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校長室から

第56回和光高等学校卒業式式辞

 和光高等学校を今日卒業する皆さん、卒業おめでとう。

 ご参列いただいた保護者の皆さん、お子さんの卒業おめでとうございます。お子さんの今日の姿はいかがでしょうか?頼もしいかぎりでしょうか?3年前の入学式の日の姿と重ねていらっしゃる方も多いことと思います。

 私も3年前の入学式を思い出してみます。私の話したこと、おぼえていますか?

 君たち一人ひとりが自分の頭で考え行動できる自分の人生の主役になってほしい、「Aさん物語」……「Wくん物語」の主役になってほしいと結びました。一人ひとりが自分の物語の「和光高校の章」をまとめられましたか?

 私は、もう10年前のことですが、私の父の最後の1年余を通じて、「思い出」という言葉のとらえ方を変えました。それまで「思い出」という言葉を正直あまり好きではありませんでした。なんとなく「昔は良かった」的な後ろ向きのニュアンスを感じてしまうからでした。でも、父は15歳までを過ごした故郷=信州の思い出があって、生命を燃やしつづけることができたのでした。そのことから、思い出は前に進むときのエネルギーになるのだと思えるようになりました。

 私のなかの認識が変わると、それまで素通りしていたことが、私のアンテナにかかるようになってきました。

 あるとき、野鳥を捕獲するかすみ網について書かれたものを読みました。私はかすみ網の網目に鳥が頭からつっこみ、翼をひろげられなくなるから捕獲できるのだと思っていました。しかし翼をひろげた鳥が翼ごと網につっこむということはまずありえないのだそうです。鳥は網にふれた途端とっさに足の指で網糸をつかむのだそうです。そして、網糸ではいくら蹴ろうとしても蹴ることができないので飛び立てないのだそうです。鳥は木の枝や地面を蹴って初めて飛び立つことができるというのです。

 それを読んで、「あー、人間にとっての思い出は、鳥が飛び立つときの木の枝や地面にあたるのではないだろうか?」と思えました。

 次に話すことは、3年前の和光中学校の卒業式で、3年生の学年主任であった私が語ったことです。以前の私であれば、聞き流していたか、違う局に変えていたと思います。

 車を走らせながら聞いていたラジオで、心理学者の先生が自著について語っていました。その中で「思い出を思いつくままに次々書き出させてみると、良い思い出といやな思い出がほとんど例外なく7:3の割合になる」といったことを語っていました。『思い出の法則』と言っていたかも知れません。


 「人間は良い思い出、楽しい思い出がないと前に進む勇気や、他者を愛したり信頼する気持ちを持つことができない。逆にいやな思い出、つまり、つらい思い出、恥ずかしい思い出、悲しい思い出がないと、傲慢で自己中心的な人間になってしまう。だから、人間は脳の中で、良い思い出といやな思い出を7:3の割合に整理して残すのではないだろうか」

 といった意味の説明をしていました。その後、「なるほどな」と思うことが度々ありました。落ちこんだり、疲れたりしているとき、脈絡もなく楽しいことを思い出していることがありました。逆に、気がつくと思い出したくもないつらい思い出に浸っているときもありました。大体が、過信や慢心を諌めなくてはいけないときでした。

 「思い出」について語りました。それは、君たちが和光高校でさまざまなことに挑戦し経験して得た思い出を、これからの人生で飛び立たなければならないときの木の枝や地面にしてほしいと考えたからです。

 君たちの行く手には依然として正規雇用か非正規雇用かを迫る格差社会が待っています。大人の一人として申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 いま君たちに、「上級学校でしっかり学習を重ね、できるだけ多くの資格をとり、正規雇用の職に就きなさい。競争に負けないたくましさ、したたかさをもって、うまく立ち回って勝ち組になりなさい」と語るつもりは毛頭ありません。

 総務省は労働力調査という調査を毎年行っているようです。青年層での非正規雇用……パート、アルバイト、派遣社員、請負いなど……がますます増加しているようです。07年度の調査によれば、年間を通じた平均で15歳~24歳で非正規雇用が49.4%を占めています。なんと2人に1人が非正規雇用なのです。25歳~34歳では27.5%、つまり4人に1人は非正規雇用なのです。

 しかも正規職に就いても3年以内に離職する者が、中卒者で72%、高卒者で49%、大卒者で35%となっています。これを「7・5・3」と呼ぶのだそうです。非正規雇用の拡大によって、正規雇用者の労働条件が劣悪化されている現実があるから「7・5・3」という事態がうまれるのです。

 格差社会が用意している「正規雇用か、非正規雇用か」の差別と脅しにはまっているかぎり幸福にはなれないのではないでしょうか?格差社会そのものを変えないかぎり、差別と脅しから解放される道はないのだと思います。

 日本国憲法は第13条で「生命、自由、幸福追求に対する国民の権利」、第27条で「労働者の働く権利」を人権として定めています。正規雇用はけっして恵んでもらうものではありません。権利です。私はそう思います。

 そして、正規雇用者と非正規雇用者を対置させるのではなく、連帯すべきパートナーなのだと考える賢さが必要なのではないでしょうか?

 今日、3年3組で配られる学級通信のなかで、鈴木先生はある本から

「どのようにしたら自分の権利を守れるのかについても知っておくべきだ。たとえばユニオン(組合)とはどういうものか知っているといないとでは困ったときにまるで違う。本当に困ったときに誰を頼りにするか、どこに救いを求めるか、その方法や手段を知っておこう。友達ネットワークが大事。救いを求めるのは恥ずかしいことではない」

という文章を引用しています。まさにその通りだと思います。

 しかし、誰かを頼りにする、救いを求める、友達ネットワークをつくる……は、知っていればできるというものではありません。実行に移すには勇気が必要です。

 そうです。勇気を出して実行に移す=飛び立つためには、蹴るべき木の枝・地面=思い出が必要なのです。確かな体験を通して得た思い出が必要なのだと思います。

 和光高校は「ともに幸福になるためにともに学ぶ」学校だと考えています。競争主義を排し、テストで順位をつけないのもそのためです。討論や意見交換を多くとりいれ、ともに賢くなる授業を目標としています。ともに学ぶのは授業だけではありません。生徒会活動やクラブ活動、そして体育祭、和光祭……といった行事のなかで、ともに楽しむ=ともに幸福になるための方法を学んできました。

 和光は際限のない校則と処罰で縛る管理主義も排しています。和光は自分の頭で考え行動できる自主的精神に満ちた人間を育てたいのです。問題が起きたら話し合いで解決できる人間を育てたいのです。そのための和光の自由です。和光の自治です。

 そんな和光高校で3年間を過ごした君たちです。和光高校という大きな思い出の木を、君たちは持っているのです。その木には、たくさんの枝があります。

 人権と平和という太い枝があります。

 ともに賢くなるために学んだ思い出=学びという太い枝があります。

 クラスやクラブの仲間との思い出=団結という太い枝があります。

 体育祭や和光祭で他クラス、他学年の先輩・後輩とも、ともに楽しむために工夫した思い出=連帯という太い枝があります。

 05年度以来生徒会執行委員会が「外へ」というスローガンをかかげて活動して築かれた他校との連帯という枝もあります。

 06年度、07年度、生徒会執行委員会の呼びかけで行われた第2グラウンドのU字溝清掃と草刈り=「足もとの自治」とも呼べる枝もあります。

 過信や慢心を諌めなくてはいけないときに思い出される反省という枝もあるでしょう。

 さあ、卒業です。人権と連帯の旗をもって、卒業していってください。

 友だちは人生の宝です。友とともに差別に立ち向かう人生を切り拓いていってください。疲れたとき、勇気を出す必要があるとき、和光高校という思い出の木に戻り、翼を休めてください。そして枝を蹴り、また飛び立っていってください。

 さようなら。元気で。

2008年3月15日

和光高等学校 校長 両角 憲二

日時: 2008年3月17日 13:42

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