校長ブログ

第72回 高等学校入学式

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今年度の入学式が、9日に行われました。4月に生徒を迎えることができるのは、今年は特別に感慨深いことでした。式辞の中で引用しているブレイディみかこさんについて、別な投稿で著書について紹介しているので、そちらもご覧いただければ幸いです。

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<校長式辞>

新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。ようこそ和光高等学校へ。みなさんの入学を和光高校の教職員一同心から歓迎します。そして、保護者のみなさま、お子さまの入学を心待ちにしていたことでしょう。今日から、新しいステップのスタートです。
振り返ってみれば、1年前の今頃は最初の緊急事態宣言が出たばかりでした。和光高校でも、3月に1日だけ試験のための登校はありましたが、それ以降は休校で、新年度になってもずっと休みは続いていました。6月に学校が再開されても分散登校、時差登校という形でそろりそろりと進まざるを得ませんでした。昨日始業式でも在校生にも伝えたことですが、こうして4月に学校が始められ、新入生を迎えられること自体が、それだけで大きな喜びだと私は思っています。

昨年、コロナで休校が続く中、学校というのはどういう存在なのだろうか、と私は考えざるを得ませんでした。そして、世の中では、生徒にとってかけがえのない時間が失われたのだから9月入学にすぐすべきだ、とか、オンライン教育をさっさっと始めないのは無責任だとか言う声が飛び交っていました。9月入学について言えば、ちょっと冷静に考えてみれば、簡単なことではないことはすぐ分かります。ずらした最初の年は、1年5カ月分の生徒を受け入れなければならず、大雑把に言えばその1年間だけ約1.5倍の数の教室と先生の数が必要になるからです。しかし、学校に行けない不安に付け込むような形で、著名な教育評論家や知事や国会議員の中で9月入学を主張していた人たちがいました。この半年、誰も9月入学なんて言っていない、というような状況ですが、大人でも声の大きさで無責任なことを垂れ流す人がいる、ということは頭の片隅に記憶しておいてもらえれば、と思います。
話が少しそれました。皆さんと考えたいことは、学校というものの意味です。昨年の新入生にも話したことですし、説明会でもよく話すことですが、「和光は人と人の関りを大切にする学校」です。オンラインでもSNSでも関わりはつくれないわけではないですが、やはり直接顔を突き合わせてのコミュニケーションではないと、人と人の関わりは、育まれにくいし深いものになりにくい、と経験的には分かります。その理由が分からないでいたのですが、昨年の夏読んだエッセイにその答えかも、と思えるものがありました。ブレイディみかこさんの『会うよろこび』というタイトルのものです。海外に住んでいる作家と、オンラインで対談した際、相手から「他者への信頼は、視覚と聴覚だけじゃなくて、嗅覚とか味覚とか触覚とかの感覚も使って築くものらしいです。だから、こうやってネットで話していることと実際に会うことはイコールではないみたいなんです」と伝えられます。元になっているのは、著名な霊長類学者の山極寿一さんの説ですが、「人は五感のすべてを使って他者を信頼するようになる生き物」で、「鍵になるのが、嗅覚や味覚、触覚といった、本来『共有できない感覚』」、だから「他者の匂い、一緒に食べる食事の味、触れる肌の感覚。こうしたものが他者との関係を築く上で重要」なのだそうです。新入生のみなさんも、小さかった頃、親や近しい人から抱きしめられて安心した経験がないでしょうか。コロナが始まる前、何かとても嬉しいことがあった時、仲間と思わず抱き合ったり、ハイタッチしたりという経験があるのではないでしょうか。父母のみなさんは、自分の子どもが小さかった時、子どもを抱いて、言葉にできない愛しさを感じたことがあると思います。

人間が信頼関係を気づく、安心するということの中には場を共にする、ということがやはりどうしても必要なのでしょう。学校は「共に居る場」を提供し、人と人の関りを作り出すところとしてかけがえが無いものだと改めて思います。先ほど「和光は人と人の関り大切にする学校」と言いましたが、では「人と人の関り」はなぜ大切なのか。私は、人と人が関わることは、自分と異なる他者を理解しお互いに認め合うこと、そして共同性なり社会なりを作り出していくことにつながると思います。人間は、ひとりだけで生きていくことができず、つながりの中で生
きていく存在です。
新入生のみなさんの和光高校での時間は今日スタートしました。あなたの周りにいる同級生、上級生、そして私たち教職員と様々な関りをつくり、刺激を受けて新しい自分に出会って欲しいと思います。

さぁ、スタートの時です。一歩ずつ、あゆんでいってください。
2021年4月9日 和光高等学校 校長 橋本 暁

 

<新入生のことば>

本日は私たちの入学を祝っていただきありがとうございます。私たちは、例年に比べ色々な困難に立ち向かい和光高校に入学します。

私は両親や友達からのすすめで和光高校を知りました。平和の和に光と書いて和光と読むと聞いた時はとても穏やかで、平和な雰囲気で溢れているなと思いました。そしてポスターを見た時に目に映ったのは、「自分色」という言葉でした。この言葉から私が私なりに解釈したことは、「自分の力で未来を作り上げる」でした。なぜなら自分で自分の色を決め、それを明確に認識することで自分を再認識でき、自分にあった未来を作り上げられると思ったからです。そのような勝手な想像から和光高校への進学を決めました。

中学校3年間を参考に高校生活で心がけていきたいことは、「何事も深く考え、しかし考えすぎない」ということです。ある世界的な著名人が言っていた言葉として、「世界には色々な人がいるからみんな理解しないと」です。理
解という言葉の前には必ず考えるという行程が入ってくると思います。なぜあのような行動をとったのか、なぜあのような言葉を放ったのか、それはその人なりの考えや、感情が含まれているものです。人の内に秘めているもの
は他人によって変えられるようなものではありません。このように少し考えるだけで人を理解でき、よりその人のことを気に入るかもしれません。私は高校生活を通してそのような人間になりたいです。

そして前年度は、新型コロナウイルスの関係で、様々な生活が制限されてしまったことと思います。しかし今年度は和光高校の校風や環境の中で、何事にもチャレンジし、何よりも楽しんでいきたいと思います。自由とは自分に基づく手本になるという意味が込められています。自分でよく考えて行動し、学業や部活動も精一杯努力していこうと思います。人との協力や、同じ目標に向かっていく経験を沢山し充実した3年間を過ごしたいです。

皆さん今日から私たちの和光ライフが始まります。ある和光高校の大先輩が言っていた、「和光はホグワーツのような場所」という言葉を私達も実際に感じられるようにこれから楽しく平和な思い出を作っていきましょう。これからよろしくお願いします。

日本一長い体育祭や、和光祭を初めとした数々の行事はもちろん、高校生活を精一杯楽しむことをここに誓います。

話しに出てきた2020年度のポスターです
新入生のことばに出てきた2020年度のポスターです

大石又七さんを悼んで

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以下のブログは中学の校長ブログに投稿したものです。和光中学校と大石又七さんは深いつながりがありました。高校での私の授業「戦争と史跡」でも、新木場にある第5福竜丸記念館を毎年訪れて学んでいました(20年度の訪問は叶いませんでしたが)。

 

大石又七さんのことを、広く知って頂きたいのでこちらにも転載いたします。

 

 

ビキニ事件の被曝者で核廃絶を訴えていた大石又七さんが亡くなられていたことが先日報じられました(朝日新聞へのリンク)

1954年3月1日、南太平洋のビキニ環礁でアメリカは水爆実験を行いました。爆心地から160キロほど離れたところで、マグロを取る船、第五福竜丸に乗っていた乗組員たちは放射能をおびた死の灰を浴びました。大石さんはそのうちのお一人だったのです。乗組員たちはその後放射性物質の影響で病いに苦しみました。亡くなられる方もいたのです。

この出来事は、当時の日本に大きな影響を与えました。日本は、米国により広島・長崎に原爆を落とされた唯一の戦争被爆国ですが、1952年4月まではGHQを通じた米国の強い影響下にありましたから、原爆の被害のことは広く報じられることはなかったのです。この事件をきかっけに、原爆の被害が知られるようになり、核兵器廃止を求める大規模な署名活動が行われ、1955年8月原水爆禁止世界大会が開かれるまでになったのです。

退院後、大石さんは被曝者であることを伏せご自分のことを人前で話すことはなかったのですが、1983年に和光中学校の生徒が文化祭の発表のために問い合わせたことをきっかけに、各地で自分の経験や思いを語るようになったそうです。また、当時在籍した全盲の生徒が第五福竜丸のことがよく分かるように、と模型船を作成し、寄贈してくださいました。(このあたりの経緯については、朝日新聞の2021年3月1日付の記事にまとめられています)。

第五福竜丸の模型
第五福竜丸の模型

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その後も、大石さんは何度か和光中に足を運んでくださり生徒たちや教員にお話しをしてくださいました。私も二度ほど直接お話しを聞いたことがあり、大石さんの核兵器廃絶にかける思いを感じました。

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大石さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

第69回 和光高等学校卒業式 式辞

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何とか、今年も卒業式を行うことができました。在校生の送る言葉卒業生の言葉もとても印象深いもので、今年のコロナ禍の経験を踏まえながら、和光高校が何を大事にしているか、を示すものでした。

式辞の中で、東日本大震災について触れたくだりがあり、「(原発事故以外にも)語るべきことはありますが」と私は言っていますが、そこで考えていたことは「親しい人の喪失のことをどう考えるのか」「被災者差別のことをどう考えたらよいのか」といったことでした。コロナ禍の現在にもつながる問題ですが、時間の関係で省かざるをえませんでした。今年の卒業生の一人に、福島県の中学校出身の生徒がいるのですが、式後に私のところに来て「震災のこと触れてくれてうれしかった」と言ってくれ、十分ではなくても取り上げてよかったな、と思いました。

原発事故に関する話の多くは、小出裕章さんの『原発事故は終わっていない』に依っています。コンパクトにまとめられた読みやすい本ですので、是非多くの方に読んでいただきたいと思っています。式辞では、お名前を出さなかったので、この場で紹介しておきます。

 

2020年度 和光高校卒業式 式辞

卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。そして、卒業生を今日まで見守ってきた保護者の皆さん、ご家族の皆さん、心よりお祝い申し上げます。

1年前の今日も、和光高校の卒業式でしたが、ここにいる皆さんは先輩の卒業式に参加できず残念な思いをした人もいたと思います。それから、1年たっても、新型コロナウイルス感染症の影響が続いています。歴史上の大きな出来事の中を私たちは生きているのです。

時間を少しさかのぼらせましょう。10年前の3月12日、その日も和光高校は卒業式を行う予定でした。しかし、その日の卒業式は行われなかった。何故だか分かりますね。前日の3月11日、東日本大震災が起きたからです。みなさんの多くは、その時はまだ8歳。どの程度のことを覚えているでしょうか。 10年前の今日、3月12日の朝、この体育館の隣の第2体育館に交通機関がマヒして帰宅できなかった生徒たちがまだ残っていました。11日から12日にかけて泊まり込んでいたのです。その後、ガソリンが不足したり、トイレットペーパーの買い占めという事態がありました。電気が不足している、ということで、地域ごとに順番に停電させる計画停電ということも行われました。それでも、関東地方は東北に比べればまだ被害の度合いは少なかった。和光でも、4月の始業式は通常通り行うことができたのです。そして、現在、関東地方では震災の痕跡はほとんど見られない。しかし、岩手、宮城、福島の三県には災害の爪痕が強く残っています。2年の選択で、「農と地域」を取った人は宮城県の荒浜地区に行った時のことを覚えていることでしょう。私も6年ぐらい前に荒浜の隣の、閖上(ゆりあげ)地区というところを訪ねた時、津波で建物が流されひたすら空き地が広がっている様子を見て呆然としたことを思い出します。

先ほどあげた、岩手・宮城・福島の三県の人たちで、震災後住み慣れた土地を離れ避難した人たちがいました。現在は避難生活が終わり元の土地に戻っていった人たちもいるのですが、一つの県だけ突出してまだ避難している人がいるところがあります。どこだか分かりますか? 福島県ですね。福島第一原発が事故を起こし、大量の放射性物質がまき散らされた結果、現在に至っても人が住めない地域があるのです。原発の所在地の双葉町は現在も全町避難が続いています。これは「原子力事故緊急事態宣言」に基づいて行われていることです。「新型コロナウイルス緊急事態宣言」のことは、今毎日のように話題になりますが、日本にはもう一つの緊急事態宣言がずっと続いているわけです。

原発事故は今も全く収束していません。事故を起こした原発の核燃料が発熱してまわりの金属をも溶かしその後固まっている、これを燃料デブリというのですが強烈な放射線と熱を出している。人間が近づいたら生きていられないというレベルのようです。そして、発熱により温度上昇が起きて、また核反応が起きないように水をかけて冷やしています。その結果、デブリに触れることにより水が放射能を持つことになる。これが汚染水で、この処理に困っている。デブリを取り出し廃炉作業が終わるには、一番楽観的な見通しでも30年から40年かかるとされています。そもそも、デブリの取り出しなど無理で全く見通しが立たないとしている研究者もいます。

廃炉に関わっては別な側面からの問題もあります。それは、廃炉作業に携わっている労働者についてです。原発の廃炉作業の現場には多量の放射性物質があります。大量の放射線を浴びると健康を害しますから、労働者が1日および年間で浴びてよい放射線の量は法律で定められています。下請けの労働者が放射線の限度量が来ると働けなくなって首になることを恐れて、放射線の測定器の上に、鉛のカバーで覆いをして誤魔化して働いているケースがあるそうです。そういう人の中で白血病になる人もいたそうです。廃炉作業自体が新たな放射線被ばく問題を生んでいる面があります。そして、原発は事故の無い状態、平時でも、そこで働く人には放射線の問題がつきまといます。そうだとすると、原子力発電とは誰かの健康を危険にさらして電気を作り出すシステムなのかもしれません。通常運転でも出てくる放射性廃棄物、核のゴミですね、これの処理も全く見通しがない。結局、過疎地に金の力で押し付けるような動きも起きています。

他にも震災や原発事故について語るべきことはありますが、時間に限りがありますから、ここまでとします。

(さらに…)

学問の自由

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学問の自由

日本国憲法の第二十三条に「学問の自由」という項目がある。これは、とても短いもので、「学問の自由は、これを保障する。」としか記されていない。この項目の前後には、様々に人としての権利が記されている。つまり、「学問の自由」は、「基本的人権」の一つにあたるものである。

基本的人権の一つに「思想の自由」というものがあるが、これは第十九条で「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」と記されている。問題は思想の自由が保障されているのに、なぜ、わざわざ「学問の自由」を別に定めているのか、ということだろう。それは、満州事変に始まる十五年戦争期に(1945年に終わった戦争をどのように表現するかは難しいところがあるけれど、差し当たり「十五年戦争」と呼んでおくことにしよう)、国家権力によって、学問が不当な弾圧を、日本が戦争に突入していった歴史的経緯を踏まえて、「思想の自由」とは別に、わざわざ「学問の自由」を規定したと考えるべきだろう。

遺伝子工学などよる生命操作の研究や、あまりに環境への影響が大きく後戻りできないような変化をもたらす研究が、「学問の自由」の名の下に認められるのか、など学問の自由にはいくつか論点があるが、歴史的経緯を踏まえれば、「学問の自由」というのは、「権力批判の自由」と理解すべきであろうと考える。健全な批判が許されない社会がどのような道を歩むのか、私たちは過去にいくつも例を持っている。

 

その「学問の自由」が政府によって侵害される事件が起きた。昨年の10月1日のことだ。法律上は「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」とされているのに、総理大臣が6人の学者の任命を拒否したというものだった。そのうちのお一人が、加藤陽子さんという日本近現代史の研究者で、私もその優れた著作に親しんでいる方だった。第一報を聞いた時、率直に「どうして?」と思わざるを得なかった。

そもそも、学術会議の会員の任命は、公には形式的なものとされていて、今回の任命拒否は、恣意的な法解釈を政府が行っていることに他ならないのではないか。私たちは、そのことにもっと危機感を持つべきだろう。ルールに基づかない統治が行われる時、どのようなことが起きてしまうのか。大きな混乱と民主主義の破壊が行われることは明らかである。

 

この問題が起きた時に、政府の行っていることは、あまりに矛盾に満ちていて、そのうち収束するのではないか、と思っていたが現在に至るまで解決していない。それどころか、当初はマスメディアの扱いもそれなりだったが、アメリカ大統領選挙・トランプ大統領の居座り・新型コロナウイルス感染症の拡がりなど他のニュースの中に埋もれていき、ほとんど話題にならなくなった。そういうメディアの取り扱いも問題だ。重要な問題を繰り返し丁寧に提起していく責任があるのではないか。

先日、1月28日に、学術会議側は再び6人の任命を求めたが、政府は何の理由も説明せず「既に終わったことだ」と官房長官が述べて幕を引こうとしている。その後もまた、この問題は緊急事態宣言の解除やワクチン接種のニュースに埋もれてしまっている。今、改めて私たちはこの問題の重要性を考えるべきではないか。

 

最後に、一私立学校の校長に過ぎない私がなぜここで自分の見解を明らかにするのか、述べておきたい。それは、私たち和光学園が自由な教育を目指している学校だからである。教育の自由は学問の自由からも由来している。「教員の地位に関するILO、ユネスコ※勧告」(1966年)には「教員は職務の遂行にあたり学問の自由(Academic freedom)を享有すべきものである」(61条)とあり、最高裁の、とある判決でも「学問の自由には、教育の自由が制約があるとは言え含まれる」とされているからである。

十五年戦争期、日本で学問の自由が失われていったとき、教育の国家統制が強まっていった。学校は、戦争を支える役割を強く担わされた。そのような歴史を繰り返してはならない。

 

※ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)

国際連合の専門機関の一つで、諸国民が教育・科学・文化の協力と交流を通じて、国際平和と人類の福祉を促進するための組織

オンライン少人数学級推進署名へのご協力を

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和光学園親和会員の皆さまへ

~少人数学級推進オンライン署名ご協力のお願い~

和光学園校長会

和光鶴川幼稚園・和光鶴川小学校 校園長 加川 博道
和光幼稚園・和光小学校 校園長 北山ひと美
和光中学校・和光高等学校 校 長 橋本 暁

 

2学期が始まってしばらく経ち、各校・各園とも学び舎に子どもたちの元気な声が響いております。

さて、現在インターネット上で、少人数学級の実現を求める署名が行われています。少人数学級の実現は、私たち和光学園としても長い間その実現を願ってきたものでした。本署名の呼びかけ人には、昨年の和光デーで講演頂いた本田由紀先生、和光大学の山本由美先生、本学園の教育研究会でお世話になった佐藤学先生などが名を連ねています。また、全国知事会会長・全国市長会会長なども少人数学級の実施を求めています。文部科学大臣も「来年度から小中学校に、おいて少人数学級を段階的に導入することを検討していること」を明らかにした、との報道があります。この流れを加速し、確実にするという点で、私たちとしてもオンライン署名に協力していきたい、と考えます。親和会員のみなさまもぜひご賛同いただき署名に協力して頂ければ幸いです。

本学園では、長い期間にわたり、私学助成の拡充を中心として、ゆきとどいた教育を求める署名に取り組んできました。こちらの署名は、国会・都議会に直接提出しますが、議会で審議が行われる請願として取り組まれてきました。署名を集める過程で、対話があり人々に直接訴えることができ、また、提出の過程で議員の方々と話をしたりすることにより、流れをつくっていこうというものでした。こちらの署名運動も動きがスタートしています。こちらの署名への取り組みも併せてお願いいたします。

1学期を終えるにあたり

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先週末7月31日、和光高校は1学期の終業日を迎えました。和光の生徒に限りませんが、慣れないことに取り組み不自由なことが多くて生徒たちは大変だったと思います。以下は終業日の校長のことばです。文中にもありますが、学校という場に集って何かをすることの大切さということを、生徒・教職員とも痛感した1学期でした。

<1学期を終えるにあたり>

生徒のみなさん

何とか1学期の終業を迎えることができました。6月1日に学校が再開してから、みなさんには、毎日の検温、教室に入る前に手を洗う、距離を保っての生活を心がけてもらう、マスクの着用などに協力してもらいました。学校の中からクラスターを出さずに学期末を迎えられて、一安心しているところです。

分散登校から始まって、少しずつ段階を踏んで学校生活をもとに戻してきました。しかし、今の時点でも、学校生活が日常に戻ってきたわけではありません。クラブ活動には顧問についてもらっていますし、授業も家庭科や音楽には大きく制約があったり、その他の科目でもグループ活動が制限されています。そのような中でも、登校できなかった時期と比べれば、和光高校が大切にしてきた「人と人の関わりを大切にする」ということを多くの授業で進めることができたのではないか、と感じています。また、数は多くないですが、フィールドワークに出かけ現場ならではの学びが深まったと聞いています。

先だっての職員会議で皆さんの学習の状況について話題になりましたが、全体としてみれば、休校期間中も含め課題への積極的な取り組みがあったと評価してよいでしょう。これは、生徒の皆さんの「学びたい」という気持ちが反映したものと思っています。

授業だけではなく、和光高校が大事にしてきた生徒会行事についても触れたいと思います。職員会議での議論を基に学校協議会を通じて、行事を実施するうえでコロナ対応として皆さんに考えてもらいたいことを伝えています。これを受けて執行委員会を中心に今後どうしていくか、方針を決めていくことになるのでしょう。決めた方針通り実施できるかどうかは、様々な要因からはっきりしませんが、自治活動をあきらめずに高校生らしい工夫のもと進めていくことを期待しています。

今、1学期を終えるにあたり、以上語ってきたようなことから、顔を合わせての学校生活の意義というものを私は改めて確信しています。別な言い方をすれば、コロナ禍のもと「学校とはどのような場か」ということが問われていた訳ですが、その答えは、はっきりしたと思っています。

東京および全国での感染者数が増加している現状では、この先どうなっていくのか見通すのは極めて困難ですが、改めてみなさんに感染予防に努めることを呼びかけると共に、暑い季節ではありますが、慣れない生活の中で疲れたであろう心身を休める夏休みにして欲しいと思います。

2020年7月31日 和光高等学校長 橋本 暁

 

入学式 校長式辞

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第71回 和光高等学校 入学式 式辞

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新入生のみなさん、ようこそ和光高等学校へ。高校への入学は決まっていても、1回も通学できてないのだから、自分は本当に高校生になったのだろうか、と思っていた人もいるでしょう。ですから、ここでみなさんに改めてお伝えしたい。新入生のみなさん、入学おめでとう。私たちはみなさんのことを心から歓迎します。

休校期間中、なかなかみなさんに和光高校としてのメッセージを伝えることができませんでした。最初のうちは、郵送やホームページを通じて、という形を取らざるを得ませんでした。そのような形の一つとして、校長メッセージを4月に動画配信しました。見ていてくれると嬉しいのですが、その中で、みなさんに考えて欲しいと投げかけた問いがあります。それはこんなことでした。「米国のトランプ大統領は、『自分は戦時下の大統領だ』と宣言し、『コロナウィルスとの闘いは戦争だ』と言いました。しかし、私はこの認識は明確な誤りだと思っています。みなさんに直接会えた時に、私の考えは述べたいと思っています」と伝え、みなさんにトランプ発言について考えることを呼びかけました。今、私なりの考えを皆さんに伝えるときでしょう。

戦争というものは基本的に自国の外に敵がいる、ということを前提にするという点で、大きく違うということです。コロナウィルス感染症は世界的な、グローバルなものです。ですから、お互いの国の情報を交換して対処しなければなりません。具体的に言えば、ウィルスはどんな特徴を持っているのか、どんな薬が効くのかということでしょう。国際的に助け合わないと病気に対抗できません。マスク、検査試薬など医療用品をお互い融通しあうことも病気の広がりを防ぐために必要です。他国を敵とするのではなく、協力しなければならないのです。しかし、戦争に似ているところもあります。戦争中には、国内的な対立が棚上げにされ、団結が呼びかけられるのは歴史が教えてくれるところです。非常時だということで様々な我慢が必要になることも似ています。トランプ大統領は、国内的団結を自分への支持率アップにつなげるために、そして、コロナを予防するのに国民に我慢を強いることを正当化するために「戦争だ」と言ったのでしょう。

(さらに…)

忌野清志郎さん

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4月21日の校長メッセージで、新聞記事を引用して、こんな時だから「好きな音楽を聴いて、人類には『不要不急』の活動がいかに大事かを再確認しよう」、「(音楽を聴きながら)、自分の気持ちを落ち着かせながら日々過ごすこともまた大事なこと」と皆さんに伝えた。
 

私が、自分が閉塞感にとらわれている時によく聴く曲に忌野清志郎さんの「Jump」という歌がある。もう亡くなってしばらく経つので、名前の読み方が分からない人もいるだろうか。「いまわのきよしろー」というロック歌手。この「Jump」の1番で「なぜ悲しいニュースばかり TVは言い続ける なぜ悲しい嘘ばかり 俺には聞こえる」と歌い、2番で「何が起こってるのか 誰にもわからない いい事が起こるように ただ願うだけさ」と続く。現在そのものの状況のように感じる。そして、サビのところに「Jump 夜が落ちてくるその前に Jump もう一度高くJumpするよ」という歌詞がある。諦めていないで、最後に悲惨なことになる前に、もう一度やってみようぜ、というメッセージに聞こえて、私はいつも励まされている。歌の力というものを実感するし、今も残っているミュージックビデオを見るとそこにもメッセージが込められているのを強く感じる。

 

忌野さんは、歌手には珍しく、必要なことにはおかしいと音楽を通じて訴える人だった。その彼の命日は5月2日。まだ58歳という若さだった。私はコアなファンという訳ではないけれど、毎年この季節には彼のことを思い出す。今年はとりわけ、もし忌野さんが生きていたらどんな歌を作っているのだろうか、と思わずにはいられない。

校長より和光生のみなさんへ

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和光高校生のみなさん、こんにちは。

校長の橋本です。新2・3年生の皆さん、進級おめでとう。新しい担任の先生がだれになるか、ドキドキしていた人もいるでしょう。

そして、新入生と転入生のみなさん、ようこそ和光高校へ。このように動画配信という形ですが、みなさんにお話しできて本当にうれしく思っています。

さて、和光高校は今年先生たちの体制に大きな変化があります。8年間にわたり副校長を務めた梅津靖先生が退職され、新しく林尚子先生が副校長になりました。どうぞよろしくお願いします。

生徒のみなさん、保護者の皆さま、既に新しい教科書と学年や担任の教員からのメッセージ、そして取り組んでほしい課題が家に届いていると思います。このような形ではあれ、何とか新しい年を始めることができて良かったと思っています。コロナウイルスがいつ収まってくるかは誰にも分かりません。ですから、「学校がいつ再開できるか」私にもはっきりとしたことは言えません。休校が続く限られた環境の中で、どのように和光高校の学びが始められるか、私たちも準備しているところです。

和光高校は、人と人の関わりを大切にし、生徒中心の活動を大事にしてきました。みんなで集えない中、今後どうしていくか、みなさんとともに考えていきたいと思っています。

和光生のみなさん、コロナウィルスの影響はどこまで続くかは分かりません。今、できることをやりましょう。学校からの課題にはもちろん取り組んでほしいのですが、私のお勧めは、家にある本を読みなおしてみることです。そして新聞に眼を通して欲しいと思っています。そうやって、ことばで考える力を鍛えて欲しいと思っています。どうしても読むものが無いという人は、校長ブログで紹介している、ブレィディみかこさんの『僕はイエローでホワイトでちょっとブルー』という本を読んでみてください。そんなこと言われたって、本屋さんは多く閉まっているし、図書館も閉まっている中で、どうしたらいいんだという人もいるでしょう。出版社のホームページに4章分、文章が出ています。ぜひ検索してアクセスして読んでみてください。

先ほど、新聞を読んでほしいといいましたが、ジャーナリストの金平茂樹さんという人はこんな文章を書いています。「自宅にいる時間が増えたのなら、本を読んで批判精神が鈍磨しないようにしよう。鈍磨って耳で聞いてちょっと分からないですね、鈍くならないように、ということです、本文に戻ると、「好きな音楽を聴いて、人類には「不要不急」の活動がいかに大事かを再確認しよう。」と言っています。そうやって、自分の気持ちを落ち着かせながら日々過ごすこともまた大事なことだと思います。

もう一つ、お願いがあります。考えて欲しいことです、みなさんに。米国のトランプ大統領は、「自分は戦時下の大統領だ」と宣言し、「コロナウィルスとの闘いは戦争だ」と言いました。しかし、私はこの認識は明確な誤りだと思っています。みなさんに直接会えた時に、私の考えは述べたいと思っていますが、ぜひ和光高校生の皆さんにもこのことを考えてほしいのです。

高校の教職員一同、みなさんに一刻も早く会えるのを楽しみにしています。密集状態をさけ、健康に気をつけて毎日を過ごしながら、先ほどの繰り返しになりますが、今、できることをひとつ一つやっていってください。

校長より新入生のみなさんへ(4月8日付)

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新入生の皆さん、昨日ホームページ等でお知らせした通り、16日に予定していた入学式を延期せざるを得なくなりました。和光は人と人のつながりを大切にしてきた学校です。仲間と共に学ぶことを大切にしてきた学校です。在校生も皆さんとの出会いを楽しみにしていました。残念ながら、皆さんに会えるのは、しばらく先のことになってしまいます。4月10日に郵送する通信で、新しいクラス・担任の先生を発表できるよう準備しています。同時に、休校期間中、和光高校での学びに少しでも触れられるように課題を準備し、同梱します。ひとりで取り組むのは大変かもしれませんが、頑張ってみてください。

 

今回の事態は歴史的な事態でここから学ばなければならないことがたくさんあるように思います。その参考として、藤原辰史さんという歴史家の文章をぜひ読んでみてください。新入生の皆さんには難しいかもしれませんが、部分的にでも読んでもらえれば、考えるための様々なヒントが散りばめられているように思います。

 

緊急事態宣言も今日出される予定で、外出も控えなくてはいけませんが、健康・安全に配慮した生活を送ってください。

翼の木としだれ桜
翼の木としだれ桜

2020年4月7日 和光高等学校長 橋本 暁

和光高等学校の入学案内の資料一式を無料で送付しています。

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