校長ブログ

お互いを知り合おう!(日本文学研究)

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曜日の巡り合わせで、まだ2回目の授業のA選択講座。「日本文学研究」では、恒例の交流会を。
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事前に配られた自己紹介冊子などを元に、他の24名と言葉を交わす交流の機会です。6クラスから集まる受講生、秋にはこのメンバーで研究旅行に。まずはお互いを知り、講座としてまとまります。
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ひと組は数分で。換気などの配慮は十分に、さぁ次は誰と話しましょう?!「よろしくお願いします!」
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2022年度 和光高等学校入学式 校長式辞

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第7波発生か、と懸念される中で、何とか入学式を迎えることができました。ウクライナで起きていることについては、1ヶ月前の高校の卒業式でも触れました。これから和光で学ぶ人と、和光で3年間学んできた人とで、話す観点を変えてみました。併せてご覧いただければ幸いです。

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新入生のみなさん、高校入学おめでとうございます。私たち和光高校の教職員一同、みなさんの入学を心から歓迎します。そして、新入生を今日まで見守ってきた保護者の皆さん、お子さんの成長の節目を迎え、感慨もひとしおのことでしょう。お祝い申し上げます。

 

さて、みなさんは世の中が大変な中、高校生生活を歩み始めることになります。言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症の拡がりが3年目に入ること、そしてウクライナで大変なことが起きているからです。ウクライナのニュース映像を見ると、破壊された建物や、ぼかしが入っているとはいえ、遺体が次から次へと目に入り、「見るのもつらい」という人もいるか、と思います。とある精神科のお医者さんが「自分も同じようにつらい、と思うのだが、一人の大人としてこのことから目を背ける訳にはいかない、だからニュースを見る時間を限るようにしている」ということを書いていました。参考になるかもしれません。

さて、今日は、ウクライナで起きていることを取り上げながら、同時に「学ぶ」とはどういうことかのヒントになるような話をしたいと思っています。

 

まず、みなさんに問いたいのは、今、ウクライナで起きていることを何と呼べばよいか、です。どうでしょうか。メディアでは「ウクライナ侵攻」という表現が当初よく使われていました。「侵攻」と似た言葉で「侵略」という言葉もあります。略奪の「略」という字が使われている分、「侵攻」よりネガティブな感じのする言葉です。ウクライナで行われていることを考えたら、侵略の方が適切な気もします。

それから、これは「戦争」でしょうか。ロシアでは「特別軍事作戦」という言葉を使っています。あくまで、戦争ではない、自国の行動を正当化する感じが強くなる表現か、と思います。他方で、「戦争」とはあくまで、宣戦布告、相手に対しこれから戦争するぞ、という宣言があって、始まるものだとすれば、今起きていることは「戦争」ではありません。しかし、継続的に軍事行動が国家間で起きていれば宣戦布告の有無を問わず「戦争」とする考え方もあります。軍と軍が応酬しあっている今の状態は、私は「戦争」と呼ぶべきかと考えます。

少し横道にそれますが、今から約100年前の1914年に世界中を巻き込む大きな戦争がありました。第1次世界大戦と呼ばれているものですが、当時の人々はその戦争のことを絶対に「第1次世界大戦」とは呼んでいませんでした。「第1次」とは、次に「第2次世界大戦」が起きるから、そのような言い方になるからです。当時の人々は、もう1回世界大戦が起きるとは考えようもないし、むしろあまりに戦争が悲惨だったために、戦争を止めるためにはどうするか、ということが第1次世界大戦後は模索されたのでした。当時の日本では「欧州大戦」と言っていましたし、イギリスの歴史教科書では今でも「大戦争 The Great War」と表現されています。

ここで言いたかったことは、どのような言葉で事柄を表現するか、名付けと言っても良いと思いますが、そこには認識が反映されているということです。これから、様々なことを学んでいく上で、このことは覚えておいて欲しいし、自分の使う言葉に敏感になって欲しいと思います。

 

また、ウクライナの話に戻りましょう。ロシアは今回の「特別軍事作戦」の目的が、自国の安全を守るためのものであること、ウクライナの東部でロシアと近しい勢力が作った「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を支援するため、としています。ドネツク、ルガンスクというのはもともとウクライナ領で、ウクライナの州の名前です。ですから、分離・独立するためには手続きが必要な訳ですが、ウクライナとの間で合意があった訳ではありません。世界で唯一ロシアだけがこれらの「国」の存在を認めています。そして、今「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の指導者は、ロシアへの編入を問う住民投票を実施することを表明しています。このまま進めば、いつの間にかウクライナの領土の一部がロシアのものになってしまう訳です。

ここで、みなさんにいくつかの地名を知っているか、聞いてみたいと思います。クリミアという地名はどうですか?聞いたことがあるという程度で良いのですが、どうでしょうか?ここは、100年以上前にナイチンゲールというイギリス人の女性が看護婦として活躍した場所として有名なところです。実は、クリミアは2014年に今回と同じようにロシア軍が軍事行動を起こし、ロシアの領土に編入したとしている場所です。この時はあまり時間はかからなかったのです。ロシアにすれば、8年前に行ったことと同じことを「成功体験」に基づいてやろうとして、今回は泥沼の状況に陥っているということになります。

続いて、南オセチアという地名はどうでしょう?こちらは、ほとんど知っている人はいないのではないでしょうか。もともとは、ジョージアという国の領土ですが、2008年に「ドネツク共和国」と同様に、親露派の住民が同じように「独立」を宣言し、ロシア領土への編入こそされていないものの、今なおロシア軍が駐留している地域です。

ある国の一部を、別の国が勝手に「独立」させて支配を確立する手法というのは、かなり前から使われています。実は、日本も同じことをやっているのですが、分かるでしょうか。そうです。1931年の「満州事変」です。中国から東北部の地域を謀略と軍事行動によって切り離し「独立」させ、実質的に日本の植民地にしたのです。当時、「満州国」を承認している国が日本しか無かったことまで同じです。

このように過去の出来事と比較することで、今起きていることの意味がよりはっきりする訳です。歴史的に考えると言っても良いでしょう。

みなさんが、これから和光高校で学んでいく上でのヒントとして、言葉には認識が反映されていること、過去と現在を比較しながら歴史的に考えるという方法が現在起きている問題を考えるのにしばしば有効なこと、の2つについて話をしました。

最後に、改めてですが、ウクライナに、そして世界にどうしたら平和をもたらすことができるのか、簡単には答えは出ませんが、みなさんと共に考えていきたいと思います。「答えの無い問い」を考えることが和光高校の学びなのですから。そして、先ほどみなさんが聞いた本校の校歌の歌詞の結びにあるように、この学校は「平和の砦 我ら和光」なのですから。

 

2022年4月11日

和光高等学校校長 橋本 暁

2021年度 和光高等学校卒業式 校長式辞

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2021年度 和光高校卒業式 式辞

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卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。

そして、卒業生を今日まで見守ってきた保護者の皆さま、お子さんの成長に感無量のことでしょう。心よりお祝い申し上げます。

さて、3年前に私はみなさんに対し「和光高校は『答えの無い問い』を考える学校」だという話をしました。覚えていてくれていたら嬉し いのですが、入学式の式辞でした。そして、「答えの無い問い」とは、立場によって答えが分かれる問題、現実社会に直結する問題だとも言いました。

今、ロシアがウクライナに侵略しています。軍隊を進めウクライナ市民を攻撃しています。ここで、私たちが考えなくてはいけないのは、「どうしたら戦争を止め、平和をもたらせるか」です。この問いの答えは簡単ではない。言うまでもなく、ウクライナとロシアでは立場が違います。答えは分かれます。この問いに「正解」があれば、少なくとも停戦の兆しぐらいは見えてよいはずです。しかし、簡単には見通せない。 和光高校の校歌の歌詞の結びは、残念ながら校歌をみなさんと一緒に歌う機会はほとんど持てませんでしたが、「ああ平和の砦 我ら和光」となっています。平和をつくりだす、平和を担う人を世に出していくことが、この学校の使命だと私は思っています。寒空の下、何の罪もない子どもたちが戦火におびえ、命さえ失っている中で、私たちは何ができるのか、考えねばなりません。
再び、3年前の入学式の式辞に戻ると、実はあの時、私はもう一つ続けようと思っていて、その時はしなかった話がありました。それは、「答えの無い問い」を考えると共に、「考えるべき問いを立てることが大事だ」ということです。「問い」そのものを自分たちで見出すということです。
ウクライナ情勢に引き寄せて、私なりに説明してみましょう。今回の戦争により、ロシアは経済制裁を受けています。そのため、国民は物価があがったり物が不足することにより、生活に困難をきたし始めています。「そうであるのになぜ国民はプーチン政権を支持し続けるのか」という問いが成り立ちます。過去の歴史の教えるところでは、戦争を起こせば政権への国民の支持が上がるということがありますが、同時に国民の支持を取り付けなければ多くのマイナス面もあるのに戦時体制を維持するのは難しいのも事実です。先ほどの問いには、「ロシアの国民は今回の事態に対し正確な情報を知らされていない。だから政府の言うことを信じ耐えている」という答えもある、と思います。実際にプーチン政権は、政府に批判的なメディアを弾圧し活動ができなくなるようにしていますし、軍に関する「偽情報」を流した記者は外国人であろうと逮捕し罰を与えることができるという法律を可決しました。ここから、さらに「それでは、日本のメディアはどうなるのだろうか」という問いに進んでいくこともできるでしょう。知り合いの新聞記者さんから聞いた話ですが、新聞が売れなくなり記者の数が減っている、だからある問題をじっくりと深く掘り下げて取材することが難しくなっているとか、追いかけるべきテーマがたくさんあるのに人手が足りないことも起きている、とのことでした。今、ネットを始めとして何らかの情報はすぐ見つけることができます。しかしその信憑性をどう判断するのか、なかなか難しいことです。多面的なものの見方、そして事柄に対する知識というものが必要になってきます。少し話が逸れましたが、「問いを立てる」ということは学びを拡げることになるし、しばしば私達が解決しなければならない問題の発見につながっていきます。和光高校という学校がみなさんにできるようになって欲しいと願っていたのは、このようなことでした。
ウクライナで起きていることは理不尽としか言えないことです。今日は、3月11日、11年前に東日本震災で被災した人たちも、何故こんな目に合わなくてはならなかったのだ、と今も感じている人がたくさんいます。そして、コロナです。皆さんの中には、「自分たちのこの2年間は何だったんだ、俺たちの青春を返せ」と思っている人もいることでしょう。昼ごはんを友だちとおしゃべりしながら楽しみたかったと多くの人が思ったのではないですか。本当ならこんなこともあんなこともできたはずなのに、と誰もが一度は考えたはずです。

長い人生の中では、残念ながら理不尽なことは起こる、これは人生の先輩として若者に伝えておかなくてはいけないことか、と私は思います。しかし、同時に、人間は仲間と共に困難を乗り越えていける存在なのだとも経験から感じます。「考えるべき問い」を探し出し「答えのない問い」を考え続ける中から、現実に立ち向かう力が生まれてくると確信しています。困難な中での旅立ちの時ですが、この学校での経験を活かし、みなさんのこれからの歩みが着実なものであることを心から願っています。
2022年3月11日
和光高等学校校長 橋本 暁

私立学校をめぐる事件と「改革」

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 とある大学の理事長が逮捕されたニュースで今週はもちきりだが、合わせて「私立大学にはガバナンスの強化が必要」という議論がメディアを賑わせている。ガバナンス(governance)は、政府(government)と同根だから、通常「統治」と訳されるが、平たく言えば、組織が真っ当に治められている状況のことだろう。学校関係者が、億単位の(さらに言えば、金額の大小にかかわらず)怪しげな金を受け取っていたなどということはあってはならないことだ。
 明日、123日に「学校法人改革ガバナンス会議」が文部科学省に対し報告書を提出する予定になっているそうだ。これは一種のセレモニーで、実質的な中身は既に公開されている。そこには、大きな問題があると一人の私学関係者として考えている。きちんと説明するのは簡単ではないので、一つだけポイントを記すとすれば、学校の在り方を決める最高議決機関を評議員会というものに与え、そこには学内関係者は一人も入れないという仕組みにしようとしている。端的に言えば、学校のことを決めるのにその学校の関係者は一人もいない、ということになる。この変更を進める側は既に学校法人と同じように免税の「特権」がある社会福祉法人(保育園や老人ホームなどを運営するところ)と同じだから問題ない、と主張するが、そんなに簡単なことだろうか。
 今回考えられていることは、戦後最大の私立学校制度の変更で、私立学校の在り方が大きく変わると言ってよいにも関わらず、市民の間ではもちろん、私学関係者の間でさえ十分に議論は交わされていたとは言えない。メディアの扱いも小さかった。正直に言えば私だって2ヶ月前には何の問題か、分かっていなかった。
 現在メディアでは、「ガバナンス改革」はさきほどの某大学の事件のこともあり、私大改革という問題設定で扱われている。実は、私立学校法の改正が必要になるので、今回の「改革」は高校しか持たない学校法人にも、幼稚園しか持っていない学校法人にも必ず適用される。
 大学入試改革が、一部の人の議論で進められ混乱をきたしたことを思い出す。「良いことだから、スピード感をもって進めよう」とされたことがどんな結果に終わったか。スピード感より、立場の異なる人ともきちんと議論して結論を出すことが、私学教育の自由を守ると共に、真っ当な組織運営につながると信じてやまない。

和光学園と平和教育

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学園報

 和光学園は、平和な社会を担う人々を育てることを教育理念としてきました。高校の校歌の結びは「ああ 平和の砦 我ら和光」となっています。

学園報表紙

 先日11月10日、和光学園は創立88周年を迎えました。保護者のみなさまには、学園報特別号を送付いたしました。お手元に届いていらっしゃいますでしょうか。その中に、『和光学園と平和教育』という特集記事が収録されています。和光学園の元保護者で平和運動にたずさわっておられる小寺隆幸先生、第五福竜丸事件の被曝者の大石又七さんと交流のあった和光中学校の元教諭榛葉文枝先生と小から高まで和光で過ごした卒業生と中高校長の私の4人で座談会を行いました。今後の平和教育の課題、和光学園の中で平和についての意識という点で子どもたちがどう成長していくか、などが分かるものになっています。ぜひご一読いただければ、と思います。

 また、保護者のみなさまには寄付のお願いも同封しております。来年度は可能な範囲でご協力いただければ幸いです。来年度は体育館へのエアコン工事を予定し、また近い将来の第2グラウンドの改修を検討しているところです。

今回の寄付は確定申告によって、寄付金額のおおよそ40%の所得税還付(居住地によっては住民税の還付も)を受けることができます。ネットで完結できる寄付の方法もありますし、法人からのご寄付には全額損金に算入できる優遇制度もございます。詳しくは、こちらをご参考にしていただければ幸いです。

第72回 高等学校入学式

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今年度の入学式が、9日に行われました。4月に生徒を迎えることができるのは、今年は特別に感慨深いことでした。式辞の中で引用しているブレイディみかこさんについて、別な投稿で著書について紹介しているので、そちらもご覧いただければ幸いです。

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<校長式辞>

新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。ようこそ和光高等学校へ。みなさんの入学を和光高校の教職員一同心から歓迎します。そして、保護者のみなさま、お子さまの入学を心待ちにしていたことでしょう。今日から、新しいステップのスタートです。
振り返ってみれば、1年前の今頃は最初の緊急事態宣言が出たばかりでした。和光高校でも、3月に1日だけ試験のための登校はありましたが、それ以降は休校で、新年度になってもずっと休みは続いていました。6月に学校が再開されても分散登校、時差登校という形でそろりそろりと進まざるを得ませんでした。昨日始業式でも在校生にも伝えたことですが、こうして4月に学校が始められ、新入生を迎えられること自体が、それだけで大きな喜びだと私は思っています。

昨年、コロナで休校が続く中、学校というのはどういう存在なのだろうか、と私は考えざるを得ませんでした。そして、世の中では、生徒にとってかけがえのない時間が失われたのだから9月入学にすぐすべきだ、とか、オンライン教育をさっさっと始めないのは無責任だとか言う声が飛び交っていました。9月入学について言えば、ちょっと冷静に考えてみれば、簡単なことではないことはすぐ分かります。ずらした最初の年は、1年5カ月分の生徒を受け入れなければならず、大雑把に言えばその1年間だけ約1.5倍の数の教室と先生の数が必要になるからです。しかし、学校に行けない不安に付け込むような形で、著名な教育評論家や知事や国会議員の中で9月入学を主張していた人たちがいました。この半年、誰も9月入学なんて言っていない、というような状況ですが、大人でも声の大きさで無責任なことを垂れ流す人がいる、ということは頭の片隅に記憶しておいてもらえれば、と思います。
話が少しそれました。皆さんと考えたいことは、学校というものの意味です。昨年の新入生にも話したことですし、説明会でもよく話すことですが、「和光は人と人の関りを大切にする学校」です。オンラインでもSNSでも関わりはつくれないわけではないですが、やはり直接顔を突き合わせてのコミュニケーションではないと、人と人の関わりは、育まれにくいし深いものになりにくい、と経験的には分かります。その理由が分からないでいたのですが、昨年の夏読んだエッセイにその答えかも、と思えるものがありました。ブレイディみかこさんの『会うよろこび』というタイトルのものです。海外に住んでいる作家と、オンラインで対談した際、相手から「他者への信頼は、視覚と聴覚だけじゃなくて、嗅覚とか味覚とか触覚とかの感覚も使って築くものらしいです。だから、こうやってネットで話していることと実際に会うことはイコールではないみたいなんです」と伝えられます。元になっているのは、著名な霊長類学者の山極寿一さんの説ですが、「人は五感のすべてを使って他者を信頼するようになる生き物」で、「鍵になるのが、嗅覚や味覚、触覚といった、本来『共有できない感覚』」、だから「他者の匂い、一緒に食べる食事の味、触れる肌の感覚。こうしたものが他者との関係を築く上で重要」なのだそうです。新入生のみなさんも、小さかった頃、親や近しい人から抱きしめられて安心した経験がないでしょうか。コロナが始まる前、何かとても嬉しいことがあった時、仲間と思わず抱き合ったり、ハイタッチしたりという経験があるのではないでしょうか。父母のみなさんは、自分の子どもが小さかった時、子どもを抱いて、言葉にできない愛しさを感じたことがあると思います。

人間が信頼関係を気づく、安心するということの中には場を共にする、ということがやはりどうしても必要なのでしょう。学校は「共に居る場」を提供し、人と人の関りを作り出すところとしてかけがえが無いものだと改めて思います。先ほど「和光は人と人の関り大切にする学校」と言いましたが、では「人と人の関り」はなぜ大切なのか。私は、人と人が関わることは、自分と異なる他者を理解しお互いに認め合うこと、そして共同性なり社会なりを作り出していくことにつながると思います。人間は、ひとりだけで生きていくことができず、つながりの中で生
きていく存在です。
新入生のみなさんの和光高校での時間は今日スタートしました。あなたの周りにいる同級生、上級生、そして私たち教職員と様々な関りをつくり、刺激を受けて新しい自分に出会って欲しいと思います。

さぁ、スタートの時です。一歩ずつ、あゆんでいってください。
2021年4月9日 和光高等学校 校長 橋本 暁

 

<新入生のことば>

本日は私たちの入学を祝っていただきありがとうございます。私たちは、例年に比べ色々な困難に立ち向かい和光高校に入学します。

私は両親や友達からのすすめで和光高校を知りました。平和の和に光と書いて和光と読むと聞いた時はとても穏やかで、平和な雰囲気で溢れているなと思いました。そしてポスターを見た時に目に映ったのは、「自分色」という言葉でした。この言葉から私が私なりに解釈したことは、「自分の力で未来を作り上げる」でした。なぜなら自分で自分の色を決め、それを明確に認識することで自分を再認識でき、自分にあった未来を作り上げられると思ったからです。そのような勝手な想像から和光高校への進学を決めました。

中学校3年間を参考に高校生活で心がけていきたいことは、「何事も深く考え、しかし考えすぎない」ということです。ある世界的な著名人が言っていた言葉として、「世界には色々な人がいるからみんな理解しないと」です。理
解という言葉の前には必ず考えるという行程が入ってくると思います。なぜあのような行動をとったのか、なぜあのような言葉を放ったのか、それはその人なりの考えや、感情が含まれているものです。人の内に秘めているもの
は他人によって変えられるようなものではありません。このように少し考えるだけで人を理解でき、よりその人のことを気に入るかもしれません。私は高校生活を通してそのような人間になりたいです。

そして前年度は、新型コロナウイルスの関係で、様々な生活が制限されてしまったことと思います。しかし今年度は和光高校の校風や環境の中で、何事にもチャレンジし、何よりも楽しんでいきたいと思います。自由とは自分に基づく手本になるという意味が込められています。自分でよく考えて行動し、学業や部活動も精一杯努力していこうと思います。人との協力や、同じ目標に向かっていく経験を沢山し充実した3年間を過ごしたいです。

皆さん今日から私たちの和光ライフが始まります。ある和光高校の大先輩が言っていた、「和光はホグワーツのような場所」という言葉を私達も実際に感じられるようにこれから楽しく平和な思い出を作っていきましょう。これからよろしくお願いします。

日本一長い体育祭や、和光祭を初めとした数々の行事はもちろん、高校生活を精一杯楽しむことをここに誓います。

話しに出てきた2020年度のポスターです
新入生のことばに出てきた2020年度のポスターです

大石又七さんを悼んで

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以下のブログは中学の校長ブログに投稿したものです。和光中学校と大石又七さんは深いつながりがありました。高校での私の授業「戦争と史跡」でも、新木場にある第5福竜丸記念館を毎年訪れて学んでいました(20年度の訪問は叶いませんでしたが)。

 

大石又七さんのことを、広く知って頂きたいのでこちらにも転載いたします。

 

 

ビキニ事件の被曝者で核廃絶を訴えていた大石又七さんが亡くなられていたことが先日報じられました(朝日新聞へのリンク)

1954年3月1日、南太平洋のビキニ環礁でアメリカは水爆実験を行いました。爆心地から160キロほど離れたところで、マグロを取る船、第五福竜丸に乗っていた乗組員たちは放射能をおびた死の灰を浴びました。大石さんはそのうちのお一人だったのです。乗組員たちはその後放射性物質の影響で病いに苦しみました。亡くなられる方もいたのです。

この出来事は、当時の日本に大きな影響を与えました。日本は、米国により広島・長崎に原爆を落とされた唯一の戦争被爆国ですが、1952年4月まではGHQを通じた米国の強い影響下にありましたから、原爆の被害のことは広く報じられることはなかったのです。この事件をきかっけに、原爆の被害が知られるようになり、核兵器廃止を求める大規模な署名活動が行われ、1955年8月原水爆禁止世界大会が開かれるまでになったのです。

退院後、大石さんは被曝者であることを伏せご自分のことを人前で話すことはなかったのですが、1983年に和光中学校の生徒が文化祭の発表のために問い合わせたことをきっかけに、各地で自分の経験や思いを語るようになったそうです。また、当時在籍した全盲の生徒が第五福竜丸のことがよく分かるように、と模型船を作成し、寄贈してくださいました。(このあたりの経緯については、朝日新聞の2021年3月1日付の記事にまとめられています)。

第五福竜丸の模型
第五福竜丸の模型

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その後も、大石さんは何度か和光中に足を運んでくださり生徒たちや教員にお話しをしてくださいました。私も二度ほど直接お話しを聞いたことがあり、大石さんの核兵器廃絶にかける思いを感じました。

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大石さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

第69回 和光高等学校卒業式 式辞

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何とか、今年も卒業式を行うことができました。在校生の送る言葉卒業生の言葉もとても印象深いもので、今年のコロナ禍の経験を踏まえながら、和光高校が何を大事にしているか、を示すものでした。

式辞の中で、東日本大震災について触れたくだりがあり、「(原発事故以外にも)語るべきことはありますが」と私は言っていますが、そこで考えていたことは「親しい人の喪失のことをどう考えるのか」「被災者差別のことをどう考えたらよいのか」といったことでした。コロナ禍の現在にもつながる問題ですが、時間の関係で省かざるをえませんでした。今年の卒業生の一人に、福島県の中学校出身の生徒がいるのですが、式後に私のところに来て「震災のこと触れてくれてうれしかった」と言ってくれ、十分ではなくても取り上げてよかったな、と思いました。

原発事故に関する話の多くは、小出裕章さんの『原発事故は終わっていない』に依っています。コンパクトにまとめられた読みやすい本ですので、是非多くの方に読んでいただきたいと思っています。式辞では、お名前を出さなかったので、この場で紹介しておきます。

 

2020年度 和光高校卒業式 式辞

卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。そして、卒業生を今日まで見守ってきた保護者の皆さん、ご家族の皆さん、心よりお祝い申し上げます。

1年前の今日も、和光高校の卒業式でしたが、ここにいる皆さんは先輩の卒業式に参加できず残念な思いをした人もいたと思います。それから、1年たっても、新型コロナウイルス感染症の影響が続いています。歴史上の大きな出来事の中を私たちは生きているのです。

時間を少しさかのぼらせましょう。10年前の3月12日、その日も和光高校は卒業式を行う予定でした。しかし、その日の卒業式は行われなかった。何故だか分かりますね。前日の3月11日、東日本大震災が起きたからです。みなさんの多くは、その時はまだ8歳。どの程度のことを覚えているでしょうか。 10年前の今日、3月12日の朝、この体育館の隣の第2体育館に交通機関がマヒして帰宅できなかった生徒たちがまだ残っていました。11日から12日にかけて泊まり込んでいたのです。その後、ガソリンが不足したり、トイレットペーパーの買い占めという事態がありました。電気が不足している、ということで、地域ごとに順番に停電させる計画停電ということも行われました。それでも、関東地方は東北に比べればまだ被害の度合いは少なかった。和光でも、4月の始業式は通常通り行うことができたのです。そして、現在、関東地方では震災の痕跡はほとんど見られない。しかし、岩手、宮城、福島の三県には災害の爪痕が強く残っています。2年の選択で、「農と地域」を取った人は宮城県の荒浜地区に行った時のことを覚えていることでしょう。私も6年ぐらい前に荒浜の隣の、閖上(ゆりあげ)地区というところを訪ねた時、津波で建物が流されひたすら空き地が広がっている様子を見て呆然としたことを思い出します。

先ほどあげた、岩手・宮城・福島の三県の人たちで、震災後住み慣れた土地を離れ避難した人たちがいました。現在は避難生活が終わり元の土地に戻っていった人たちもいるのですが、一つの県だけ突出してまだ避難している人がいるところがあります。どこだか分かりますか? 福島県ですね。福島第一原発が事故を起こし、大量の放射性物質がまき散らされた結果、現在に至っても人が住めない地域があるのです。原発の所在地の双葉町は現在も全町避難が続いています。これは「原子力事故緊急事態宣言」に基づいて行われていることです。「新型コロナウイルス緊急事態宣言」のことは、今毎日のように話題になりますが、日本にはもう一つの緊急事態宣言がずっと続いているわけです。

原発事故は今も全く収束していません。事故を起こした原発の核燃料が発熱してまわりの金属をも溶かしその後固まっている、これを燃料デブリというのですが強烈な放射線と熱を出している。人間が近づいたら生きていられないというレベルのようです。そして、発熱により温度上昇が起きて、また核反応が起きないように水をかけて冷やしています。その結果、デブリに触れることにより水が放射能を持つことになる。これが汚染水で、この処理に困っている。デブリを取り出し廃炉作業が終わるには、一番楽観的な見通しでも30年から40年かかるとされています。そもそも、デブリの取り出しなど無理で全く見通しが立たないとしている研究者もいます。

廃炉に関わっては別な側面からの問題もあります。それは、廃炉作業に携わっている労働者についてです。原発の廃炉作業の現場には多量の放射性物質があります。大量の放射線を浴びると健康を害しますから、労働者が1日および年間で浴びてよい放射線の量は法律で定められています。下請けの労働者が放射線の限度量が来ると働けなくなって首になることを恐れて、放射線の測定器の上に、鉛のカバーで覆いをして誤魔化して働いているケースがあるそうです。そういう人の中で白血病になる人もいたそうです。廃炉作業自体が新たな放射線被ばく問題を生んでいる面があります。そして、原発は事故の無い状態、平時でも、そこで働く人には放射線の問題がつきまといます。そうだとすると、原子力発電とは誰かの健康を危険にさらして電気を作り出すシステムなのかもしれません。通常運転でも出てくる放射性廃棄物、核のゴミですね、これの処理も全く見通しがない。結局、過疎地に金の力で押し付けるような動きも起きています。

他にも震災や原発事故について語るべきことはありますが、時間に限りがありますから、ここまでとします。

(さらに…)

学問の自由

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学問の自由

日本国憲法の第二十三条に「学問の自由」という項目がある。これは、とても短いもので、「学問の自由は、これを保障する。」としか記されていない。この項目の前後には、様々に人としての権利が記されている。つまり、「学問の自由」は、「基本的人権」の一つにあたるものである。

基本的人権の一つに「思想の自由」というものがあるが、これは第十九条で「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」と記されている。問題は思想の自由が保障されているのに、なぜ、わざわざ「学問の自由」を別に定めているのか、ということだろう。それは、満州事変に始まる十五年戦争期に(1945年に終わった戦争をどのように表現するかは難しいところがあるけれど、差し当たり「十五年戦争」と呼んでおくことにしよう)、国家権力によって、学問が不当な弾圧を、日本が戦争に突入していった歴史的経緯を踏まえて、「思想の自由」とは別に、わざわざ「学問の自由」を規定したと考えるべきだろう。

遺伝子工学などよる生命操作の研究や、あまりに環境への影響が大きく後戻りできないような変化をもたらす研究が、「学問の自由」の名の下に認められるのか、など学問の自由にはいくつか論点があるが、歴史的経緯を踏まえれば、「学問の自由」というのは、「権力批判の自由」と理解すべきであろうと考える。健全な批判が許されない社会がどのような道を歩むのか、私たちは過去にいくつも例を持っている。

 

その「学問の自由」が政府によって侵害される事件が起きた。昨年の10月1日のことだ。法律上は「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」とされているのに、総理大臣が6人の学者の任命を拒否したというものだった。そのうちのお一人が、加藤陽子さんという日本近現代史の研究者で、私もその優れた著作に親しんでいる方だった。第一報を聞いた時、率直に「どうして?」と思わざるを得なかった。

そもそも、学術会議の会員の任命は、公には形式的なものとされていて、今回の任命拒否は、恣意的な法解釈を政府が行っていることに他ならないのではないか。私たちは、そのことにもっと危機感を持つべきだろう。ルールに基づかない統治が行われる時、どのようなことが起きてしまうのか。大きな混乱と民主主義の破壊が行われることは明らかである。

 

この問題が起きた時に、政府の行っていることは、あまりに矛盾に満ちていて、そのうち収束するのではないか、と思っていたが現在に至るまで解決していない。それどころか、当初はマスメディアの扱いもそれなりだったが、アメリカ大統領選挙・トランプ大統領の居座り・新型コロナウイルス感染症の拡がりなど他のニュースの中に埋もれていき、ほとんど話題にならなくなった。そういうメディアの取り扱いも問題だ。重要な問題を繰り返し丁寧に提起していく責任があるのではないか。

先日、1月28日に、学術会議側は再び6人の任命を求めたが、政府は何の理由も説明せず「既に終わったことだ」と官房長官が述べて幕を引こうとしている。その後もまた、この問題は緊急事態宣言の解除やワクチン接種のニュースに埋もれてしまっている。今、改めて私たちはこの問題の重要性を考えるべきではないか。

 

最後に、一私立学校の校長に過ぎない私がなぜここで自分の見解を明らかにするのか、述べておきたい。それは、私たち和光学園が自由な教育を目指している学校だからである。教育の自由は学問の自由からも由来している。「教員の地位に関するILO、ユネスコ※勧告」(1966年)には「教員は職務の遂行にあたり学問の自由(Academic freedom)を享有すべきものである」(61条)とあり、最高裁の、とある判決でも「学問の自由には、教育の自由が制約があるとは言え含まれる」とされているからである。

十五年戦争期、日本で学問の自由が失われていったとき、教育の国家統制が強まっていった。学校は、戦争を支える役割を強く担わされた。そのような歴史を繰り返してはならない。

 

※ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)

国際連合の専門機関の一つで、諸国民が教育・科学・文化の協力と交流を通じて、国際平和と人類の福祉を促進するための組織

オンライン少人数学級推進署名へのご協力を

サイト管理者 校長ブログ

和光学園親和会員の皆さまへ

~少人数学級推進オンライン署名ご協力のお願い~

和光学園校長会

和光鶴川幼稚園・和光鶴川小学校 校園長 加川 博道
和光幼稚園・和光小学校 校園長 北山ひと美
和光中学校・和光高等学校 校 長 橋本 暁

 

2学期が始まってしばらく経ち、各校・各園とも学び舎に子どもたちの元気な声が響いております。

さて、現在インターネット上で、少人数学級の実現を求める署名が行われています。少人数学級の実現は、私たち和光学園としても長い間その実現を願ってきたものでした。本署名の呼びかけ人には、昨年の和光デーで講演頂いた本田由紀先生、和光大学の山本由美先生、本学園の教育研究会でお世話になった佐藤学先生などが名を連ねています。また、全国知事会会長・全国市長会会長なども少人数学級の実施を求めています。文部科学大臣も「来年度から小中学校に、おいて少人数学級を段階的に導入することを検討していること」を明らかにした、との報道があります。この流れを加速し、確実にするという点で、私たちとしてもオンライン署名に協力していきたい、と考えます。親和会員のみなさまもぜひご賛同いただき署名に協力して頂ければ幸いです。

本学園では、長い期間にわたり、私学助成の拡充を中心として、ゆきとどいた教育を求める署名に取り組んできました。こちらの署名は、国会・都議会に直接提出しますが、議会で審議が行われる請願として取り組まれてきました。署名を集める過程で、対話があり人々に直接訴えることができ、また、提出の過程で議員の方々と話をしたりすることにより、流れをつくっていこうというものでした。こちらの署名運動も動きがスタートしています。こちらの署名への取り組みも併せてお願いいたします。

和光高等学校の入学案内の資料一式を無料で送付しています。

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