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校長室から

第60回和光高等学校入学式式辞

 今日、和光高等学校の生徒の一員となられた239人の皆さん、入学おめでとう。

 ご参列いただいた保護者の皆さん、お子さんのご入学、おめでとうございます。

 まず最初に君たちが和光高校を選んでくれたことに対して、心からの「ありがとう」を言います。保護者のみなさんにも心からの「ありがとうございます」を言いたいと思います。

 「学力」「学力」の大合唱のもと、「時間をかけ、たたきこみ、競争させる」という古い学力観が復活したかの感があります。多くの私立高校は学校6日制で、しかも特進クラスを設け、大学合格者実績を上げることで生き残りを図っています。そうした情勢の中で、和光高校は大学受験を目的化していません。個性の尊重と自主的精神の育成を建学の精神とし、「ともに幸福になるためにともに学ぶ」ことを大切にしています。その和光高校を君たちは選んでくれました。保護者のみなさんは本人の意思を尊重し、応援してくれました。生徒あっての学校です。和光に期待して和光を選んでくれる生徒と保護者がいなければ、和光高校は消えていくしかありません。こうして君たちと出会えたことを本当に嬉しく思います。

 さて、君たちはどのような中学校生活を送ってきましたか?

 点数による競争で傷ついている人はいませんか?「あなたの点数だとA高校に入れる」「あなたの点数だとB高校にしかいけない」と言われ、人間の価値が点数で決められてしまうような錯覚におちいってしまっている人はいませんか?学ぶことはテストで良い点をとり競争することだと思っている人はいませんか?学ぶことを苦痛だと思っている人はいませんか?「勉強は苦手」と思い込んでいる人はいませんか?

 今日をかぎりにそうした考えを改めてほしいと思います。

 そのために、「なぜ学ぶのか?」を考えてみてください。

 「学ぶことは絶対的な喜び」がなによりの答です。言葉を獲得した幼児、数を数えられるようになった幼児、平仮名を読めるようになった幼児、字を書けるようになった幼児……を見れば、学ぶことが絶対的な楽しみ・喜びであることを理解できます。学ぶことで他者とつながれます。世界が広がります。学ぶことの嫌いな子どもは一人としていないのです。嫌いにしているのは教え過ぎと競争主義です。

 学ぶことは喜びであり、楽しいことなのだ、としっかり認識するところから和光高校の学びをスタートさせてください。

 和光高校の学びの特色は選択講座の多さにあると考えています。

 2年生の4つの選択枠には全部で44の講座が設けられています。その組み合わせ、選びかたはなんと14,520通りになります。

 3年生では10の選択枠があります。講座の総数は78もあります。10の枠すべてを選択したときには、選びかたは6億通りを超えます。

 どの講座を選択するかを考える中で、受け身ではない主体的な学びの姿勢がつくられていくと考えています。そして、討論のある授業のなかで、ただ知識を貯めこむのではない本物の学力が身についていくのだと考えています。

 中学時代、納得できない校則に反発して違反しまくりだった人はいませんか?あるいは疑問も持たずに、ただ命令に従ってきた人はいませんか?

 和光高校にもルールはあります。しかし、とても少ないです。頭髪も服装も自由です。ピアスも禁止していません。「どうしてそうしなければならないのか?」と説明できないルールは1つとしてありません。

 和光高校では、先生・学校が一方的にルールを作るということはありません。ルールを作るときには、生徒会と学校の二者でつくる学校協議会に諮るようにしています。そこで、「なぜ?」「どうして?」と聞くことができます。意見を言うこともできます。要求を出すこともできます。

 校則に従うことに馴らされてしまった人には、戸惑うことが多々あると思います。自由を履き違えてしまう人もでてくると思います。「和光高校はなぜ、ルールが少ないのか?」を時あるごとに立ち止まって考えるようにしてください。自分の頭で考え行動できる人になってください。校則や罰則で縛らない和光の自由はそのためにあるのです。

 さて、皆さんの入学を上級生も先生たちも心待ちにしていました。

 5月12日から4日間かけて、サッカー、バレー、バスケットボールの3種目でクラス対抗の体育祭が行なわれます。「日本一長い体育祭」かもしれません。「世界一長い体育祭」と呼ぶ人もいるようです。その体育祭を先輩たちは何ヶ月も前から準備してきました。君たちは、その体育祭の中で、「和光高校の先輩はやさしい」「思いっきりプレーしても安心」ということを理解できるでしょう。1年生のクラスが優勝することも珍しくありません。個性豊かで一見バラバラに見える先輩たちの中に、お互いの違いを認め合い、他者を排除しないという共通項を見出すことができるでしょう。企画・運営をテキパキこなす先輩の姿から、和光高校の自治を体験的に理解できることでしょう。和光高校がどういう学校なのかを理解できるでしょう。

 体育祭を通じて、君たち新入生が「和光高校に入って良かった」という思いを持ってくれると、上級生も私たち教員も嬉しいです。こんなに早い時期に4日間もかけて体育祭を行う目的のひとつは、おそらくそのためです。

 現代日本の青年の行く手には依然として正規雇用か非正規雇用かを迫る格差社会が待っています。青年の3人に1人は非正規雇用という厳しさです。

 昨年、小林多喜二の『蟹工船』が大ブームと呼ばれるほどに売れ、読まれました。派遣社員の青年の間で「俺たちってカニコウ?」「カニコウ以下かも?」といった会話がかわされたようです。大ブームとなった理由を、新聞やテレビで、いろいろ分析していました。「漁夫や工夫が連帯・団結する姿が感動を呼んだのでは」といった分析が多くありました。「蟹工船の労働者はあんな風に団結してえらいと思った」といった類の青年の声が必ず紹介されていました。そこからは「正規雇用の職につけなかったのは自分の努力が足らなかったから」という自己責任論に縛られている姿が浮かんできます。勝ち組になるために必死で学力競争してきた中学、高校生活が透けて見えるようです。それは「ともに学ぶ」経験が少なかったことを物語っていると思います。行事や学級・生徒会活動で団結、連帯した経験の少なさがそうさせているように思います。

 差別を固定的に考えてしまうと、不安は膨らむばかりになってしまいます。そもそもこうした差別は許されるのか、差別をなくすことはできないのか、と考える学力が必要です。

 和光高校の校歌の最後は「高き想いに人権の 世紀の使命 守りゆかん ああ 平和の砦 我ら和光」となっています。

 日本国憲法は「平和憲法」と呼ばれています。前文と第9条をもって平和憲法と呼ばれているのだと理解されがちですが、それだけではありません。平和とは、戦争のない状態だけをさすのではありません。戦争と不当な差別のない状態をもって平和なのです。日本国憲法には不当な差別を許さないための条項をいくつも見つけることができます。第27条には「すべて国民は、勤労の権利を有し」と明記されています。働くことは権利なのです。基本的な人権なのです。

 格差社会という構造的な差別に立ち向かっていくには、個々人の努力だけでなく、連帯する力が求められます。

 平和の砦=和光高校のなかで、他者とつながりあえる学力を身につけていきましょう。自分の頭で考え行動することを積み重ねながら、精神的自立を図っていきましょう。連帯する力をつけていきましょう。

 私のこの話も疑ってみてください。そして。日本国憲法を読んでみてください。

 君たちが平和的な国家及び社会の形成者に成長していける、そんな学校づくりのため、力をあわせていきましょう。

2009年4月9日


和光高等学校 校長  両角憲二

日時: 2009年5月11日 12:50

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