。戦後は1972年の本土復帰を果たすまで長期に渡ってアメリカの統治下おかれ、今なお多くの米軍基地が存在しているのが沖縄でした。

よく“沖縄をみると今の日本が見える”と言われますが、沖縄を学ぶことで戦争とそれにつながる軍事基地の問題にも目を向けてもらいたいというのが教員たちの想いでした。

当時は高校生でも航空機を使った修学旅行をしているところはまれで、ましてや小学生が飛行機に乗って沖縄まで行くことに懸念を示す声もありました。それでもこの学習の意義を保護者のみなさんにも理解して頂き、いよいよ実施に向けて準備を進めていた矢先の1985年8月、日航機墜落事故。沖縄学習旅行は先送りとなりました。

それでも総合学習「沖縄」を何とかして実現したい、と準備を進め、1987年、ついに和光小学校の6年生は沖縄に旅立つことができたのです。

今年の“「沖縄」を学ぶ君たちへ”は、和光小学校に総合学習「沖縄」が位置付くことになったいきさつと、そのきっかけとなった丸木政臣先生の戦争体験から話を始めました。

丸木先生が1989年に上梓された『歌集沖縄』の扉には達筆でいらっしゃった丸木先生自筆の一首があります。「道端に仏桑華の花あかし 血の色のごとここは沖縄」

「仏桑華」には「アカバナ」、「沖縄」には「ウチナー」とそれぞれ沖縄方言のふりがな。真っ赤なアカバナ、つまりハイビスカスの花も添えられています。

自身も沖縄へ行くはずだった丸木先生は、直前に新型速射砲の訓練を受けるようにとの命がおり千葉へ行くことになりました。『歌集沖縄』には、「その後、わたしが沖縄に渡る頃には、爆撃が頻りで輸送船が編成できず、ついに沖縄赴任を断念せざる得なくなったのである。沖縄に赴いた知念清一や松田和友、仲村正儀らは、どこで戦いどうなったのか。その消息は全くつかめない。わたしは幾度となく沖縄戦の跡を訪ね歩いたが、その死に場所すらも判らない。」とあります。

6年生の子どもたちには、戦場がどのようなところであるのか、まだまだ想像もできないのですが、友と別れその消息もつかめないまま戦後の日々を送った丸木先生が、一度は断念した教師への道を、教師になって二度とこのような戦争をしてはいけないということを子どもたちに伝えておやり、という母親のことばに背中を押されて教職の道に進むことにしたということ、その丸木先生が、和光小学校の6年生に「沖縄」の学びを、と願ったことを胸の奥にしまい込むように、じっと耳を傾けていました。

沖縄は“琉球弧”と呼ばれる大小160あまりの島々からなります。東京から那覇まで1600キロ近くの距離がありますが、那覇から台湾の台北までは630キロ、那覇から上海は820キロ、那覇からソウルは1260キロと、アジアの各地へは東京よりも近く、したがって昔から南方との文化交流のカジマヤー(十字路)と呼ばれていました。また亜熱帯気候であり、「東洋のガラパゴス」と言われるように世界でも珍しい動植物が生息しています。天然記念物であるイリオモテヤマネコ、ヤンバルクイナ、卒業生の父母であり水中写真家の仲村征夫さんが撮影した見事な珊瑚、ヤチムンと言われる独特の焼き物、紅型染めの着物、ソーキそばなどの写真を見ながら、例年話している「沖縄が持つ5つの顔」の話をしました。


2021年度 和光小学校6年生 総合学習「沖縄」

「沖縄」を学ぶ君たちへ

~沖縄学習を通して、日本の現実と自分を見つめ、生き方を考えよう!~

2021年4月 北山ひと美

○総合学習「沖縄」で学んでほしいこと

1.沖縄の「5つの顔」について学び、沖縄の魅力を知るとともに、今の沖縄が抱えている問題について考え、沖縄と日本の現実を見つめよう。

2.多くの人に出会い、たくさんの事実にふれ、歴史の真実を見つめよう。

3.「学び方」を発展させ、沖縄学習の歴史を刻もう。

4.沖縄学習を通じ、自分の生き方を考えよう。

*沖縄の「5つの顔」

① 沖縄は九州と台湾に弓なりに連なる110あまりの島々からなり、亜熱帯的な風土の特徴を持っています。「東洋のガラパゴス」とも言われ、世界でも珍しい動物や植物があります。② 沖縄は、位置、気候、風土などから独自の文化や生活を形成し、固有の歴史を発展させてきました。ことば、食、行事、焼き物、織物、歌、踊り、楽器などです。

③ 沖縄は、南方との文化交流のカジマヤー(十字路)にあたり、日本文化の源流の一つと考えられています。琉球王朝時代は、海洋民族として発展し、中国へ進貢船を送り外交関係を持ってきました。

④ 沖縄は、太平洋戦争末期、日本の「捨て石」として、住民を巻き込んでの激しい地上戦が行われたところです。

⑤ 沖縄は、戦後アメリカの軍事占領のもとでアジア支配の根拠地となり、復帰後もアメリカにとって「要石(かなめいし)」として多くの米軍基地を抱えています。


沖縄にある在日米軍基地は、かつては沖縄本島全体面積の20%を超えていましたが、少しずつ返還され今は16%、それでも本島全体の6分の1を沖縄の人が自由に入ることができない米軍基地となっています。沖縄に続き米軍基地面積が大きい都道府県が、すぐ隣の神奈川県であることにも子どもたちは驚きました。

今年の初め、沖縄戦の犠牲者の遺骨が混ざる土砂を基地の埋め立てに使うな、とハンガーストライキをしている方のことが東京でも報道されていました。この方は長年沖縄戦犠牲者の遺骨収集を続けている具志堅隆松さん。2年前に和光小学校に来て特別授業をしてくださったこともあります。遺骨の混ざった土砂を埋め立てに使うことに反対する署名も多く集まり、ちょうどこの授業をしている頃、沖縄県は開発を制限するかどうかの判断を下す時期になっていました。6年生の子どもたちは、「沖縄」学習の中で、沖縄の過去と現在を知り、今起こっていることの意味を考えるようになることでしょう。

6年生の真剣なまなざしと共に、振り返りの文章の中に「沖縄」に限らず真実を学びたいという熱意を感じました。

<子どもたちの振り返りから>

・沖縄といえばリゾート地で、すごい楽しいところだとしか思っていなかった。だけどそれだけではないと知った。

・沖縄には戦争があったと思えないほどおいしい食べ物やかわいい動物やきれいな海など見たことのないものばかりでびっくりしました。特に海がすごく好きです!沖縄の海の写真を見ると早く沖縄に行きたいと思います。沖縄に早く行きたいけど、戦争のこともちゃんと学びたいです。

・丸木政臣先生は校歌を作ったのは知っていたが、沖縄学習を提案した人だとは知らなかった。広島学習も大事だとは思うが、自分はやはり沖縄に意味があると思う。なぜかというと、太平洋戦争の中で日本の「捨て石」として戦い、多くの人が亡くなってしまったから。そんな人たちの思いを大切にしてこれから学習していきたい。

・今の沖縄は海がきれいとか食べ物がおいしいとかのイメージだけど、昔の沖縄は学生とかも戦争に行ったとわかった。今も亡くなった人の骨が土の中にあると聞いてびっくりした。

・私の沖縄のイメージは、きれいな海、温暖な気候、おいしいごはん、すてきな踊り、などでした。もちろん大きな戦争があってたくさんの人が家族を失い、とても辛い思いをしたのは知っていましたが、今の沖縄は私のイメージのようにとてもキレイな姿です。でも今日の先生の話を聞き、改めて戦争はしてはいけないと感じました。あとキレイな海はこわしてはいけない、残してほしいと思いました。戦争は忘れてはいけない、たくさんの人の心に残ってほしいです。珍しい動物や植物にも出会ってみたい。東京では見られない物と出会ってみたいと思いました。

・戦争で死んだ人の血で海が真っ赤になったということも他から聞いたことがある。ハイビスカスを見ると戦争を思い出すってよほど悲しいことなんだなあと思った。ハイビスカスはきれいな花だけど血を見た人にはこわいのかなあと思った。沖縄にはきれいな海や生物がいる観光地だけど、かつてはあれた地だったのかなあ。

・一気に沖縄のことがいろいろ知れた。沖縄の自然、文化、そして沖縄戦・・・話を聞いて昔はとても辛くて今も少しその支障があることがわかった。骨の埋まった土で辺野古を埋め立てるのを反対した沖縄の人は、昔の戦争のつらいことを知っているから反対したと思う。沖縄の自然は見たこともない色合いで、自然にも興味がある。

和光小学校校長ブログ「子どものなる木」「いいこともいやなことも、たくさん心が動いていく1年に」 ~学級通信に込めた想い その4~

幼稚園 北山校園長ブログ

「緊急事態宣言」が出ている中、感染対策を万全にして園生活、学校生活を進めています。

前回、“1年生歓迎イベントは一段落”とお知らせしましたが、今週、5年生が1年生に読み聞かせをする会が、クラスごとに行われました。5年生はペアの1年生のことを思い浮かべ、本や紙芝居など選んで読む練習をしました。当日は1年生、5年生の教室、図書室、手仕事の部屋などに分かれての読み聞かせ交流、共にマスクをしたままでしたが、目元の表情で気持ちを伝えあっていました。何組かが同じ部屋にいるのですが、1年生は読んでもらっている本や紙芝居に集中して聞き入っていました。

幼稚園では421日に「新しい子どもを迎える会」、430日には「こどもの日集会」を、1組、2組縦割りで分かれて芝生の広場で行いました。

「こどもの日集会」では、3歳児花組の子どもたちも、子ども一人一人を大切にするための日として「こどもの日」が定められたという副園長の話に耳を傾け、大型絵本の読み聞かせに見入っていました。去年は揚げることができなかった大きな鯉のぼりも澄み切ったあおぞらに元気に泳いでいます。例年、星組の父母のみなさん手作りの鯉のぼりが「こどもの日集会」で披露され、子どもたちは鯉のぼりのおなかをくぐり抜けることを楽しみます。が、今年もそれはかないませんでした…… 来年こそ“こいのぼりくぐり”ができますように!

今回は幼稚園の学級通信のタイトルに込めた想いを紹介します。

花にじグループ 「ゆらゆら」 担任の好きな絵本の中に『ゆらゆらばしのうえで』(作:きむらゆういち 絵:はたこうしろう 福音館書店)という絵本があります。今にも崩れそうな橋の上に取り残されたウサギとキツネ。<ゆらゆらする橋の上で心がドキドキと動く内容です。子どもたちの幼稚園の1年もいいこともいやなこともたくさん心が動いていく1年になっていってほしいなと思い>このタイトルに。語感も気に入っているそうです。

花かぜグループ 「わっはっは」 初めての集団生活はドキドキの連続です。<子どもたちにとっては、楽しいことばかりではなく、悲しいことや悔しいこと、痛いこともあるでしょう。でも、そのすべてが子どもたちの成長の過程です。子どもたちの毎日を大人たちみんなで「わっはっは」と笑いながら、大きく見守っていきたい>、そんな願いを込めて。<大人も、人に話すことで肩の力が抜けて笑えるようになることも。みんなで子育てを楽しむチームになりましょう!!>

花そらグループ 「はじめてがいっぱい!」和光幼稚園で初めてクラスを受け持ちます。<これからの新しい生活に、お家の方も子どもたちもドキドキわくわくで胸がいっぱいかと思います。>担任も同じ気持ちです。<“はじめてがいっぱい!”が私にとっても子どもたちにとっても多くある1年、様々な出会いを楽しく過ごしていきたいす!泣いたり、笑ったり、怒ったり…いろんな子どもたちの姿を一緒に楽しんでいきましょうね!たくさんお話しできると嬉しいです♪> 

1組 「まるかーと」  今年度も、音楽用語から。「1音1音はっきりと」を意味する“マルカート”、「1音1音しっかり意識して」「どの音も強調して」というイメージで、<1人1人の姿・個性が伝わるように描いていきたいな、という思いを込めて>このタイトルにしました。<「この子ってこんな個性持ってるのね~!」「こんな面白い子なんだぁ」「この子はこんな葛藤してるのね~」なんて、他の子の姿も我が子のように楽しんでもらえるように>との願いも込めて。

2組 「きみとともだち」 <個性的な面々が周りの友だちとつながっていく姿が月組の生活の中でみられたらいいな!と思い>このタイトルに。月組は友だち同士の関わりが生まれたり、広がったり、そのなかで悩んだり、様々葛藤する姿が見られる時期でもあります。<そんな姿を大事にしながら、子どもたちの色々を大人はどんと受け止め、子どもたちってかわいいな、おもしろいなと思えたらいいなぁと思っています。>というメッセージを込めました。

1組 「ホシガラス」 一家で登山を楽しむ担任は、高山植物、野鳥への造詣も深く、今年は高山に住む鳥の名前に。<高山に住む体長 35 センチほどの鳥。体の模様が星空に見えることから名前がつきました。かわいいんですよ~!>と第1号でホシガラスを紹介しています。漢字では「星烏」と書きます。カラス科ではありますが、ふだん町の中で目にするハシブトガラスと同じ仲間とは思えず、カラスという名前から受けるイメージからはほど遠い姿です。

2組 「あした、てんきになあれ!」 月1組担任からお隣のクラスの担任になりました。<まだまだ先が見通せず、暗ーい気持ちになってしまいがちな世の中ですが、そんなモヤモヤとした気持ちを吹き飛ばすように、元気に明るく雨の日も晴れの日も、星2組の子どもたちと幼稚園生活最後の一年間を楽しく過ごしたいと思っています。> 明日もきっと楽しいことが起きるはず!と前向きな気持ちを込めて。

星組は両クラスとも、おにごっこで駆け回っています。

和光小学校校長ブログ「子どものなる木」「今年もコロナに負けないように、面白いことをたくさんやって、面白い勉強をして、面白い一年にしていきましょう!」~学級通信に込めた想い その3~

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新年度が始まって2週間余りが経ちました。1年生は上級生との交流が続き、21日には「1年生と6年生が遊ぶ会」、その後クラスごとに1年生と2年生が遊ぶ会を行い、1年生歓迎イベントは一段落です。
「1年生と6年生が遊ぶ会」は6年生が内容を考え運営もすべて自分たちで行います。つなひき、たからさがし、紙コップつみ、さかなつり、わなげ、ボーリングなどなど。6年2組で行っていた“もぐらたたき”では大きな段ボール箱の中に2人の6年生が入り穴から腕を出したり入れたり。中腰での“もぐら”はさぞ大変だったことでしょう。ペアの1年生に優しく寄り添う6年生の姿がステキでした。
年度初めの学年親和会、学級親和会は全学年が終わりました。役員の方々の新旧引継ぎ、親和会総会、と今年度の親和会活動も動き始めました。昨年度は長い休校開けからの親和会活動、それもできないことがたくさんあり、とりわけ役員のみなさまにはご苦労をおかけしました。1年間、ほんとうにありがとうございました。そして、新年度役員をお引き受けいただいたみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。
3度目となる「緊急事態宣言」が発出されました。親和会活動など制限させて頂くこともありますが、感染防止対策を十分に行い、できる限りの教育活動を進めていきたいと考えています。

今回は高学年、5,6年生の学級通信のタイトルに込めた想いを紹介します。

5年1組「SariSari」タガログ語で「多様な」という意味だそうです。高学年になった子どもたちに“多様な”仲間と共に“多様な”学びを広げていきたいという願いがこもっているように感じました。<五年生は「縁の下の力もち」と言われたりしますが、わたしたちが動かなければ始まらない・・・というくらいたよりにされる存在でもあります。>と、第1号でのメッセージです。さっそく入学式の会場づくりに力を発揮してくれました。

5年2組「Candy」タイトルには<色とりどりの自分の個性、仲間の個性を大切にしてほしいという願いを込め>ました。公立の小学校から来たばかりの担任は、和光小学校の高学年との出会いに、ジャン・コクトーの詩、「君たちに」をプレゼント。そして第2号では<「どんなクラスがいいクラスなのか?」「どんなリーダーシップが大切なのか?」また「どんなフォロワーシップが適切なのか?」そういうことを考えながらよりよい自治を目指していきたい>とメッセージを。

6年1組「ちゅらさん」6年生は毎年ウチナーグチ(沖縄方言)でのタイトルです。1,2年生でもクラス替え前の半分の子どもたちを担任しました。タイトルは「ちゅらさん」に。<「清らさん」と書き「心が清らかな人」という意味。そんな人を目指していきたい。「美ら海」のように今は美をあてて書くことも多いようですが、本来は「清ら」(美しい、清らか)だったようです。>との願いを込めて。さっそくチラガー(豚の顔)を見せ沖縄の食文化に誘います。ゴーヤも育てよう、と子どもたちと一緒にプランターに種を蒔きました。

6年2組「うむしるむん」<「面白物」または「面白者」、「おもしろいもの」という意味です。エイサーのはやし言葉に「七月遊びや面白むん」と入っています。今年もコロナに負けないように面白いことをたくさんやって面白い勉強をして、面白い一年にしていきましょう!>学級開きでは「ちんすこう」を渡し「これでクイズをつくってみて!」と言うとたくさん出ました。<「モノからナゾ、疑問を見つける」という大事な方法を、みんなは5年生までにしっかり身につけてきたんだね。>と沖縄学習びらきとなりました。

和光小学校校長ブログ「みんなで顔を合わせて笑いあえる一年に、 そんなあたたかいクラスになったらいいな」 ~学級通信に込めた想い その2~

幼稚園 北山校園長ブログ

入学式から一週間、先週1年生はお昼までで下校でしたが、それでも慣れない場所、初めて出会う人たちとの毎日は思った以上に疲れたことでしょう。
6年生は毎朝1年生の教室で「おはよう」と出迎えてくれます。金曜日は、3年生が手作りの割り箸でっぽうをプレゼントして、体育館でペアで遊びました。
来週は、2年生が作ったテープごまで一緒に遊び、4年生からは手編みのあやとり紐をもらって、いっしょにあやとりをし、5年生に読み聞かせをしてもらう、と上級生との交流が予定されています。

今回は3,4年生の学級通信のタイトルに込めた想いを紹介します。

3年1組「ケ・セラ・セラ」「なんとかなる」という意味です。<楽しい時もあれば「どうしよう・・・・」となやんだりするときもある。そんなときに「ケセラセラだよ」「だいじょうぶ、自分たちならなんとかなるよ!!」と安心した想いを自然と持てるクラスになったらいいな>というのがクラス替えをしたばかりの子どもたちへのメッセージです。いっしょにがんばることが<“自分たちの自信”に自然となっていくような、そんな暖かい、安心できるクラス>に。

3年2組「ワライアイ」担任お気に入りの、DISH//の「僕らが強く。」という曲から。昨年、長い休校が明け、子どもたちと顔を合わせた時、一緒に過ごせる時間の尊さを感じました。<家で楽しくても学校でみんなで学んだり遊んだりする楽しさには勝てない!!それはサビの“笑ってたいんじゃなくてね、笑い合ってたいのだ”というところとピッタリ同じ。今年もみんなで顔を合わせて笑い合える一年に、そんなあたたかいクラスになったらいいな>という願いを込めて。

4年1組「あそび+べんきょうむし」持ち上がりのクラスです。昨年のタイトルは「あそびむし」でした。4年生に進級し、<どの教科でも新しいことをたくさんべんきょうするよ。今までよりも「なるほど~」とかんじることがふえてくるよ。にが手なこともべんきょうしてできるようにしていこうね。総合学習「多摩川」でしぜんとたっぷり関わる学年。たよられることが増えてくる。>と、「+べんきょうむし」に想いを込めました。

4年2組「言の葉なべだより」<「言の葉」とは「こころのことば」です。いにしえの人々は、様々な感情や心模様を「言の葉」に乗せて、やまとうたを読んできました。学級通信は目的ではなく、日々の真のこころによる教育の延長線のうえにあるように思います。>というのがタイトルに込めた想いです。<氏名には「命の使い方」への願いが信じて託されているといつも心から想います。>と、初めて出会う子どもたちの一人一人の名前から感じたことを紹介しています。

 

 

和光小学校校長ブログ「楽しいことも悲しいことも、 いっしょにたくさん話して、考えて、笑って・・・」 ~学級通信に込めた想い その1~

幼稚園 北山校園長ブログ

2021年度が始まりました。1年前、子どもたちの声が消えたキャンパスで迎えた新年度のことを思い返すと、ひとつ学年が上がってうきうきした足取りで始業式に集まる子どもたちの姿に、今年こそ思う存分楽しい学校生活、園生活を送ることができるように、できるかぎりのことをしたいと決意を新たにしました。

12日には入園、入学式を行いました。幼稚園は昨年度、図らずも“ゆるやかな”スタートを切ることで安定した幼稚園生活に入った子どもたちが多かったという振り返りのもと、今年も一週間は各グループを2つに分け、前半、後半での少人数保育を行います。さらに最初の2日間は親子で過ごし、少しずつ新しい場所、新しく出会う人たちに慣れていくことができるのでは、と考えています。

小学校1年生は、6年生が朝から教室に来てくれて朝の支度のお手伝いをしたり、いっしょに遊んでくれたりしています。そしてさっそく学校探検。何もかもが初めてという学校生活に、少しずつ慣れていくことでしょう。

和光幼稚園も和光小学校も担任は学級通信を発行します。学級通信は園、学校と家庭をつなぎ、家庭と家庭をつなぎ、子どもと子どもをつなぎ合わせます。学習、生活の様子、時には子どもたち同士のトラブルも担任の視線でお伝えし、保護者のみなさまとは学級親和会で改めて子どもたちの関係を考えあうきっかけになっていきます。

そのような学級通信、タイトルにも担任の想い、願いがこもっています。新年度の初めに、各クラスのタイトル、そこに込められた想いをご紹介します。

今回は小学校の低学年です。

11組「ポッケ」1年生はアイヌの文化を学びます。「ポッケ」とは、アイヌ語で「あたたかい」という意味だそうです。1号には<個性豊かな36人をあたたかく包み込むようなクラスにしていきたいと思っています。>と、タイトルに込めた想いが書かれています。学級開きでは、アイヌ文様を版画にした担任手作りのしおりをプレゼント。<きょうぷれぜんとしたしおりには、いやなことをふきとばすおまじないがかかってるよ!>

12組「いたやはりアイヌのことばです。<アイヌの人たちのことばで「はなす」という意味です。みんなのお話をたくさん聞かせてください。そして、話すだけでなく、友だちのお話も聴きあいましょう。たくさん聞いて、たくさん話す、みんなとたくさん話せる1年になりますように、と願いを込めました。>とタイトルに込めた想いを綴り、学級開きでは担任の自己紹介、アイヌのウポポ(唄)を一つ教えてもらいました。

21組「あしたも!」担任が替わり、どんな先生かな~と思っている子どもたちに、学級開きでは“先生に質問”コーナーがありました。「好きな色は?」「好きなスポーツは?」などなど知りたいことが次々と。タイトルに込めた想いは、<先生はみんなとたのしいこともかなしいことも、いっしょにたくさんはなして、かんがえて、わらって・・・あしたもやりたい、あしたも学校にいきたい!!あしたもともだちとあそびたい!!とおもえるまい日にしたくてきめました。>

22組「手と手と手と」1年生からの持ち上がりです。<通信のタイトルは先生が好きな歌です。>と6番まで紹介。<グー あきらめない、だんけつ、チョキ さいごはえがおで「やったー」パー はい!ちょっとまった。いいことばかりじゃないぞ! 苦しい時はみんなグーでがんばってほしいけど、最後はピースになるのはうれしいけど、それでもちょっとまって「私はつらいの」って話せて聴ける関係を目指したいです。>担任の歌を口ずさみながら聞いていました。

和光小学校校長ブログ「子どものなる木」「決断一つで守れるいのちがたくさんある」~3・11の日に学ぶ、考える~

幼稚園 北山校園長ブログ

例年なら卒業式を行う頃ですが、今年の卒業式は3月22日、3学期終業式は24日としました。3月になって、夏に行うことができなかったキャンプに向けての取り組み(テント貼り実習、屋外での調理活動)を、5,6年生縦割りで行い、小学校での最後の日々をできるだけ充実した毎日になるよう、日々学習、活動を進めている6年生です。

卒業式で「みなさんが和光小学校に入学したのは東日本大震災直後、原発事故による放射能汚染の不安を抱えながらスタートした小学校生活でした。」と話したのは、もう4年前になります。今年の6年生は当時2歳。東京でも地震による被害と何よりも東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染が広がる中での不安な日々を実感している人は少ないでしょう。3年生以下の人たちにとっては生まれる前の出来事となっています。

和光小学校の総合学習には、「トピック学習」として位置づけているものがあります。「3・11を学ぶ」もその一つ。毎年学年ごとに学習を組んでいますが、3・11から10年となる今年も、多くの学年が3月11日に授業を行いました。

1年生は、生まれる前のことですが、おうちの人に聴いたりして知っている人もいました。<地震の後の津波のことや火災が起こったこと、原発事故のことなど、それぞれがポツポツとつぶやく断片的な情報からも、なんだかすごく大変なことが起こったのだということがわかったことと思います。>と授業の様子が学級通信に紹介されています。二冊の絵本を読みました。『つなみ てんでんこ はしれ、上へ!』<子ども向けに書かれた絵本ですが、絵に迫力があるし「ちょっと怖いな・・・」という印象を持った人もいました。どうやっていのちを守ったかが伝わってきます。>(学級通信より)『きぼうのかんづめ』<石巻の缶詰工場と経堂がつながっている・・・地震、そして津波のあとサバ缶をめぐって起きたことが1年生の目を通して描かれています。「いい話だった~」と言っていました。>(学級通信より) ともに1年生にわかりやすい絵本でした。

2年生は担任が前任の学校での写真を見せて話をしました。訓練ではない本当の「避難」をしたのは初めてだったという山下先生、<テレビから流れてくる映像が、Mちゃんのママが言ってるように、映画みたいで、現実のものとは思えませんでした。映画みたいに「うそ」ならいいのに・・・。今も津波の映像を見ると心がザワザワします。>(学級通信より) 2年生は、「きいてみよう、3・11おうちの人はなにをしていた?」という聞き取りの取り組みをしました。10年前のあの日、<パパとママはひっこしのまっさいちゅう・・・><ちばけんにいてお兄ちゃんをだっこしておかいものにいくところだった。・・・スーパーの中にはいったらものがぐちゃぐちゃだった。・・・><ママはしごとででかけていて、でんしゃの中でじしんにあった。そのあと2じかんあるいてかいしゃへかえった。・・・> <ママは六本木のびょういんでおしごと中。かさいほうちきがなって、かいだんをおりてひなんした。いえまで5じかんかかった。>などなど、おうちの人から聞き取ったことを書いて交流しました。

3年生は先週時間が取れず、これから行う予定です。

4年生の学級通信には特別授業「3・11を考える 3・11から考える」の授業プリントが紹介されています。<死者1万5900人、行方不明者2525人、震災関連死3775人、避難生活4万1000人>の表には、<人数の多さで見てはいけないね。一人ひとりに命があり、家族があり、生活がありました。>(学級通信より)と書かれています。3年生の時はねこ踊りのお祭りに参加した人たちは、津波による大きな被害を受けた宮城県石巻市の大川小学校を訪問し、「伝承の会」の方からお話を聞いています。その時聞いたことを思い出し、当時の被害の大きさに想いを馳せました。授業では4年生の子どもたちと同じ年齢(当時)の子どもたちが震災直後に書いた作文を読みあいました。<その日のリアルな状況が伝わってきます。とても真剣に聞いてくれ、考えてくれました。大切なのは、ごとでなく、過去のことでなく、起きている自分ごととしてとらえることだと思っています。>(学級通信より) 10歳で被災し、お母さんがまだ見つからないと作文に書いた千代さん、5年後に千代さんが書いた作文も読みました。<「半年後にお母さんが見つかった」の意味がよくわからない感じの子どもたちでした。そしてさらに「うれしかったのですが・・・」ということばに、とても複雑な気持ちにさせられ、考えました。やはり、被災者にとっては、過去のことではないのです。>(学級通信より)

5年生は当時0歳~1歳、<みんなには記憶はないかもしれないけれど、その日から10年。それまでの生活といろんなことが変わった10年でした。>(学級通信より) 担任が体験した当時のこと、新聞記事を紹介しながら特別授業を行いました。この日、Yくんは生活ノートに向かいました。「今日は3・11でした。ぼくのおばあちゃんは福島に住んでいて3・11があってから家がなくなって神奈川県に住んでいます。3・11の日に1回ぼくのおじいちゃんが行方不明になりました。だけど、おじいちゃんは会社の近くの避難所にいたそうです。ぼくは3.11の時、おかあさんがベビーカーをおして友だちの家へ行きました。今日NHKスペシャルを見て、津波の被害がすごかった。治まってから被害の後があるところにNHKが定点カメラをおいて復興の様子を撮っていたそうです。復興はすごかったけど、原発10キロ圏内はずっと変わってなかったです。」 Sくんは「今日は3・11東日本大震災の日。・・・ぼくが生後1歳のニ日前、津波もとてもひどかったらしいけど、原子力発電所の爆発が一番ヤバかった。放射線はコワい。とってもコワい。・・・自然って大きな力だな~って当たり前のこと、改めて思う。」と書いていました。

6年生は語り部バスを取り上げたNHKの「クローズアップ現代+」を観て考えました。バスで現地を案内しながら「語り部」として震災、津波のことを語り続けている取り組みを紹介した番組でした

「避難しようと決めていたところが、実際には危険だったからもっと高いところに逃げようとしたのはすごいと思う。それで本当に人の命を助けられたのは、その判断が合っていたということだと思う。だから、その時のとっさの判断が最終的に大切だし、必要だと思った。」(Kさん) 「“想定外”とは本当にコワいなと思った。戦争でも地震でも伝えていくのは大事だと思った。結局はその時の判断が大事なんだなとわかった。核(原発)は恐ろしいと思った。」(Mさん) 「津波が海ではなく山から来ることがあるなんて思わなかった。高台に逃げてもそこにも津波が来るかもしれないから安心せずにさらに高いところに逃げようと思った。」(Fくん) 「決断一つで守れる命がたくさんある。自分が当時いた場所は東京だったから津波を体験していないけど、今回映像を観てとても怖かった。観ただけでも恐ろしいから、実際にその場にいた人、体験した人たちはもっと怖かったと思う。自然災害だから誰にも想定できない。だからこそ避難訓練が大切なんだと思った。」(Yさん)

子どもたちが書いた感想をNHKに送ったら、担当の報道局報道番組センター社会番組部チーフ・プロデューサーの赤上(あかがみ)さんから6年生の子どもたちに向けてお手紙をいただきました。赤上さんは、昨年、4年生のお嬢さんを連れて語り部バスに乗ったけれど、大人はここで何が起きたのか想像はできても子どもにはほとんど想像すらできない様子であったことから、ここであったことをしっかりと知ってもらえる番組を作りたい、と思ったのだそうです。「ですので、私が本当に届けたいと思っていた、震災を知らない、あるいは覚えていない子どもたちに観てもらえ、そして当時のことを知ってもらえたのは、本当にうれしいです。」と書いていらっしゃいます。2013年から仙台局に赴任された赤上さんは、多くの方を取材し報道を続けました。「大切な人を亡くした悲しい気持ち。毎日、当たり前にいるはずだった人が、突然いなくなることの割り切れない気持ち。中には、いまだに見つかっていない方もいます。同じ経験は繰り返してほしくない。その気持ちを被災したみんなが持っていること、ぜひお伝えさせてください。そしてそのためにも、まずは皆さんが過去の災害を知り、そこからしっかりと命を守る。”大切な人の命を守るために、まずは自分の命を守る”。このことを、これから心の片隅に入れておいていただけたらと思います。自分にとっての大事な人の顔を、思い浮かべてみてください。」 赤上さんからのメッセージです。

 

私は当時和光鶴川小学校の6年生を担任していました。あの日は午前中、1,2年生と6年生が遊ぶ会、午後は3年生以上が体育館に集まって「6年生を送る会」を行っていました。3年生、4年生からのクイズなどの出し物が終わり、5年生による寸劇を準備している時でした。大きな揺れがしばらく続き、立っていられなくなりました。6年生は山台を組んだひな壇に乗っていましたが、そのひな壇は体育館のほぼ中央に設置されており、私のクラスには車いすに乗った子どもがいたため、車いすが落ちないように必死で押さえていました。しばらくして一旦揺れが治まったところでカメラマンの方に手伝っていただいて車いすをおろしました。グランドに避難していると、余震によって屋上のプールから何度も水が降ってきました。各家庭からのお迎えを待ち、停電の中、日が暮れると体育館の中でキャンプ用の発電機で電灯をともし、生協に勤めていらっしゃった保護者から差し入れていただいた食料品を、キャンプ用具で調理して食べました。11時近くになってもお迎えに来ることができないご家庭が20家庭ぐらいはあったでしょうか。和光小学校はインフルエンザによる学校閉鎖中で、鶴川方面に住んでいる何人かの教員たちが車に乗り合わせて様子を見に来てくれました。深夜12時を過ぎてようやく電気が復旧し、会議室で泊まることになった数名の子どもと何人かの教員が朝まで学校で過ごしました。

和光小学校へ異動してからも、毎年「6年生を送る会」を迎えるとあの日のことを思い出さずにはいられません。

昨年は急な臨時休校で、「送る会」はできませんでしたが、今年は本日、グランドに全校の子どもたちが集って行いました。6年生は、例年のように入学式で手をつないで入場してきた1年生といっしょに壇上に登ってあいさつします。その後、3年生以上が体育館に移動して「思い出のスライド」を観ました。1年生の頃から今までの一人ひとりの姿をこころに刻んで。いつもは子どもたちがつくるアーチをくぐりますが、今年は目の前を通り過ぎる6年生を拍手で送ります。

今年度はコロナ禍という“災害”に見舞われた1年でした。その中でまっすぐに前を向いて進んでいく子どもたちの姿は、春の日差しの中で輝いていました。

 

和光小学校校長ブログ「子どものなる木」今年も「ほんもの」を追求した「食」の学習 その2~試作を重ね“ほんものの団子”をとことん追求して~

幼稚園 北山校園長ブログ

5年2組のテーマは「団子」に決まり、さっそくだんご情報が届き始めました。担任から渡された「だんご情報シート」には、“みつけた・わかった情報・写真・ラベル・チラシ・絵・地図など”と書かれていて、「だんご粉」で作ってみたWくんは、作ったときの様子とともに「だんご粉」の袋を貼り付けています。学級通信には<この「袋」の中にいろんな情報がつまってるぞ。>との呼びかけ。だんごの由来を調べた、いろいろなだんごの種類を調べたなどの他に、食べ比べをしたという情報、お母さんが、かつてみたらし団子の食べ歩きをしていたという情報まで集まりました。<Sさん、Oくんからは食べ比べ情報。これは重要。どこでどんなだんごを売っているか?場所、値段、味。材料は何か?(食べ歩きをしたという)Fさんのお母さんのNo.1だんごはどこか聞いてみたいねぇ。>(学級通信No.38)その後も次々と情報が届き、Oくんがお店でもらってきた冊子に載っていた「団子はなぜ“だんご”というのか」という情報と併せて、担任からは『人と土地と歴史をたずねる和菓子』(中島久枝著 柴田ブックス)から「団子歴史ばなし」を紹介しています。

1学期末、学校から歩いて行けるところに数件の和菓子店があり、そこにグループに分かれてインタビューに行きました。グループごとに画用紙1枚に1時間でまとめる、次の日各グループ2分以内で発表する、という課題が出されました。<同じお店で同じ人に聞いていてもグループごとに聞いてきたこと、中身がちがったね。行ってないお店、売り切れだった団子の情報もおたがいに聞きあうことができた。近所なのでぜひ再チャレンジしてみてほしい。>(学級通信No.45)夏休みを前に、いろんなお店の団子を食べてみてプロに聞いてみるということを呼びかけました。本来なら団子の試作をする中でプロとの出会いを作りたい、というのが担任の想いですが、今年はそれがかなわず、まずは食べてみる、から始まります。

そして夏休み、3週間しかない短い夏休みでしたが、それぞれの団子研究はいつものように様々なテーマで、友だちの発表を聞きあっての感想も中身に踏み込んだ深いものもあります。だんご粉、上新粉などを使って団子を作ってみた、団子屋めぐりをしてインタビューした、団子の串に刺さっている個数の違いを調べた、団子づくりでの水とお湯の違いを試してみた、東のみたらしと西のみたらしの違いを調べた、団子について100人にインタビューした、みたらし団子の歴史を調べた、羽二重団子の歴史を調べた、などなど。

8月に文科省から「感染予防をした上で通常の教育活動を行う」という内容の通知が出され、2学期になってようやく団子づくりをすることができるようになりました。(残念ながら緊急事態宣言が出ている間は調理実習を行うことができなくなっています。)団子屋さんに聞くと、ほぼすべて上新粉で作っていることがわかったので、「上新粉を使ったみたらし団子」が条件となりました。夏休み発表の中ではだんご粉の方が上新粉より作りやすく簡単でおいしいという人が多かったのですが、団子屋さんはなぜ上新粉で作っているのでしょう。<それはどうやら「作り方」によるみたいだね。ゆでるのか、蒸すのか、つくのか、水で冷やすのか冷やさないのか。そして粉は自作するのか?>(学級通信No.49)試作を前に課題が出されました。

1回目の団子づくり。作ったものを4人の教員に食べてもらって評価してもらいます。評価項目は①色・形(団子の色・形としてどうか)②香り(よいかおりかどうか)③かたさ(やわらかさ・歯ごたえはどうか)④舌ざわり(なめらかか、ざらざらしていないか)⑤味(甘さ・しょっぱさ、薄い、濃い、ちょうどよい)と目指すべき基準が示されていました。担任、隣のクラスの担任、学年所属の先生の3人に加えて他に選んだ先生1名、というのも、子どもたちが見比べるときのわかりやすさにつながっています。団子とたれの両方の評価となりますが、1回目はどちらもまだまだでした。<団子は上新粉を水またはぬるま湯でこねるけど、ここで水の量にちがいが。次に蒸す時間、どのくらい蒸したらよいのか。蒸し上がって食べてみて「ん?ざらざら・・・」という班も。ゆでたり、水につけたり、どの方法がいいのか、それとも蒸す時間や二度蒸しか?そこから「つく」。すりこ木か手か、どのくらいつくのか?団子の成型はどうしたらよいのか?みたらしはまず分量。こがした班、あんこみたいになっちゃった班、少なかった班、どうしたらいいか?みんなで作ってみて初めて見えてきたことがたくさんあったね。>(学級通信No.53)評価を見て自分たちの団子づくりをしっかり振り返り、2回目に向けて自分自身の課題を探っています。そのためにも各班で・時間・やったこと・気づいたこと、メモを記録表に記入しているというのがポイントとなります。さらに全部の班の評価を載せた学級通信を通じて、記録表と振り返りの感想を交流することで自分たちの課題と向き合うことになりました。

2年前、東田先生の「羊羹」の実践でも感じたことですが、「作る」ことに子どもたちが真剣に向き合うことができるかどうかは、この1回目の試作の時、やったことを振り返り次に生かすことができるための取り組みをきちんと提示しているかどうかにかかっているのだと思います。子どもたちの振り返りの感想には「先生たちの評価が厳しすぎる」と嘆く声もありますが、「蒸した時間がよくわからなかった。次は蒸す時間を長くしたり二回に分けたりしたいと思った。」「水が少し多すぎた。みたらしに片栗粉を入れすぎた。」と次回はどうするかを具体的に考えている内容もありました。

2回目は運動会をはさんで約1か月後。評価項目、採点する先生は1回目と同じで、課題になっていた「粉をこねたのは水かお湯か?」「蒸しは何分か?」「生地はついたか?」「生地をゆでたか?」「生地を水に何分さらした?」「何グラムで何個のだんご?」の6項目も、採点結果といっしょに一覧表にして示されました。クラスの中でこの一覧表を見ながら考えあったのでしょう、学級通信では各班の様子と気づいたことが書かれています。

<1班→何回かに分けてもっとこうした方がいいと確かめながら作っていた。一発で大量に成功させることを次に考えてほしい。片付けも計画的。みたらしもうまくできた。  2班→Sくんがお休みで手が足りず大変だった。つくのをよくがんばっていたが、つきすぎかな?生地が固くなってしまった。1つずつの団子も小さすぎたかもしれない。  3班→ゆでただけなので上新粉の団子としては物足りない。形はとてもきれいだった。できたのが早かったのに片付けでもめた。ふきんは1人2枚、忘れないこと。ぬらしすぎないこと。  4班→みたらしがな~。Hさんのおしょうゆ、おいしいんだけど、みたらしとしてどうか?団子も前回の方がおいしかった。男女分業制。ここも蒸しが足りなかったのでは?  5班→みたらしを1回失敗して完全に作り直した。団子が大きすぎて1個でおなかいっぱい。のこりを食べきれず。水につけっぱなしで、どんどんまずくなり、さらに食べられず・・・。困った。持ち帰り容器があれば・・・。  6班→Tさんがお休みで大変だった。作業としては早かったがかんじんの団子がおいしくない。つけばよかったね~。蒸しが足りないのでは?> そして次回に向けて<はっきりいってあまりおいしくない団子が多かったのはなぜか? ①蒸してないのはまずだめだな。2回目なのに・・・。 ②必ずしもつかなくてもよいが、つく、こねる、たたく、などなんらかの生地への働きかけがいる。これもやっぱりやらないとダメ。 ③ゆでるのはあまり必要ではない。 ④水にさらすのも必要。でもさらしすぎはまずくなることがわかった。 ⑤大きさは1班だけナゾなのだが、5班はでかすぎたことははっきりしているので、100gで10~12個くらいをめざすといいのではないかな?>(学級通信No.63)子どもたちそれぞれの振り返りには、次はどうするということが書かれています。

3回目。新しい班で行います。担任からは<「やるべきことをやり、やってはならないことをしない」ことが必要だが、そこが見えているか?手順表が「ざつ」だな。大丈夫かな~?・・・・当たり前だが蒸すためのお湯をまずわかす。さらしたらぬめりを取るためにもむ。焼く時のポイントなど。もう一度班ごとに確認してほしい。>と学級通信で呼びかけています。

班で共同作業をするときにはていねいな手順の確認が必要です。自分は”そのつもり”だったことが、相手はそうではなかった、ということでの失敗がしばしば起こります。だから手順表に丁寧に書き込むことが必要で、振り返りのためには細かい記録が役に立つのです。

3回目は粉の量が多くなったこともあり、前回の課題に加えて「上新粉と水かお湯の量」「1回でできた団子の量」「みたらしは何回作ったか」「みたらしの量はちょうどよかったか?」「合計何個の団子ができたか?」が入りました。班ごとにみんなで細かく振り返りました。<どの班も団子づくり自体はだいぶ慣れてきて、よい団子になってきた。しかし、みたらしを失敗する班が出て、固くなったりまずかったり、作り直しになった。失敗した分は捨てざるを得ず、もったいない。団子自体も柔らかさはだいぶでてきたけれど、まだざらざらの班もある。そこをどうするか?>(学級通信No.67)

試作と並行して”団子の食べ比べ”を行っています。ご家庭に協力していただき、いろいろなお店の団子を差し入れていただきました。お店の団子も自分たちの試作と同じ評価項目で各自点数をつけ、コメントも添えていきます。1本の値段、原材料、買いに行ったときお店で聞いたことなどは教室で共有しています。新宿の追分だんご本舗さんは「温かいうちに水分量を見ながらふかした後ついている。でも固くなるからつきすぎはダメ」とのこと。中には「30種の中から粉を選ぶがどこのお米の粉かは企業秘密」「みたらしのとろみをつけるものはヒミツ」という答えも。

4回目の試作はお互いの団子を食べてみる、ということで37個は作る、ということにし、一人ずつが自分の班も含めて各班の団子を評価しました。他の班の団子との「ちがい」が見えてきます。これまでに先生たちの評価、コメントを受けたときのように、子どもたちも一人一人が細かいコメントを書いています。自分たちも作って6つの班の団子を食べ比べてこその内容です。25点満点で評価した子どもたちの点数の平均点と、学年の3人の先生たちの点数を合わせて100点満点中75点以上をとった班が3つありましたが、合格点は80点なので、<まだ団子もみたらしも完ぺきとはいいがたいんじゃないかな? 出店許可の60点ラインはどの班も超えることができているので団子自体は進歩している。しかし「うまい」と言われる団子を本番で失敗せずに作るには何が必要か、もう少し考えてみてほしいし、調べてみてほしい。>(学級通信No.70)といちょうまつりでの出店を見越した担任の要求は高いです。今回の振り返りは班で「よかったところ」「うまくいかなかったところ、ダメだったところ」「次回はどうしていきたいか?」を話し合ってまとめました。

5回目。これまではクラスでみたらし団子を追求してきましたが、いちょうまつりではもう1種類売ることもいいことにし、5回目の試作では2種類作った班が3つありました。採点結果を載せた学級通信のタイトルは「審査する先生がコメントしないほどの団子5回目の試作」とあります。<テキパキと作業を進めていて、ほぼケンカもなく終わっていたと思う。みたらしでは90点台が3つの班も出て、これはもうお店で売ってよいレベルまで来ていると感じた。新しいメニューに挑戦した班はやはりまだ初めてのこともあり、あと一歩ということが見えたね。>(学級通信No.75)ここでも各班の出来具合についてていねいな振り返りがされ、3日後に予定されている6回目の試作に向けて子どもたちの感想も真剣そのものです。

6回目はいちょうまつり本番を想定して出品締め切り時刻が決められました。ついにすべての班が90点以上!本番では5年生両クラスともに食の店を出すので、隣のクラスの買い物をしている時間はないだろう、と、最後の試作の団子を5年1組の人たちに食べてもらい、一人一人からコメントをもらいました。中には、見ため、味、食感、香り、そのものらしいか、など1組の駄菓子で評価項目としてきた項目に分けて細かくコメントしてくれた人も数名いますし、コメントをものすごくたくさん書いている人たち(縮小して掲載している学級通信では文字は読めないほど)もいて、テーマは違っても“ほんもの”を追求してきたからこその向き合い方に圧倒されました。

本番のいちょうまつりに向けて、何回も書いてきた手順表はさらに細かく書き込まれ、学級通信には当日の動き、開店した後にやること、片付け方などが書かれています。“失敗が許されない”本番を前に緊張していたことでしょう。例年とちがって、その場で食べてもらうことができないため、すべての団子を1個ずつパックに詰めて売りました。お客さんに手渡した「パンフレット」にはメンバーの名前とともにこだわったことが書かれ、感想を書いて届けてもらうようになっています。今年のお客さんは先生たち以外はすべて子どもたちでしたが、低学年の子どもたちからも次々と感想が届きました。

2学期末、グループ研究に向け、10のグループができました。手紙を書いたり、でかけてインタビューしたり、それぞれ計画を立てて始めました。担任からは、<冬休みに活動してもいいですが、無理しなくていいです。1月に時間を取ります。>と呼びかけています。グループ活動を進める前に、和菓子と団子に詳しいプロの方に来ていただいてお話をしていただきたいという思いで担任が「全国和菓子協会」に連絡しました。すると、専務理事の藪さんが来てくださって、教室でお話をしてくださいました。団子のルーツ、由来、歴史からいろいろな「企業秘密」までこっそり教えてくださったそうです。

こうしてグループ研究のテーマをイメージしながら冬休みを迎え、3学期初めには各地の団子屋さんに質問などを手紙にして出したものに返事が届き始めました。質問は、「いつからお店をやっていますか? 昔と比べて売れていますか? 他のお店と比べてこだわっているところ、違うところはありますか? コロナの時期で売り上げはどうなりましたか? これから団子はどうなっていくと思いますか? 団子の未来のために何をしたらいいと思いますか?」というような内容でした。お返事を送ってくださったお店、会社の方はみなさんとても丁寧に答えてくださいました。お返事が届くたびに学級通信で紹介し、クラス全体で共有します。「団子の粉を調べる会」が手紙を送った群馬製粉さんからは上新粉、だんご粉、パンケーキ用米粉も送ってくださいました。このグループは日本製粉、日清製粉の会社にも送りましたが、どちらも小麦粉の工場で米粉は作っていないそうです。それでも日清製粉さんはていねいなお返事をくださいました。全日本菓子工業組合に手紙を送ったグループには、「菓子製造業の組合であるためこのようなサービスはしておりません。」としながらも「菓子工業新聞」の記事を送ってくださったそうで、<送ってくださった羽二重団子の記事はめっちゃおもしろい!これは「業界新聞」というやつなので、ふつうは私たちが見ることはできないものなので貴重です。>と学級通信で紹介しています。奈良の虎屋さんという団子屋さんからは85歳になるご主人から手書きの丁寧なお返事を頂きました。

次々と届くお返事、インタビューに出かけて行って答えていただいた内容、どれも“ほんもの”をめざして団子作りをしてきた子どもたちにとってはプロの声として聞き逃すことのできない貴重なものばかりです。担任の東田先生は、<大事なことは聞いてきたこと、お返事頂いたことから、自分たちはどう考えるのか!?ということです。>(学級通信No.100)とまとめに向けて呼びかけました。

今年も、5年生の総合学習「食」の取り組みから、学びに向かう子どもたちの姿、それを支える教師の役割について、私自身が学ぶことがたくさんありました。

 

 

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