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校長室から

第61回和光高等学校入学式式辞

 今日、和光高等学校生となる240名の皆さん、入学おめでとう。

 最初に、君たちが個性の尊重と自主的精神の育成を建学の精神とする和光高校を選んでくれたことに対して、心からの「ありがとう」を言います。こうして君たちと出会えたことを本当に嬉しく思います。

 ご参列いただいた保護者の皆さん、お子さんのご入学、おめでとうございます。

 保護者のみなさんにも心からの「ありがとうございます」を言いたいと思います。

 さて、新入生240名をもう少し詳しくみると、123名が和光中学から、117名が他の中学からの出身者です。ほぼ半々ですが、117名の人たちは出身中学からただ一人和光高校に進んできた人がほとんどです。不安な気持ちでいるのではないでしょうか?

 君たちが1日も早く出身中学の違いを越えて和光高校生となれるよう、願っています。

 君たちは「翼の木」を知っていますか?職員玄関の正面に、その木はあります。もうすぐピンクの花(実は花びらではありません)を咲かせるアメリカハナミズキという木です。その木の前に「翼の木」と銘打たれた陶板がはめ込まれた石碑が建っています。

 石碑の裏には、

鈴木亜里 一九七六年四月五日逝く
いのち長らえるだけでなく いのち豊かに
と書かれています。

 その少女=鈴木亜里さんは、和光高校に合格しながら、入学式を数日後に控えた4月5日にこの世を去りました。

 翌1977年、「いのち豊かに」生きた亜里さんのことが『翼は心につけて』という本になりました。78年には映画化されました。この本と映画は、当時の中学生、高校生そして父母や教師に、深い感動と影響を与えました。保護者のみなさんで、中学生、高校生のときに本を読み、映画を観た方も少なくないのではないでしょうか?

 私は30歳、教師生活6年目のときにこの本と映画に出会いました。私にとって、この本と映画、特に映画は特別なものになりました。この映画との出会いがなければ、教員をつづけていられなかったのでは、と思えるくらいです。

 私は、当時、北海道の厚岸水産高校という学校の漁業科1年というクラスの学級担任でした。入学式の日、私の配った学級通信を即クシャクシャに丸めた生徒が、「おー、精一杯ツッパルぞ」と宣言しました。

 そして、その通りにやってくれました。5月の連休が明けると、荒れに荒れました。教室がゴミだらけになり、授業が成り立たなくなりました。同僚や先輩教師から「今年の漁業科1年、ひどいねー」「後にも先にもこんな大変なクラスはないだろうね」と言われるようになりました。注意すればするほど悪くなっていきました。「こいつらには言葉というものが通じないのではないか?」と思いました。

 2学期になると彼らのツッパリぶりはさらにエスカレートしました。私は、その日やられたことを思い出し、明日は何をされるのか考え、眠れぬ夜が続きました。教員を辞めることも考えました。

 そんな日々のつづいていた10月1日、文化祭初日のプログラムとして、和光学園校長・丸木政臣先生の講演がありました。

 丸木先生は、『翼は心につけて』の鈴木亜里さんの話をしました。亜里さんが骨肉腫という病気で右腕を肩から切り落としたこと。「一生家でブラブラしている」と自暴自棄になったこと。ケースワーカーの人の仕事を見て「将来、ケースワーカーになる」と目標を決めたこと。左手で字を書く練習をし、受験勉強に励みだしたこと。和光高校の見学に来たこと……を話してくれました。しかし、生徒たちの大半は前の椅子の背もたれに手を組み寝る体勢のままでした。

 ところが、話が入試の判定会のことに及び、「ぎりぎり合格点は取ったけれど、鈴木さんは良くて1年の生命なのでしょう?定員がある以上、鈴木さんを不合格にして、他の子を合格にすべきなのではないのか?」「鈴木さん本人はこれから何十年も生きていくつもりなのではないのか?人間、誰だって自分がいつ死ぬか分からないのではないのか?」……といった議論の末に、亜里さんを合格にした経緯を丸木先生が話したときに、1つ2つと頭が上がりだしたのでした。そして、普段ツッパッている者ほど、涙を流したのです。

 私は本当に驚きました。文化祭後のHRで
「俺は、正直、お前たちのことを『あいつらには言葉というものが通じないのではないか?』と思っていた。でも、違ったよな。丸木先生の言葉は通じていたよな。俺は本当に反省している。これから、お前たちに通じる言葉を持てる教員になりたいと思っている。」
と話しました。

 生徒たちは「いいぞ、いいぞ。もっと反省しろ」と手をたたき、足を踏み鳴らしました。私が「その反省を形で表したい。釧路の映画館に『翼は心につけて』が来たら、都合のつくかぎり、お前たちを車に乗せて見に行きたい」とつづけると、さらに拍手と足音は大きくなりました。

 その2ヵ月後、40人のクラスで30人近くが観に行きました。私は厚岸・釧路間を4往復しました。

 それからクラスは大きく変わっていきました。私の言葉が彼らに通じるようになりました。本当に私は『翼は心につけて』に救われたのです。そう思っています。

 さて、「翼の木」ですが、1976年の和光高校入学式で、丸木先生は亜里さんのことを語りましたが、毎年の入学式でふれるわけにはいかなかったのでしょう。和光中学高等学校が現在地に移転した後に、「和光の教師が鈴木亜里さんのことを語り継いでいくために」ということで、「翼の木」を植えたのです。

 和光中学3年生は毎年1学期に映画『翼は心につけて』を鑑賞しています。

 しかし、和光中学以外の中学から入学した和光高校生にはその機会がないままです。「なんとかしたい」とは思いつつそのままにしてきましたが、今回、映画を製作した翼プロダクション・山口社長から「和光でお持ちのDVDの複製と貸し出しについては、先生の判断にお任せします」の了解を得ることができました。

 そこで、DVDを複製して、図書室で貸し出せるようにしたいと思っています。

 和光高等学校入学にあたって、是非、映画『翼は心につけて』を観てほしいと思います。和光中学出身者とそれ以外の中学出身者の溝を少しでも埋めて、和光高校生活をスタートさせてもらいたいと思います。

 そして何より、学ぶことの意味を考えてほしいと思います。亜里さんは、ケースワーカーになりたい、社会とつながりたいというところから、苦手な学習に本気で向き合うようになりました。学ぶことが喜びになっていきました。

 「学ぶことは、本来、絶対的な喜び」です。和光高校の学びはそこを大切にしています。

 その学びの特色は選択講座の多さにあると考えています。

 2年生の4つの選択枠には全部で44の講座が設けられています。その組み合わせ、選びかたはなんと14,520通りになります。

 3年生では10の選択枠があります。講座の総数は78もあります。10の枠すべてを選択したときには、選びかたは6億通りを超えます。どの講座を選択するかを考える中で、受け身ではない主体的な学びの姿勢がつくられていくと考えています。

 和光高校にもルールはありますが、とても少ないです。「どうしてそうしなければならないのか?」と説明できないルールは1つとしてありません。

 和光高校では、新たなルールを作るときには、生徒会と学校の二者でつくる学校協議会に諮るようにしています。そこで、「なぜ?」と聞くことができます。意見も言えます。要求を出すこともできます。

 校則に従うことに馴らされてしまった人には、戸惑うことが多々あると思います。時あるごとに「和光高校はなぜ、ルールが少ないのか?」を立ち止まって考えるようにしてください。自分の頭で考え行動できる人になってください。校則や罰則で縛らない和光の自由はそのためにあるのです。

 さあ、和光高校生活のスタートです。

 より良い学校づくりのため、力を合わせていきましょう。

2010年4月9日

和光高等学校 校長  両角 憲二

日時: 2010年4月 9日 16:54

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