卒業式

卒業生のことば

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柔らかい風に春の兆しを感じられる今日私たち228人は、無事に卒業の日を迎えました。対面での卒業式が開催されましたことを心から感謝するとともに、本日、緊急事態宣言延長の中、ご出席いただきました皆さま、誠にありがとうございます。

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本来なら一緒に祝ってくれる在校生たちの席がないことは残念ですし、歌や発表などが無くて寂しい気持ちもありますが、大切な卒業生の仲間たちや、先生方、おうちの方々と一緒に祝う事が出来て本当に嬉しくおもいます。この1年間の経験で、同じ空間に居られるということが、どんなに幸せなことだったのかを思い知らされました。

密になることを避けるという生活様式での1年間でしたが、本当は、高校3年生は一番密になりたい時期だったのではないかと思います。
みんなと一緒に、同じ教室、同じ校舎で過ごすこと、そんな当たり前だと思っていた毎日が、大切な大切な宝物のような時間だったんだと、今本当に実感しています。

一年前、3年生として挑む行事や、楽しみにしていた授業、目指していた進路、思い描いていたものすべてが、突然霧の中に隠されてしまいました。
霧はあまりにも突然に、あまりにも深く私たちをつつみ、方向がわからなくなり、ひとりぼっちに感じて、抜け出すことが出来ないように感じて恐くて不安でした。

でもそんな霧の中で前にすすみ始める事ができたのは、霧の中でも繋がっている和光の仲間や先生の存在を感じ合えたからです。

私たちがもがき苦しみながらも前を向いて歩き出したこの1年は、未知の脅威に向かって、自分たちなりの答えを探して確実に歩き出せた最初の一歩を作った年だったと、今は胸を張って言うことができます。

和光祭も、私たちが確実に歩き出した結果のひとつではないでしょうか。オンステがなくても、飲食企画がなくても、外来者がいなくても、新しい形を模索して、皆んなで話し合いながらできることを見つけて実現していきました。それぞれのクラスのオリジナルなアイディアで、今まで見たことがなかったような企画が集まり出来上がった、唯一無二の行事でした。内輪でごちゃごちゃ、みんなで笑い合うことができる、新しい私たちの和光祭は、みんなと一緒に導き出せた答えです。

それまでも、和光高校では自分たちで自分たちの周りの状況を判断し、考え合って答えを導き出す、みんなで話し合って頑張るしかない環境でした。
上手にも不器用にも共にそうやって進んで来た和光生の私たちだからこそ、あの和光祭は創り上げることができたのだと思います。

私たちの歩いてきた道は、みんなと一緒に笑い合って歩いて来られたおかげで、広くてしっかりとした道です。ここから私たちは、それぞれ別々に歩き始めますが、その先の道は細く凸凹かも知れません。コロナ感染という霧がかかって視界が閉ざされているかもしれません。それでも私たちは、みんなと歩いた時間の経験を力に、新しい道を切り拓いていけるでしょう。少し休んだり、立ち止まっても、また歩き出せる勇気と知恵を身につけた私たちは、和光生です。私たちの後ろには、みんなと歩いた道が足元まで続いているから、背中にそれを感じて、振り返らず前を向いていけると信じています。

これからも和光生が歩く太くて長い道が、輝く未来に繋がって、新しい和光高校が進化していくことを祈って、私の卒業の言葉とします。

2021年3月12日

卒業生代表 前生徒会執行委員長

在校生から卒業生へ

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在校生からのことば

春の陽気を感じる日も増える中、今日こうして卒業式を迎える事ができた事を嬉しく思います。卒業生の皆さん、御卒業おめでとう御座います。在校生を代表して心よりお祝い申し上げます。

この1年、皆さんにとっては高校生活最後の1年。そんな特別な年の始まり方は、決して良いものでは有りませんでした。今までの学校生活の姿は無く、生徒会活動や部活動は停止。授業の選択も何もかもが不透明で、大きな不安の中でのスタートになったかと思います。きっと、「なんで今このタイミングなんだ」「最後の年、最後の行事だったのに」とやるせない気持ちに襲われたのではないかと思います。実際、夏のように暑い日が増えるような季節になるまで、私たちは学校に行くことはできませんでした。しかし、そんな中でも皆さんはこの状況をただ悲観するのではなく、今何ができるかを考え、この不条理に立ち向かおうとしていました。

MさんとSさんは止まっていた生徒会活動をオンラインで復旧し、その後の活動をリードしてくれるなど、難しい状況に置かれていた我々にとって正に希望の光のような存在でした。
失われてしまった体育祭を何とか開催できないかと任期の最後まで追及するAさんとRさんの諦めない後ろ姿からは多くを学びました。
数多の試行錯誤を経た、新しい形での文化祭の中心となったJさんとAさんの柔軟な考え方や取り組む姿勢、意志の強さは今の生徒会活動にも強く根付いています。
その他にも、実行委員会や係会で関わった皆さんや私には見えないところで活動を支えてくれた皆さん1人1人が新しいことに挑戦する勇気や、自分に芯を持つことの大切さを教えてくれました。

卒業生の皆さんが、和光での生活を通して私たちに教えてくれたこと、与えてくれたこと。見せてくれたこと。それらを思い、忘れず、心に刻みながら、私はもう1年和光生としてここに残ります。

私が入学してから2年間。中学の頃から関わってくれた人は5年間同じ校舎で学び、生活していた皆さんが今日この日をもって和光を卒業してしまうと考えると、寂しさもさることながら、共に過ごせるはずだった最後の1年間をもっと一緒に楽しみたかったと悔しい思いが湧き上がってきます。しかし、ただ悔しかったと思うのではなく、皆さんが教えてくれた事を途切れさせることなく受け継ぐ事で、和光生が歩く道をより太く長く、豊かにする事が皆さんにできる我々の恩返しだと私は思っています。皆さんの進む道と、いつかまたどこかで和光の道が繋がることを願っています。
改めて、卒業生の皆さん、御卒業おめでとう御座います。今まで本当にありがとう御座いました。
悲しくも出席が叶わなかった在校生の、卒業生の皆さんの門出を祝う思いも込めて、この言葉を私の、在校生代表の言葉とさせていただきます。

2021年 3月12日

在校生代表 生徒会執行委員長

第69回 和光高等学校卒業式 式辞

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何とか、今年も卒業式を行うことができました。在校生の送る言葉卒業生の言葉もとても印象深いもので、今年のコロナ禍の経験を踏まえながら、和光高校が何を大事にしているか、を示すものでした。

式辞の中で、東日本大震災について触れたくだりがあり、「(原発事故以外にも)語るべきことはありますが」と私は言っていますが、そこで考えていたことは「親しい人の喪失のことをどう考えるのか」「被災者差別のことをどう考えたらよいのか」といったことでした。コロナ禍の現在にもつながる問題ですが、時間の関係で省かざるをえませんでした。今年の卒業生の一人に、福島県の中学校出身の生徒がいるのですが、式後に私のところに来て「震災のこと触れてくれてうれしかった」と言ってくれ、十分ではなくても取り上げてよかったな、と思いました。

原発事故に関する話の多くは、小出裕章さんの『原発事故は終わっていない』に依っています。コンパクトにまとめられた読みやすい本ですので、是非多くの方に読んでいただきたいと思っています。式辞では、お名前を出さなかったので、この場で紹介しておきます。

 

2020年度 和光高校卒業式 式辞

卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。そして、卒業生を今日まで見守ってきた保護者の皆さん、ご家族の皆さん、心よりお祝い申し上げます。

1年前の今日も、和光高校の卒業式でしたが、ここにいる皆さんは先輩の卒業式に参加できず残念な思いをした人もいたと思います。それから、1年たっても、新型コロナウイルス感染症の影響が続いています。歴史上の大きな出来事の中を私たちは生きているのです。

時間を少しさかのぼらせましょう。10年前の3月12日、その日も和光高校は卒業式を行う予定でした。しかし、その日の卒業式は行われなかった。何故だか分かりますね。前日の3月11日、東日本大震災が起きたからです。みなさんの多くは、その時はまだ8歳。どの程度のことを覚えているでしょうか。 10年前の今日、3月12日の朝、この体育館の隣の第2体育館に交通機関がマヒして帰宅できなかった生徒たちがまだ残っていました。11日から12日にかけて泊まり込んでいたのです。その後、ガソリンが不足したり、トイレットペーパーの買い占めという事態がありました。電気が不足している、ということで、地域ごとに順番に停電させる計画停電ということも行われました。それでも、関東地方は東北に比べればまだ被害の度合いは少なかった。和光でも、4月の始業式は通常通り行うことができたのです。そして、現在、関東地方では震災の痕跡はほとんど見られない。しかし、岩手、宮城、福島の三県には災害の爪痕が強く残っています。2年の選択で、「農と地域」を取った人は宮城県の荒浜地区に行った時のことを覚えていることでしょう。私も6年ぐらい前に荒浜の隣の、閖上(ゆりあげ)地区というところを訪ねた時、津波で建物が流されひたすら空き地が広がっている様子を見て呆然としたことを思い出します。

先ほどあげた、岩手・宮城・福島の三県の人たちで、震災後住み慣れた土地を離れ避難した人たちがいました。現在は避難生活が終わり元の土地に戻っていった人たちもいるのですが、一つの県だけ突出してまだ避難している人がいるところがあります。どこだか分かりますか? 福島県ですね。福島第一原発が事故を起こし、大量の放射性物質がまき散らされた結果、現在に至っても人が住めない地域があるのです。原発の所在地の双葉町は現在も全町避難が続いています。これは「原子力事故緊急事態宣言」に基づいて行われていることです。「新型コロナウイルス緊急事態宣言」のことは、今毎日のように話題になりますが、日本にはもう一つの緊急事態宣言がずっと続いているわけです。

原発事故は今も全く収束していません。事故を起こした原発の核燃料が発熱してまわりの金属をも溶かしその後固まっている、これを燃料デブリというのですが強烈な放射線と熱を出している。人間が近づいたら生きていられないというレベルのようです。そして、発熱により温度上昇が起きて、また核反応が起きないように水をかけて冷やしています。その結果、デブリに触れることにより水が放射能を持つことになる。これが汚染水で、この処理に困っている。デブリを取り出し廃炉作業が終わるには、一番楽観的な見通しでも30年から40年かかるとされています。そもそも、デブリの取り出しなど無理で全く見通しが立たないとしている研究者もいます。

廃炉に関わっては別な側面からの問題もあります。それは、廃炉作業に携わっている労働者についてです。原発の廃炉作業の現場には多量の放射性物質があります。大量の放射線を浴びると健康を害しますから、労働者が1日および年間で浴びてよい放射線の量は法律で定められています。下請けの労働者が放射線の限度量が来ると働けなくなって首になることを恐れて、放射線の測定器の上に、鉛のカバーで覆いをして誤魔化して働いているケースがあるそうです。そういう人の中で白血病になる人もいたそうです。廃炉作業自体が新たな放射線被ばく問題を生んでいる面があります。そして、原発は事故の無い状態、平時でも、そこで働く人には放射線の問題がつきまといます。そうだとすると、原子力発電とは誰かの健康を危険にさらして電気を作り出すシステムなのかもしれません。通常運転でも出てくる放射性廃棄物、核のゴミですね、これの処理も全く見通しがない。結局、過疎地に金の力で押し付けるような動きも起きています。

他にも震災や原発事故について語るべきことはありますが、時間に限りがありますから、ここまでとします。

(さらに…)

卒業式がありました

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本日、第69回和光高等学校卒業式があり、228名が和光高校を巣立っていきました。

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昨年度に引き続きプログラムを簡略化し、在校生は執行委員会の生徒のみ、そして卒業生とその保護者の出席で規模を縮小して感染対策に努めました。

校長式辞
校長式辞

卒業証書授与は、一人ひとり担任が呼名し、校長より手渡されました。

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在校生からのことば
在校生からのことば
卒業生のことば
卒業生のことば

例年と比較してしまうと、卒業生による有志合唱や教員による合唱のプレゼントなどお祝いの場に花を添える出し物はできませんでしたが、教員から事前に作成した動画や生徒の卒業式委員会がつくった和光高校での思い出を振り返る動画が披露され体育館があたたかい拍手に包まれる場面がありました。

また、在校生のことば、卒業生のことばは、コロナ禍での生徒会活動にどのように向き合ってきたのか率直な思いが語られ、その言葉には「このコロナ禍にあっても前を向いて進んでいく」という力強さに満ちていました。私たち教員も力をもらうことができた彼らのことばを校長式辞と合わせてぜひ、ご覧ください。在校生のことばはこちら。卒業生のことばはこちら

卒業式がありました

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第67回 和光高等学校卒業式がありました。

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校長先生から一人ひとりが卒業証書を受け取ります。

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「卒業おめでとう!」固く握手!

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卒業生へ教員合唱を送りました。

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卒業生も合唱で在校生にお別れを伝えます。3年生の皆さん、卒業おめでとう!

松山校長の卒業式祝辞もお読みください。

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