卒業生の声
私が和光からもらった尊いもの
堤 未果
ふとした時に心を揺さぶるものがある。普段の生活の中では影をひそめているのに、あることをきっかけにしてその存在がくっきりと輪郭を持って浮かび上がるもの。その時になって初めて、それらが本当はいつも共にいてくれたこと、自分がずっと守られてきたことに気づかされるもの。たとえば祖国、夢中で駆け抜けた十代の日々、そして恩師たちに教えられたこと。
振り返れば、卒業後渡米し、十三年米国で過ごした私が競争の激しい国際社会で沈みこみそうになるたびに助けられたものは、すべて和光での日々にちりばめられていたように思う。海が怖い私が館山で6キロ完泳した時、大嫌いだった鬼コーチが見せてくれた笑顔、『失敗は宝』だという丸木校長のお話、間違えると『先生も一生学んでいく生徒なんだ』と照れていた先生。いじめがあったとき授業時間を返上してクラス全員で話し合わせ、最後生徒と一緒に泣いてくれた先生。和光の先生たちはいつも『本気』で向き合ってくれる。都合の悪いことをごまかさず、裸の自分をさらけ出す。その姿は時にみっともなく、いとおしく、私たち生徒に自分の過ちを認める勇気と、人の弱さを受け入れる大切さを教えてくれた。
今ならわかる。和光で私が、頭ではなく心に蓄積していったものについて。あれは教科書から得る知識ではなく、人間の魂の深さが与えうるものだったのだ。どれだけ時間があっても決して消えることがなく、逆に時間と共に輝きを増していく。人間の魂の深さが与えうるものだったのだ。どれだけ時間がたっても決して消えることがなく、逆に時間と共に輝きを増してゆく。人間はいつまでも戦争を止めず、文化を、人の絆を、環境を破壊し続けている。そんな明日の見えない時代に繰り返し『平和の貴さ』を教え、先生たちが一人の人間として同じ目線で生徒と学ぼうとする和光は、私が執筆や講演を通じて世界に発信しているメッセージの核となっている。
卒業生の声
井上 高彰さん
卒業を控えた去年、僕は和光を“高校と大学の中間にある学校”と位置付けました。これが志望大学で1年間を過ごした今、確信へと変わっていきます。
和光で3年間を過ごし卒業を間近に控えると、和光生活で得た最大の収穫は“考える力”を身につけたことだと気づきました。これらは和光の授業形式、多彩な選択授業、先生方の教育精神などを背景に身につけた力です。そして現在この“考える力”が僕の大学生活で一番の武器となっています。
大学では自分で何かを決断する機会が多々あります。例えば履修授業の選択、レポートテーマの設定、極端にいえば日々の講義に出席するのも自分自身の決断になります。当然、これらの決断を下す前には考えることが必要になります。なぜその講義を履修したいのか、レポートテーマをどう設定するのかなど、その都度考えなくてはいけません。
そのため、中途半端な理由で授業を履修し後悔している人、レポートテーマをなかなか絞ることのできない人によく出くわします。そんな中で和光で“考える力”を学んだ結果、レポートテーマの設定にもそんな苦労はせす、また授業の履修もなぜその授業を履修したいのかという理由をしっかり自分の中に持っているため、納得のいく履修ができています。
また大学では一般高校とは違い、授業への出席が強制されません。そのため、高校時代に授業へ毎回毎回出席…させられていた人たちはその反動からか出席だけを頼んで欠席するということが少なくありません。しかしながら、大学への志望動機をしっかり考えていれば、自分の目標や夢の成就に必要な授業を休むことはできなくなるはずです。
和光では一般高校と違い、“強制”というものが存在しません。したがって高校時代から何をするのも自分自身の意志であり、やればできる、やらなければできないという、大学に共通する構図が成り立っています。僕は和光で学んだこれらの力のおかげで比較的優位に大学生活を楽しむことができています。
卒業生の声
上山 美幸さん
こんにちは、和光高等学校2003年度卒業生の上山美幸です。さて早速ですがみなさんは最近、何かに「一生懸命」になりましたか?もちろん勉強を一生懸命している人や、部活動に一生懸命取り組んでいる人は少なくないでしょう。それは、私の母校である和光高等学校でも同じです。しかし和光では、そうしたことをはるかに超える、十人十色の「一生懸命」があります。
私は、高校1年生の夏に、子どものころから夢だったアメリカへの一年間の交換留学を実現させました。帰国後はクラスの仲間と一緒に2年生に進級しましたが、今度は「みんなより一年分この高校で過ごす時間が短いからこそ、卒業までに何かしたい」という思いを抱くようになりました。そして生徒会活動に携わることを決め、2年生の3学期から3年生の2学期末までは生徒会執行委員長として日々忙しく過ごしました。生徒会の仲間は、運動部の部員やバンドを組んで音楽活動をしていた人、生徒会活動をしながら予備校に通って受験勉強を頑張っていた人など様々でした。私自身も、生徒会の活動と並行して、毎週土曜日に地元の子ども会のボランティアスタッフをやりながら、ブラスバンド部でフルートを担当しつつ、友達とダンスのチームを組んでクラブのイベントに出たりもしていました。
和光高等学校では、だれにでも、自分なりの「一生懸命」に出会うチャンスがあると私は思います。そして何よりもすばらしいのは、それぞれがそれぞれに「何か」見つけたとき、必ず一緒になって取り組む「仲間」も見つけられるということです。それだけ個性的な人たちが集まっているからこそ、お互いの個性をぶつけ合いながらも、同じ興味関心を持つ友人に出会うことができるのだと思います。
-自分が「何か」に「一生懸命」になれる場所-
-ともに「一生懸命」になれる「仲間」と出会える場所-
私が、高校生活という大切な日々を過ごした母校の素晴らしさを、卒業して4年がたった今、改めて感じています。
